髙橋史朗107 – SDGsの思想的背景を踏まえて、日本が果たすべき役割は何か
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授
麗澤大学 特別教授
●SDGsの実現に貢献するESDが必要な背景
新型コロナウイルス感染症の拡大により、学びの在り方を含めた社会の在り方が大きく変化する中で、「新たな日常」に向けた社会変革の推進力となる人材や、地球規模の課題を「自分事」として捉え、地域の人と連携して自分は何ができるかを主体的に考え行動する子供の育成が求められている。すなわち、かつてない未曾有の事態において、私たちが直面する課題を主体的に捉え、その課題の解決に向けて自分で考える力を育む教育がますます重要になっている。
ホリスティックな視点から日本が提唱した「持続可能な開発のための教育(ESD)」は、まさに地球規模の課題を「自分事」として捉え、その解決に向けて自ら行動を起こす力を身に付けるための教育である。日本発のESDの重要性を再認識し、持続可能な社会の実現に向けて学校教育においてESDを推進し、SDGsと道徳の関係を明確化して、ホリスティックな視点に立脚した「感知融合の道徳教育」としてESDの理論と実践の深化を図る必要がある。
文部科学省はSDGsを実現するための行動、実践を促進するための手引きを令和3年5月に改訂し、SDGsの実現に貢献するESDの推進が求められる背景について、次のように述べている。
ちなみに、日本ESD学会は学会誌『ESD研究』を平成30年に創刊し、昨年第5号が発刊されている。
●新学習指導要領におけるESDの位置づけと3つの実践課題
平成28年12月に発表された中教審答申に、「ESDは次期学習指導要領改訂の全体において基盤となる理念である」と明記され、翌年に公示された幼稚園教育要領、小中学校学習指導要領及び平成30年に公示された高校学習指導要領においては、全体の内容に係る前文及び総則において、「持続可能な社会の創り手」の育成が掲げられている。
前回の拙稿で述べたように、ESDで目指す「持続可能な社会づくりの構成概念」は。次の6つの視点である。
⑴ 多様性(いろいろある)
⑵ 相互性(関わりあっている)
⑶ 有限性(限りがある)
⑷ 公平性(一人ひとり大切に)
⑸ 連携性(力合わせて)
⑹ 責任制(責任を持って)
ESDの実践に当たっては、⑴どのように学ぶか、⑵何ができるようになるか、⑶どのように取り組むのか、の3つの視点が重要であり、文科省はそれぞれについて次のように説明している。
⑴ 「主体的・対話的で深い学び」の視点から、不断の学習・指導方法を改善することが重要です。問題解決的な学習を適切に位置付けるなど、探究的な学習過程を重視し、学習者を中心とした主体的な学びの機会を充実し、体験や活動を採り入れるだけでなく、学習過程のどの部分にどのように位置づけたら効果的かを十分に吟味します。グループ活動を取り入れ、話し合い、協力して調査やまとめ、発表を行い、協働的な学びとします。
⑵ 知識・理解に留まらず、学びを活かし、様々な問題を「自分の問題」として行動する「実践する力の育成」を目指します。また、「持続可能な社会の構築」という観点を意識することにより、児童生徒の価値観の変容を引き出すことができます。
⑶ ESDを効果的に推進するためには、ESDの実施を学校経営方針に位置付け、校内組織を整備して学校全体として組織的に取り組むこと、ESDを適切に指導計画に位置付けること、地域や大学・企業との連携の視点を取り入れること、児童生徒による発信と学習成果の振り返りを適切に行うことなどが重要です。
●ESDの認知度とESDの代表的実践事例
内閣府広報室の「ESDに関する世論調査の概要」によれば、ESDに関する認知度は非常に低く、この言葉の意味を知っているのは約3%、言葉のみ知っている者を合わせても20%に満たず、8割の国民は、言葉さえも知らないというのが現状である。ESDに取り組むアプローチは決まった手立てや手順があるわけではないので、日々の授業と公務に追われる教育現場では、そのための手順や組み立てを行う教育活動は現実的には困難で、ましてやこれを道徳教育に活かす取り組みは遅々として進んでいないのが現状である。
学校教育現場において、ESDに関する単元は、社会科、総合的な学習の時間を主体として教育実践が行われ、社会科以外では、家庭科、英語科などで取り上げている。教科書およびサブテキストなどとして様々なテーマで取り扱われている。
ESDという言葉を伝えることはなくとも、身近な問題に端を発し、課題解決の学習過程をたどることでESDを実施している事例報告が多数ある。前回の拙稿で紹介したNPO法人「持続可能な開発のための教育の10年」推進会議が提示した「ESDが大切にしている学びの方法」を実践している代表的事例として、3つの事例を紹介しよう。
⑴ 宮城県気仙沼市の防災教育に力点を置いた実践
東日本大震災によって甚大な被害を受け、多くの尊い命が犠牲になったことから、ESDを視点とした防災教育の在り方を授業実践を通して明らかにし、市内の小中学校の取り組みを検証している。平成26年に「気仙沼市立学校の防災教育の検証」を公表している。
⑵ 東京都江戸川区の小学校の「地域人材との連携事業」
東京都が取り組んでいる地域学校協働活動の「子どもたちの教育を支援する地域の力」の充実に向けて、として発表された江戸川区の事業は、地域の人材を活用して、「地球未来塾」という新たな取り組みとして、子供たちの基礎学力定着に大きな成果を上げている。
⑶ 奈良市の世界遺産学習を教育課程に位置付けた地域的諸課題を発展させた事例
教科領域等の枠組みを超えたカリキュラム開発として、地域の伝統芸能を学ぶ目的を持つ総合的な学習の時間と音楽との合科に、英語活動を組み込んだ単元としてのプロジェクト型学習を実施した。「地域との連携による世界遺産学習の一環としての英語活動」として、奈良教育大学教育実践開発研究センター研究紀要第22号(平成25年)に詳述されている。
●「平等」とは異なる「公正」と多様性をめぐる議論
Global education monitoring report(2016)によれば、教育と持続可能な開発のつながりの重要性は実証データに明確に表れている。人口の増加、近代的な生活スタイル、個人の行動の3点が、持続不可能な社会を生み出したことに言及し、これらを解決する重要な役割として教育の実現を前面に押し出し、教育は別表にあるように、SDGsの17の各開発目標とすべて関わり合っていることがわかる。
SDGsの目標4,1にある「無償かつ公正」な教育について、上智大学副学長の杉村美紀教授は、次のように指摘している。
●人間の安全保障と平和構築に対する教育――日本の歴史的役割は何か
今日の多様な国際問題に対処していくためには、「人間」に焦点を当てたアプローチが重要であるとともに、様々な主体及び分野間の関係性をより横断的・包括的に捉え直すことが要請されている。外務省も指摘するように、「人間の安全保障」の実現に資する取り組みが期待されている。
「人間の安全保障」は国家を軸とした「安全保障」ではなく、市民生活の「安心保障」や個人の「安全保障」をも包摂する概念であるが、教育の分野では、従来から「人間開発」や人間の尊厳性の尊重などにおいて教育が果たすべき役割があると考えられてきた。
杉村教授によれば、人間開発とは、人々の選択肢を拡大し、潜在的能力の発揮・拡大を促すことであり、国連開発計画は毎年、①健康(出生時平均余命)、②知識(成人識字率及び平均就学年数)、➂所得(一人当たりGDPや購買力)によって国の開発レベルを評価する「人間開発指数」を公表している。
コメニウスは、平和な世界を実現するには国境を超える普遍的な平和教育が必要だと考え、世界初の子供向け絵入り教科書となった『世界図絵』を編纂したことで知られている。ユネスコ憲章の前文に明記されている「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」という文章は、このコメニウスの考え方に基づいて作成されたものである。
沖縄県の教育委員会と日教組が従来の「反戦平和」という「消極的平和」教育から、「心の中に平和の砦を築く」という「積極的平和」教育に一時期転換したが、「人間開発」は「消極的平和」から「積極的平和」への転換を目指す上で極めて重要な課題といえる。
詳しくは、拙著『平和教育のパラダイム転換』明治図書、平成9年)、日教組教育文化政策局編『もう一つの「平和教育」――反戦平和教育から平和共生教育へ』(労働教育センター、平成8年)、並びに、拙稿の「道徳サロン」連載16を参照されたい。
SDGs策定の歴史的経緯を踏まえて、その思想的背景を十分に吟味し、課題を明確化する必要がある。「南北からグローバル化へ」という第一の流れ、「課題システムから包括システムへ」という第二の変化、「主権国家体系から地球社会へ」という第三の変化というSDGsの思想的背景を踏まえて、SDGsの17の目標を日本が提唱したホリスティックな視点に立脚したESDの視点から見直す必要がある。
玉石混交のごった煮のSDGsの目標を本質的に捉え直して有機的な連携を図り、現状では浮き上がってしまっているSDGsの目標16(「平和と公正をすべての人に」)と他の16の目標とを明確に統合させるとともに、「常若(とこわか)」文化に根差した日本型SDGs・Well-being教育のビジョンを国際発信することが、G7教育大臣会合が5月に開催される日本に求められている歴史的役割と言えよう。
(令和5年1月10日)
※髙橋史朗教授の書籍
『WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と「歴史戦」』
『日本文化と感性教育――歴史教科書問題の本質』
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