高橋 史朗

髙橋史朗129 – WBC優勝の原動力と子供・青年のウェルビーイング

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 

●WBC優勝に導いた「和」の力

 WBC決勝戦の劇的なドラマに世界が注目したが、USAトゥデイ紙など各メディアの電子版がこぞって「ハリウッド映画のようだった」と伝え、「侍ジャパン」の和・チームワークの力を絶賛した。

 私が最も注目したのは、栗山監督の各選手を「信じ抜く力」と、選手一人ひとりと3時間話し合って、それぞれの目的を明確にするためのヒアリングに徹した点である。かつてのスポ根時代の「黙って俺についてこい」というリーダー像から脱却して、一人ひとりを活かす心配りをする新しい指導者(栗山監督)との強固な信頼関係、各選手を精神的にリードするダルビッシュ・大谷という絶対的な支柱がチームに存在したことが「侍ジャパン」の強さの原動力といえる。

 アメリカで生まれ育った日系選手・ヌートバーを日本代表選手に初めて選ぶことについては国内で批判もあったが、栗山監督が彼に手紙を書いて思いを直接伝えたという。そのことに深く感謝し、「できることを全力でやります。一生懸命プレーします」と返信したという。ヌートバー選手の相次ぐファインプレーや一生懸命な姿勢の背景にも、このような強い信頼関係が潜んでいたのである。

 彼は手記の中で、「日本人とアメリカ人のハーフで生まれたけど、日の丸を背負って日本を代表することで自分の中で心が開き、熱くなった。日本人としての誇りをもっと感じられるようになったよ。何より、ファンが僕を受け入れてくれて本当に感謝している。僕の人生を変え、かけがえのないものにしてくれた。日本生まれでない選手が日本代表でプレーするのは初めてだと聞いていた」「初めてチームに合流した時も驚いたよ。ミーテインングで佐々木朗希が『たっちゃんTシャツ』を着ていて、それがみんなに渡されて、僕をサポートしてくれて、緊張をほどいてくれた。アメリカと日本の国旗もプリントされていてすごくうれしかった。本当にみんなに感謝しているよ」「日本人の母をもって、本当に誇りに思う。金メダルも母にプレゼントしたい」「日本大好き、有難う」と述べている。

 特筆に値するのは、大谷と村上などの選手は、2009年のWBC第2回大会でイチロー選手が投手をにらむ視線、厳しい球に食らいつく姿、センターへ抜ける打球などに魅了され、日本を代表する選手になりたい、という志、夢を抱くようになったという事実である。それ故に、優勝後のインタビューや手記で日本の子供たちが同じように続いてほしいと熱いメッセージを揃って送ったのである。

 大谷選手は安倍元首相にピアノを教えた小田全宏氏らと私が東京、埼玉、大阪、福岡の4会場で開塾した「師範塾」の2期生であった原田隆史先生の「教師塾」に高校1年生から参加しているが、高校3年生の時に書いた『人生設計ノート』に、「22歳でメジャー投手最高栄誉のサイヤング賞」「24歳でノーヒットノーラン」「26歳で結婚」「27歳でWBC MVP」「28歳で長男誕生」という目標を明記している。

 大谷選手が準決勝の最終回に2塁打を打って塁上で侍ジャパンの選手に向かって、両拳を突き挙げて絶叫した「カモン!」「ファイト!」という掛け声に鼓舞されて村上選手の劇的な逆転打につながったが、それは日本の子供たちすべてに向けられたものでもあったのである。自らが率先垂範して子供たちに志、夢に向かってチャレンジせよと訴えている姿は感動的である。後ろ姿で教える「師範力」を体現している。優勝後の子供たちへの熱いメッセージを送る姿を見て、私はそう感じた。

 

 

●村上選手の夢は「WBCで活躍して親孝行する」こと
 ――小学校の卒業文集の夢を実現

 ちなみに、村上選手は小学校の卒業文集において、次のように述べている。

<ぼくの夢はプロ野球の選手になって、お父さん、お母さんが試合を見にきてくれたときにホームランを打って、そのホームランボールをお父さんお母さんにあげて成長した姿を見せることだ。そしてWBCに選ばれて世界でかつやくしたい。絶対に親孝行してみせる>

 村上選手は9歳の時に見たWBC第2回大会のイチロー選手の活躍に触れてこのような夢を抱くようになったが、優勝後に公開された「手記」において、大谷選手のフリーバッティングで次々と5階席に飛び込む打球は衝撃的で、14年前にイチロー選手の雄姿を見た時と似た感情を抱いたとして、次のように述べている。

<翔平さんを超える打者になりたい。自分の目で見たことで明確な目標が定まり、より現実的に感じることができました。ともに過し、得られたものは格段に増えました。今まではサプリメントを摂取したことはほぼなかったのですが、どんなサプリを摂取しどんな効果があるのか。トレーニングでも筋量の差があると痛感しました。ダルビッシュさんを通じて解説してもらい、今後の自分がどうしていくべきかを認識しました。

 結果が出ない中、自分を救ってくれたのも2人の存在でした。翔平さんはどんな時も前向きでポジティブになるような言葉をかけてくれます。ダルビッシュさんは「野球くらいで落ち込む必要はない」と視野が狭くなっていた自分の気持ちを楽にしてくれました。一流の選手は自分をコントロールできる。大谷さん、ダルビッシュさんの共通点でもあります。これだけ心が揺さぶられたことはありません。…卒業文集の夢を実現できて感慨深いです。ただこれを通過点としなければなりません。自分の夢をもっともっと実現させたい。まだまだ満足はしていません>

 

 

●子供のウェルビーイングの現状の問題点と将来への影響

 ところで、日本の子供達の現状はどうか。2020年度のユニセフの子供の「幸福度」調査によれば、38カ国中、日本は20位で、15~19歳の自殺率は12位である。また、いじめの認知件数は過去最多で、平成27年度から小学校で急増しており、学年別では低学年で急増しており、小2が10.1万件、小1が9.6万件、小3が9.5万件を占めている。児童の生命、心身または財産に重大な被害が生じた疑いがある「深刻ないじめ」(1号重大事態)も同様に急増している。一体なぜ小学校低学年でいじめが急増しているのであろうか。

 小学校の暴力行為も近年急増しており8年前の5倍で、小1~3年生で拡大している。小中高生の自殺も過去最多で、10代の死因の1位が自殺であるのはG7国では日本のみである。不登校も2021年度に24万4940人と過去最多を更新しており、前年度からの増え幅も24.9%と過去最多となっている。

 東京都教職員研修センターによれば、自己肯定感は小3と中1での低下が顕著で、子供の幸福度が低く、「小1の壁」と「小4の壁」が保護者を悩ませている。「小1の壁」とは、かつては「学級崩壊」の原因は家庭と学校の教育方針の「不連続」にある点が指摘(拙著『「学級崩壊」10の克服法』ぶんか社、参照)されたが、今日では子供が小学校に入学後、仕事と家庭の両立が困難になる社会問題の新たな視点から、小学生を預かる学童保育の不足など、放課後の過ごし方が主な原因であることが問題視されている。また「小4の壁」とは、学童保育が小3までで4年生以降の居場所を失う社会問題で、都心では多くが学習塾に吸収されてしまっている。

 昨年11月にOECDが発表した「幼少期の社会経済的不利益による経済的損失」報告書によれば、子供の低いウェルビーイングは、大人(25-59歳)になってからの雇用の喪失、収入の減少、健康の悪化につながり、それはGDP換算で3.4%もの損失と推計されている。

 子供の頃にウェルビーイングが高かった人は、大人になってから経済的に豊かで、周囲と良好な関係を築き、精神的にも身体的にも健康である傾向が高い。反対に子供時代のウェルビーイングが低かった人は、低収入で人間関係をうまく構築できず、健康状態も良くない傾向にある。

 オックスフォード大学の調査研究によれば、最近の研究で分析した39カ国において、2015年から2018年の間に15歳の青年の人生への満足度が世界的に低下していることが確認され、特に日本では急激に数値が悪化しており、最下位のイギリスに続く38位であった。その背景には競争の激化と女子のセルフイメージの悪化があると分析しているが、これだけでは3年間の変化を裏付ける根拠としては説得力を欠いている。

 現在、国際的に子供のウェルビーイングを測定している代表的な調査は、①PISA:生徒の学習到達度調査(15歳対象)、②HBSC:学齢期の子供における健康行動調査(11,13,15歳対象)、③ISCWeB:子供の世界調査(8,10,12歳対象)の3つであるが、データの一貫性や地域、年齢などの網羅性に不備があり、世界基準での計測ができていない状況にある。

 2月24日~25日に開催された「子供・青年のウェルビーイングに係る国際会議」の参加者の共通認識によれば、①主観的ウェルビーイングの調査手法の不統一、②15歳未満のデータの不足、③発展途上国や貧困層におけるデータの不足などの課題がある。

 そこで同国際会議は、子供・青年のウェルビーイングは、大人になった時の雇用・収入・健康などに影響し、ひいては国の経済にも大きな影響を与えることがわかっているが、国際的な「子供・青年のウェルビーイング」のデータが不足しているため、現状を把握できないため、政策立案に活かすことができないとして、各国政府が「子供・青年のウェルビーイング向上の重要性」を認識し、そのための政策立案ができるように、①測定のためのガイドライン作成し、②世界でデータの測定を実施する解決策を提示した。

 

 

●ウェルビーイング国際会議とウェルビーイング学会の日本政府への要望

 これを踏まえて、同国際会議は「子供・青年のウェルビーイング向上が重要であり、そのための国際的データの取得が必須であること」が各国の共通認識となるように日本政府がリーダーシップを発揮し、本年5月のG7教育大臣会合、来年の「将来のための国連サミット」、2年後の大阪万博の主要課題項目とするよう日本政府に要望した。

 同国際会議の主要な参加者は、『World Happiness Report』の主著者であるオックスフォード大学ウェルビーイングリサーチセンター長のJan教授、マンチェスター大学のJose教授、経済協力開発機構WISEセンター子供ウェルビーイング部長、ウェルビーイング学会の副代表理事の鈴木寛東大教授、同副代表理事の宮田裕章慶應義塾大教授らで、参加者の共通認識と今後の方針をまとめたメモランダムによれば、同国際会議の結論は以下の如くである。

⑴ 子供と青年の主観的なウェルビーイングの推進が重要である。文部科学省の教育振興基本計画等で、ウェルビーイングを入れ込む努力を歓迎する。
⑵ 子供と青年のウェルビーイングに関する世界規模でのクロスセッション調査及び横断調査が必要である。当該調査は、人口動態や主観的なウェルビーイングの要素、決定要因、カバーされる国という観点で現時点における欠落を埋めるとともに、国際的な理解を強化するための国を超えて利用可能なデータの提供を行うものであること。
⑶ 測定のためのガイドラインは、国際機関や専門家の協働的な取り組みを通じて構築されるべきであること。その際、子供や青年の有意義な参加が求められること。また、当該ガイドラインは、存在する科学的な知見に基づくとともに、社会文化的な多様性を反映して構築されるべきであること。
⑷ 上記の取り組みは、子供と青年のウェルビーイングを向上する目的で実施される、エビデンスに基づいた政策の土台となるべきこと

 さらに、ウェルビーイング学会(前野隆司代表理事)は3月17日、尾身朝子総務副大臣に「ウェルビーイング関連政策に関する要望書」を提出し、大要次のように要望した。

⑴ 「ウェルビーイングに関する関係省庁連絡会議」等において、総務省が内閣府と一体となって、ウェルビーイング関連統計に関する関係府省庁の統計部門の活動や連携をリード・調整するための機能・体制を強化すること
⑵ 統計委員会の機能・体制を強化し、各省庁が作成するウェルビーイング関連統計の質を高め、その利活用を促進することについても、委員会が積極的な役割を果たすことができるようにすること
⑶ 国際機関との連携機能・体制を強化すること
⑷ 内閣府と連携して、以下の検討を行うこと

① 令和3年度の骨太方針及び成長戦略で「国民のウェルビーイング実感」が国家の重要業績評価指標として位置づけられていることを踏まえ、主観的ウェルビーイング指標の整備を位置づけること
② GDPではとらえきれていない経済社会の豊かさを補完する統計として、GDW(国内総充実:Gross Domestic Well-being)を、定期的な測定・公表を行う公的統計とすること
③ 主観的ウェルビーイングに関する調査が、各省庁でばらばらの方法・指標で測定されないよう技術的なガイドラインを整備すること
④ 統計調査と主観的ウェルビーイングに関する調査の結果を関連させた分析を促進すること
⑤ ウェルビーイング学会との連携を推進すること

 

(令和5年3月24日)

 

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