高橋 史朗

髙橋史朗109 – SDGsの根本的再検討
――キーワードは「自然成長力」「共同体感覚」

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 

●アドラー心理学とホリスティック教育の相補的合流

 SDGsが示す持続可能な社会を実現するためには、「持続的幸福」の核になる「幸福を感じる心・力」を育成するウェルビーイング教育が最も重要である。このSDGsとウェルビーイング教育の理論的考察を行うにあたって、ホリスティック教育とアドラー心理学の相補的合流に注目する必要がある。

 本連載で詳述してきたように、ウェルビーイング教育は「SDGsの目標達成に不可欠な実施手段」であり、「SDGsの成功の鍵」である。2019年の第40回ユネスコ総会で採択された「持続可能な開発のための教育:SDGs実現に向けて(ESD for 2030)」でそのように明記された日本発のESDとアドラー心理学は深い関係にある。

 「持続可能な開発のための教育(ESD)」はホリスティック教育の視点に立脚した、我が国の提案によって国連・ユネスコに浸透したものであり、ホリスティック教育の理論的支柱であるホーリズムを提唱したスマッツとアドラーの密接な影響関係を踏まえる必要がある。

 アドラーは『人間知の心理学』において、自己を通した宇宙的な<つながり>の自覚が「共同体感覚」の根源であることを明らかにしているが、アドラー心理学の『個人心理学ジャーナル』の編集長で、アドラーの高弟の一人であるアンスバッハーによれば、アドラーは1927年前後を境にして「共同体感覚」という概念の位置づけを、個人的欲求に対する対立概念から質的に発展させたが、これはスマッツの『ホーリズムと進化』を読んだ影響である。

 アンスバッハーが同誌に寄せた「ホーリズムの起源について」という論文によれば、アドラーがスマッツに送った手紙において、「あなたの『ホーリズムと進化』を読んで、そこに述べられている全てのことに非常に感動しました。…特に、これまで私たちが<統一性>とか<一貫性>とか呼んでいたものに関して、それが何であるのかが見通せるようになったことに意義がありました」と書き、<関わり>を支える感性である「共同体感覚」を、宇宙的に開かれたつながりを、自らの心の奥で感じ取り「宇宙的な感情」と捉えるように深められたという。

 アドラーの「共同体感覚」という中心概念はこのようなホリスティックな視点へと練り上げられ、ホリスティック教育の「自然成長力」「自然治癒力」「自己学習力」「自律的秩序形成機能」と同質のものとなった点に注目する必要がある。

 SDGsと密接不可分のESD,ウェルビーイング教育の中心概念もこの全ての子供に内在している「自然成長力」「発達力」にあり、自らを自らの手で「変容」させ、癒していく力が内在しており、その内なる「自然成長力」の源泉に気づき、子供の内面に自覚化されるときに、「志を立てる」“願力”が湧出し、道徳的実践意欲と態度が育つのである。

 

 

●SDGsの思想性の3つの流れ

 本連載107「SDGsの思想的背景を踏まえて、日本が果たすべき役割は何か」で、指摘したように、SDGsの思想性には、⑴南北からグローバル化へ、⑵課題システムから包括システムへ、⑶主権国家体系から地球社会へ、という3つの大きな流れがある。まず第一に、核を中心とした軍事対決、イデオロギー闘争、同盟国の取り込み合戦、という三重構造になっていた東西冷戦が終焉し、1990年代になると「南北」の枠組みが一挙に崩壊し、ODAが停滞し始める中、南北問題の最後のグローバルなあだ花として登場したのが「ミレニアム開発目標(MDGs)」で、2000年9月に合意された。

 翌年アメリカで9.11同時多発テロ事件が起き、共和党政権はテロの原因が貧困だと考えてMDGsを使い始めた。また、東日本大震災で48か国の最貧国のうち35カ国が日本を支援したことに世界のマスコミが驚いた。「南北」などという時代ではなくなり、「北から南へ」の支援だけではないという認識が広がった。

 次に、課題システムの大きな要素は、1920~30年代の国際社会にあったが、国際連盟が創設され、その知的協力の分野を担当したのが、国連初代事務次長の新渡戸稲造であった。彼が世界の知的指導者を集め、知的交流を促進し、それが土台となって、第二次世界大戦後にユネスコが誕生したのである。

 国連創設に大きな影響を与えたのは「機能主義」で、1950~60年代のユニセフなどの多様なプログラムのベースとなった。国家という「物理的武力装置」を占有している主体が主役になれば世界平和が脅かされるので、国家の中でも非権力機能を国際的に結びつけるものを表に出すことが重要だと考え、その結びつきを構築し、協力体制を拡大し、浸透させることができれば、武力システムが発動しにくくなると構想したのである。

 こうした「課題志向型政治システム」が数十年続いたが、1990年代から環境やジェンダー問題等様々な問題が表面化した。2000年に採択された「地球憲章」は、世界全体で諸課題に一体となって対応するシステムを作る必要性を訴え、包括的な視点を取り入れたモデルを提供した。

 第三の流れは、国家中心から「脱国家」への変化である。国家に代わって市民社会や企業活動が前面に出てくるようになり、専門家グループやNGOなどが非常に重要な役割を果たすようになった。

 

 

●モーガン准教授の警告

 ところで、麗澤大学のジェイソン・モーガン准教授は、月刊誌『WiLL』(令和3年12月号)に掲載された論文「国連がふりまくSDGsに仕込まれた猛毒」において、次のように指摘している。

 

<SDGsは本当に地球を発展させることにつながるのか――。長年にわたって「国連の正体」を報道しているアメリカの保守系雑誌「ニュー・アメリカン」によれば、SDGsは「持続可能な発展」とは”関係ない”と結論づけている。同紙は、2012年6月にブラジルのリオデジャネイロで開かれた「リオ+20」(各国首脳が今後10年の経済・社会・環境のあり方を議論する場)の本当の目標は「全世界の社会主義化」だと報じた。SDGs(Sustainable Development Goals)は、同じ頭文字を使って日本語訳すると、(S)社会主義(D)導入(G)ギミック【策略】(Socialism Debut Gimmick)に過ぎないのだ。

 なぜ、SDGsの目的が「全世界の社会主義化」だと断言できるのか。それはSDGsの前身が「ミレニアム開発目標」(2000年)であり、さらにその前身である「アジェンダ21」(1992年)の一環であるからだ。アジェンダ21は、貧困の撲滅や環境汚染対策など、将来への持続可能な文明を実現するために、国連が人類を中央管理する「グローバル社会」の未来が描かれている。まさに“グローバリズムの聖書”と言ってもおかしくない。グローバリズムとは社会主義が変貌した姿であり、社会主義と同じくエリート層が大衆をコントロールする考え方だ。今日の世界のように、SDGsに従っていればエリート層による支配は簡単になる。…具体的には、国家の主権、私有財産、言論の自由などをなくしていく教育であり、社会主義者がずっとねらってきた目標だ。各国の主権が終わり、皇室の滅亡、家族の崩壊、天賦人権の取り消しなど、「社会主義」とは言わなくても、今日はSDGsという隠れ蓑の下で進んでいるのだ>

 モーガン准教授は「国連と中共の奇妙な関係」を問題視し、前述した「リオ+20」の事務局長は中国共産党の有力者で、天安門事件を計画して実行した人物に賞を提供し、「中国が国連を乗っ取っていること」に警鐘を鳴らしている。さらに、少子化問題と関連して、次のように問題提起している。

 

<ユネスコだけでなく、国連そのものが一帯一路の一部になりつつある今、国連が実現しようとしているSDGsというトロイアの木馬を、安易に日本国内に受け入れるべきではない。国連は「国際的平和」というイデオロギーの下で、巧妙にできたスローガンを唱えながら、実際に世界を支配している。そういう組織が,SDGsという響きのいいスローガンを持ち出す時こそ要注意だ。

 ちなみに、少子化問題と必死に戦っている日本で、SDGsを導入することは極めて矛盾している。なぜなら、グローバリズムの最優先は何かというと、地球の人口を大幅に削減することだからだ。1974年に米連邦政府が作成した「人口問題」に関する白書「キッシンジャー・レポート」の中では、世界の「有色人種」が多すぎるという理由で、「有色人種」をできるだけ減らすべきだというショッキングな内容が書かれている。グローバリズムの王様であるキッシンジャーのアイディアが、SDGsの本質を表している>

 

 

●日本発のSDGsの国際発信――焦点はESD、ウェルビーイングとの関連

 要するに、いきなり出された“予防薬”を飲む前に、SDGsの正体を徹底的に調べる必要がある、とモーガン准教授は警鐘乱打されているわけであるが、十分に傾聴に値する問題提起であると思われる。

 前述したように、国連やユネスコには新渡戸稲造や松浦晃一郎、服部英二といった優れた日本人がリードしてきた実績もある。その実績を活かして、今こそ日本の国際的リーダーシップが問われているのである。SDGsについては、17の目標の関係性が不明確であり、根本的に再検討する必要があるため、SDGsの歴史的背景と思想的流れを十分に踏まえて総合的・包括的に考察する研究会を立ち上げて論点を整理し、国内外にわかりやすく説得力のある発信をしていきたい。

 SDGsの経済圏、社会圏の土台である「生物圏」を「生命誌」のホリスホリスティックな視点から捉え直すとともに、日本の「とこわか(常若)」の英知で捉え直して国際発信する歴史的役割を果たしたい。日本が提案したホリスティックな「ESD」、ウェルビーイングとの関連が最も焦点になると思われる。

 ウェルビーイングについても、これまでの議論は企業との関係に焦点が当てられがちであったが、SDGsとESDとの関係に留意しつつ、ポジティブ心理学、アドラー心理学、幸福学、脳科学などの科学的知見に基づいてホリスティックな視点からさらに論点整理を行い、日本型ウェルビーイングの原型にも学びながら、日本発のSDGs・ウェルビーイング教育の構想を練り上げたい。

 

(令和5年1月16日)

 

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