髙橋史朗122 – 悩みを解消する「言語化の魔力」とは何か――「言葉の力」で幸せになる
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授
麗澤大学 特別教授
●「悩み」の3つの特徴
鈴木大拙の出身地の金沢には、「鈴木大拙館」という記念館があり、「それはそれとして」と書かれた大拙直筆の掛け軸が飾られている。精神科医の樺沢紫苑氏は、この言葉は相手を否定する言葉ではなく、相手を受容しながら、話をより高次元へと引き上げる言葉であるという。過去は変えることができないので、「過去」にフォーカスしている脳の注意を「今にチューニング」して、「今できることをやろう!」とネガティブ感情を切り替える高度な心理テクニックと解説している。
本連載76・88の拙稿で詳述した樺沢紫苑『最新脳科学から最高に人生を作る方法一精神科医が見つけた3つの幸福』(飛鳥新社)によれば、「幸せを実感」している時には、セロトニン・ドーパミン・オキシトシンという3つの脳内神経伝達物質が分泌されているという。同氏はユーチューブチャンネル『精神科医・樺沢紫苑の樺チャンネル』を開設し、一問一答形式で視聴者の悩み、質問に答え、その動画数は4千本を超えている。その蓄積の集大成として昨年11月、『言語化の魔力』(幻冬舎)を出版した。
同書には、悩みの特徴とメリット、悩みを分析する軸と解消する方法がそれぞれ3つずつわかりやすく解説されており、前述した「3つの幸福」の続編として注目される。そこで、本稿でそのエッセンスを要約して紹介したい。
まず悩みの第1の特徴として、「つらい、苦しい、不安だ、死にたい」といったネガティブな感情を伴うが、重要なのは「トラブルや問題=悩み」ではないこと、そして、悩みを解消するのに、原因(トラブルや問題)を取り除く必要はないということである。これらのネガティブな感情を取り除くことができれば、悩みの9割が解消される。少しでもプラスに動き出すと「何とかなる」と思えるようになる。
悩みの第2の特徴は「対処法」がわからないから不安になりパニックに陥るが、「対処法」がわかるだけで悩みの9割は解消し、「対処法」を実行に移すだけでいい。状況の改善、トラブル打開の手掛かりが得られれば、「何とかなりそうだ」と希望が湧いてきてネガティブな感情は軽減する。「相手を変える」のではなく「自分が変わる」(=「主体変容」)ことが大切である。
悩みの第3の特徴は、不安によって脳内物質ノルアドレナリンが過剰に分泌されて頭が真っ白になって閉塞感や絶望感を覚え、「どうしようもない」「どうにもならない」と言って、呆然と立ち尽くしてしまい、「ワーキングメモリ(作業記憶・短期記憶、脳の作業領域)」が低下して「行動停止」「思考停止」状態に陥ってしまう。「停滞」から一歩踏み出して少しでも改善できれば、途端に閉塞感や絶望感は消えていき、悩みの9割は解消する。
●「悩み」の3つのメリット
悩みは「人生のスパイス」であり、「悩み=悪」の認識を改める必要がある。ハードルが現れたらリズムよく飛び越えていけばいい。ただし、飛び越えるには技術や方法を体得する必要がある。ストレスやネガティブ感情を処理して「スルーする技術」、そして立ち止まらずに前に進む「心のしなやかさ(レジリエンス)」を体得する必要がある。
悩みは「心の筋力トレーニング」であり、「きつい」から成長する。ロールプレイングゲームのように、手強い相手を倒せばファンファーレが鳴って、「貴重なアイテム」「たくさんのゴールド」「より強い武器、防具」「たくさんの経験値」が手に入り、主人公は次のステージへ進むことができる。楽なことだけしていても自己成長はない。
悩みは「成長の道しるべ」であり、あなたの改善点を教えてくれるスプリングボードである。悩みはあなたを大きく成長させる絶好のチャンスを与えてくれる。悩みを抱えていても、悲観し落ち込む必要はない。「成長」とは、「昨日できなかったことが、今日できていること」、もしくは「新しいことが(前よりも楽に、効率よく)できるようになること」である。
●「なんとかなるさ」――「言葉の力」を駆使せよ
スウェーデンの心理学者ロバート・カラセックは「職場ストレスモデル」をまとめ、横軸を「仕事の要求度」、縦軸を「仕事の裁量度(コントロール感)」として、様々な仕事を4種類に分類した。
図のように、左上領域の「仕事の裁量度が高く、要求度が低い」場合は、難しすぎない仕事を自分の好きなように行うことができるわけだから、心理的な負担が低い。右下領域の「裁量度が低く、要求度が高い」場合は、難しい仕事を自由度なく行うので、負荷が高くなる。
次に、仕事のコントロール感を持ちながら、難しい仕事を上手にこなせる人は、「積極的」な職場態度となり、学習意欲やモチベーションも高く充実感もある。反対に、単純でコントロール感がない仕事、例えばオートメーションのライン作業や内職作業のような単純作業の反復は「受身的」となり無気力になりがちである。
ちなみに、福岡県の産業医科大学が6千人以上の日本人労働者を9年間フォローし、このカラセックモデルと病気の発生率や自殺率の関係を研究した。その結果、「高負荷」のグループは脳卒中の発症率が「低負荷の2.73倍、また、「裁量度が低い」グループの自殺率は、「裁量度が高い」グループの4.1倍にもなったという。
コントロール感を取り戻すためには、「なんとかなるさ」とつぶやけば、興奮を抑制する「手綱」のような役目を果たしている脳の「前頭前野」から「暴れ馬」である扁桃体に「言葉(言語情報)」が流れて扁桃体の興奮が抑制され不安が沈静化される。
沖縄の方言の「なんくるないさ」、ヒッチコック監督の映画『知りすぎていた男』の主題歌のタイトル「ケ・セラ・セラ」はどちらも「なんとかなるさ」と同じ意味であり、楽観的な人ほどレジリエンス(回復力)が高い。
「言葉の力」を駆使することが大切であり、本当は「無理」と思っていても、「私はできる!」「やればできる!」「絶対にできる!」と言葉にすれば、脳にはドーパミンという「目標設定」した時に分泌される脳内神経伝達物質が分泌されて注意力、集中力、記憶力がアップし、仕事の効率を飛躍的に高めてくれる。コントロール感を失った時に、「やれることをやれる範囲でやっていこう」とつぶやくと原点に回帰することができる。
●「悩み」を分析する3つの軸と「視座の転換」
悩みを分析する3つの軸は、前述した「コントロール軸」と「今、できることは何か?」に焦点を当てる「時間軸」と自分が変わるという「自分軸」である。また、悩みを解消する3つの方法は「視座の転換」「言語化」「行動化」である。
視座とは、「物事をどの位置から捉えるか」「物事を見る上での視点、立場」を指す。水が半分入ったコップを見て、「半分しか入っていない」と捉えるネガティブ思考と「半分も入っている」と捉えるポジティブ思考とがある。
また、物事の全体を俯瞰し「鳥の目」のマクロの目でロングショットで見れば「大した事ではない」ことでも、「虫の目」のミクロの目でクローズアップすると、欠点やうまくいっていない点などネガティブなところばかりが目に付いて近視眼的になってしまう。
モノクロ映画時代の喜劇王、チャップリンの有名な言葉に「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」というのがあるが、全体を大局的に俯瞰し見通して判断すればより正しい判断ができ、絶好のチャンスを見逃さない。
人間は追いつめられると何か一つの考えにとらわれてしまい、周囲の事柄に考えが及ばない「心理的視野狭窄」に陥ってしまう。「楽しいか苦しいか」ではなく、「ボチボチ」「まあまあ」「普通」という選択肢を入れると、それだけで「苦しい」が「ボチボチ」に変わる。
脚本家の三谷幸喜さんは、筆が進まなくなると、映画『アパートの鍵貸します』等の監督として知られる巨匠「ビリー・ワイルダーならどうする?」と自問自答するという。自分が尊敬している他人になりきって「○○ならどうする?」、逆に、「もし自分がその立場なら、どうした?」、「なぜ○○は××したのか?」と他人の視座へ転換することで状況を打開できるという。
●「言語化」のメリットとオキシトシンの効果
本書で最も注目されるキーワードは「言語化」である。「言語化」のメリットは以下の6点である。
⑴ 悩みの可視化・・・見える化、取り扱い可能、自己客観視できる
⑵ 整理される・・・分析、自己解決可能、「どうしていいかわからない」からの脱却
⑶ 外化・・・棚卸し、脳が軽くなる、ワーキングメモリ(作業記憶)の解放
⑷ ガス抜き・・・心が軽くなる、ストレス解消
⑸ 共有可能、伝わる・・・コミュニケーション、共感による癒し
⑹ 行動化・・・行動が促される、言葉を変えると行動が変わる
「言語化」とは、自分の考えていることを「話す」「書く」ことを通して、言葉にして伝えることで、言語化によって悩みが解消し、癒しが実現する。言語化することによって、「共感」と「安心」が生まれる。脳科学的には、人と交流して「楽しい」「幸せ」「癒される」と感じる時に「幸福物質」と呼ばれるオキシトシンが分泌され、次のような効果をもたらす。
⑴ ストレス解消効果・・・ストレスホルモン「コルチゾール」が低下
⑵ リラックス効果・・・副交感神経を優位にし、血圧や心拍数が低下
⑶ 不安の減少効果・・・扁桃体が興奮し危険警報を鳴らしている状態でも、オキシトシンはその興奮を鎮め、不安を取り除く
⑷ 抗うつ効果・・・オキシトシンは「うつ」を予防
⑸ ストレスから脳を守る効果・・・海馬を攻撃するコルチゾールの分泌を抑え、ストレスから脳を守る
「つらい」「苦しい」などのネガティブな感情の風船が膨らんできたら、適度に「ガス抜き」が必要である。ガス抜きには以下のコツがあるという。
<ガス抜きの「話し方」のコツ>
⑴ 気楽に話す
⑵ 話すだけで解決しなくていい
⑶ 悩みは小さいうちに流していく
⑷ 深刻にならない
⑸ できる範囲で自己開示する
⑹ 気楽に話せる友人を1人以上持つ
⑺ 元気な状態でガス抜きする
<ガス抜きの「聞き方」のコツ>
⑴ 聞くことに専念する
⑵ 助言、アドバイスは不要
⑶ 共感を示す言葉を言う
⑷ 相づち、アイコンタクトなど非言語コミュニケ―ションを意識
⑸ 気軽に話せる雰囲気
⑹ 上から目線でなく水平な関係性
●「3行ポジティブ日記」と「筆記表現法」
「言語化」の一つとして、悩みを書き出すだけで悩みは解消する。自分の悩みを簡潔明瞭にまとめることができれば、「悩みを9割解消した」のも同じであるという。言語化という「メス」を使って感情と事実を切り分け、寝る直前に次のような「3行ポジティブ日記」を書き、今日あった一番楽しかった出来事を頭に浮かべながら眠ることを推奨している。
⑴ 寝る直前に、「今日会った楽しかった出来事」を3つ思い出し、それぞれ1行ずつノートに書く。
⑵ あまり長文で書くと睡眠にマイナスになるので、ほどほどに。
⑶ 書いたらすぐに「楽しかった出来事」をイメージしながら布団に入り、楽しいイメージのまま眠りにつく。ネガティブな余計なことは考えない。
英オックスフォード大学の研究によれば、不眠に悩む14名に3日間の筆記表現法を試したところ、寝つきにかかるまでの時間が、実験前は40分だったのが、14分にまで改善した。
また、米社会心理学者ジェームス・ペネベーカーがPTSDの治療のために考案した「筆記表現法」は、ポジティブ心理学の分野で多くの実験が行われており、「自己洞察力が高まる」「睡眠改善効果」「うつ症状の改善」「幸福度のアップ」など、様々な効果があることが報告されている。
さらに、本書は朝散歩、運動などの「行動化」によって、心と身体を整えることの重要性も強調している。
●感知融合の「言語化の魔力」
最後に、悩みが消える究極の方法として、⑴あきらめる、⑵「やめる」のではなく「撤退する」、⑶親切、感謝、他者貢献、の3つを挙げている。
「諦(あきら)める」は仏教用語で、「諦観」というのは、物事の本質を明らかに観た「悟りの境地」を指す。「明らかに観る」とは、先入観や執着を取り除いて観ることを意味している。つまり「あきらめる」とは、「中断」「放棄」「投げ出す」ことではなく、「できること」と「できないこと」を見極めることである。
アドラーは「苦しみから抜け出す方法はたった一つ。他の人を喜ばせることだ。「自分に何ができるかを考え、それを実行すればよい」と指摘した。
本書のタイトル『言語化の魔力』とは、言葉には自他を勇気づけ、言葉にするだけで悩みが解消する「凄い力」が秘められている。その凄い力を「魔力」と表現したのである。万葉集の柿本人麻呂の歌に「しきしまの大和の国は 言霊(ことだま)の幸(さき)はふ国ぞま幸(さき)くありこそ」という歌がある。
自分の部屋を「敷島の間」と名付けて毎日和歌日誌を書き、高校の古典の教師であった私の父は、幼い私に何度もこの歌を詠み聞かせた。「お父ちゃん、どういう意味?」と聞くと、「日本の国は、言霊すなわち言葉が持つ力によって幸せになっている国です。これからも平安幸福でありますように」という意味や、と教えてくれた。
日本的幸福観、日本的ウェルビーイングの中核を成している言霊(言霊)、すなわち「言葉の力」の重要性を感知融合の視点から創造的に再発見し、国際発信するとともに、感知融合の道徳教育・敷島の道・常若志道和幸教育の実践の深化、体系化を目指したい。
日本道徳教育学会と日本家庭教育学会の幹部が世話人となって開催してきた「脳科学などの科学的知見に基づく家庭道徳教育研究会」を発展的に解消して、国際発信を見据えたウェルビーイング教育の共同研究を進めていきたい。
(令和5年3月2日)
※髙橋史朗教授の書籍
『WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と「歴史戦」』
『日本文化と感性教育――歴史教科書問題の本質』
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