高橋 史朗

髙橋史朗128 – 日本発ウェルビーイング推進の最新動向

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 

●石清水八幡宮権宮司の特別講演と共同研究の推進

 3月11日に岩清水八幡宮の田中朋清権宮司がモラロジー道徳教育財団において、「世界が注目する日本発『神道×SDGs』――神社・鎮守の森に内在する普遍的哲学を活用した国際連合改革と世界平和の構築に向けて」と題する特別講演を行い、日本発祈り合いの心の涵養に基づく心の教育の重要性、国連改革と世界平和の構築に向けた戦略的、効果的な運動の拡大の必要性などを強調された。

 田中権宮司によれば、日本文化の根源は皇室祭祀と鎮守の森に代表される祭祀と平安の祈りにあり、万物への畏敬と愛情、優しさと思いやりの精神である「和の心」にある。お互いの幸せを祈り合う「和の心」が、多様性あふれる共存共栄の世界平和構築の根幹であり、人の心から改革していく以外にないという。

 田中権宮司は国際連合機構学術評議会専門委員、日本国際連合協会理事、京都大学人と社会の未来研究院連携研究員、関西大学非常勤講師、京都産業大学日本文化研究所客員研究員、などを歴任され、麗澤大学国際問題研究センター客員教授にも就任された。

 京都大学では日本的ウェルビーイング・文化的幸福観の研究者として、次期教育振興基本計画をめぐる中教審論議をリードする内田由紀子教授や広井良典教授らと共同研究に取り組まれ、SDGsやウェルビーイング論議を国連でリードする方々とも親交が深く、SDGsを日本発の常若(とこわか)として捉え直し、日本的ウェルビーイングについて国際発信する在り方についての共同研究にも参加していただく御了解を得た。

 SDGsからウェルビーイングへの移行という国際動向を踏まえて、麗澤大学「サステイナビリティ研究機構」並びに国際問題研究センター、モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所とも連携しつつ、「脳科学等の科学的知見に基づく家庭道徳教育研究会」の研究成果を継承する新たな共同研究を進め、100周年記念事業につなげたいと念願している。

 

 

●NTTの基本理念「Self as We」とは何か

 ところで、3月8日に開催された自民党政務調査会「日本ウェルビーイング計画推進特命委員会」において、先進的な企業の取り組み事例として、NTTグループの「働き方改革を中心とした社員のウェルビーイング向上」、三井住友信託銀行が目指す「FINANCIAL WELL-BEING」についてヒアリングが行われた。

 NTTグループのサステイナビリティ憲章によれば、NTTが考える持続可能な社会の基本理念は「Self as We」で、自分だけでなく他の幸せも同時に実現する利他的共存の精神により様々な施策の展開を目指している。

 「Self as We」とは一体何か?この考え方の3本柱は、①自然は利他的な存在であり、「われわれ」はその一部、②「われわれ」を倫理の意図で結ぶことで文化・社会は安定、➂利他的共存(自らの幸せと他の幸せの共存)で、以下のような持続可能な社会の実現に向けた3つのテーマに対して、9つのチャレンジ、30の活動を設定した。

 

 

●三井住友信託銀行が目指すウェルビーイングの好(幸)循環

 また、三井住友信託銀行は3年前に「存在意義(パーパス)」について、「信託の力で、新たな価値を創造し、お客様や社会の豊かな未来を花開かせる」と明確化し、社員一人ひとりの「内発的動機」が、社員とお客様や社会の「幸せ」を創造する好循環を加速すると捉え、社員のウェルビーイング、すなわち自らの「幸せ」「成長」が会社や社会の成長に寄与すると考えて、個人と社会のウェルビーイングの好循環によって、社会的価値創出と経済的価値創出の両立を目指した。

 昨年の「人材戦略とウェルビーイングの向上」報告書によれば、「社員のウェルビーイング」を構成する4要素である、①心身ともに健康で、②会社の存在意義に共感しながら、③多様性を認め合う良好な人間関係のもと、④自分の価値や強みを生かして、「働く幸せを実感し追求していける状態」を基軸に、次のような人的資本強化ストーリーを開示した。

 

 

●経済的幸福度(ファイナンシャル・ウェルビーイング)

 人生100年時代において、経済的な領域は重要性が高く、自助努力や意思決定への支援が必要不可欠である。アメリカ最大の世論調査会社であるギャラップ社は、「自分の資産管理・運用などに関する経済的な良い状態」と定義したファイナンシャル・ウェルビーイング(経済的幸福度)を、①キャリア・ウェルビーイング、②ソーシャル・ウェルビーイング,➂フィジカル・ウェルビーイング、④コミュニティ・ウェルビーイングの領域に加えた。

 また、OECDは昨年6月に「職域における金融教育の実施手引き」を公表し、職域における金融教育の重要性がますます高まっているとして、従業員の多くが自らの足元や長期の予期せぬ収入減への対応力(ファイナンシャル・レジリエンス)と経済的な幸福度(ファイナンシャル・ウェルビーイング)に影響する問題に直面していることを明らかにした。

 職域は家計の意思決定者を含む成人人口の大部分に金融教育を届けることができるうってつけのチャンネルでもある。そこで、職域における金融教育を開発・実施するための実践的アプローチとして、次の4つの提案を行った。

⑴ 職域における金融教育への戦略的・協調的アプローチを促進する
⑵ 雇用者の関与を支援する
⑶ 従業員の参加を促す
⑷ 金融教育プログラムの設計と実施(出典:金融広報中央委員会「知るぽると」より)

 ちなみに、OECDは金融経済教育をウェルビーイングに紐づけて、次のように定義している。

 「金融の消費者ないし投資家が、金融に関する自らの厚生を高めるために、金融商品、概念及びリスクに関する理解を深め、情報、教育ないし客観的な助言を通じて(金融に関する)リスクと取引・収益機会を認識し、情報に基づく意思決定を行い、どこに支援を求めるべきかを知り、他の効果的な行動をとるための技術と自信を身に着けるプロセス」

 

 

●新学習指導要領に盛り込まれた金融教育

 三井住友信託銀行は、「将来のライフイベントを適切に把握し、賢い意思決定によりお金に関する不安を解消させ、未来に向けて自律的に行動できる状態」をファイナンシャル・ウェルビーイングと捉えて、①ライフプランニングと②福利厚生の有効活用を2本柱とする全社員教育に取り組んでいる。

 ①では、アプリも活用しながら年金・退職金も含めた将来収支の把握方法を社員向けの「個別相談窓口」も活用して解説している。②では、「持株会」「団体保険」など、福利厚生の活用方法について丁寧に解説し、家族(子供など)と一緒に聴講できるように、社員子女の自由研究等への活用も企図として動画形式で配信している。

 同教育を受講した社員の反応によれば、「将来のライフイベントの把握に役立った」37%、「福利厚生の活用方法など、意思決定に役立った」25%、「お金に関する不安が少しでも解消できた」21%、「自律的に行動できる状態に近づいた」13%、であった。

 新規加入者・増額者の増加によって、持株会の年間拠出額が2.5倍に増加し、社員の投資信託の選択率も社員全体は78%に対して、新入社員は92%、マッチング拠出の活用率も全体69%に対して、新入社員は97%であった。

 昨年の高校家庭科学習指導要領の改訂によって、未来の創り手となるために必要な資質・能力を育む「社会に開かれた教育課程」の実現という観点から、「金融」を含めた新たな知識がカリキュラムに組み込まれた。

 同銀行は高校教育の現場向けに金融教育教材・授業を提供しており、私立灘中学校・高校での出張授業を受けた生徒は、「私には将来の夢がありますが、そのためにどれだけのお金が必要なのかを考えたことはありませんでし。大人になった時に幸せな人生を送れるよう、今回学んだ投資にチャレンジしてみようと思います」という感想を述べている。

 授業プログラムには、お金のトラブル回避術、未来とお金について学ぶ基礎コースと、「世界+私」の未来を変える「SDGsと金融」について学ぶアドバンスコースがあり、授業実施件数は学習指導要領改訂後、急増している。

 

 

●人的資本の開示への4つの対応

 ファイナンシャル・ウェルビーイングの実現に向けては、以下の4つのプロセスを通じてサポートすることがポイントである。

⑴ 学ぶ

資産形成に関する意識の醸成(気づきの場)
・ライフプランセミナー(年代別、テーマ別)
・オンラインセミナー(動画コンテンツ)
金融経済教育の知識習得
・取引先企業や教育現場の先生向け
・書籍刊行予定(本年4月)

⑵ 把握

シミュレーション等による家計全体の把握
・スマートフォンアプリ
・家計と金融リテラシーの診断ツール「資産の未来健康診断」

⑶ 相談

資産形成に関する悩みや疑問等を相談
・ライフプラン相談窓口(オンライン)

⑷ 行動

資産形成の実践など
・会社制度の活用
・不動産売買、住宅ローン利用、保険活用、相談対策など

 今後は教育学部に「金融経済教育学科」の設置を含む大学におけるファイナンシャル・ウェルビーイングの研究及び教育の試みが広がっていくことが期待される。麗澤大学も将来構想の一つとして検討する価値があると思われる。新設予定の「サステイナビリティ研究機構」において是非検討していただきたい。

 

 

●国連創立記念事業への参画――「生命の碧い星」寄贈イベント

 ところで、話は変わるが、かつて旧自治省の青少年育成調査研究委員会でご一緒させていただいた一般社団法人「生命の碧い星」の松﨑修明代表理事が進めてきたプロジェクトへの協力、2年後の国連創立80周年記念事業の推進を依頼された。同事業には緒方貞子国際協力機構理事長や国際オリンピック委員会のバッハ会長も賛同している。

 「生命の碧い星」は全世界の人々へ、一つのかけがえのない地球を護らなければという強いメッセージを発信するための事業である。地球市民としての自覚と誇りを持って地球の平和と環境保護を訴え、実践することを目指して国が指定した伝統工芸士の白潟八州彦氏によって制作された地球儀が、「生命の碧い星」である。

 1995年、第1回国連創立50周年記念事業式典で「生命の碧い星」を寄贈、同記念事業式典は5年毎に継続的に開催され、2015年、日米和親条約160周年及び国連創立70周年記念として、首都ワシントンD.C.のケネディ・センターでも寄贈式が行われ、世界平和と地球環境保護に貢献された方々の意志を石として地球儀に収めるセレモニーが実施された。

 石は古来より日本では強い意志を表すものとされている。2010年の第4回国連創立65周年記念事業の国際機関研修では、初めて俳句セッションが実施され、正岡子規の紙芝居が披露された。

 地球儀のモニュメント内部には世界各地から収集した小石が「魂」として順次納められ、広島や長崎の被爆瓦なども地球儀の中に納められている。2017年の第5回国連創立70周年記念事業には、高校生と大学生計10人が参加し、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部と共催する式典でスピーチを行い、地球儀のモニュメントに欧州連合前大統領ら14人が座右の銘などを記した小石を納めた。

 この「生命の碧い星」事業の意義は、新渡戸稲造が提示した①交流②協働③人格の実現という視点と地球儀「生命の碧い星」が共有する視点とが重なり合う点にあり、世界平和への願いを込めて、世界の7つの大海(南極・北極・太平洋・大西洋・インド洋・地中海・オセアニア海)を7つの白磁茶碗で表現する「7つの茶碗の物語」を世界へ発信することを目指している。

 「7つの茶碗の物語」には、99歳の「白寿」と万里を飛翔する「白鵬」と「白鶴」の意味が込められ、以下の「7つの紡ぎ」があるという。

① 平成7年7月7日に国連から承諾の公電
② 7人の陶芸家
③ 7つの茶碗(銘)を付与
④ 7つの星・海(一衣帯水)銘としている
⑤ 令和元年『万葉集』の梅花因み、砥部町花、「梅」は梅園(七折)地名
⑥ 皇族方7名が来砥している
⑦ 7繋がりの連携

 7人の陶芸家がそれぞれの世界観を一碗に込め、一碗の茶の湯の一服の底に“天の川”を感じる作品(茶碗)をそれぞれの思いで作陶している。「生命の碧い星」が作成したオリジナルの世界地図の説明によれば、7つの茶碗で一服し、その後、茶碗がそれぞれのミッションを帯びて、銀河(天の川)へ昇る~そのストーリーが世界中のあらゆる人間との悲哀と感動が協働できる物語が7つできればと願い、そのよう出会いを待っている、という。

 

(令和5年3月14日)

 

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