高橋 史朗

髙橋史朗89 – 性教育の「歯止め規定」の是非を問う――国会代表質問を検証する

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

●「万犬虚に吠える」トンデモ説

 旧統一教会と癒着した自民党批判に便乗したマスコミ報道や政治家の発言には見過ごせないものがある。明石市長がツイッターで、「『統一教会』が、自民党の議員に命令して、『子ども庁』ではなく『子ども家庭庁』に変更させた。…マスコミよ、きちんと事実を報道していただきたい」とつぶやき、テレビ朝日のモーニングショーの番組で、コメンテーターがこの点を明らかにする必要があると強調した。

 旧統一教会が「こども家庭庁」に変更するように「自民党の議員に命令」した根拠があるのか、明石市の行政関係者に調べていただいたが、全く根拠はなかった。このような事実無根のデマにテレビ朝日のコメンテーターまでが踊らされ、全国に拡散され「万犬虚に吠える」異常事態になっていることは黙視できない。後漢の王府撰『潜夫論』賢難に「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」という故事成語が書かれているが、一人が噓を言うと、世間の多くの人はそれを真実のこととして広めてしまうという例えである。

 かつて日本テレビの記者が文部省記者クラブの勉強会で教科書検定において中国「華北への侵略」と書かれていた記述を「進出」に書き換えさせたと報告したことが一人歩きし、全ての新聞がこれを報道した結果、中国の反発を招来し、「アジアの近隣諸国に配慮する」と明記した近隣諸国条項が教科書検定基準に追加されるに至った。

 産経新聞以外のメディアはこの報道が「誤報」であったというお詫び記事を掲載せず、当時の宮澤喜一官房長官が謝罪会見をするなど大きく国益を損ねたが、混乱の張本人である日本テレビの記者は責任を認めず誤報の真相を明らかにしなかった。

 こうした無責任な「トンデモ説」が全く検証されないまま再び猛威を振るいつつある。旧統一教会が自民党の政策に与えた影響については、客観的証拠に基づいて冷静に検証する必要がある。不当な教義や反日歴史観に基づき韓国や北朝鮮に膨大な献金が渡っていた点は決して見過ごせないが、旧統一教会が自民党の政策に与えた影響を客観的な検証プロセスを経ないで過大に宣伝し、政争に利用することは厳に慎むべきである。

 

 

●泉立憲民主党代表の国会質疑の問題点

 その観点から、以下の立憲民主党の泉健太代表の10月5日の国会代表質問について、事実は一体どうであったのか、検証する必要がある。

「2000年頃から一部の政治家や宗教団体関係者から性教育やジェンダー教育への強力なバッシングが始まり、2005年には自民党に安倍晋三議員を座長とする過激な性教育・ジェンダーフリ―教育実態調査プロジェクトチームが発足した。ここが批判を強め、その結果、今も学習指導要領の『はどめ規定』が立ちはだかり、授業で性交とは何かや母体の守り方を教えられなくなっている。それが性教育や望まぬ若年妊娠などにもつながっているという。この件は今、統一教会が自民党に強い影響力を行使したのではないかと報道されています」

「本年8月、日本財団は学習指導要領のはどめ規定の見直しと『包括的性教育』の導入を提言しています」「総理、自民党PTによる『性教育バッシング』は間違っていた。統一教会の影響を受けていた、との認識はありますか?性教育の歯止め教育を撤廃すべきではないですか?」

 この質問内容の問題点を検証したい。まず第一の問題点は、あたかも安倍晋三を座長とする自民党の「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」が批判を強めた結果、学習指導要領の「はどめ規定」が立ちはだかっていると述べている点である。

 我が国における性教育はすべての教科で扱われることが望ましいとされており、従って性教育独自の学習指導要領は存在せず、関連する教育内容はそれぞれ対応する教科で扱うようになっている。

 学習指導要領における「歯止め規定」とは、「~は取り扱わないものとする」「~のみ取り扱うものとする」「~深入りしないものとする」などといった文言で学習内容を限定した規定のことである。

 そもそも学習指導要領に「歯止め規定」が導入されたのは1978年版の学習指導要領からで、学習指導要領に「歯止め規定」が導入されたことと自民党のプロジェクトチーム並びに旧統一教会とは全く関係がない。1998年版の学習指導要領(保健体育)等で「妊娠の経過(性交)は取り扱わない」(中学1年の保健体育科)、「人の授精に至る過程は取り扱わないものとする」(小学5年の理科)とする「歯止め規定」が定められた。

 

 

●性教育の考え方、進め方――文部省(1999)

 授業計画の指針となるガイドブックは、文科省及び各自治体等により作成されているガ、同歯止め規定を踏まえた1999年の文部省『学校における性教育の考え方、進め方』は、性教育を、人格の完成、男女平等を柱とした科学的知識に基づく総合的な教育であるとして、次のように述べている。

 

「学校における性教育は、児童生徒等の人格の完成と豊かな人間形成を究極の目的とし、人間の性を人格の基本的な部分として生理的側面、心理的側面、社会的側面などから総合的にとらえ、科学的知識を与えるとともに、児童生徒等が生命尊重、人間尊重、男女平等の精神に基づく正しい異性観をもつことによって、自ら考え、判断し、意思決定の能力を身に付け、望ましい行動をとれるようにすることである。
 この場合、人間尊重、男女平等の精神は、学校の全教育活動を通じて徹底を図らなければならないが、人間の生命や男女の在り方、生き方、などを直接扱う性教育では特に重要であり、性教育の基本目標のそれぞれ貫く精神として認識されていなければならない。」(同9頁)

 傍線は筆者によるものであるが、前述した歯止め規定を踏まえた文部省の「学校における性教育の考え方、進め方」は、人格の完成と豊かな人間形成を究極の目的とし、人間の性を人格の生理的、心理的、社会的側面などから総合的にとらえて科学的知識を与え、生命尊重、人間尊重、男女平等の精神に基づいて望ましい性行動をとれるように自己決定能力を身に付けさせる、という人間教育と科学的知識を重視するバランスの取れた妥当なものであり、後述するような旧統一教会の「新純潔宣言」の影響は全く受けていないことは一目瞭然である。

 

 

●妥当な「歯止め規定」4項目

 昨年8月26日のNHKのWEBリポート「学校の性教育で“性交”を教えられない『はどめ規定』ってなに?」によれば、前述した二つの「歯止め規定」の内容についても、各学校でその必要性があると判断すれば、指導することはできるが、次の4点の「歯止め規定」に留意しなければならないというのが文科省の見解であるという。

⑴ 児童生徒の発達段階を考慮すること
⑵ 学校全体で共通理解を図ること
⑶ 保護者や地域の理解を得ること
⑷ 集団指導と個別指導の内容の区別を明確にすること

 いずれの歯止め規定も妥当なものである。児童生徒の発達には個人差があるから、集団指導と個別指導の内容を区別する必要があるのである。

 前述した泉代表の国会質問の最大の問題点は、文部科学省の性教育全国調査と中央教育審議会の専門家たちの審議内容を全く踏まえていない点である。文科省は2005年4月から7月にかけて性教育の全国調査を実施し、性教育の授業内容について保護者に説明していない小学校が44.5%、中学校が33.1%で、保護者からの苦情や問い合わせが、都道府県教育委員会に対して22件、市町村教育委員会に対して68件、直接学校に対して539件あったことを明らかにした。

 文科省の中央教育審議会初等中等教育部会の教育課程部会内に「健やかな体を育む教育の在り方に関する専門部会」が設置され、2007年まで約3年の期間をかけて17回の会議を重ねて徹底審議を行い、旧統一教会や自民党の主張とは明確に一線を画した「性教育の歯止め規定」論議を展開し、学習指導要領に「なお、指導に当たっては、発達の段階を踏まえること、学校全体で共通理解を図ること、保護者の理解を得ることなどに配慮することが大切である」という文言を挿入する形で決着した。

 この性教育の「歯止め規定」は、イデオロギー対立を超えた中教審論議の真っ当な結論として高く評価できる。とりわけ、教育基本法第10条の趣旨を踏まえて、性教育の内容について「保護者の理解を得る」ことを明記し、性教育の最終的な決定に親も権限と責任を持つことを明らかにした点は画期的と言える。

 本連載の拙稿50「道徳・家族を破壊する『グローバル性革命』『包括的性教育』」で詳述したように、性教育をめぐる親と学校の深刻な対立や訴訟を招来しないような「歯止め規定」は必要不可欠である。前述したような多くの苦情が保護者から寄せられている現実を踏まえ、子供の「発達段階」を考慮すること、「学校全体で共通理解」を図ること、「保護者や地域の共通理解」を得ること、集団指導と個別指導の内容の区別を明確にすること、という「歯止め規定」は今後も継続する必要がある。

 

 

●泉代表の説明責任を問う

 この「歯止め規定」は旧統一教会とは全く関係がなく、自民党のプリジェクトチームからも完全に独立した中教審の自主的専門的な3年間に及ぶ徹底審議に基づく結論であることを直視する必要がある。

 中教審同専門部会第4回会議(2004年12月21日)配布資料「『性教育』に関する主な検討課題等について」には、旧統一教会や自民党の主張とは明確に一線を画した、同専門部会の自由闊達な論議を総括的にまとめた見解が、次のように明示されている。

 

「指導計画の作成等に当たって……以下のような留意点をより明確にする必要があるのではないか。(具体例)児童生徒の発達段階(受容能力)を十分考慮することが重要であること。家庭、地域との連携を推進し、保護者や地域の理解を十分に得ることが重要であること。集団に一律に指導すべき内容と、個々の児童生徒の抱える個別の問題に応じ、個別に指導する内容を適切に区別すること等」

 同専門部会の最終報告書では、最終的に合意された論点は、第1に、学校における性教育については、子供たちは社会的責任は十分にはとれない存在であり、性感染症等を防ぐという観点からも、子供たちの性行為については適切でないという基本的スタンスに立って指導内容を検討していくべきであるということ。第2に、性教育を行う場合に、人間関係についての理解やコミュニケーション能力を前提とすべきであり、その理解の上に性教育が行われるべきものであって、安易に具体的な避妊方法の指導等に走るべきではないということ、第3に、集団指導と個別指導の内容は明確に区別して実施すべきであり、学習指導要領に関する検討に当たっては、特に集団指導の内容について議論すべきであること、の3点であった。

 子供たちが置かれている今日的状況を考慮すると、この3点は妥当な見解であり、この専門家たちが3年間積み重ねた結論が最終的に学習指導要領の解説に盛り込まれたわけであり、旧統一教会や自民党の影響を受けていないことが審議過程の検証によって明らかになった。

 泉代表がこの件で「統一教会が自民党に強い影響力を行使した」と批判する根拠は一体何か、「性教育の歯止め教育を撤廃すべき」との主張は、3年間に及ぶ中教審専門部会の論議の成果を全面的に否定するものであるが、その理由を国民に明示する説明責任がある。

 

(令和4年10月11日)

 

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