高橋 史朗

髙橋史朗93 – 教育立国推進協議会の注目すべき提言

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 超党派の国会議員135人と民間の教育関係者59人が発起人となって1月19日に設立された教育立国推進協議会(下村博文会長)が注目すべき提言を発表した。とりわけ第4分科会の提言「経済優先から精神的豊かさ(Well-being+志)へ教育のあり方を変える」は、髙橋塾の共同研究テーマ「SDGs・Well-beingを日本発の『常若・志道和幸』教育として捉え、世界に発信する」と共通点が多い。

 同提言はまず10万人を超える若者の自殺の現状に警鐘を鳴らし、「日本の伝統文化減少と国民的一体感の喪失、国、地域社会への肯定感低下」の現状について、次のように報告している。

 

・生け花・茶道の事業所数13,117(平成3年)➡3,534(平成30年)に減少
・着物市場規模推移14,600億円➡2,875億円…30年間で81%減少
・国際柔道連盟一199国・地域 柔道の競技人口
 1位ブラジル200万人、2位フランス56万人、3位ドイツ18万人、4位日本16万人
 *仏独の人口は日本の約半分
・世界空手同盟加盟国数 193カ国
 世界の競技人口 推定7千万人 日本の競技人口53万人
 日本の空手競技人口は、世界の132分の1
・日米比較での精神性調査結果
⑴ 自分は役に立たないと強く感じる一日本49%、米国29%
⑵ 自分は今幸せであると感じる一日本64%、米国80%
⑶ あなたは自分を肯定していますか一日本62%、米国84%
⑷ 自国の将来に希望を持っている一日本41%、米国85%

 

 

●日本の大学生の4分の3は「侵略されても戦わない」

「自国の将来に希望を持っている」が米国の半分以下というのは気になるが、「自国が他国から侵略されたら戦うか」という質問に対して、首都圏及び中部の大学生アンケート調査で、約4分の3が「戦わない」と答え、インドネシア、ウガンダなどのアジア・アフリカ地域からの留学生の9割が「戦う」と答え、「なぜ日本人は戦わないのか?」と逆に質問されたという事実が、わが国の戦後教育の異常さを物語っている。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という日本国憲法前文の精神を戦後教育で徹底的に叩き込まれた日本の大学生は、ロシアによるウクライナ侵略や中国の台湾及び尖閣諸島への領空・領海侵犯の現状をどのように受け止めているのであろうか。

 また、「勉強しようという気持ちがわかない」子供は毎年増加し、令和元年は45.1%、令和2年は50.7%、令和3年は54.3%と、3年間で約1割増えている(東大社会科学研究所ベネッセ教育総合研究所)。子供の自殺率も4年間で約1.6倍に増え、不登校児童も8年連続で増加し、小中学校の不登校児童生徒も約20万人に及んでいる。国内の精神障害者数は、厚生労働省の調査によれば、419万人を超え増加傾向にある。20代から50代までの精神疾患を持つ親は、母親のみが多く67.5%に及んでいる。

 一方、青年教職員の31.9%が過去3年間でパワーハラスメントを受けていたことが全日本教職員組合の調査で判明しており、山口県周南市で高校2年生が自殺した問題を調査した検証委員会は、生徒からのいじめだけでなく、教職員から5つの”いじめに類する行為”があったと公表した。

 

 

●現状の課題――国民の自己肯定感、国民的一体感、志の教育

 子供と向き合う親と教師自身の「自己肯定感」が低下している現状が浮き彫りになり、親と教師の「心のコップ」を上に向ける研修の必要性が求められている。そこで、教育立国推進協議会はこうした現状の課題を次の3点にまとめている。

⑴ 国民の自己肯定感(子供、親、教師の自己肯定感)を高める施策に乏しい。
⑵ 国や地域社会を肯定するためにも、伝統文化に触れ、その精神性を理解し、国民的一体感を感じていくための施策や国民運動に乏しい(国民の地域社会や国への肯定感が低い)。
⑶ 自分や地域を肯定した上で、その貴い自分の命を地球・国・地域社会にどう活かしていきたいかの「志」を探求する教育機会がほぼない(公教育)。

 同協議会はこの3つの課題を踏まえて、以下の3つの「今後の施策」を提案している。

1 国民一人一人の自己肯定感を高めるための施策
⑴ 子供に対して
 ①公教育内における自己肯定感プログラムの実践…道徳・志・感性教育や命と向き合う教育など、自己肯定感と共に自らの命の大切さと活かし方についての学びを推進していく。
 ②公教育における奉仕体験の一層の推進…特別活動が従来の「職場体験」に偏りすぎないように、学習指導要領の「特別活動」に、「奉仕、福祉、文化体験」を明確に規定し、「自己肯定感」と「日本文化の理解」を目的とした「奉仕、福祉、文化体験」などに重点を置くことで、自己肯定感や自己有用感につなげていくことが大切である。

⑵ 大人に対して
 ①親について一妊娠期からの学びとして、「親の学びガイドブック」の配布…母親としての人間学など、親の在り方を学ぶ「親の学びガイドブック(動画付き)」を国で新たに整備し、妊娠初期に当たる国民への配布の義務化、さらには出産後も切れ目なく継続的に各自治体およびオンラインで無料受講できる「親としての学び講座」を受けられる仕組みの構築を提言する。
 ②教育者・保育従事者について一教育学部課程及び資格取得時、定期研修における自己肯定感プログラムの実践の義務化…指導者自らが精神的豊かさ(Well-being+志)を伴った状態で教育できるためにも指導者自身が自分の志や自己肯定感を高めるためのプログラムや志教育、良好な人間関係の基となるコミュニケーションプログラムなどを実践することは重要かつ必要である。具体的には、教育学部の課程や教員採用試験、指導者研修などで、プログラムの実践をし続ける仕組みの構築を提言する。

 

 

●「志道和幸」教育との共通点

 拙稿連載85「親と教師が日本を変える―― 一人からの教育再生」で詳述したように、親と教師の「主体変容」すなわち、「自己肯定感」を高めて「心のコップを上に向ける」施策を、教育改革の第一歩として重視する必要がある。第4分科会の提言が精神的豊かさを「Well-being+志」という形で、幸福と志を繋げて捉えている点も、「志を立て、道を求め、和を成して、幸せを感じる」という「志道和幸」教育と共通している。

「道を求め、和を成して」は、道の伝統文化、「和して同ぜず」の和の精神の継承を目指しているが、分科会の提言では、「伝統文化に触れ、その精神性を理解し、国民的一体感を感じていくための施策や国民運動」に発展させている点に注目したい。

 さらに、現在の公教育において、「何のために学ぶのか?」「自分はどう生きていきたいのか?」を考える機会が圧倒的に不足している点を踏まえて、地球・国・地域の課題を自分事として考えさせる「志の教育」として、小中高の公教育課程の中にしっかりと取り込んでいくことが急務と提案していることは、SDGsを自分事として捉え、地域の人たち連携して志を立て目標達成を目指す「常若産業甲子園」に通じる。

 

 

●国・地域社会との一体感を高める施策

 同分科会の第二の提案「国や地域社会との一体感を高めるための施策」は、次の3つを提案している。

⑴ 自国を肯定できるための歴史教育の実践一感動と感謝を実感する歴史教育、誇りある日本人、真の国際人の育成に繋がる歴史教育、国創りのバトンを受け継ぐ国民を育てる、自己肯定感の高まる歴史教育
 ①先祖とのつながりを確認➡歴史をわが事として捉えることができる➡命と国づくりのバトンが渡されていることを理解
 ②国家を「共同体」と捉える➡日本国という共同体への帰属感(日本人としてのアイデンティティー)
 ③歴史(先祖の歩み)を共感的にとらえる一先人の素晴らしさ(偉人伝)を伝える
  自虐史観ではなく、自尊史観の歴史➡日本人としての誇り(自己肯定感)

⑵ 公教育において伝統文化やその精神性を学ぶ新教科「日本文化」の創設
 ①民間の専門講師が指導できる仕組みの整備
 ②幼年期における感性教育 
 ③教科書に明記した国歌や国旗について授業で教える
 ④国民の祝日を国民皆で祝う生活文化の醸成➡大学設置基準の単位に関する規定の改訂など

⑶ 天皇陛下のもと、伝統文化の奉納を促進する国民運動と日本文化奨励賞の創設
・年に一度、小中学生及び団体に天皇陛下による日本文化奨励賞(仮称)を授与することで、日本文化を通しての国民の一体感を醸成する。
・天皇のもとでの国民運動とし一体感を醸成する。

 東京都では「日本の伝統・文化」という新教科がすでに創設されているので、新教科「日本文化」創設の参考になろう。「日本文化奨励賞」の創設も注目すべき提案であるが、対象は小中学生に限定した方が良いのではないか。

 

 

●志の教育一公教育・キャリア教育・社内研修での実践

 次に、同分科会は第三の提案「志の教育」において、次のような提案を行っている。

⑴ 公教育内で志の教育の実践
 教育基本法に志、幸福度という言葉を明記し、学習指導要領の総則の最初に「児童、生徒自身が、心の奥底にある崇高な思いを志にまで高め、世のため、人のため、未来のために何をしていくのかという人生の目的を立て行動することを通じて、人類の幸福度を高めることを教育の根幹とする」と明記する。

⑵ キャリア教育や社内研修の中での志教育の実践
 高等教育におけるキャリア教育を見直し、実現したい社会ビジョンを描くキャリア教育、志教育に転換していく。
 具体的には、企業に対する価値観啓蒙を促進する制度を提言。

⑶ 地域、学校、クラスごとに実践の差異が生まれないようにする
 義務教育段階で実践の大きなばらつきがあってはならない。国家の大計とされる教育の実践があまりにも現場主導になりすぎないようにする。

 この他の分科会テーマは、大学までの教育の無償化、地域格差・家庭格差・障害格差をなくし、教育を多様化する、インプット教育からアウトプット教育へ、教員等の勤務環境を改善する、個別最適化された全世代型の教育の機会保障、である。

 

 

●行政主導で展開されてきた「家庭教育支援」

 最後に、話は変わるが、末冨すえとみかおり日大教授が「家庭教育支援法・条例が旧統一教会の陰謀という図式になりつつあり、この問題の経緯が捨象されていることに懸念」を表明されているが、同支援法・条例をめぐる動向を、特定の政治・宗教勢力の思惑のみに還元してしまうことは適当ではない。近藤千洋氏が「『家庭教育支援法』をめぐる学術的議論の批判的検討」で指摘しているように、「広義の『家庭教育支援』は行政主導で別途展開されてきた蓄積がある」点を見落としてはならない。

 とりわけ民主党政権下で推進された「家庭教育支援の推進に関する検討委員会報告書」において、子供に内在している「発達資産」すなわち発達力に注目し、従来の特定の「価値観の強制」という観点ではなく、「子供の発達の保障」という観点から、「親が親として育つ学び」や「親になるための学び」の重要性が指摘されていたことが看過されている。

 文科省は平成13年7月に社会教育法の一部を改正し、「家庭教育に関する学習の機会を提供するための講座の開設及び集会の開催並びにこれらの奨励に関すること」を教育委員会の事務として規定した。そして、平成15年3月の中教審答申において「教育行政の役割としては、家庭における教育の充実を図ることが重要である」と明記した。

 さらに、翌年3月の中教審生涯学習分科会審議経過報告に「親になるための学習」「親が親として育ち、力をつけるような学習」と明記されたが、これらの行政主導の動向と旧統一教会や「親学」とは関係がない。

 民主党政権下においても推進した「家庭教育支援」策を立憲民主党が「旧統一教会の影響」と批判するのは言語道断である。麗澤大学の八木秀次教授は、『正論』12月号で、「何でもかんでも旧統一教会のレッテルを貼るデマには注意が必要だ」と指摘しているが、その通りであろう。「こども庁」が「こども家庭庁」に名称変更されたのは旧統一教会の影響だというのもデマに過ぎない。影響関係の厳密な検証なしに不当なレッテル貼りをすることは厳に慎むべきである。

 

(令和4年11月7日)

 

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