高橋 史朗

髙橋史朗108 – 安倍元首相との対談から教育改革の志の原点を探る

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 

●「日本型福祉社会」「家庭基盤の充実」を推進した香山健一

 「日本ホリスティック教育協会」という組織名称の提案者は、深谷隆司元通産相の別荘で安倍元首相にピアノ演奏を指導し、国葬で放映された「花は咲く」の演奏を提案し指導した小田全宏氏(弘法寺管長)であることは知られていない。松下政経塾の4期生で、臨教審第一部会の部会長代理として、臨教審論議をリードした学習院大学の香山健一教授からの依頼で政経塾の入塾審査員や講師を私が担当した際の塾生担当者であった関係で、深谷隆司元通産相の次女との結婚の仲人もさせていただき、家族ぐるみで深く交際している。

 私が入塾審査と教育指導を担当した松下政経塾生には、内閣府副大臣、文科相政務官、自民党副幹事長・文部科学部会長などを歴任した赤池誠章議員、民主党国会対策委員長、厚生労働大臣政務官などを歴任した山井和則議員、清水勇人さいたま市長などがいるが、入塾審査は、ユネスコ事務局長と毎日新聞編集委員と一緒に「着眼大局、着手小局」の観点から「志審査」をさせていただいた。

 香山健一教授は「教育の自由化論」を唱えた「文部省批判」の急先鋒で、元全学連委員長時代の東大の全学連委員長であったフジテレビキャスターの俵幸太郎氏とともに、2年半近く毎週開催された中曾根政権下の臨時教育審議会第一部会後に、赤坂の社会工学研究所(牛尾治朗所長)で、臨教審第一部会戦略会議を開催した極めて親しい間柄であった。

 その関係もあって、香山教授が亡くなった後、中国の社会科学院に寄贈された香山健一文庫の贈呈式に秋篠宮妃紀子さまの父・川島辰彦学習院大学教授と御一緒に式に参加するよう香山夫人から依頼され、中国との往復便の機内で隣席であった川島教授とお話しする機会に恵まれた。

 臨教審関係の膨大な香山健一文書は一時期、明星大学戦後教育史研究センターに寄贈されたが、今は国立国会図書館で保管され公開されている。香山教授は中曽根政権のブレーンであったが、大平政権のブレーンでもあり、「日本型福祉社会」や「家庭基盤の充実」に関する、官邸(首相補佐官)主導の官民一体チームの研究会を牽引し、その研究成果は自民党から単行本として出版されており、必読文献である。

 とりわけ家庭基盤充実対策本部の本部長に大平総理就任が決定していたことは注目に値するが、ご逝去によって実現しなかったことは誠に残念であった。しかし、国を挙げて家庭基盤の充実に取り組む基本理念・方針は安倍政権に受け継がれ、教育基本法の改正、教育再生会議の発足につながった。

 

 

●安倍元首相との「親学」対談

 安倍元首相は平成22年6月18日に収録した私との対談「安倍晋三氏に問う! 教育再生と救国の道筋」(月刊誌『MOKU』「髙橋史朗の真剣勝負対談第8回」同年8月号)において、次のように述べている。

 

髙橋 私は安倍内閣時代に、少子化対策の重点戦略検討会議の委員を務めさせていただきました。その時に驚いたのは、中間報告をまとめた事務局案の中で、「親学」の根幹である「親も責任を持ち」とか「親も子供もともに育つ」という文言が削除されていたんです。どうして親の責任を問わないのかと抗議をして、結局は元に戻ったのですが、事務局側には、育児や介護は親ではなく社会が担うものという意識を感じました。特に現政権では、その体質が強まったように見受けられます。
安倍 子育ては、基本的には親の仕事です。その上で、国や社会ができる限りの支援をしていくということであって、その逆ではありません。ところが、民主党政権が実施した「子ども手当」は、子育ての社会化を目指す政策なのです。子育ての社会化は、「個人の家族からの解放」というイデオロギーを背景とした考え方ですね。かつてポル・ポトが実行し、非常にすさんだ社会が生まれました。あのスターリンでさえ途中でやめたわけで、完全に間違っています。
髙橋 ええ。私が取り組んできた「親学」は、少子化や核家族化、女性の社会進出等によって、子育てや親子関係を取り巻く環境が大きく変化する中で、「親は何をすべきか」を伝えようとするものです。少子化を食い止めるには、保育サービスといった外発的な動機付け以前に、子供を育てる喜び、親として成長する喜びを伝えることが必要ではないでしょうか。
安倍 おっしゃる通りです。確かに子育てはお金もかかり、何かを犠牲にしなければならないかもしれない。しかしそうした苦労をいとわない、損得勘定を超えた価値があるのではないでしょうか。今までの少子化対策は、「子育てには不利が生じるから、国が代償としてお金を出しますよ」という補償の側面が強かったんです。これでは誰も子供を産みたいとは思いません。私たちは、子育ての素晴らしさや家族の価値をもっと伝えていく必要がある。と同時に、仕事と家庭を両立する仕組みや、地域における支援体制の整備が急務だと思い、首相時代には、髙橋先生にもご協力いただきましたし、高市早苗さんや山谷えり子さんたちに、少子化対策プロジェクトを進めてもらったのです。

 

 

●男女共同参画会議をめぐる攻防

 本連載77で述べたように、松下政経塾5期生であった高市早苗議員から電話で大臣室に呼び出され、安倍元首相と担当大臣が男女共同参画会議の有識者議員に私を推薦しているが、有識者議員たちの反対が強いので、少子化対策重点戦略会議の委員になってほしいと言われた時には心底驚いた。首相と担当大臣が推薦しても通らない男女共同参画会議人事の異常さに驚愕せざるを得なかった。防衛予算に匹敵する男女共同参画行政をリードする男女共同参画会議がいかに異常な伏魔殿であるかを如実に物語っている。

 第二次安倍政権下でも、同様の事態が生じたが、菅官房長官が拙著を読んでいただいていたおかげで、私は男女共同参画そのものに反対しているのではなく、真の男女共同参画とは何か、という問題提起をしているのだと弁護していただいたおかげで、4期8年の長きにわたって有識者議員を務めることになった次第である。

 私自身は安倍元首相が座長を務めた「過激な性教育・ジェンダ―フリー教育実態調査プロジェクト」には全く関与しなかったが、同プロジェクトと男女共同参画について、同対談で安倍元首相は次のように述べている。

 

安倍 男女の性別による差別は決して許されるものではありません。しかし、ジェンダーフリーという概念は、生物的性差や文化的背景をすべて否定し、女として生まれても男として育てれば男になるという誤った考え方に基づいています。ひな祭りや端午の節句も、女らしさや男らしさを押し付けるものだと教えていました。ジェンダーフリーの特徴は、過激な性教育です。ここにもやはり、「個人の家族からの解放」という目的が隠されている。というのも、男女の関係は性でしか結ばれないという訳です。家族の絆、夫婦の絆などは一切認めない。私はジェンダーフリー教育の元になっている、男女共同参画基本計画については、約170箇所を修正し、正常化に努めました。
髙橋 年末には第3次男女共同参画基本計画が改定されます。民主党政権は、内容を元に戻そうとしているようですが。
安倍 そうなんです。このことは、家庭崩壊、日本文化の危機に繋がることですから、何とか阻止しなければなりません。

 

 

●安倍元首相の志の原点は吉田松陰『留魂録』

 安倍元首相が力を尽くした教育基本法並びに教育三法の改正論議は、岸内閣の日米安保改定、佐藤内閣の沖縄返還、細川内閣の小選挙区制導入、小泉内閣の郵政民営化と並ぶ「戦後五大長時間審議」の一つとして高く評価できるが、教育改革を志す原点は一体何か。この点に関して、安倍元首相は対談で次のように述べている。

 

安倍 私が取り組んできたことは、戦後の枠組み自体を根本的に見直しながら、21世紀にふさわしい日本をつくるための挑戦でした。私は「戦後レジームからの脱却」なしには、日本の未来はないと確信しています。中でも、国家の基本である憲法が、GHQに押し付けられた内容であるのは明らかにおかしい。時代にそぐわない箇所もありますし、私たちの手で作り上げていくんだという精神こそが、新しい時代を切り拓いていくと考えています。
髙橋 しかし、民主党政権以降、特に「戦後レジームからの脱却」への道は停滞、もしくは後退してしまったのでは?
安倍 そうですね。民主党政権自体が戦後レジームそのものですから。逆に言えば、私たちの問題意識が明確になりました。松陰先生の言葉の中に、「世の中で大いに憂うべきことは、国家が大いに憂慮すべき状態にある理由を知らないことである。もしその憂慮すべき事態になる理由がわかれば、どうしてその対応策を立てないでよかろうか。立てるべきである」という意味の言葉があります。今はまさにその時です。

 安倍元首相の遺志については本連載77で詳述したが、菅元総理が自らの内閣を、高杉晋作が組織した義勇軍「奇兵隊」になぞらえて「奇兵隊内閣」と命名したことに対して、安倍元首相は「非常に違和感を感じている」とコメントし、「晋三」という名前は、高杉晋作の「晋」に由来しているが、山口県出身の人のあこがれの対象は高杉晋作だが、尊敬の対象は吉田松陰であることを強調し、以下のように述懐された。

 

髙橋 お父様の葬儀の時に、吉田松陰の『留魂録』の「死を決するの安心は四時の順環に於いて得る所あり」を、葬送の言葉として引用していらっしゃいました。
安倍 ええ。松陰先生は、刑死を前にして『留魂録』を書かれました。中でも「四時の順環」は、松陰先生の人生哲学の結晶だと受け止めています。「四時」は四季のことで、「四時の順環」というのは、人間の人生にもそれぞれの人に相応しい春夏秋冬がある。たとえ十歳で死んだとしても、その人生には、百歳まで生きた人と同じように自ずから四季が備わっているといったことを意味しているのだと思います。そして、松陰先生は、四季の中で付けた実が籾殻だったかどうかは、私の志を受け継ぐ人がいるかどうかにかかっていると。私も、父が何を残したのかは、一番近くにいた自分が志を受け継いでいけるかどうかにかかっていると思ったのです。
髙橋 なるほど。人生は長く生きることに価値があるのではなく、今を充実して生き、志を継承していくことが大切なんですね。安倍晋太郎氏の死を、世間は「首相直前の志半ばで惜しい」というかもしれませんが、その志が受け継がれれば、幸せな人生だったといえるのではないでしょうか。

 お父様と同じ67歳で銃撃に斃れた安倍元首相の心中や如何⁈ 

 

(令和5年1月12日)

 

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