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髙橋史朗96 – 持続可能な社会を実現するために道徳教育に何ができるか⑴ ――学会発表の理論的背景

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

 日本道徳教育学会第100回記念大会が武蔵野大学で「持続可能な社会を実現するために道徳教育に何ができるか一日本道徳教育学会が果たすべき未来への使命と役割」をテーマに開催された。私自身もこれまで同学会で「感知融合の道徳教育」をメインテーマに4回研究発表させていただき、麗澤道徳教育学会の研究紀要の創刊記念論文と『モラロジー研究』84号87号に論文を発表し、今大会でも「感知融合の道徳教育――SDGs・Well-beingを『常若・志道和幸』教育として実践する試み」をテーマに「ラウンドテーブル」で共同研究発表をさせていただいた。

 同学会会長の永田繫雄東京学芸大学教授は記念講演において、「現在の最大の社会的目標であるSDGsは道徳教育とどのように関わるのか?」と問題提起し、国連のSDGsの17の目標は、どんなイメージで配置されていると考えられるか、これらの目標と道徳の内容目とはどんな関係があるのか、新型コロナ禍で各目標はどのような役目を果たすのか、授業実践イメージはどのようなものか、と問いかけた。

 さらに、SDGsの目標と深い関係にあるWell-being(幸福感)に意識を向けるための授業実践の一つとして、東日本大震災で多くの小学生が亡くなった大川小学校の授業で「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」「正しく強く生きるとは、銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである」と『農民芸術概論綱要』で説いた宮沢賢治の言葉を紹介し、「本当の幸せとは何か」と問いかけた。

 また、ユニセフが公表した「子供の幸福度調査」(2020.9.3)において、日本は「身体的健康」は1位であるのに対して、「精神的な幸福度・幸福感」は下から2番目の37位であることを問題視し、内閣府の「満足度・生活の質に関する調査」第一次報告が示すこと(2019)として、ボランティア活動の頻度が高い人ほど満足度が高いことを明らかにした。

 さらに、OECD「学びの羅針盤2030」から見えてくることとして、「変革を起こす力」を取り上げ、それに関連する重要な構成要素は、「新たな価値を創造する力」「対立やジレンマに対処する力」「責任ある行動をとる力」であるとして、自分の行為を自らが決定できる「生徒エージェンシー」と「伴走者」としての役割に近い「協働エージェンシー」について説明し、自分は今何をすべきかを主体的に「自己決定」し「踏み出す力」を道徳教育で育てる必要性を強調した。

 

 

●SDGsの土台「生命誌」からの「生命に対する畏敬の念」のパラダイム転換

 服部英二氏(地球システム・倫理学会常任理事)によれば、「我思う、故に我あり」と説いたデカルトによって、理性のみが神とされ、「自然と対峙」する姿勢が生まれ、主観と客観が分裂し、「自然を非生命化」し、母なる自然が人間の理性の対象となり、自然が人間によって「簒奪されるべき資源」とみなされるようになった。人間と「自然との離婚」が起きたのである。

「生命誌」の体系から逸脱した物心二元論は科学技術と物質文明を飛躍的に発展させたが、それが諸刃の剣となり、地球環境の危機を招来した。現代文明は「所有の文明」であり、「存在の文明」ではないから、本来の自己ではない外的自然を「資源」とみなして簒奪する「自然帝国主義」に陥り、持続可能な発展が不可能になった。そこで、国連はSDGsという救いの目標を立てたが、服部英二氏によれば、のようにSDGsの17の目標はピラミッド型になっており、「生物圏(biosphere)」という土台ができなければ2段目の社会的な目標も3段目の経済的な目標も達成できないことを示している。

 廣池千九郎生誕150周年記念第12回地球システム・倫理学会学術大会において、服部英二氏は”Sustainability“を「持続可能性」ではなく、「とこわか(常若)の世」と訳した。私たちはこの問題意識を継承し、生物圏の生命の「継続性」に注目した中村桂子氏の「生命誌」を「常若」教育の重要課題と位置づけ、現在の自分を起点として過去の祖先とのつながりを見つめさせる「生命に対する畏敬の念」ではなく、38億年前の過去の生命の誕生から現在の人類、そして未来を見つめさせるという「生命に対する畏敬の念」のパラダイム転換を図る道徳授業の実践化に取り組んできた。

 

 

●Well-beingを日本発の「常若・志道和幸」教育として授業化

 また、Well-beingの理論をポジティブ心理学、アドラー心理学、前野隆氏の幸福学を柱に理論的に整理し、「幸せの4因子」を中心に「感知融合の道徳教育」に生かす授業実践を積み重ねてきた。

 子供のWell-beingの構成概念は、①身体的②心理面➂社会的場面④自分の未来を創造する力、に分類されます。①の中核は生活のリズムであり、リズム(律)には「旋律」などの音楽や体操、言葉のリズムという意味と「規律」などの道徳規範の二つの意味があることに注目し、日本人の美しい心を57577の短歌に凝縮した「敷島の道」や和太鼓、武士道などに代表されるわが国の「道」の文化に日本型Well-beingの原型があると考え、短歌創作を「感知融合の道徳教育」に生かす実践にも取り組んだ。

 ➂の対人関係の中核は「和」、⑵の中核は「幸福感」、④の中核は「志・夢・目標」であると捉え、このWell-beingの4つの視点を融合させ、のような「志を立て」「道を求め」「和を成して」「幸せを感じる」という縦軸の「常若」を継承し、横軸の和の精神を発展させて幸福を感じる「常若・志道和幸」教育を日本発のSDGs・Well-being教育として構想し、これを「感知融合の道徳教育」の「感じる」「気づく」「見つめる」「深める」「対話する」「協力し働きかける」という6つの視点から体系化、実践化してきた。

 SDGsの「社会的目標」と「経済的目標」を支えている「文化」を継承する縦軸の伝統的な国民道徳である「道」の継承と横軸の和の精神の発展を繋ぐ実践として短歌創作を道徳教育に生かし、「情動の言語化」によって、「内なる願い」に気づかせ、感性的認識と知性的認識が融合し、「自己一致」(カール・ロジャーズ)を深め、指定討論者の山川洋一長崎市立西北小学校元校長の言う「道を求め徳を成す」道徳に向かう「実践的意欲と態度」を育てた。

 

 

●ユネスコ60周年記念シンポの「最終公式声明」

「生命誌」を道徳教育に導入する先駆的授業に取り組んできた山崎小学校の山﨑敏哉教諭は、生命は「多様だが共通、共通だが多様」である点を強調したが、「多様性に通底する価値を探る」対話をいかに実践化するかが、道徳教育の今日的課題といえる。

 そのヒントを示唆してくれるのが、ユネスコ創立60周年記念事業(国際日本文化研究センター・道徳科学研究センター共催)として2005年にパリで開催された国際シンポジウム「文化の多様性と通底の価値――聖俗の拮抗を廻る東西対話」の「最終公式声明」である。

 同シンポは服部英二氏が特別補佐を務めたユネスコ事務局長松浦晃一郎氏の開会の挨拶から始まった。

 同声明の注目される内容を抜粋しよう。

<普遍的な(universal)価値というよりは、文化間に「通底する(transversal)価値」がいかに異文化間の相互学習に道を開いているかということを問わざるを得ない…「和」の概念とは、「異なるものの調和」であると同時に、「和解に基づく平和」を意味するものであり、「和して同ぜず」とは同化することなく調和することを意味している…文化の多様性は、真の対話のために必要な材料である。文明が衝突するのではなく、「文明に対する無知」が紛争を招くのである。……対話とは、思考のプロセスを再考し、確信されてきたものを再吟味し、新たなものを発見しつつ前進する、日々に新たな手段である。それは旅に出ることであり、対決であり、試練であり、変容である。中でも強調すべきは、対話の持つ改善力である。このような意味で、「文明間の対話」から「対話の文明」へと移行することが示唆された…対話のための理想的な場としての「道」の概念は、ユネスコの事業により長い時間をかけて育成されたものである。……グローバリゼイションが文化を画一化する危機を募らせ、また、全ての文明をその本来の基盤である地球から切り離す危機が高まっている現在、土地や環境の特殊性を考えることがますます重要になってきている。……人間の実存は、近代的個人の限界を超えて再考されなければならない。「生に向かう存在」のパラダイムによって、人間存在は、その対話の相のもと、通底し、結ばれる存在として未来に引き継がれる。それは、人間存在を、生命圏の中で、生命の循環を保障するという至上命令に向かって開くものである>

 服部英二によれば、「AはBでありながら、同時に非Bであることはできない」という「排中律」の論理では、「色即是空」「一即多、多即一」という「即」で結ばれる命題は排除される。「即」で結ばれる大乗仏教を理解するには、「包中律」という新しいパラダイムである「第三」の「間」という「通底の論理」が必要になる。Aと非Aは相互率によって共存し、五つの色を併置することによって「すべての光になる」ゴッホの絵「ひまわり」が多様性の意義を象徴している。服部によれば、普遍の原理は「一つのところに向かっていく」「同じて和せず」であるのに対して、通底の原理は『論語』の「和して同ぜず」という「生命の実相の生成の原理」である。また、「通底の価値」は、「感性のみによるものではなく、あくまでも互恵の立場に立ち、感性・霊性と響き合う理性によってのみ到達可能なもの」である。

 

 

●生命誌、伊勢神宮、短歌創作に焦点を当てた理論的背景

 2016年に伊勢志摩で開催されたG7サミット「声明」でも、物心二元論、主客二元論に立脚する盲目的な「進歩」の概念が物質的な文明論を生み出し、「二つの対立するイデオロギー」すなわち「文明のグローバル化の中に『成長』を見る科学技術的な見地」と、その反対に、「文化的価値=Cultural Identity」の価値を尊重し、『多様性』を守ろうとする立場」、の根深い対立思想の背景には、科学と文化伝統は本質的に相容れず、越えがたい深淵に阻まれている、といういわれなき思い込みがあり、この危機に対処するためには、異なる文明の中に「通底する価値」を掘り起こす必要性が強調されている。

「進歩」という効率性、利便性、均一性だけの「機械論的世界観」から「生命論的世界観」への転換が求められており、生き物は機械とは異なり「多様の内発」が継続している「進化」を遂げている点に注目する必要がある。

 1995年に開催されたユネスコ創立50周年記念シンポ「声明文」でも、「最近、量子力学をはじめとする最先端の科学は全一的秩序が存在することを発見するに至りました。万有の相関と相互依存を説くその新しい全一論によれば、全は個に、個は全に遍照する。これがメッセージの概略です」と述べ、人間は母なる地球と共に永遠の「死と再生を繰り返す」相互依存の存在として再把握された。

 服部氏によれば、これが「ともいき」「つねわか(常若)」の思想に他ならない。この「相互依存の実相」を「感知融合」の視点から道徳教育に導入する試みが、「生命誌」から「生命に対する畏敬の念」を捉え直してパラダイム転換を図る道徳授業実践と位置付けられる。

 マルローは「伊勢は雄弁に永遠を物語っている」と述べ、伊勢神宮を訪れたトインビーも「この聖なる地で、私はすべての宗教に通底する一なるものを感じる」と述べた。また、2001年に開催されたユネスコ総会は満場一致で、多様性と互恵の精神の重要性を強調した「文化の多様性に関する世界宣言」を満場一致で採択した。

 その第一条には「文化的多様性は人類共通の遺産であり、その第三条には、文化的多様性は「知的・感情的・道徳的・精神的生活を達成するための手段として理解すべき、発展のための基本要素」であり、第七条には、「創造は、文化的伝統の上に成し遂げられるものであるが、同時に他の複数の文化との接触により、開花するものである」と明記されている。

 こうした国際的動向を踏まえ、自然を「非生命化」して資源と見做したことによって「人間と自然の離婚」、地球環境の破壊を招来した点と文化的伝統と「多様性に通底する価値を探る」対話を重視する観点から、生命誌、伊勢神宮、短歌創作に焦点を当てた「常若・志道和幸」教育の理論と実践について日本道徳教育学会第100回大会「ラウンドテーブル」で共同研究発表をさせていただいた。

 SDGsとWell-beingの視点を道徳教育の内容としてどのように具体化するかが道徳教育の今日的課題と言えるが、このテーマに取り組んだ「感知融合の道徳教育――SDGs・Well-beingを『常若・志道和幸』教育として実践する試み」と題する共同研究の具体的内容については、紙面が尽きたので、次回で詳述したい。

次回に続きます

 

(令和4年11月24日)

 

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