髙橋史朗124 – 次期教育振興基本計画の最新動向と「異次元の少子化対策」
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授
麗澤大学 特別教授
●教育振興基本計画の総括的基本方針
教育振興基本計画は将来の予測が困難な時代において国の教育政策の進むべき方向性を示す羅針盤となる総合計画であるが、文部科学省の中央教育審議会の教育振興基本計画部会は2月7日、第13回会合を開催し、前回会合で示された審議経過報告案に寄せられた1089件のパブリックコメントや28教育団体からのヒアリング結果等を反映させた答申素案について審議した。
答申素案には新たに「はじめに」が追記され、「新型コロナウイルスの感染症拡大と国際情勢の不安定化という予測困難な時代の象徴ともいうべき事態が生じ、我が国の教育の課題が浮き彫りになるとともに、学びの変容がもたらされた。少子化・人口減少、グローバル化の進展、地球規模課題、格差の固定化と再生産など、様々な社会問題が存在する」と述べ、これまでとは次元が異なる状況を深刻に捉えている。
答申の各論となる「今後の教育政策に関する基本的な方針」では、まず総括的な基本方針として、2040年以降の社会を見据えた教育政策のコンセプトとして、①「持続可能な社会の創り手の育成」と②「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」の「相互循環的な実現」に向けた取り組みの必要性を強調している。
①では、持続的な発展を生み出す人材の育成を重視する観点から、一人ひとりが自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、個々人が自立して自らの個性・能力を伸長するとともに、多様な価値観に基づいて地球規模問題の解決等を牽引する人材の育成を目指している。
地球規模問題の解決等を牽引する人材の育成については、政府の「教育未来創造会議」ワーキンググループが1月23日に第2次提言に向けた論点整理案について議論し、コロナ後のグローバル社会を見据えて、国際競争力の向上を目指して、世界最先端の分野で活躍する人材育成、地域の成長・発展を支える人材育成のための方策について検討している。
今後目指すべき未来社会像については、第6期科学技術・イノベーション基本計画において、持続可能性と強靭性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せを実現できる、人間中心の社会としての「Society5.0(超スマート社会)」が示されている。
安全保障については、軍事的な安全保障のみならず、人間の安全保障という視点も重要であり、この視点からレジリエンス、精神的回復力の向上を図ることが人間中心の社会の持続的な発展の実現のカギを握っていることを見落としてはならない。
新型コロナウイルス感染症拡大の影響としては、国際経済の停滞、グローバルな人的交流の減少、体験活動の機会の現象などの事態が生じた。また、学校の臨時休業により学校の居場所やセーフティーネットとしての福祉的役割を再認識するきっかけとなった。
2040年以降の社会を見据えた時、現時点で予測される社会の課題や変化に対応して人材を育成するという視点と、予測できない未来に向けて自らが社会をつくり出していくという視点の双方が必要となる。
予測できる社会の変化としては、少子化、人口減少が挙げられ、現在の生産年齢人口である15~64歳の人口は、2050年には現在の3分の2に減少すると推計されている。我が国の労働生産性は国際的に見て低く、このままでは社会経済の維持が危機的状況にある。
また、人口減少・高齢化は特に地方において深刻であり、地方創生の視点からの対応も必要である。さらに、長寿化が進展する中での対応も求められる。
●教育振興基本計画の5つの基本方針
②では「日本発のウェルビーイングの概念整理」(「道徳サロン」拙稿連載116参照)を行うとともに、以下の5つの基本方針を提示している。
A グローバル化する社会の持続的な発展に向けて学び続ける人材の育成
B 誰一人取り残さず、すべての人の可能性を引き出す共生社会の実現に向けた教育の推進
C 地域や家庭で共に学び支え合う社会の実現に向けた教育の推進
D 教育デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進
E 計画の実効性確保のための基盤整備・対話
答申素案においては、基本方針Aに「世界で活躍するイノベーターやリーダー人材を育成することが重要」と追記され、取り組むべき事項について「少子化・人口減少が著しく進展する我が国がこれからも活力あふれる社会として持続していくため、質の高い教育により一人ひとりの生産性や創造性を一段と伸長させていくことが急務」であると強調している。
また、「持続可能な社会の創り手」の育成に貢献するESD(持続可能な開発のための教育)に注目し、SDGsの実現に貢献するESDは、現代社会における地球規模課題の諸課題を自らに関わる問題として主体的に捉え、その解決に向けて自分で考え、行動する力を身に付けるとともに、新たな価値観や行動等の変容をもたらすための教育として重視している。
基本方針Bでは、令和の日本型学校教育答申で提言された「個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実」は、多様な子供の状況に応じた学びを進めるとともに、多様な他者と学び合う機会を確保するものであり、共生社会の実現に向けて必要不可欠な教育政策の方向性であることを確認している。
さらに個人と社会のウェルビーイングの実現の観点から、保護者や地域住民などが学校運営に当事者として参加し、地域と学校が連携・協働する地域学校協働活動を一体的に推進するとともに、地域の多様な人材を活用した家庭教育支援チームの活動を推進していくことが効果的である、としている。
それによって学び手、学校、保護者、地域住民などが「三方よし」となり、それぞれのウェルビーイングが高まるよう三者が一体となって取組を推進することが求められる。
基本方針Cでは、「人づくり・つながりづくり・地域づくり」の循環が生み出されることによって、個人と地域全体のウェルビーイングの向上がもたらされる。地域で人と人とのつながりを作り、「協調的な幸福」感を紡ごうと取り組んでいる人たちが自信と誇りを持つことができるようにしていく必要があると力説している。
●教育振興基本計画における「不易流行」論議
注目されるのは、「今般の新たな教育振興基本計画の策定は、教育の発展に尽力してきた先人の努力に思いを致すとともに、未来に向けて教育の在り方を構想するにふさわしい節目の時期に行われるもの」であり、「教育基本法を普遍的な使命としつつ、新たな時代の要請を取り入れていく『不易流行』を検討の視座として審議を行った」と述べている点である。
具体的には、「教育の普遍的な使命」として、「教育基本法の理念・目的・目標・機会均等の実現を目指すことは、先行きが不透明で将来の予測が困難な時代においても変わることのない、立ち返るべき教育の『不易』である。教育振興基本計画は、『不易』を普遍的な使命としつつ、社会や時代の『流行』の中で、我が国の教育という大きな船の羅針盤となるものといえよう。『流行』を取り入れてこそ『不易』としての普遍的使命が果たされるものであり、不易流行の元にある教育の本質的価値を実現するために、羅針盤の指し示す進むべき方向に向けて必要な教育施策を着実に実行していかなければならない」と述べている。
この点について、保守系の教職員団体である全日本教職員連盟は次のような見解を提出している。
【教育振興基本計画における不易流行について】
教育基本法の理念等の実現を目指すことは教育の「不易」であり、「流行」を取り入れてこそ「不易」としての普遍的使命を果たされるとある。まさにその通り、「不易」と「流行」は根本が同じものであり、「流行」の中に教育の本質である「不易」の部分がないと、それは空虚な方法論になる恐れがある。そのため本計画において、さらに「不易」の部分に触れるとともに、具体的な施策の中で教育基本法第1条の理念、特に「我が国の伝統と文化を基盤として国際社会を生きる日本人の育成」について、後述されている「グローバル人材育成」の部分と合わせて記述すべきではないか。
●私立大学協会意見書とパブリックコメントの注目点
縦軸の「不易」な価値観と横軸の「流行」の価値観を統合する教育振興基本計画が求められるが、令和5年度からの次期教育振興基本計画の総括的な基本方針として提示されている「ウェルビーイング」についても、日本的ウェルビーイングという縦軸の価値観とWHOや国連などで議論されている横軸の流行の価値観を統合する視座が求められる。
この点に関連して、日本私立大学協会は1月20日に意見書を提出し、「ウェルビーイングに代表されるように、その内容や趣旨については理解できるものの、まだ日本社会に定着したとは言い難い外来語の使用については抑制的であることが望ましい」と注文を付け、「各学問分野の調和ある発展とそのための基盤的な支援策とが明記されるべき」と主張している。
パブリックコメントの意見概要の「今後の教育政策の遂行に当たって特に留意すべき事項」として注目されるのは、次のような意見である。
・「日本社会に根差したウェルビーイング」の定義が様々な要素を並べているだけで、学校現場で何をすればよいかイメージできないのではないか。
・文科省はじめ中教審の理念や考え、方向性はとても分かりやすいが、それが地方教育委員会、校長会などを経由して現場に降りてくると、少しずつズレてきて、そのことが推進を妨げているように感じる。従来とは異なる推進が必要ではないか。
・ウェルビーイングをキーコンセプトとすることに賛同。自信感情や自己効力感を高める「心の健康教育」を取り入れるべき。
・ウェルビーイングを日本としてどう考えるか検討している点は良いが、自尊感情や自己効力感は欧米社会だけでなく、すべての人に必要なものではないか。
・共生社会の実現の総論部分は共感できるが、「弱み」「強み」といった対立的な書き方ではなく、それぞれが多様であることが当然であり、「違い」を生かすことを全面的に出すべきではないか。
●少子化の原因と「異次元の少子化対策」とは?
最後に、教育振興基本計画と関係の深い社会の変化として重視されている少子化問題について述べたい。私はかつて政府の少子化対策重点戦略会議の「家族と地域の絆」分科会委員として少子化対策について提言してきたが、我が国の少子化の主要因は未婚化・晩婚化・出生力の低下であり、晩婚化によって出産年齢が上昇し、「子供が欲しいができないから」と答えた者が74%を占めている。従来の少子化対策が成果を上げていないのは、少子化の原因を取り違えているからである。
1980年に50歳時の未婚率は男性2.6%、女性4.45%に対して、2020年では男性の28%、女性の18%が未婚と激増している。独身でいる理由で最も多いのは「適当な相手にめぐり合わない」である。2021年の「出生動向基本調査」によれば、異性の交際相手を全く持たない未婚者は男性72.2%、女性64.2%に及ぶ。そこで、出会いの機会の創出や結婚支援策が最重要課題だといえる。
同調査によれば、「いずれ結婚するつもり」という18~34歳の未婚者が、男性は6年前の前回調査の85.7%から81.4%に、女性は89.3%から84.3%にて低下。逆に、「一生結婚するつもりはない」という非婚傾向が男性17.3%、女性14.6%と過去最多となった。
また、「家庭も子供も持たないことになりそうだ」と答えた未婚女性が3人に1人、「結婚したら子供を持つべき」と答えた男性は前回調査と比べて2割減の55%、女性は3割減の36.6%と激減した。
未婚化の主要因は、①非正規労働や低賃金など若者の雇用環境の劣化、②出会いの機会の減少であり、若者の雇用環境の改善、結婚や子育ての良さに気づかせる「ライフデザイン(ライフプラン)教育」「親になるための学び」や出会いの機会の創出が課題といえる。
少子化担当大臣として少子化対策をリードしてきた衛藤晟一議員によれば、3人以上の子供という多子世帯に対して手厚い支援をしないと人口は維持できないのは明らかであるという。また、結婚と子育てのすばらしさを教える教育の重要性を再認識する必要がある。
昨年末に閣議決定された「デジタル田園都市国家構想」の5か年総合戦略に明記されている「若い世代を中心として結婚の希望をかなえるために、地方公共団体によるAIやビッグデータを活用したマッチングシステムの運営などの結婚支援の取組を地域少子化対策重点推進交付金によって支援するとともに、優良事例の横展開を行う」「中高生や若い世代向けのライフデザインセミナー、乳幼児との触れ合い体験の実施、男性の家事育児参画促進セミナーの開催など、子育てに温かい社会づくり・機運の醸成を図る取組を支援する」という施策を実現し、こうした対策を核にした「異次元の少子化対策」を強力に推進することを岸田政権に求めたい。
中京大学の松田茂樹教授によれば、3歳までは家庭で子供を育てたいと思っている「典型的家族」が多数を占めているにもかかわらず、家庭保育への公的支援がないことは公平性を欠いている。3月6日付産経新聞のコラムで櫻井よしこさんが指摘されているように、「伝統的家族の長所に目を向け、若い人々が結婚できる社会の構築に最大限の支援」をしなければならない。
(令和5年3月7日)
※髙橋史朗教授の書籍
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