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    ――Well-being・幸福と脳内神経伝達物質

髙橋史朗101 – G7教育大臣会合で日本発のSDGs・Well-being教育の国際的発信を!
――Well-being・幸福と脳内神経伝達物質

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 

●Well-being・志教育を取り入れた「常若・志道和幸」教育

 来年1月から毎週開催される自民党の日本Well-being計画推進特命委員会への出席を要請された。同委員会のこれまでの議論は企業とのかかわりを中心に議論されてきたようであるが、Well-beingの理論をポジティブ心理学、アドラー心理学、幸福学の視点から整理し、道徳教育や家庭教育にも活かす必要がある。

 また、SDGsを日本の「常若(とこわか)」文化で捉え直し、SDGsの経済圏・文化圏の土台である「生物圏」を「生命誌」の視点から捉え直し、社会圏の目標は「自然との和」、経済圏の目標は「共同体との和」という「和して同ぜず」の「和の精神」で乗り越えて実現していく必要がある。

「持続可能な社会を実現するために道徳教育に何ができるか一日本道徳教育学会が果たすべき未来への使命と役割」をテーマに開催された日本道徳教育学会第100回大会の「ラウンドテーブル」において、「感知融合の道徳教育――SDGs・Well-beingを『常若・志道和幸』教育として実践する試み」と題して共同研究発表をさせていただいたが、キーワードは、「志を立て」「道を求め」「和を成して」「幸せを感じる」の4つである。

「世界が驚く日本」研究会がキーコンセプト・キーワードの概念図としてまとめた「世界が驚く日本人の感性・価値観」(マトリクス)では、自然と日本人との関係性によって培われた日本人独特の価値観のキーワードとして、「『間』を見出す」「『道』を求める」「『和』を成す」の3つを挙げ、日本人のモノ・コト、ライフスタイルを支える感性を現すキーワードとして、「突きつめる」「学びとる」「合わせる」「源をいかす」「思いを寄せる」を列挙している。

 この概念図にSDGsの縦軸の「常若」と「志教育」の視点と、横軸のWell-beingの視点を組み入れ、「志を立て」「幸せを感じる」というキーワードを加え、「道を求め」というキーワードを縦軸に位置付け、「和を成して」というキーワードを横軸に位置付けて、「常若・志道和幸」教育の概念図を道徳教育学会で発表した次第である。

 来年5月に開催予定の「G7富山・金沢教育大臣会合」は、日本発のSDGs・Well-being教育を世界へ発信する絶好の機会といえる。

 

 

●情動学からヒントを得た「感知融合」の視点

「感知融合の道徳教育」については、麗澤教育学会の研究紀要『道徳教育学研究』創刊号の創刊記念論文としてまとめ、日本道徳教育学会・感性教育学会・仏教教育学会で発表を積み重ねてきたが、「感知融合」の視点は、「情動の本源的性質は、合理性と非合理性がまさしく表裏一体となっているところに潜んでいる」と明記した情動学の第一人者である東大の遠藤利彦教授の『「情の理」論―情動の合理性をめぐる心理学的考究―』(東大出版会)の著書からヒントを得たものであり、「感知融合」の視点は学界でも共通理解を得つつある。

 また、「感じる」「気づく」「見つめる」「深める」「対話する」「協力し働きかける」という「感知融合」教育の6つの視点を、「主体的・対話的で深い学び」につなげて、次図のように構造化した。

 この情動学に注目した文部科学省は、平成16年に「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」を立ち上げ、平成18年には、「同調査研究会議」、平成24年には「同調査研究協力者会議」へと発展し、10大学(大阪大・浜松医科大・金沢大・福井大・中京大・千葉大・弘前大・兵庫教育大・鳥取大・武庫川女子大)16連携教育委員会(大阪府・石川県・千葉県・福井県・青森県・静岡県・鳥取県・兵庫県・大阪市・浜松市・柏市・西宮市・池田市・磐田市・千葉市・館山市)が中核となって「子どもみんなプロジェクト」を立ち上げた。

 同プロジェクトは、同調査研究協力者会議が「審議のまとめ」として「様々な領域で行われている情動に関する研究成果に係る情報を集約することの必要性」「領域の異なる研究者間、研究者と教育関係者間等における情報交換などを円滑に行うことができる連携体制構築の必要性」を強調した提言に基づいて設置されたものである。

 私自身も感性教育研究所と感性・脳科学教育研究会(事務局はUIゼンセン同盟)を立ち上げ、日本教育文化研究所その他の教育団体とも連携して、岡潔・小林秀雄氏らが重視した日本人の「情緒」を脳科学と関連付けて学問的に掘り下げた理論と実践の往還を積み重ねてきた。その研究成果は日本財団大会議室で開催した公開セミナー報告書として公刊している。

 

 

●不登校・不安予防の成果を道徳・家庭教育に活かす拠点の構築

 5年間に及ぶ「子どもみんなプロジェクト」の研究成果は令和2年2月に千葉大学で発表されたが、いじめや不登校・ひきこもり、うつ病などの問題と子供の心、脳の発達との関係に関する研究情報や課題意識を共有し、学校教育に脳科学・医学・心理学などの科学的知見を活用した。

 精神疾患の病理やエビデンスに基づく心理学的治療「認知行動療法」の効果の科学的解明を目指す認知行動脳科学と科学的知見に基づく「メンタルヘルス支援学」を核とする早期発見・早期介入による「不登校・いじめ予防システム」、学校現場での同「予防教育研究」が、千葉大「子どものこころの発達教育研究センター」・柏市教育委員会・柏中学校の連携のもとに、不安への対処力を養う「勇者の旅」と題する不安予防プログラムとして実践化された。

 平成18年に大阪大学と浜松医科大学に「子どものこころ発達研究センター」が設置されて5大学による連携大学院に発展し、科学技術振興機構の「脳科学と教育」研究の一環として、平成16年から武庫川女子大学などで子供の発達に関するコホート(長期追跡調査)研究が始まった。これらの研究成果を教育現場に活かすための具体的な方策を検討するために文科省が「情動の科学的解明と教育等への応用に関する調査研究協力者会議」を立ち上げたのである。

「子どもみんなプロジェクト」の5年間に及ぶ「情動発達研究」の理論と教育現場との往還によって、不登校・不安予防の効果が立証され、教師の研修プログラムは開発されたが、近年のポジティブ心理学、幸福学の目覚ましい研究成果やSDGs・Well-being研究の視点が欠落または不足している点に限界があり、これを踏まえた包括的な研究成果を道徳教育と家庭教育にどう活かすかが今後の課題である。事務局は大阪大学から千葉大学に引き継がれ、千葉県の拠点である千葉市・柏市・館山市で新たなモデルを構築することが求められている。

 

 

●ネガティブ心理学からポジティブ心理学への転換

 そのためにはWell-beingをポジティブ心理学、アドラー心理学、幸福学や和の精神で捉え直す必要がある。1998年までは、鬱や精神疾患などについて研究するネガティブ心理学と幸福などについて研究するポジティブ心理学の研究の割合は17対1だったが、同年に米心理学会のセリグマン会長が、「どうすると悪い状態になるか」ではなく、「どうすればうまくいくか」を研究する必要がある」と宣言し、ポジティブ心理学が世界中の大学の心理学教室で爆発的に広がった。

 20年前は年間の研究は100件に過ぎなかったが、今や10倍に増え、医学、脳神経科学、経済学、経営学などの分野にも広がった。『幸福研究ジャーナル』等の専門誌に、幸福、Well-being、ポジティブ心理学に関する論文が多数発表され、同誌では、幸福研究を「人々の主観的な生活の評価や幸福という感情を中心に研究する複合領域研究」と定義している。

「人生満足尺度」という幸福度を測るアンケートを開発した「幸福学の父」と呼ばれる幸福学の創始者エド・ディーナーは、20年間に発表された250本の論文をメタ分析し、幸福感において自己評価の高い人は、他者評価も高い傾向にあることを論証した。

 幸福度を統計学的に測定し、幸福の因子を科学的に分析するポジティブ心理学の目標は「持続的幸福」にある。ポジティブ心理学の創始者であるセリグマンが提唱したWell-beingの5要素の「ポジティブな感情」「ポジティブな人間関係」「意味や目的」と、アドラーの幸福の3条件の「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」や「幸福学」の第一人者である前野隆司氏の「幸せの4因子」の「やってみよう」「ありがとう」「何とかなる」「ありのままに」因子とは共通点がある。

 

 

●幸福と脳内神経伝達物質の関係

 樺沢紫苑『精神科医が見つけた3つの幸福』によれば、脳科学的には、幸福を次図のように3つの幸福、すなわち「セロトニン的幸福」「オキシトシン的幸福」「ドーパミン的幸福」と捉えることができる。

 朝日を浴びて歩行、呼吸、咀嚼などの基本的なリズム運動をすれば分泌されるセロトニンは幸福感、安心感の源であり、赤ちゃんがお母さんの乳首を吸うと分泌されるオキシトシンの主な作用は抗ストレス作用、摂食抑制作用であり、恐怖刺激に対するすくみ行動を抑制し、ドーパミンは集中力や意志の強さ、快感、プラス思考、多幸感の源である。

 ちなみに、発達障害は脳の障害であり、自閉症はセロトニンを回収するたんぱく質の機能低下、ADHDはドーパミンとノルアドレナリンの機能低下、LDはドーパミンなど、抑うつ症はセロトニン神経の機能不全と関係があるなどと指摘されている。

 武蔵野学院大学の澤口俊之教授と日立基礎研究所、プレフロンティアが共同研究を行い、人間性知能の中核であるワーキングメモリ(短期記憶)がリズム運動時に順調に働いていることを4、5、6歳児に光トポグラフィーを用いて世界で初めて科学的に実証した。

 静岡県の函南さくら保育園は人間性知能を育む独自の教育プログラムを開発し、『HQ教育メソッド』(どりむ社)を出版し、大阪の橋波保育園も筑波大学の研究者の協力のもとにリズム運動の成果を脳科学によって裏付ける実証的研究を積み上げている。

 同書によれば、人間性知能(HQ)の中核であるワーキングメモリをトレーニングするための具体的方法は次の通りである。

⑴ 黙読
⑵ ノートに書く
⑶ 百玉算盤で計算する
⑷ 数字の単純計算を行う
⑸ 合唱・楽器演奏
⑹ 料理をしたり、料理の手順を語ってもらったりする
⑺ 百人一首の読み札を高速読みする
⑻ 自転車に乗りダート走行する
⑼ 読み聞かせなど、親が子供に積極的に関わる
⑽ 模擬的にコンビニへ行き買い物をするシーンを語ってもらう
⑾「あ」のつく言葉をたくさん書いてもらう
⑿ 指示されたある形をたくさん言ってもらう
⒀ 指示されたじゃんけんをする

 

 

●幸福感、安心感を高める具体的関わり方

 セロトニン神経は数は少ないが、脳全体に分布しており、1個のセロトニン神経が数万の脳の神経細胞に指令を出す。セロトニンは大豆、のり、ごま、チーズ、マグロ、バナナ、卵黄等に含まれるトリプトファン、ドーパミンとノルアドレナリンは肉類、かつお節、タケノコ、牛乳、ピーナツ、アーモンド、バナナなどに含まれるチロシンと関係がある。

 では一体どうすればセロトニン・ドーパミン・ノルアドレナリンの分泌を促すことができるのか? まず幸福感、安心感の源であるセロトニンについては次のスキルが必要である。

⑴ 見つめる(見つめながらもゆっくり瞬く)
⑵ 微笑む(笑うとは違う)
⑶ 話しかける(対話をする)
⑷ ほめる(大げさにほめる)
⑸ 触れる(握手をしたり肩に手を置いたりする)
⑹ 名前を呼ぶ(特定してもらえるのでうれしい)
⑺ そばへ行く(対話になる)
⑻ 事実を認める(事実から始めるしかない)
⑼ 素直に謝る(かっこいい)
⑽ 特性を認める(特性を伸ばすことを考える)
⑾ 役割を与える(お手伝いをさせる)
⑿ 席の位置を指定する(心が楽になる席を準備する)
⒀ リーダーにする(役割を与える)
⒁ 自己主張させる(プレゼンさせる)

 また、楽しくなり、集中力・ワーキングメモリが高まるドーパミンについては次のスキルが必要である。

⑴ 歩行と身振り手振りを使う
⑵ 子供に作業・運動させる
⑶ リズムとテンポを変え、変化をつける
⑷ 言葉は短くする
⑸ ミスがあっても99点と高く評価する
⑹ ゴールを示し、見通しを示す
⑺ イメージさせる
⑻ 希望を持たせる
⑼「大丈夫」と励ます
⑽ 期待されていると思わせる
⑾ 自発性をほめる
⑿ 新しい情報を作らせ、工夫させる
⒀ 不要な刺激は隠し、刺激を減らす
⒁ シールなど、モノを与える

 さらに、緊張し、注意力や意欲が高まるノルアドレナリンについては、以下のスキルが必要である。

⑴「3分以内で2つ書きなさい」など、時間を制限する
⑵「2つ言います」など、説明個数を明確にする
⑶ 待たせる
⑷ 覗き込む
⑸ 質問は後で受け付けるなど、威厳を示す

 

(令和4年12月12日)

 

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