高橋 史朗

髙橋史朗125 – 青少年のウェルビーイングの実現を目指す青少年健全育成基本法

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 

●全国に定着したスローガン「大人が変われば子供も変わる」

 旧自治省の幹部官僚から「青少年の健全育成に関する調査研究委員会」の座長就任を依頼された折に、就任を引き受ける条件を一つだけ提示したことがある。それは「青少年の健全育成」の基本理念に関わる問題で、大人が健全で不健全な子供を育成するという基本的な考え方を改め、まず大人自身が変わる(これを「主体変容」という)ことが大切であり、「大人が変われば、子供も変わる」という基本的考え方に転換することを条件にお引き受けした。

 この基本的な考え方は、10年以上東京・埼玉・大阪・福岡で開塾した師範塾と親学推進協会の「教師が変われば子供も変わる」「親が変われば子供も変わる」の基本理念と通底しており、全国の青少年健全育成活動のスローガンとなって定着した。埼玉県青少年健全育成審議会会長も4年間務め、そのモデルを構築した。

 危機に瀕する今日の青少年問題の背景には、青少年を取り巻く家庭、学校、地域社会などの環境の劇的な変化、青少年自身と大人自身、さらには社会全体の価値観の変化という根本問題がある。青少年問題審議会も同様の基本認識に立脚している。

 同審議会は、まず大人自身の意識改革の重要性を強調し、「個」と公共の調和、自由と規律の調和の在り方や社会の基本的なルールを次世代に伝達していくことの大切さ、親の子育てを支援し、青少年を問題行動から守り、社会性を培っていくための社会環境をつくっていくことの重要性を指摘した上で、地域社会主導で青少年を育成する新たな「地域コミュニティー」の形成や、国民全体の取り組みを定める「青少年育成基本法」の制定などを求めた。

 同審議会は「『人権』と『公共の福祉』の関係でいえば、戦前への反省から人権の重要性が強調されてきたが、『人権』を主張する中で、社会全体の利益を顧みない行動が見られる。同様に、『権利』と『責任』の関係では、権利の行使には責任が伴うことが軽んじられがちである」と指摘しているが、その通りであろう。

 同審議会は青少年を育成する環境づくり、青少年を非行から守る環境づくり、多元的評価、多様な選択肢のある社会への転換、総合的な青少年対策の確立、を4本柱として、青少年育成基本法の制定に向けて検討するよう求めたが、環境の大きな変化を踏まえた国の青少年行政の在り方を根本的、総合的に見直す必要がある。

 我が国の今日の青少年行政は、青少年の健全育成についての基本理念や国政上の位置づけが未確立で、明確な全体像が描けているとは言えない。戦後の青少年行政は、同審議会が指摘しているように、「非行対策」を中心にしながら、次第に健全育成を視野に入れた「青少年対策」へと発展してきたが、今後は次期教育振興基本計画の「ウェルビーイング」を基本理念とする考え方に転換し、青少年を保護の対象として客体的に捉えがちな青少年対策から、青少年を自己実現、ウェルビーイングの実現を図る主体と捉え、自己実現・ウェルビーイング支援を主眼とした総合的な青少年健全育成対策へと更なる発展を目指す必要がある。

 

 

●韓国の「青少年基本法」に学ぶ

 同審議会が青少年育成基本法の検討をするように提言し、国会の青少年問題特別委員会で審議が開始されたにもかかわらず、基本法の制定の目的、基本理念、法の名称をめぐる議論が真っ向から対立して平行線になったまま閉塞状況を打開できなくなっている。自民党は新たに「青少年健全育成基本法案」を作成したが、審議は全く進んでいない。

 青少年育成の基本理念について考えるにあたって、韓国の「青少年基本法」が参考になる。同法は第一条に目的を定め、「当法は青少年の権利および責任と家庭、社会、国家および地方自治体の、青少年に対する責任を定め、青少年育成政策に関する基本的な事項を規定することを目的とする」とした上で、第二条の基本理念として、「未来社会の主役となる青少年が豊富な知識を土台に、個人的には健康で情緒豊かな生活をし、社会においては礼儀をわきまえ、共同体としての自覚を持って行動し、自由民主主義の原則に対する信念と国家に対する誇りを持ち、人類繁栄に貢献できる、明るく主体的な青少年として育つようにすることを当法の基本理念とする」と定めている。

 同法によれば、「青少年育成」とは、青少年の福祉を増進し、青少年の修練活動を支援し、青少年交流を振興させ、有益な社会条件と環境を提供し、青少年に対する教育を相互に補足し合うことで、青少年の健全な成長を助けることを言う。

 「青少年の修練活動」とは、青少年が生活圏または自然圏で心身鍛錬、資質向上、趣味開発、情緒涵養、社会奉仕などによって学ぶことを実践する体験活動を言う。

 我が国の今日の教育荒廃をめぐって、国や学校、家庭、社会のそれぞれに責任を押し付け合い、問題が一向に解決しない傾向が見られる。これは我が国において、それぞれが担う役割と責任が不明確なために起きている現象である。青少年育成においては、学校のみならず、青少年、国家及び地方自治体、家庭や地域社会がそれぞれの立場に応じた責任と役割を担うべきである。

 この責任分担について韓国の「青少年基本法」は、まず「青少年の権利と責任」については、第5条で、「青少年は安全で快適な環境の中で自己啓発を追求する権利があり、精神的、身体的健康を害したりする恐れのある、あらゆる環境から保護されなければならない。青少年は自身の能力開発と健全な価値観の確立に力を注ぎ、家庭、社会および国家の構成員としての責任を担うよう努力しなければならない」と定めている。

 また、「国家及び地方自治体の責任」については、第8条で「国及び地方自治体は、青少年の修練活動を奨励し、福祉を増進し、第7条の規定による国民の責任遂行に必要な条件を醸成し、これに必要な法的、制度的措置と必要な財源を調達する責任を負う」と定めている。

 第7条の規定というのは、「社会の責任」について定めたもので、「すべての国民は、青少年が日常生活の中で楽しく活動し、ともに生きる喜びを分かちあうよう援助しなければならない。…青少年を理解し、指導しなければならず、青少年の非行を放置しないなどその補導に最善を尽くさなければならない。…青少年の精神的、身体的健康に害を及ぼす行為をしてはならず、青少年に有害な環境を排除し有益な環境が整備されているよう努力しなければならない」などと規定している。

 さらに、「家庭の責任」についても第6条で、「家庭は、青少年が個性と資質をベースに自己啓発を図り、国家と社会の構成員としての責任を担い、後を継ぐ世代として立派に成長できるように努力しなければならない」と定めている。

 

 

●ドイツの児童・青少年援護法に学ぶ

 青少年育成の基本理念について考える上で、もう一つ参考になるのは、ドイツの児童・青少年援護法である。同法は、児童・青少年のすべての学校外分野での心身の福利、育成を目的とする総合立法で、青少年福祉法の発展的後継法規として成立したもので、旧法が社会秩序維持を重視した青少年問題への指導的、規制的介入を中心としたものであったのに対し、新法は予防的効果を狙った社会立法として各種サービスを提供することを主眼とし、介入的措置は極力回避するよう配慮されている。

 すなわち、公的青少年援護は両親の教育活動をサポートし、それによって青少年の教育状況を改善し、社会生活への参入をスムーズに行わしめようというのが新法の精神で、各種の助言的、助成的制度が中心となっている。

 我が国の日本国憲法にあたるドイツ連邦共和国基本法の青少年に関連する条項である第6条第2項は、「子供の育成及び教育は、両親の自然的権利であり、かつ、何よりもまず両親に課せられている義務である。この義務の実行については、国家共同体がこれを監視する」と定めており、児童・青少年援護法の「第1章 総則」の「親権者の責務」においても同様の規定がある。

 さらに、「すべての若年者はその成長への助成を受け、自己責任と社会性を備えた人格形成のための教育を受ける権利を有する」「青少年援護はこの権利の実現のため、若年者の個人的及び社会的発達を助成し、障害の防止及び除去に寄与すること、両親及びその他の教育権者に教育につき助言及び支援を与えること、児童及び青少年をその福利への危険から保護すること、若年者とその家族に有益な生活条件、及び児童、家庭に良好な環境の維持、実現に寄与すること、をその本旨とする」と定めている。

 

 

●青少年育成の基本理念として配慮すべき点

 この韓国の青少年基本法、ドイツの児童・青少年援護法を踏まえ、青少年育成の基本理念として配慮すべき点について考えたい。まず第一に、乳幼児期から青年期に至るまで、青少年には健全に育成されるべき成長段階があり、青少年の育成にあたっては、年齢及び成熟度に応じた社会的配慮、将来の社会と文化の担い手としての役割を果たす者として、将来を視野に入れた配慮が必要である。

 第二に、青少年は成長する主体であり、その成長を支援することが「青少年の健全育成」にほかならず、それが「公共の福祉」につながること。第三に、青少年が自立し、社会の構成員であることを自覚し、心身ともに健康に育ち、社会においてウェルビーイングを実現していけるよう支援すること。

 第四に、「21世紀に求められる青少年の資質」を踏まえ、自他を尊重し、伝統や文化を創造的観点から再発見し継承発展させる態度と能力、ボランティア活動や奉仕活動等の積極的に参加する態度と能力を育成すること、第五に、青少年が生命を尊重し、自然を愛し、環境を保全し、多様な異文化を理解し、他者と共生することができる態度と能力を育成すること、第六に、青少年に基本的人権を保障し、青少年がぬくもりのある家庭や安全な地域社会で生活できるよう保護し、有害な社会環境から保護すること。

 さらに、青少年育成の基本は家庭であるが、国及び地方自治体、地域社会、企業などに支援義務があり、責任があることを明らかにする必要がある。

 曽野綾子氏がまとめた政府の教育改革国民会議報告では、「将来的には、満18歳後の成年が一定期間、環境の保全や農作業、高齢者介護など様々な分野において奉仕活動を行うことを検討する。学校、大学、企業、地域団体などが協力してその実現のために、速やかに社会的な仕組みを作る」と提案したが、「国及び地方自治体は、青少年の修練活動を奨励し、…する責任を負う」と明記している韓国の青少年基本法、「実践については国家的共同体がこれを監視する」と規定しているドイツの児童・青少年援護法を参考にする取り組みが求められる。

 文科省が設置した「子どもの徳育に関する懇談会」報告を踏まえて、徳性の発達段階についての科学的知見についての共通理解を深めるとともに、次期教育振興基本計画の基本理念としてウェルビーイングの実現が明記されることを踏まえて、親と教師も含めたウェルビーイングの実現を目指す青少年健全育成基本法の制定に向けて本格的な議論を重ねる必要があろう。

 

(令和5年3月9日)

 

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