高橋 史朗

髙橋史朗126 – 発達特性を踏まえた道徳教育の課題

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 

 日教組に代わる教職員組合を作りたいという友愛ゼンセン同盟の提案を契機に、2005年に「感性脳科学教育研究会」を立ち上げ、公開セミナー(メインテーマ「脳科学を教育に活かす!」を日本財団大会議室で開催し、各セミナーの報告書を刊行してきた。

 また、日本道徳教育学会と日本家庭教育学会の幹部を中心に立ち上げた「脳科学などの科学的知見に基づく家庭道徳教育研究会」で、玉川大学脳科学研究所の前所長、現所長から脳神経倫理学研究の最新動向、「情動学」研究の第一人者の東大大学院の遠藤利彦教授や「セロトニン脳」の研究者で、言葉と音楽と体操のリズムを活用した「体育ローテーション」によってセロトニンが分泌されることを実証(文科省の研究指定園74園)した東邦大学の有田秀穂教授や、AIと教育の最新動向に詳しいお茶の水女子大の内田伸子名誉教授からヒアリングを積み重ねてきた。

 発達段階を踏まえた科学的根拠に基づく道徳教育の内容・方法の開発、授業実践に役立つ科学的知見を活用し、「主体的・対話的で深い学び」や「考え、議論する道徳」等の能力を高める教育指導、幼児教育、家庭教育、特別支援教育等と連携した道徳教育をいかに理論的、実践的に確立していくかが今後の課題といえる。道徳教育に関する現場のニーズに応える研究者と実践者との往復的な協議を積み重ね、科学的根拠に基づく道徳科教育学の樹立を目指したい。

 その第一歩として、文部科学省の「情動の科学的解明と教育等への応用に関する調査研究協力者会議」が2014年7月に提言した「関係情報と課題意識を共有できるプラットフォーム」という研究者と実践者が連携する仕組み作りから着手する必要がある。

 

 

●発達特性を踏まえた道徳教育

 政府の教育再生会議の第3次報告(2007年12月)は、「社会総がかりで、徳育の充実に取り組む」よう提言し、「国は、脳科学、社会科学等の科学的知見と教育について基礎的研究を深めるとともに、その知見をもとに、発達段階に応じた徳育体系の在り方や、効果的な教育手法について整理し、学校教育に活用することを検討する」と明記した。

 この提言を具体化するために、翌年に「子どもの徳育に関する懇談会」を文部科学省が設置し、2009年8月に「審議の概要」、同9月に報告が発表された。まず同概要は、「2、子供の発達段階ごとの特徴を踏まえた徳育の推進」について、次のように指摘している。

<子供の徳育の充実に向けては、発達段階ごとの特徴を踏まえることが重要である。
⑴ 乳幼児期からの基本的な生活習慣の形成
⑵ 幼児期からの多様な体験を通じた社会性の涵養、人間関係能力の学習、言語能力の育成
⑶ 幼児期から学童前期における「してよいこと、しなければならないこと、してはならないこと」についての充実した指導、「心に響く指導」の継続的な実施による、基本的な道徳心の育成
⑷ 学童前期からの社会や集団のマナー・ルールに関する継続的な指導、法や決まりの意義の理解など、規範意識の確立、市民性の涵養
⑸ 学童前期からの自己肯定感と自らの成長によって得られる自己達成感の育成
⑹ 青年期以降における人間としての生き方、在り方を踏まえ、自らの生き方をよく考え、人生を切り拓く力の育成
⑺ 各発達段階における豊かな情操の涵養と、未来の主権者・社会形成に参加する一員という、自立した大人を目指すといった観点を踏まえた重点的な取り組みが期待される>

 子供の成長過程については、発達段階ごとの徳性があり、それぞれの段階で達成しておくとその後の発達が順調に進むが、その達成に躓くとその後の発達に支障をきたす可能性のある発達課題が尊竿することが指摘されている。脳科学や発達心理学等の科学的知見を踏まえた道徳教育の在り方について検討する必要がある。

 ちなみに、第19期日本学術会議「子供のこころ特別委員会」報告(2005年6月)は、「乳幼児がテレビを長時間視聴することは、言葉・情緒の発達の遅れにつながる」という研究成果を紹介し、「脳の基本的な構造と機能は10歳前後にはほぼ完成する」と明記している。

 また、脳には「ある脳機能が習得できるのは幼い頃の一定期間内だけである」という「臨界期」があることを明らかにしている。

 ハーバード大学のカガン教授の道徳性の発達段階説によれば、「共感・恥・罪悪感等の情動を持つ」のは、2歳の終わり頃、「良い、悪いといった意味的概念を獲得する」のは、3歳の初めころであるという。この時期に家庭で親がどうかかわるかが重要になる。

 

 

●乳幼児期の発達特性

 乳児期・幼児前期(0~2歳頃)は、まず自分を守り、自分に対し応答的に関わる特定の大人(特に母親)との間に情緒的な絆(愛着)を形成する。そこで育まれる安心感や信頼感を基にして、身近な人や環境に対する興味や関心が芽生え、人間関係を広げると同時に外部への探索活動を行う。

 表象機能の発達により、自分が行おうとすることをあらかじめイメージできるようになり、自分なりの「つもり」を持ちながら行動するようになる。親・大人との間に綱引きが始まり、自分の意思を伝えたいという欲求が高まる。自分の意思や欲求を言葉で表出できるようになり、身の回りのことを自分でしようとするようになる。

 幼児後期(3~6歳頃)には、食事、睡眠などの生活リズムが定着し、身体感覚を伴う直接的な体験や、具体的な事物に関連させながら、世界に対する認知を広げていく。幼児期の特徴として、「自己中心性」があるが、他者の存在にも次第に気付き始める。遊びを中心とした友達との関わり合いを通じて、道徳性や社会性の原型を獲得していく。

 同懇談会の第一回会議で「子供の道徳性の発達に関する心理学的研究」について報告した愛知学院大学の二宮克美教授は「キャラクター教育」の11の原理についても説明し、以下の四つの提言をした。

⑴ 子供の人格全体の発達を枠組みとして持つ。
⑵ 他者の立場に立って物事を考え、行動できる力(視点取得)を育てる。
⑶ 共感や同情といった感情を育成する。
⑷ 罪悪感を大切に育てる。

 また、文部科学省の「家庭教育支援の推進に関する検討委員会」報告は、「重要な視点」として、「子供の発達資産形成の視点から、家庭教育の支援活動を行う」ことを強調し、「子供自身が持つ発達する力をサポートする」という観点から、「発達段階に応じた子供との関わり方の学習が必要」と指摘し、「親としての学びや育ちを応援することが、家庭教育支援の基本」と述べている。乳幼児期の道徳教育においては、この観点を忘れてはならず、家庭と連携した道徳教育が求められる。

 

 

●児童期の発達特性

 次に、学童期を小学校低学年と高学年に分け、発達上の特性と現代的特徴として指摘される現象又は問題点、重視すべき課題について述べたい。

 まず小学校低学年の発達上の特性は、第一に、身体的・運動的な機能の発達に伴い活動の範囲が広がるが、言誤能力や認識力も高まり、自然などへの関心も増し、ある程度時間と空間を超えた見通しが持てるようになる。

 第二に、幼児期の自己中心性も残っているが、他人の立場を認めたり、理解したりする能力も徐々に発達してくる。学校などでの生活経験を通じ、集団の一員との意識を持つようになり、子供たち同士でも役割を分担して行動したりするようになる。

 第三に、「大人が『いけない』ということは、してはならない」といったように、善悪の理解や判断は、大人の権威に依存してなされ、教師や保護者の影響を受けやすい。

 第四に、行為の動機よりも結果を基準とした道徳的価値判断を行う傾向が強いが、してよいことと、悪いことについての理解はできるようになる。

 次に、小学校低学年の現代的特徴として指摘できるのは、子供が基本的なしつけを受けないままに入学し、集団生活のスタート時点で問題が顕在化するケースが多くなっている。小学校に入る前と後の教育方針などに断絶があることによって、いわゆる「小一プロブレム」が起きている。

 家庭における子供の道徳教育に関わる課題として、都市化や地域における地縁的つながりの希薄化、価値基準の流動化などにより、保護者が自信を持って子育てに取り組めなくなっている状況がある。さらに小学校低学年の時期においては、こうした家庭における子育て不安の問題や、子供同士の交流活動や自然体験の減少などから、子供が社会性を十分身に付けることができないまま小学校に入学することにより、精神的にも不安定さを持ち、周りの児童との人間関係をうまく構築できず、集団生活になじめない。前述した「小一プロブレム」という形で、問題が顕在化することが多くなっている。

 子供の壁になれない迎合的な親、叱れない大人が増え、社会規範が流動化し、良いこと、悪いことについて、親や教師、地域の大人が自信を持って指導できなくなっている。

 これらを踏まえて、小学校低学年の時期における子供の発達において、重視すべき課題としては、「人として、行ってはならないこと」についての知識と感性の涵養や、集団や社会のルールを守る態度など、善悪の判断や規範意識の基礎の形成や自然や美しいものに感動する心などの育成や宗教的情操の涵養などが挙げられる。

 次に、小学校高学年の発達上の特性は、第一に、物事をある程度抽象化して認識することが可能となり、その能力が増す。対象との間に距離をとって分析できるようになり、自分のことも客観的に捉えられるようになる。第二に、身体的にも知的・社会的にも成長し、有能感を持つか、これに失敗し劣等感を持つ。

 第三に、集団との関わりにおいては、徐々に集団の規則や遊びの決まりの意義を理解して、集団目標の達成に主体的に関わったり、共同作業を行ったり、自分たちで決まりを作り守ろうとしたりすることもできるようになる。

 第四に、排他的な遊び仲間同士で活動するギャングエイジを迎え、学校や学級においては、幾つかの閉鎖的な仲間集団ができる。集団間の争いや、所属する集団への付和雷同的な行動も見られるようになる。

 第五に、道徳的判断については、行為の結果とともに行為の動機をも十分に考慮できるようになる。理想主義的な傾向が強く、自分の価値判断に固執しがちになる。

 さらに、小学校高学年の現代的特徴として指摘できるのは、メディアを通じた疑似体験、間接体験が多くを占め、人・モノ・実社会に直に触れる直接体験の機会が減少している。また、ギャングエイジを経ないまま成長する子供や自尊感情を持てない子供が増えている。

 これらを踏まえて、小学校高学年の時期における子供の発達において、重視すべき課題としては、抽象的な思考様式への適応や他者の視点への理解力の発達(「9歳の壁」)、活動能力の広がりに応じた現実世界への好奇心(興味・関心、意欲)の涵養、敵対する者も含めた同年代の者との付き合い方を学び、対人関係能力、社会的知識・技能の向上、良心・道徳性・価値判断の尺度の高次化・強化を図る必要がある。

 以上のような児童期の発達上の特性や課題を踏まえて、多くのアスリートたちが小学校時代に書いた「将来の夢」と題する作文を紹介し、困難に挑戦する「勤勉性」を育みたい。同作文に「Jリーグのサッカー選手になって日本代表に選ばれる」と書いた川島永嗣は、「目標から逆算して今の自分を考えてみる」「準備する力」が大事だという。イチローや石川遼、山下泰裕の「将来の夢」作文も是非紹介したい。

 「将来の夢」と密接不可分なのが「志」であるが、「志ヲ立テヨ」と書いた橋本左内の啓発録、野口英世が医術開業試験受験のため19歳で上京する時に、生家の床柱に刻み込んだ「志を得ざれば 再び此地を踏まず」などの先人の志や大谷翔平の「目標達成シート」(光村図書の小学校5年の道徳教科書参照)についても学ぶことが大切である。

 

 

●思春期の発達特性

 青年前期(中学校)は思春期に入り、親や友達と異なる自分独自の内面の世界があることに気付き始めるとともに、自意識と客観的事実との違いに悩み、様々な葛藤の中で、自らの生き方を模索し始める時期である。

 また、大人との関係よりも友人関係に自らへの強い意味を見出す。さらに、親に対する反抗期を迎え、親子のコミュニケーションが不足しがちな時期でもあり、思春期特有の課題が現れる。「反抗期」を否定的に捉えるのではなく、自律から自立に向かうための健全な成長過程と捉える必要がある。

 また、仲間同士の評価を強く意識する反面、他者との交流に消極的な傾向もみられる。性意識が高まり、異性への興味関心も高まる時期でもある。

 現在のわが国においては、生徒指導に関する問題行動などが表出しやすいのが、思春期を迎えるこの時期の特徴であり、また、不登校の子供の割合が大幅に増加する傾向や、青年期すべてに共通する引きこもりの増加といった傾向などが見られる。

 これらを踏まえて、青年前期の中学生の発達において重視すべき道徳教育の課題は以下の三点である。

⑴ 人間としての生き方を踏まえ、自らの個性や適正を探求する経験を通して、自己を見つめ、自らの課題と正面から向き合い、自己の在り方を考える。
⑵ 社会の一員として他者と協力し、自立した生活を営む力を育成する。
⑶ 法や決まりの意義を理解し、公徳心を自覚する。

 青年中期の高校生は、親の保護の下から社会へ参画し貢献する、自立した大人になるための最終的な移行時期である。思春期の混乱から脱しつつ、大人の社会でどのように生きるのかという課題に対して、真剣に模索する時期である。

 現在、わが国では、この時期がこうした大人社会の直前の準備期間であるにもかかわらず、自らの将来を真剣に考えることを放棄し、目の前の楽しさだけを追い求める刹那主義的な傾向の若者が増加している。

 さらには、特定の仲間の集団の中では濃密な人間関係を持つが、集団の外の人に対しては無関心となり、さらには、社会や公共に対する意識・関心の低下といった指摘がある。これらを踏まえて、高校生の発達において重視すべき道徳教育の課題は、以下の三点である。

⑴ 人間としての在り方や生き方を踏まえ、自らの個性・適性を伸ばしつつ、生き方について考え、主体的に選択し進路を決定する。
⑵ 他者の善意や支えへの感謝の気持ちを持ち、それに応える。
⑶ 社会の一員としての自覚を持った行動をする。

 

(令和5年3月10日)

 

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