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髙橋史朗97 – 持続可能な社会を実現するために道徳教育に何ができるか⑵ ――SDGs・Well-beingを「常若・志道和幸」教育として実践する「感知融合の道徳教育」の試み

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 日本道徳教育学会第100回大会の「ラウンドテーブル」で、「感知融合の道徳教育――SDGs・Well-beingを「常若・志道和幸」教育として実践する試み」と題して共同研究発表をした。その理論的背景について述べた前回の続稿として、「常若」教育と「志道和幸」教育の具体的実践と指定討論者のコメントの要旨について紹介したい。

「Well-beingと常若」理論について発表した道場俊平氏(合同会社行學道代表)によれば、世界最長寿企業は日本が上位を独占し、創業200年以上の企業数のトップは日本で世界の65%を占めている。また、「生命誌と常若」「生きものと機械」の関係について次のように図示した(生命誌と常若)。「進歩」という効率性、利便性、均一性だけの「機械論的世界観」から「進化」という継続性、多様性が大事な「生命論的世界観」への転換が求められている。

 世田谷区立山崎小の山﨑敏哉教諭は「生命誌絵巻」を活用した「常若」教育として実践化した。これまでの生命の尊さの学びは、現在の自分から過去の祖先へ、という視点であったが、それを「生命誌から生まれた世界観」で捉え直した。「38億年の生命の歴史」という視点から、生き物の共通の祖先である細胞を起点にして人間の生命を見つめ直すことで、生命の尊さを学べるようにした。「生命誌絵巻」を鑑賞させて生命の尊さを「感じ」「気づき」、お互いの感想を共有することによって「対話」し「深め」、絵本の読み聞かせを通して、生と死がダイナミックに連続している「理(ことわり)」を深く見つめる「理観」(「道徳サロン」拙稿連載42「中村桂子氏が提唱する『生命誌』に学ぶ」参照)へと導いた。

「生命誌絵巻」を通して、生き物には38億年の歴史があり、人間は単独で生きているのではなく、自然の一部であり、生き物の一員であることに子供たちが気付いたことが、次の「振り返り」からうかがえる。

・今までは「どこから自分はきたのだろう?」とか、「なんで自分は自分なんだろう?」とか、浅く考えていたけれど、自分が生まれたことは奇跡なんだなと思いました!
・たったひとつの細胞が生まれなかっただけで自分はなかった。いのちのひろがりを読んで、今生きている自分ってとても大切なんだなと思った。
・生命はとてもステキだなと思った。未来の子供達のためにも、精一杯生きようと思った。

 次に、自分の身近にいる生き物を1つ決め、人間である自分とその生き物の「同じところ」と「違うところ」について「見つめ」させた。猫、フクロモモンガ、ムクドリ、グッピー、花などを子供たちは選び、人間である私たちとその他の生き物との比較を通して、「生き物は多様だが共通、共通だが多様」であることに「気づか」せた。

 最後に、「自然の一部であり、生き物の一員である人間の自分は、これからどのような暮らし方や生き方をしていきたいですか?」と問いかけた。子供たちの「振り返り」の一部を紹介しよう。

・あらためて命は大切なんだなと思った。蚊を殺すときも、「38億年の歴史ごめんなさい」という中村さんが素晴らしいと思った。今度からそうしようとおもった。
・今度から虫のことをあまり嫌がったりしないようにして、話しかけてみようと思った。

 

 

●「常若産業甲子園」に学び、「常若」を自分事として「志を立てる」

 次に、千葉県八街市立朝陽小の及川直人教諭は、感知融合の道徳教育の視点を取り入れ、総合の時間や他教科との関連を踏まえた授業実践「八街地域貢献隊」に取り組んだ。

 まず、地域の良さについて、「感じる」「気付く」「見つめる」の視点で子どもたちが一人一人調べ、プレゼンを行った。そして良さを知った上で、同時に課題は何なのか。学年全員でパネルディスカッションを行うことで、対話し、深めながら取り組みたいことを大きく分けて3つに決めていった。

 1つ目は地域の交通安全について調べ、地域へ発信しようというチーム。2つ目は、地域清掃チームで、主体的にゴミ拾いを行い、そこから分析し、地域へ発信しようというチーム。3つ目は、伝統文化継承チーム。調べたい関心ごとを中心に、地域の埋没資産と成り得る産業や、地元の農業、地域の祭りなどについて調べ、できることに取り組み、発信していこうという活動である。

 様々な活動に取り組みつつ、実態を調べたところで、より地域の思いを知り、情意面に訴えかける教材として、「常若の心」と題した、道徳科の授業を行った。

 授業の導入で、「今、やりたいことは何?」と聞くと、ゲームや寝たいなどの率直な意見が出た。そこで学年で普段から掲示している坂村真民さんの詩「あとから来る者のために」という詩を提示することで、先人が未来へ馳せた思いの世の中になっていないことに気づいた。そこから、伊勢神宮についての教材を通し、海外のパルテノン神殿やピラミッドと比較しつつ、伊勢神宮が200年前から未来を思い、植林していること、常若を継承するために20年に一度式年遷宮をしているという常若の考えを見つめていった。

 そして、日本の先人だからこその思いとは? と問うことで対話に深まりが見られた。最後に、「常若」を自分事として捉える「常若産業甲子園」の動画を観ることによって、内発的な願いに基づく志を立て、今の自分が協力し、働きかけることは何かを考えさせた。情動的共感、認知的共感を実践的意欲と態度に繋ぐ願いの重要性が確認できた。

 活動から得た学びを地域へ働きかけるために、「これから取り組んでいきたいこと」について動画にまとめた。将来の夢がアニメーターという児童は、「絵を描いていて楽しいと思えることがあると思うと人生が楽しい。私はこのアニメという文化を未来にも受け継いでいきたいから、今できることをがんばりたい。今の日本と未来の日本の絆をつなぎたい」と話した。また、宮大工になりたいという児童は、「より一層お寺に関わる仕事をしたいと思った。これまで受け継がれてきたことを僕たちの世代で絶やさず、次の世代につなげていきたい」と語った。

 

 

●「幸せ4因子」と大谷翔平の「目標達成シート」を活用

 続いて、北九州市立北方小学校の古城奈々教諭と川崎市立久本小学校の早田保美教諭が、短歌創作を「感知融合の道徳教育」に活かす「志道和幸」教育の実践について発表した。古城教諭は津屋崎臨海学校での実践について発表し、早田教諭は前野隆司氏が提唱する「幸せ4因子」を「感知融合の道徳教育」に活用し、まず自分の内なる願いである「ワクワク」を見つけて書き出し対話する「やってみよう!」の心を育てるワークを行った後に、光村図書5年生教科書に掲載されている大谷翔平の「目標達成シート」について解説し、目標達成シートに自分の夢・目標を書き込み、交流させ、「和を成す」時間として、①聴く、②うなずく、➂あいづち、④いいところ見つけ、を4本柱として、相手に寄り添う「対話」を通して相互理解を深め、一番推しの「アクションプラン」を決めさせた。

「あなたは、今幸せですか?」という質問に対して、「ハイ」と答えた子は、授業前は4名に過ぎなかったが、授業後は28名に急増し、次のような「振り返り」も授業の成果を立証している。

・自分の目標は自分で達成する。目標に少しづつ近づける、その時の気持がしあわせなしょうこ。
・私はしあわせだな!みんなで楽しかったです!!

 さらに、「協力し働きかける」アクションプラン」を相互にフォローし合って、自己受容・他者信頼を育む「ありのままの心」を育てた。

 

 

●短歌の相互鑑賞を通して子供たちが気付いたこと

 そして、八ヶ岳自然教室での「短歌創作・鑑賞」を通して、以下のような子供の感動があふれる短歌が生まれた。

・寝る前に会議をおえて校長先生こわい話でおどしてくるよ
・バーベキューもくもくけむりいいにおいたくさん食べて明日にそなえる
・山登り上まであがったよろこびはきれいなけしきにソフトクリーム

 また、「ねむる夜きれいな月が輝いてみんなもこうして空見てるかな」という短歌に対して、ある友達は「Kさん、自然教室に行けなかったけど、ねむる夜にみんなのことを考えていたんですね。八ヶ岳の月はきれいでKさんに見せたかったけど同じ月を見ていたんだよね。参加できなかったけど、みんなと一緒に参加したみたいだといってくれてうれしかったです」と感想を述べた。

 さらに、T君の「山のぼり友だちみんな安心だ雲があってすき通っていたよ」という短歌に対して、ある友達は、「T君は、山登りの途中できつくて先生とすわってまっていました。ぼくたちが山を下りてきて、みんなを見た時に「安心したよほっとしたよ」という気持ちだったのかと、はじめてわかかりました」と感想を述べた。

 こうした「短歌相互鑑賞会」を通して、子供たちは次のように感じたという。

・感じたことはちがうのが面白かった。
・一人ではわからなかったけどみんなでやると、みんなのありのままがよく見える
・共感しあえることは大切だなと思った。なぜなら心がつながるから。もっとなかよくなる気がするから。
・みんな同じ時間を過ごしたのに、こんなに感じ方やとらえ方がちがうんだなと驚きだったし感動でした。

 この短歌の相互鑑賞を通して「対話し」「深める」ことによって、内なる「願い」や友とのつながり、絆に気づき、「協力し働きかける」ことによって「志・目標を立てる」ことに繋がり、次のような振り返りの感想文が寄せられた。

「ぼくは山登りが苦手で、友達の励ましで登ることができたことをみんなに共感してもらいました。がんばれた自分をほめてあげたいけど、みんなのおかげだとわかりました。これからもいやなことがあったら、自分も声をかけようと思います」

 

 

●指定討論者の含蓄深いコメント

 この二人の「志道和幸」教育の実践について、指定討論者の山川洋一元校長は、まず津屋崎臨海学校の実践の意義について、短歌の特質を活かした「感知融合」「常若」教育の実践と評価し、短歌・俳句の第一の特質である「心の声の言語化と文字化」によって、感動や心の内なる願いを「自己発見」し、第二の特質である「友達との短歌の共有」によって、「自他一体感」「志を発見」し、第三の特質である「敷島の道」によって、「道の文化」と「和を成す時間」を体験し幸福を実感したと総括された。

 また、早田先生の実践については、「ありのままを認め、思いをアウトプットしながら歌の形に整えていくと次第にネガティブな言葉の奥にある『こうしたいんだ』という内なるその子の思いが見えてきました」という早田報告を、「情動の言語化」による「自己一致」(願力)と位置づけ、混沌とした感情の中から本当の願いを発見した点を評価した。

 さらに、「和を成す時間」を「聴く・うなずく・あいづち・いい所見つけ」の4本柱とした点を評価し、「和を成す時間」において共感を育む場合の必要条件が「自己開示」であり、「対話する」時には「自己開示」が重要であるとコメントした。

 また、もう一人の指定討論者である船橋市立船橋小の渡邊尚久校長は、トフラーの第三の波の「共同体」を横軸、「構造」を縦軸として、クロスするところに「意味」があるという図式に当てはめて、「志を立て」「道」の“継承を縦軸とし、「和」の精神の”発展“を横軸として、クロスするところに「幸福感」があると捉える「常若・志道和幸」教育の構造図と比較して考察された点がユニークで興味深かった。

 特に山﨑実践は、現在の自分を起点として過去にさかのぼって生命の尊さについて学ばせてきたこれまでの道徳教育から、生命の起源という過去を起点として死と再生が繰り返される未来に向かっている点に画期的意義があると高く評価した。

 また、過去から未来へ「命を継承」する縦軸と和を成して共生する横軸で構成される「生命誌」は「常若・志道和幸」教育そのものであると総括し、及川実践については、カリキュラム・マネジメント、キャリア教育、英語・道徳の関連の視点からコメントし、「常若の心」は認知的共感の実践であると総括した。

 

 

●本研究発表の意義と課題

 最後に、本ラウンドテーブルの企画者である私から、本研究の意義は、①SDGsの土台である「生物圏」を「生命誌」の視点から見直し、感知融合の道徳教育として実践化したこと、②ポジティブ心理学、アドラー心理学、前野隆司氏の幸福学を柱とするWell-being理論を総合的に整理し、「幸せの4因子」を感知融合の道徳教育として実践化したこと、➂道徳的心情(情動的共感)と道徳的判断力(認知的共感)を「実践的意欲と態度」につなぐ「願力」を育て、主体的・対話的な学びとして実践化したこと、④SDGsは伊勢神宮に象徴される日本の「常若」思想にあると捉え、SDGsの「社会」と「経済」を支える「文化」を継承する縦軸の伝統的な「道」の“継承”と横軸の「和」の精神の“発展“がクロスするところに幸福感があると捉える「常若・志道和幸」教育として実践化したこと、にあると総括した。

 今後の課題としては、年間指導計画の作成と「志教育」の道徳教育への導入、「常若産業甲子園」への積極的参加などがあり、引き続きこのテーマの共同研究を続け、学会発表を継続することを明らかにして本発表を締めくくった。なお、本テーマに関連する私の先行研究論文は4本、学会発表は6回(日本感性教育学会・日本仏教教育学会での発表を含む)、学会講演は2回、「道徳サロン」連載の関連論文は33ある。

 

(令和4年11月25日)

 

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