髙橋史朗106 – SDGs目標に位置付けられた「持続可能な開発教育」と道徳
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授
麗澤大学 特別教授
●SDGsをめぐる歴史的変遷
2015年9月に開催された国連サミットにおいて、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択され、グローバル社会は「経済」「社会」「環境」が調和した普遍的で「変革的(transformative)」な取り組みによって、地球の未来のために持続可能な社会づくりを目指して、世界全体の共通目標として18の目標と169のターゲット(指標)が示された。
SDGs策定に至る歴史的経緯を振り返ってみると、「持続可能な発展」という概念は、1972年に発表された「地球の成長限界」に遡ることができる。国際有識者で構成されたローマクラブは、資源の枯渇による地球の有限性に注目し、システムダイナミックスの手法を応用して人類の危機を予見し警鐘を鳴らした。世界全体で貧困を解決し、食糧、教育など人間が生活する上で最も基本的なニーズを満たすことを優先的な解決課題とした。
その後、1987年の国連の「環境と開発に関する世界委員会最終報告書(ブルントラント・レポート)において、「持続可能な開発」という考え方が提唱され、資源や環境等の「世代間の公正」に加え、経済格差や南北格差等の「世代内の公正」の実現のために、先進国と開発途上国の双方で持続可能性を追求すること、多様なステークホルダーの連携による包摂的な取り組みの重要性が示された。
東京女子医大の杉下智彦教授によれば、ここで重要なのは、、「経済発展」を目的とした「成長」ではなく、「持続可能性」を目指した「人間中心の発展」の在り方に焦点が移ってきたことである。「地球の限界」の議論は、1992年の地球サミットや1995年の世界社会開発サミットを経て、貧困や環境問題、ジェンダー、さらにはHIVなど感染症などの地球課題への取り組みを明確にした2000年のミレニアム開発目標(MDGs)、さらに2015年の「持続可能な開発目標」へと引き継がれたのである。
●SDGsの主要原則と優先課題
日本政府はSDGsの実施を推進するため、首相を本部長とし、全閣僚を構成員とする推進本部を平成28年に設置し、優先課題を設定して実施のための主要原則を次のように定めている。
「我が国は、持続可能な経済・社会づくりに向けた先駆者、いわば課題解決先進国として、SDGsの実施に向けた模範を国際社会に示すような実績を積み重ねてきている。今後のSDGs実施の段階においても、世界のロールモデルとなることを目指し、国内実施、国際協力の両面において、世界を誰一人取り残されることのない持続可能なものに変革するための取り組みを進めていくことを目指す。…持続可能で強靭、そして誰一人取り残さない、経済、社会、環境の総合的向上が実現された未来への先駆者を目指す」
特に日本が力を入れるべき優先課題として、次の8項目を列挙している。
⑴ あらゆる人々の活躍の推進
⑵ 健康・長寿の達成
⑶ 成長市場の創出、地域活性化、科学技術イノベーション
⑷ 持続可能で強靭な国土と質の高いインフラの整備
⑸ 省・再生可能エネルギー、気候変動対策、循環型社会
⑹ 生物多様性、森林、海洋等の環境の保全
⑺ 平和と安全・安心社会の実現
⑻ SDGsの実施推進の体制と手段
さらに、日本政府は「持続可能な開発のための教育に関する関係省庁連絡会議において、『わが国における「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するグローバル・アクション・プログラム」実施計画』を打ち出した。
●ESDの目標と「育みたい力」「学びの方法」
文部科学省のホームページによれば、「ESDは現代社会の課題を自らの問題として捉え、身近なところから取り組むことのより、それらの課題の解決につながる新たな価値観や行動を生み出すこと、それによって持続可能な社会を創造していくことを目指す学習や活動である」と書かれ、そのために必要な視点として、次の2点が挙げられている。
⑴ 人格の発達や、自律心、判断力、責任感などの人間性を育むこと
⑵ 他人との関係性、社会との関係性、自然環境との関係性を認識し、「関わり」「つながり」を尊重できる個人を育むこと
その上で、ESDの目標とESDによって「育みたい力」を次のように列挙している。
<ESDの目標>
⑴ 全ての人が質の高い教育の恩恵を享受すること
⑵ 持続可能な開発のために求められる原則、価値観及び行動が、あらゆる教育や学びの場に取り込まれること
⑶ 環境、経済、社会の面において持続可能な将来が実現できるような価値観と行動の変革をもたらすこと
<ESDによって育みたい力>
⑴ 持続可能な開発に関する価値観(人間の尊重、多様性の尊重、非排他性、機会均等、環境の尊重等)
⑵ 体系的な思考力(問題や現象の背景の理解、多面的かつ総合的なものの見方)
⑶ 代替案の思考力(批判力)
⑷ データや情報の分析能力
⑸ コミュニケーション能力
⑹ リーダーシップの向上
また、NPO法人「持続可能な開発のための教育10年」推進会議は、「ESDを通じて育みたい能力」と「ESDが大切にしている学びの方法」について、次のように提示している。
<ESDを通じて育みたい力>
⑴ 自分で感じ、考える力
⑵ 問題の本質を見抜く力・批判する思考力
⑶ 気持ちや考えを表現する力
⑷ 多様な価値観を認め、尊重する力
⑸ 他者と協力して物事を進める力
⑹ 具体的な解決方法を生み出す力
⑺ 自分が望む社会を思い描く力。地域や国、地球の環境容量を理解する力
⑻ 自ら実践する力
<ESDが大切にしている学びの方法>
⑴ 参加体験型の手法が活かされている
⑵ 現実的課題に実践的に取り組んでいる
⑶ 継続的な学びのプロセスがある
⑷ 多様な立場、世代の人々と学べる
⑸ 学習者の主体性を尊重する
⑹ 人や地域の可能性を最大限に活かしている
⑺ 関わる人が互いに学び合える
⑻ ただ一つの正解をあらかじめ用意しない
●SDGs目標4,7に位置付けられたESD
2019年の第40回ユネスコ総会で採択されたESDの新たな国際枠組み「持続可能な開発のための教育:SDGs実現に向けて(ESD for 2030)」で明確にされたように、ESDはSDGsの目標4「全ての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯教育の機会を保障する」に位置付けられているが、以下の目標4,7に関しては達成されているとは言い難く、内閣府が発表した「持続可能な開発目標を達成するための具体的施策(付表)」には、学校教育におけるSDGsに関する学習等を通じ、子供たちに必要な資質・能力が育成されるよう学校現場で活用される教材の改善・充実を推進する、と明記されている。
<SDGs目標4,7>
4,7 2030年までに、持続可能な開発のための教育及び持続可能なライフスタイル、人権、男女の平等、平和及び非暴力的文化の推進、グローバル・シティズンシップ、文化的多様性と文化の持続可能な開発への貢献の理解の教育を通して、全ての学習者が、持続可能な開発を促進するために必要な知識及び技能を習得できるようにする。
4,a 子供、障害及びジェンダーに配慮した教育施設を構築・改良し、全ての人々の安全で非暴力的、包摂的、効果的な学習環境を提供できるようにする。
4,b 2020年までに…先進国及びその他の開発途上国における高等教育の奨学金の件数を全世界で大幅に増加させる。
4.c 2030年までに、…教員研修のための国際協力などを通じて、質の高い教員の数を大幅に増加させる。
日本政府が掲げているSDGsアクションプランでは,「SDGsの担い手としての次世代・女性のエンパワーメント」が掲げられており、学校教育でもユネスコスクール認定校を中心に、SDGs教育に力を入れる学校が増加している。SDGs教育を実践する際に重要なのは、SDGs教育を何のために行うのか、SDGs教育によっていかなる人材育成を目指すのか、という視点である。
●ESDの視点に立った学習指導で重視する能力・態度
国立教育政策研究所の教育課程研究センターによれば、「ESDに視点に立った学習指導の目標」は、「持続可能な社会づくりに関わる課題を見出し、それらを解決するために必要な能力や態度を身につける」ことにあり、持続可能な社会づくりの構成概念は、⑴多様性、⑵相互性、⑶有限性、⑷公平性、⑸連携性、⑹責任制であり、ESDの視点に立った学習指導で重視する能力・態度は以下の通りである。
⑴ 批判的に考える力
⑵ 未来像を予測して計画を立てる力
⑶ 多面的・総合的に考える力
⑷ コミュニケーションを行う力
⑸ 他者と協力する力
⑹ 繋がりを尊重する態度
⑺ 進んで参加する態度
●「SDGsと道徳」の先駆的取り組み
琉球大学の上地完治教授によれば、SDGsと道徳科との直接的な関連性については、学習指導要領や解説を見る限りではそれほど自明のことではなく、小中学校の学習指導要領にはSDGsという文言は見当たらない。中学校の学習指導要領解説の中で、内容項目「自然愛護」に関する説明の中に唯一、「持続可能な開発目標(SDGs)」という言葉があるだけである(同「SDGsの学習が道徳授業にもたらすもの」『どうとくのひろば』27号、日本文教出版、令和2年10月、2-4頁、参照)。
日本道徳教育方法学会の会長を務めていた渡邊満広島文化学園大学教授は、道徳の教科化の意義として、これまでのような個々人の内面の枠内にのみとどまる学習ではなく、「個々人が各々参画する社会の主体的な構成員として活動するために必要な力を育成する任務」が道徳教育に課せられていると明示されたことを挙げている(渡邊満・押谷由夫・渡邊隆信・小川哲編『「特別の教科道徳」が担うグローバル時代の道徳教育』北大路書房)。
SDGsを自分事として捉える「常若産業甲子園」の先駆的実践を道徳の授業において展開することも「個々人が各々参画する社会の主体的な構成員として活動するための意必要な力を育成する」ものと位置付けられよう。髙橋塾ではSDGs・ウェルビーイング教育を「常若・志道和幸」教育と捉えて、「感知融合の道徳教育」として実践化する共同研究に取り組み、今年も日本道徳教育学会と日本感性教育学会で発表する予定であるが、第3期生には髙橋ゼミの卒業生である京都大学特任教授や道徳教育研究会会長の小学校長らが加わり、理論と実践の往還による深化が期待される。
麗澤大学では、徳永澄憲学長をはじめとする7名の「SDGs推進プロジェクトメンバー」を中心にオムニバス形式で「SDGsと道徳」をテーマに、講義、グループディスカッションやプレゼンテーションなど多様な形式で授業が行われており、同授業の到達目標は、
⑴ SDGsについて基本的理解を得る
⑵ SDGsの学びを通じて建学の理念の理解を深める
⑶ 大学生として取り組むことのできるSDGsを考える
の3つであり、年間の授業内容は以下の通りであり、全国に先駆けた授業として注目される。
第1回「SDGsと建学の理念」(徳永澄憲)
第2回「SDGsの全体像と背景」(松島正明)
第3・4回「SDGsと道経一体」(下田健人)
第5回「SDGsの取り組み事例」(内尾太一)
第6回「ジェンダーに関する課題」(松島正明)
第7回「SDGsと廣池千九郎」(橋本富太郎)
第8回「貧困に関する課題」(田中俊弘)
第9・10回「SDGsと経済・経営」(大野正英)
第11―13回「麗澤大学SDGsフォーラム」
(令和5年1月7日)
※髙橋史朗教授の書籍
『WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と「歴史戦」』
『日本文化と感性教育――歴史教科書問題の本質』
『家庭で教えること 学校で学ぶこと』
『親学のすすめ――胎児・乳幼児期の心の教育』
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