高橋史朗103 – SDGsの土台は「幸福を感じる心」を育てるウェルビーイング教育
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授
麗澤大学 特別教授
●SDGsと「持続可能な開発のための教育(ESD)」の関係
今、世界には気候変動、生物多様性の喪失、資源の枯渇、貧困の拡大など人類の開発活動に起因する様々な問題がある。前回取り上げた「持続可能な開発のための教育(ESD)」とは、これらの現代社会の問題を自分事として主体的に捉え、人類が将来の世代にわたって恵み豊かな生活を確保できるよう、身近なところから取り組む(think globally, act locally)ことで、問題の解決につながる新たな価値観や行動などの変容をもたらし、持続可能な社会を実現していくことを目指して行う学習・教育活動である。つまり、ESDは次図のように持続可能な社会の創り手を育成する教育である。
前回述べたように、ESDは2002年の「持続可能な開発に関する世界首脳会議」で我が国が提唱した考え方であり、2013年の第37回ユネスコ総会で採択された「ESDに関するグローバル・アクション・プログラム(GAP)」(2015-2019)に基づき、ユネスコを主導機関として国際的に取り組まれてきた。
2015年の国連サミットにおいて、先進国を含む国際社会全体の目標として「持続可能な開発目標(SDGs)が採択されたが、SDGsは「誰一人取り残さない」社会の実現を目指して、2030年を期限とする包括的な17の目標及び169のターゲットによって構成されている。ESDはこのうち、目標4「すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯教育の機会を促進する」のターゲット4.7に位置づけられているだけでなく、SDGsの17全ての目標の実現に寄与するものであることが第74回国連総会において確認されている。
持続可能な社会の創り手を育成するESDは、SDGsを達成するために不可欠である質の高い教育の実現に貢献するものであり、全てのSDGsの目標を達成するための基礎とされている。これは、2019年の第40回ユネスコ総会で採択されたESDの新たな国際的枠組み「持続可能な開発のための教育:SDGs実現に向けて(ESD for 2030)」においても明確となっている。
すなわち、同総会で採択された決議に、「ESDが質の高い教育に関する開発目標に必要不可欠な要素であり、その他の全てのSDGsの成功への鍵として、ESDはSDGsの達成の不可欠な実施手段である」「加盟国政府および他のステークホルダーが゙、『ESD for 2030』の実施を通じて、ESDの行動を拡大することを奨励する」と明記されている。
●ユネスコが公表したロードマップと学習指導要領の改訂
ESD for 2030は,ESDの強化とSDGsの17の全ての目標実現への貢献を通じて、より公正で持続可能な世界の構築を目指すものである。ESD for 2030の採択を受けて、本枠組み下で取り組まれるべき具体的な行動を示すロードマップがユネスコより公表された。
ロードマップでは、5つの優先行動分野(①政策の推進、②学習環境の変革、➂教育者の能力構築、④ユースのエンパワーメントと動員、⑤地域レベルでの活動の促進)及び6つの重点実施領域(①国レベルでのESD for 2030の実施(Country Initiativeの設定)、②パートナーシップとコラボレーション、➂行動を促すための普及活動、④新たな課題や傾向の追跡(証拠ベースでの進捗レビュー)、⑤資源の活用、⑥進捗モニタリングが提示されるとともに、GAPからの主な変更点として、SDGsの17全ての目標実現に向けた教育の役割を強調、持続可能な開発に向けた大きな変革への重点化、ユネスコ加盟国によるリーダーシップへの重点化が謳われている。
2016年12月に発表された中央教育審議会の答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領の改善及び必要な方策等について」には、「ESDは次期学習指導要領改訂の全体において基盤となる理念である」と明記され、幼稚園教育要領及び小中高学習指導要領において、全体の内容に係る前文及び総則において、「持続可能な社会の創り手」の育成が掲げられた。
●ESDは何を目指すのか
ESDは一体何を目指すのか。国立教育政策研究所「学校における持続可能な発展のための教育(ESD)に関する研究〔最終報告書〕」によれば、持続可能な社会づくりを構成する次の6つの視点を軸にして、教員・生徒が持続可能な社会づくりに関わる課題を見出すことを目指している。
⑴ 多様性(いろいろある)
⑵ 相互性(関わりあっている)
⑶ 有限性(限りがある)
⑷ 公平性(一人ひとりを大切に)
⑸ 連携性(力を合わせて)
⑹ 責任制(責任を持って)
また、持続可能な社会づくりのための課題解決に必要な次の「7つの能力・態度」を身につけさせることを目指している。
<ESDの視点に立った学習指導で重視する能力・態度>
⑴ 批判的に考える力
⑵ 未来像を予測して計画を立てる力
⑶ 多面的・総合的に考える力
⑷ コミュニケーションを行う力
⑸ 他者と協力する力
⑹ つながりを尊重する態度
⑺ 進んで参加する態度
●ESDの重要課題と先駆的実践
さらに、ESDの実践にあたっては、⑴どのように学ぶのか、⑵何ができるようになるのか、⑶どのように取り組むのか、が重要課題であるが、その要点は次の通りである。
⑴ どのように学ぶのか
「主体的・対話的で深い学び」の視点から、不断の学習・指導方法を改善することが重要であり、グループ活動を取り入れ、対話を行い、協力して調査やまとめ、発表を行い、協働的な学びとすることが大切である。問題解決的な学習を適切に位置づけるなど、探究的な学習過程を重視し、学習者を中心とした主体的な学びの機会を充実し、体験や活動を取り入れるだけでなく、学習過程のどの部分にどのように位置づけたら効果的かを十分に吟味する必要がある。
⑵ 何ができるようになるのか
知的理解にとどまらず、学びを活かし、様々な問題を「自分事」として捉えて行動する「実践する力」の育成を目指す。また、「持続可能な社会の構築」という観点を意識することによって、児童・生徒の価値観の変容を引き出し、「主体変容」を促すことが大切である。
⑶ どのように取り組むのか
ESDを効果的に推進するためには、ESDの実施を学校経営方針に位置付け、校内組織を整備して学校全体として組織的に取り組むこと、ESDを適切に年間指導計画に位置付けること、地域や大学・企業との連携の視点を取り入れること、児童・生徒による発信と学習成果の振り返りを適切に行うことが重要である。
本連載で取り上げてきた感知融合の6つの視点「感じる」「気づく」「見つめる」「深める」「対話する」「協力して働きかける」や、SDGs・ウェルビーイング教育を日本発の「常若志道和幸」教育として実践する試み、SDGsを「自分事」として捉え、地域や企業と連携する「常若産業甲子園」の取組も、このESDの先駆的実践と位置付けることができよう。
●SDGsとウェルビーイングの関係
「持続可能な開発のための教育(ESD)」は我が国が世界に提唱した日本発のビジョンであり、SDGsの経済の開発、社会の発展、環境の保全の持続可能な開発の土台が教育にあることを明らかにし、その基盤が伝統文化にあり、伝統文化と近代との融合による伝統文化の創造的継承の必要性が強調された点を見落としてはならない。
縦軸の伝統的な「とこわか(常若)文化」と横軸の近代市民社会の「平和・人権・環境・福祉・多文化共生・ジェンダー」教育等の視点をどのように融合し、ウェルビーイングとSDGsを包括的に捉えたビジョンをいかに世界に発信していくかが問われている。
ウェルビーイング教育の実現は、OECDが2019年に「学びの羅針盤」で目指したものであるが、我が国の伝統文化にも深く根差しており、日本型ウェルビーイングの原型が日本の昔話や古典にあることは、本連載73「日本的ウェルビーイングの原型を探る――日本の昔話と古典に学ぶ」において詳述した通りである。
SDGsが示す持続可能な社会を実現するためには、ブータンの国民総幸福GNH)調査の4つの柱である「伝統文化の保護と振興」「「自然環境の保全」「公平で持続可能な社会経済開発」「良い政治」という視点が重要である。この4本柱に基づいて、GNH指標には、「時間の消費の仕方」「身体的健康」「心理的健康と幸福」「伝統文化」「地域活動」「生活水準」「環境」「教育」「良い政治」の9領域が設定されている。
このうち6つ以上が満たされている状態を「幸福」と定義しており、伝統文化を基盤とする「文化的幸福」やバランス志向に根差した「集団的幸福」を重視している点に注目する必要がある。幸福を支える経済的社会的要件と「幸福を感じる心」は別物であり、経済的社会的要件の上昇が「幸せを感じる力」を削いでしまうこともある。
東日本大震災で多くの子供たちの命が奪われた大川小学校が取り組んでいる「人類全体が幸せにならなければ個人の幸せはない」という宮沢賢治の詩を中心にした「集団的幸福」「文化的幸福」の日本モデルを世界に発信していく必要がある。
SDGsが示す持続可能な社会実現するためには、「持続的幸福」の核になる「幸福を感じる心・力」を育成するウェルビーイング教育こそが時代の要請であると言えよう。このようにSDGsとウェルビーイングを一体的、包括的に捉える視点の共通理解を、日本発のESDの歴史的経緯を振り返ることによって深める必要がある。
(令和4年12月23日)
※髙橋史朗教授の書籍
『WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と「歴史戦」』
『日本文化と感性教育――歴史教科書問題の本質』
『家庭で教えること 学校で学ぶこと』
『親学のすすめ――胎児・乳幼児期の心の教育』
『続・親学のすすめ――児童・思春期の心の教育』
絶賛発売中!
※道徳サロンでは、ご投稿を募集中!