高橋 史朗

髙橋史朗99 – 若手議員の会で安倍元総理と私が問題提起したこと

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 12月18日に全国町村会館において、歴史認識問題研究会主催の特別集会が「安倍晋三元首相と歴史認識問題」をテーマに開催される。12月3日付産経新聞に同集会の趣旨を掲載した歴認研の意見広告「安倍晋三元総理大臣の歴史認識問題での戦いを引き継ごう」が掲載される予定である。そこで、歴史教科書問題の発端にさかのぼって、安倍元総理と私がどのような問題提起をしているかを振り返ってみたい。

 平成9年2月、衆参両議院87名の国会議員が参加して、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が発足し、代表に中川昭一、座長に自見庄三郎、幹事長に衛藤晟一、幹事長代理に高市早苗、事務局長に安倍晋三、事務局次長に下村博文、山本一太議員らが就任した。

 高市早苗議員は、与党議員としては異例の、内閣に対する質問主意書を提出しており、中川昭一代表によれば、「事実に基づかない、反日的な教科書で子供たちは学んでいくのか。この子供たちが担う時代の日本は大丈夫だろうか」という思いが若手議員たちの共通認識であったという。

 日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会編『歴史教科書への疑問』(展転社)には、10回の勉強会の記録と同会を代表した28名の若手議員の主張が掲載されている。第1回勉強会に招聘されたのは、私と文部省初中局担当官房審議官、同教科書課長で、「検定教科書の現状と問題点」をテーマに活発な議論が行われた。

 

 

●若手議員の会での私の問題提起

 私の報告は、中国華北への「侵略」を「進出」に文部省の教科書検定で書き換えさせたという文部省記者クラブにおける日本テレビの記者の誤った報告がマスコミで一斉に報じられ、それを機に「宮沢官房長官談話」が出され、教科書検定基準に「近隣のアジア諸国との間の近現代史の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」という規定が追加された経緯とその問題点についてまず指摘した。

 とりわけ、この教科書誤報事件による「近隣諸国条項」の追加によって、我が国の近現代史に関する中韓両国による「外圧」に対して、政府、文部省、外務省の三者が一体となった対応をどのように図るかという協議をしておく必要があることを強調した。この問題提起は、後の国際的な「歴史戦」に発展する最初の問題提起であったといえる。

 第二に、私が政府の臨時教育審議会の総会及び第一部会で問題提起し、拙著『教科書検定』(中公新書)において詳述した、教科書調査官の質の低下の背景にある「調査官の地位、給与」問題について報告した。一流の教科書執筆者が書いた教科書を検定する文部省の教科書調査官の人材難の背景には、「調査官の地位は『行政事務官』『文部事務官』に過ぎず、給与も低いために、調査研究が十分にできない上に、世間の風当たりが強く、学会からも村八分同然にされるから」という問題があった。

 例えば、国立教育研究所や国立民俗博物館の研究員は「文部教官」で教育研究費も支給されるが、「事務官」である教科書調査官には研究費は支給されず、検定の実務が多忙化する中で、調査研究している余裕はますますなくなりつつあるという現状の問題点を指摘した。

 臨教審総会で公開した昭和52年の「教科書検定制度の運用の改善について」の建議に関する『想定問答集』には、ある大学の助教授が教科書調査官に転入する前と転入後の給与比較(減額)等の具体例が明示されており、教科書調査官の経験者からのヒアリングによってもこのことが裏付けられた。同『想定問答集』は、元社会科主任教科書調査官の村尾次郎氏所蔵の極秘文書であったため、大きな反響を呼んだ。

 この点を踏まえた教科書検定制度・採択制度の抜本的改革と国際比較を含めた巨視的なグローバルな視点から教科書と教材の在り方について研究し、これまでのイデオロギー対立を超えた「教科書・検定制度は一体どうあるべきか」についての本質的な議論を深める必要があることを私は強調した。

 

 

●日教組・沖縄県・ハワイの「平和教育のパラダイム転換」

 さらに、戦後50年を機に平和博物館が全国に建てられたが、ニセ写真を含む反日偏向展示が目立ち、戦争の悲惨さが過度に強調されているが、沖縄とハワイのワイアナエの現地調査をまとめた拙著『平和教育のパラダイム転換』(明治図書)において詳述した、国際的な視野に立って、「心の中に平和の砦を築く」という新たな平和思想に立脚した「平和教育のパラダイム転換」が必要であることを力説した。

 この「平和教育のパラダイム転換」と全国の平和博物館の展示内容については、拙著『歴史教育はこれでよいのか』(東洋経済新報社)でも取り上げたが、後に日教組教育文化政策局が企画・編集した『もう一つの「平和教育」――反戦平和教育から平和共生教育へ』(労働教育センター)において、次のように指摘し、大きな波紋を呼んだ。ちなみに、同書は今では絶版になっている。

<平和教育それ自身もこれまでのあり方に対して反省と新たな展開を迫られている…戦争の悲惨さと「参戦しない」という意味での平和の大切さの訴えだけでは、多くの子どもの生きた共感を呼ぶことはできない(沖縄県教育委員会『平和教育指導の手引き』1993,5)。この一文を引きながら、髙橋史朗氏は、「これまでの平和教育は『戦争のない状態』という消極的な平和の概念に閉じ込められていたが、これからの平和教育は…積極的な平和の新しいパラダイムに立脚して行わなければならない」と指摘しています…いまでは、子どもたちに対して戦争の非人間性、加害責任などを「正しい認識」としてあたまから教え込むことには限界があることがはっきりしています。…平和教育を楽しい授業・解放される授業として行うことによって、学ぶことが生きる力になる平和教育を創造することができる。…それは自己を変え、社会を変えてゆく楽しい実践の道であるはずです。同時に、それは日教組がもともと歩もうとしてきた道なのです>

 

 

●「平和教育のパラダイム転換」の共通点

 沖縄県と日教組の「平和教育のパラダイム転換」の共通点の第一は、戦争の悲惨さを教えるだけでは駄目だという明確な反省に立脚していることである。第二は、教育活動全体を通じて総合的に教えようとしており、これまでの社会科教育の枠を完全に超えていること。第三は、「平和を築く子」(日教組)、「国際社会の平和に貢献しうる資質の育成」(沖縄県)というように、平和を創る主体形成に力点を置いていること。第四は、「平和を尊ぶ心の育成」「思いやりの心」(沖縄県)、「自他の尊重」(日教組)のように身近な問題を取り上げ、心を育てようとしていることである。

 沖縄県では戦争の非人間的部分をクローズアップさせすぎたのではないかという反省が生まれ、『平和教育指導の手引き』の「指導に当たっての留意事項」として、次のように明記された。

<平和を愛する美しい心を育てる文学作品等を多く読むことにより、豊かな感性を育てるよう努力することが、平和を愛する礎となるものである。沖縄戦を平和教育の教材として指導する場合、非人間的な、残虐な写真、フィルムなどを示し、人間の醜い面を強調し過ぎて、幼児児童が人間不信に陥ることがないように、特に留意する必要がある>

 ちなみに、豊かな感性、思いやりの心の育成に力を入れている平良市立北小学校の子供たちは次のような標語や詩を作っている。

・わらいがこぼれるたのしい家庭 それは平和への第一歩
・きみとぼくがマナーを守れば平和になるよ
・平和はよりたくさんのよろこびを生んだ よろこびの母なのだ
・世界の平和をつくるのはみんなのやさしさ思いやり
・心の血を流している友への思いをめぐらすことのできる人に

 

 

●安倍元総理の慰安婦問題に関する基本認識と国会答弁

 日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会は、同年4月までに8回勉強会を開催したが、安倍晋三同会事務局長は、慰安婦・教科書問題について、次のように発言した。

<賛否の立場からなる講師のご意見、さらに資料を検討した結果、軍、政府による強制連行の事実を示す資料は、二次にわたる政府調査、各民間団体の執拗な調査によっても、全く発見されなかったこと(調査の責任者であった石原前官房副長官も明確に証言、吉見義明教授もその事は認めている)、従軍慰安婦騒動のきっかけを作った吉田清治氏の済州島での慰安婦狩り証言とその著書と、それを紹介した朝日新聞の記事、また朝日新聞 の「女子挺身隊を慰安婦にした」との大々的報道、いずれもまったくのでっち上げであることが解りました。
 平成5年8月4日の河野官房長官談話は、当時の作られた日韓両国の雰囲気の中で、事実より外交上の問題を優先し、また、証言者16人の聞き取り調査を、何の裏付けも取っていないのにもかかわらず、軍の関与、官憲等の直接な加担があったと認め、発表されたものであることも判明しました。
 教科書採択権を持つ各地の教育委員会は、左翼的な教師に採択の実態をゆだねており、結果として、そうした教科書のみ学校で使われることになっているということも明らかになりました。
 私は、小中学校の歴史教育のあるべき姿は、自身が生まれた郷土と国家に、その文化と歴史に、共感と健全な自負を持てるということだと思います。日本の前途を託す若者への歴史教育は、作られた、ねじ曲げられた逸聞を教える教育であってはならないという信念から、今後の活動に尽力してゆきたいと決意致します>

 安倍元総理はこうした基本認識を踏まえて、平成28年1月18日の参議院予算委員会で慰安婦問題について次の6点を明言し、我が国の名誉を貶める誹謗中傷との戦いを宣言した。

⑴ 慰安婦問題に関して海外に正しくない誹謗中傷がある
⑵ 性奴隷、20万人は事実ではない
⑶ 慰安婦募集は軍の要請を受けた業者が主にこれに当たった
⑷ 慰安婦の強制連行を示す資料は発見されていない
⑸ 日本政府が認めた「軍の関与」とは、慰安所の設置、管理、慰安婦の移送に関与したことを意味する
⑹ 政府として事実でないことについてはしっかり示していく

 

 

●安倍元総理の遺志を継承し、「歴史戦」を引き継ごう

 慰安婦問題などに関して在米日系人子弟がいじめられる事件がカリフォルニア州、ニューヨーク州などで相次ぎ、保護者から安倍元総理への直訴状が中曽根弘文議員に手渡され、いじめ実態調査が行われ、いじめの相談窓口が設置されるに至った。日系人子弟へのいじめについては当事者及び保護者と面会して聴取した実態について、私は月刊誌『正論』などに詳述した。また、ユネスコ「世界の記憶」をめぐる動向とその後の「歴史戦」に関する拙稿については、次の論文を参照されたい。

 

⑴ 拙稿「ユネスコ『世界の記憶』の最新動向に関する一考察」(『歴史認識問題研究』創刊号、2017,9)
⑵ 同「慰安婦登録・見送りの経緯と今後の課題」(同第2号、2018,3)
⑶ 同「朝鮮人慰安婦虐殺映像についての考察⑴⑵」(同第3・4号、2018,9、2019,3)
⑷ 同「国連の『対日勧告』と反日NGOの関係についての歴史的考察」(同第5号、2019,9)

 また、北米「日系子女いじめ問題」調査報告(歴史認識問題研究会)並びに、総領事館主催ラウンドテーブル・スピーチ(2017,8,25~9,1)、NY総領事館主催ラウンドテーブル「第三国における歴史問題」(2017,8,25)については『歴史認識問題研究』第2号を参照されたい。

 安倍元総理の戦いは多岐にわたるが、歴史認識問題で政府が明確な反論をするようにしたのもその一つである。自国の歴史をいかに認識するかは、他国の干渉を許してはならない国家・民族の独立をさせる支柱である。しかし、事実無根の日本を非難する歴史認識が内外に拡散し、我が国の名誉と国益を大きく傷つける中、政府は謝罪ばかりを繰り返してきた。この謝罪外交を改めたのが安倍元総理であった。

 前述したように、安倍元総理が国会で明確に答弁した歴史認識については、外務省もホームページなどで各国語(日、英、韓、独、仏、伊、西)にして発信し、国連でも明確に答弁している。私たちはこの歴史認識問題での戦いをきちんと引き継ぎ、安倍元総理の遺志を継承し、官民一体となって内外の「歴史戦」を展開していく必要がある。

 

(令和4年12月2日)

 

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