高橋 史朗

髙橋史朗90 -「過激な性教育」をめぐる日米共通の問題点――朝日の「文化戦争」報道

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

●「過激な性教育」をめぐり親と学校の対立が深刻化するアメリカ

 10月9日付朝日新聞の1面トップ記事は「価値観むき出し『文化戦争』」「民主党主導の性教育『娘が洗脳される』」という見出しで、米大統領中間選挙1か月前の状況を次のように報じている(傍線は筆者、以下同様)。

 

 選挙戦で改めて浮き彫りになっているのは、米国を二つの国に分かつかのような「世界観」の衝突だ。人種や性、宗教、教育などをめぐって個人の信条や価値観がむき出しでぶつかり、妥協の余地のない「文化戦争(カルチャー・ウォー)」と呼ばれる。シカゴ郊外に住む3児の母は昨年、7歳の娘を私立学校に転校させることを決めた。「過激な性教育が導入されたことが決め手でした。うちの子をそんな学校には行かせられない」
過激な性教育」とは、バイデン大統領も属する民主党が主導し、今年からイリノイ州で法制化されたカリキュラムのことだ。小学校5年生からだった性教育は幼稚園から始まる。性的少数者(LGBTなど)をめぐる社会的課題について積極的に教え、性別の認識は必ずしも出生時の性別とは一致しない「性自認」の考え方についても段階的に学ばせていく。
教室にまで左派の政治イデオロギーが侵入してきた。娘が学校に洗脳されてしまうと感じたのです」……「極左勢力による教育を完全に打ち破る時が来た」……「子どもたちは錯乱したマルクス主義の教育者たちによって捕らわれの身となっている」とトランプ氏。「彼らは不適切な性的、人種的、政治的な教材を押し付けている。洗脳から脱却し、子供たちを好きな学校に通わせることができるようにならなければならない」……
 米国で激化する「文化戦争」とは何か。……フロリダ州では今年、「ゲイと言ってはいけない」法が成立し、小学校3年生までは教室で性的志向と性自認を教えることが禁じられた。性的少数者の主人公が登場する本などを学校で禁止する州も相次ぐ。……「文化という妥協できないテーマが政治問題になった結果、米政治は二極化した。保守派だけでなく、進歩派の過激化も進んでいる」……学校での性教育のあり方はその一例にすぎない。

 同2面に掲載されている「公立学校教育についての懸念」に関するアンケート調査によれば、「リベラル思想に洗脳される」が共和党支持者の62%、民主党支持者の16%、「不適切な書籍の存在」が共和党支持者の36%、民主党支持者の16%と二極化が進んでいる。

「俺は自分はリベラルだと思っている。でも左派には嫌気がさしているんだ」と語る元小学校教師や「LGBTを差別はしない。だけど8歳の子供に押し付けるな」と訴えるトランプ支持者らが、中絶、同性愛、銃規制などをめぐって互いを「排他的」とレッテル張りして対立・分断・二極化が深刻化しているアメリカの現状を詳細に報じている。

 

 

●「包括的性教育」か「性的自己抑制教育」か

 1991年に米国の民間団体「アメリカの性情報・教育評議会(SIECUS)」がガイドラインを刊行したことから始まった「包括的性教育」の問題点については、歴史認識問題研究会編『「こども庁」問題Q&A』並びに、拙稿「社会的混乱を狙う『グローバル性革命』」(月刊『正論』3月号)において明らかにした。

 また、本連載50の拙稿「道徳・家族を破壊する『グローバル性革命』『包括的性教育』」で詳述したように、朝日新聞が取り上げた「文化戦争に関する最も包括的な入門編」が、ガブリエル・クビー著『グローバル性革命一自由の名によって自由を破壊する』に他ならない。

 ドイツで数百万ドルの予算で幼稚園や義務教育での「性愛化」を主導した国際家族計画連盟(IPPF)の性教育担当者が避妊具セットを持って学校を訪問し、子供たちにプラスチック性器にコンドームを装着させる練習をさせた。同連盟の2010年の年次報告によれば、2千2百万件の中絶手術、1億3千百万件の避妊手術、6億2千百万個のコンドーム配布、8万件の不妊手術を若者に施行したという。2015年にシリーズで放映された潜入ビデオによって、同連盟が違法な中絶手術を通して得られた胎児の体の一部を販売したことが判明している。

 1969年4月の米カリフォルニア州サクラメント郡の教育局性教育調査報告書によれば、アナハイムの中学校に娘を持つ母親が、相談事は家に帰って親に言うのではなく、先生に相談するように指導し、親子の関係性を学校が危険にさらしているとして、カリフォルニア州教育委員会に包括的性教育の排除を訴えた。これまで保持してきた子供に対する道徳的な影響力が包括的性教育によって奪われるという危機感と憤りを抱いた親が学校委員会の多数派となる現象が全米に広がっていった。

 1980年代にエイズが蔓延し始めると、エイズ予防のためには伝統的な性道徳を否定しコンドームの使い方などを教えるべきだと主張する「包括的性教育」に対する反対運動が1990年代から2000年代に至るまで全米に広がり、性的自己抑制教育を導入すべきであるという運動が親を中心に広がった。1995年と2005年のSIECUSレポートによれば、1991年からの4年間に全米47州で400件の論争、2004年からの1年間で38州で153件の論争が確認されている。

 保守派は「性革命」を説く「包括的性教育」は伝統的な道徳を否定する反体制思想を反映した教育であると位置付け、共産主義者の陰謀であると批判し、「子供はマルクス主義や虚無主義のターゲットになる」と訴えた。

 こうした親の反対運動の結果、州法によって学区が性教育の授業に関して親に通知することが義務付けられるようになり、子供の性教育に対する決定権を親が獲得する学校システムが全米に制度化されるに至ったのである。

 アメリカの性教育をめぐる親と学校の対立は、学校の性教育を「包括的性教育」を推進する学校と、避妊や安全な性交渉に関する教育を実施せず、結婚までの性的な活動の節制を促進する性的自己抑制教育を支持する親との対立であったといえる。

 

 

●比較研究に基づくトランプ政権の性教育改革

 2009年のオバマ政権の成立後に、性的自己抑制教育は「科学的根拠が乏しい」として、連邦政府の政策から取り除かれ、10代の妊娠防止プログラムという包括的性教育を開始した。同プログラムは10代の性行為を前提とした内容になっており、ヘリテージ財団のシャンナン・マーティンは、包括的性教育のカリキュラムは、ページ数にして「平均して4.7%しか性的自己抑制に割かれていない。そして健康な関係の作り方や結婚については0%である」と批判している。

 ペンシルベニア大学のジョン・ジェモット教授が性的自己抑制教育について、社会的認知理論、合理的行動理論、計画的行動理論に基づく比較研究、すなわち、性的自己抑制教育と包括的性教育、「安全な性行為」のみを教える教育、性教育を教えない一般的健康増進教育の比較研究によって、「理論ベースで行われた性的自己抑制教育は、第6、7学年の生徒の性的活動への関与報告を減らす」ことが明らかになった。また、一般的健康増進教育と比較すると、「教育後、2年間に性行為に及んだ生徒の数は33%少なくなっている」という。

 そこで、トランプ政権は性教育を改革し、2017年6月、性的自己抑制教育に取り組むアシェンドのヴァレリー・ヒューバー会長を保健福祉省のシニア政策アドバイザーに任命し、翌年2月には、性的自己抑制教育に年間7500万ドルの予算を2年間充てる法案を成立させた。さらに、性的自己抑制教育を重視する民間団体から発行されているツールキットに準拠するよう求め、追加で3500万ドルの予算を組む法案も成立させた。

 この二つの性教育アプローチをめぐって、開発途上国の事例を含む多くの先行研究は、学校レベルにおいても関係者間で意見や認識の相違がある状況を示している。中でも、親は学校を基盤とした性教育の必要性を認識しているものの、「包括的性教育」の内容の一部に抵抗感を抱いている事例が多くみられる。また、「包括的性教育」を推進する学校と節制を重視する性的自己抑制教育を支持する親との対立を示唆する三つの先行研究がある。

 

 

●対立の背景は「リプロダクティブ・ライツ」論争

 この親と学校の深刻な対立の背景には、「リプロダクティブ・ライツ(産む産まないを決める権利)」が普遍的人権であるか否か、をめぐる論争がある。推進派の中核団体である国際家族計画連盟は、「すべての若者には、自身のセクシュアリティや性と生殖に関する健康について知らされる権利があり、意思決定を行う権利がある」「若者は社会改革の仕掛け人になれる」と明言している。また、1991年に「包括的性教育」のガイドラインを刊行して推進の先頭に立ってきた「アメリカ性情報・教育評議会(SIECUS)の共同創設者であるCalderonも、包括的性教育を実施する学校を社会の改革者と捉えていた。

 一方、リプロダクティブ・ライツ反対派は、性に関する権利の定義には国際的な合意がなく、伝統的な国際人権法にはセクシュアリティや性に関する権利への言及がないため、世界人権宣言や国際人権規約は性に関する権利を人権の傘下に入れることは想定していないと解釈し、「胎児の生命権」と抵触するため、普遍的人権とは認められない、と主張している。

 包括的性教育こそが10代の性交渉の増加や性感染症率の増加を引き起こしている原因であるとして、学校を基盤とした包括的性教育に反対している。

 さらに、親と子供の権利に関連して、推進派の見解では、リプロダクティブ・ライツは子供に自己決定権があると考えるから、親は子供の包括的性教育を受講する権利を拒否することはできない。

 一方、反対派の見解では、学校を基盤とした包括的性教育の必修化は、親の権利の侵害にあたる。親に養育の権利、子供の教育に関する決定権があると考えるからである。ちなみに、Klenk and Gacekは「子供は如何に教育されるべきかを誰が決めるべきか」という論文において、次のように指摘している。

 

「親は自身の子どもを育てるために、多大なエネルギーと資金を費やしているため、子どもの最大の利益を強く願っている。また、親は,子どもに最も近い存在の大人であり、自身の子どものことを誰よりもよく知っている。概して、親は自身の子どもについて最も役に立つ情報を持っているのである。従って、(中略)子どもの教育に関して決定する役目を、(子どもから)離れた組織ではなく、親に付与することが理にかなっている

 さらに同論文において、多くの親が包括的性教育の妥当性を疑い、代替案を探しているにもかかわらず、権力者は自分たちの理想を実現するために学校教育を利用していると批判している。また、包括的性教育は「伝統的な家族の権力を奪う手段」であると捉えられ、「家庭を相手取ったイデオロギーの戦いにおける主要な武器になっている」(Rieff)、「学校教育が、時に最も脆弱な国民を政治的な目的のために操作する役割を果たしてきた側面」(Glenn)が大きくクローズアップされている。

 つまり、推進派はリプロダクティブ・ライツを子供の普遍的な権利と捉えることによって、学校を基盤とした包括的性教育の正当性を主張するのに対して、反対派は、性的自己抑制教育と親の権利をもって対抗し、国家が子供の権利の名のもとに親に対する国家の支配を隠蔽していると主張しているのである。

 子供独自の価値基準と自己選択・自己決定権を強調する「包括的性教育」における寛容さや多様性の重視が、子供に道徳教育を行う親の権威を剥奪し、子供が親を絶対的な道徳的権威として受け入れなくても良いということを意味する、とMoranは主張する。

 

 

●フジテレビで放映された米教育現場の性教育ビデオ

 全米の教育現場で実践されていた「性的自己抑制教育」やエイズ教育などの教科書、教材、新聞記事、雑誌記事、学術論文を私は約半年かけて段ボール箱2箱分収集し、その資料に基づいて全米の教育現場を共同テレビの協力のもとに取材し、「どうする? エイズ・性教育――アメリカの教育現場から」というタイトルのビデオを製作(監修:西岡久壽彌・松岡弘・髙橋史朗)し、フジテレビの安藤優子キャスターの夜のニュース番組で放映され、大きな話題を呼んだ。

 何度も制作会議を行い、取材方針、映像の選択、シナリオの検討など、夜遅くまで議論した。そのビデオの内容の一部は拙著『間違いだらけの急進的性教育(黎明書房)に収録している。ビデオを見たい方は髙橋史朗塾の事務局に問い合わせてほしい。

 前回の本連載で紹介した日本の性教育の「歯止め規定」の背景には、全米に広がった「包括的性教育」に対する親の反対運動と共通の問題点があることを認識する必要がある。全米に広がった「過激な性教育」論争は旧統一教会によるものではない。

 自民党の安倍晋三座長の「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクト」や文科省の性教育全国調査、中教審の専門部会が3年間の審議を経て学習指導要領の解説に盛り込んだ性教育の歯止め規定と本稿で詳述した全米の親と学校の深刻な対立、朝日新聞が報じたアメリカの最新教育事情は密接な関係にあることを見落としてはならない。

 旧統一教会批判に便乗し政争に利用するマスコミ報道や政治家の発言を事実に基づいて客観的に検証する必要がある。性道徳を全面否定する「過激な性教育」と密接不可分の「包括的性教育」を安易に導入すべきではない。こうした歴史的経緯を踏まえた冷静かつ本質的な国会論議を求めたい。

 

(令和4年10月13日)

 

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