高橋 史朗

髙橋史朗88 – 3つの幸福の土台となる脳神経と学校・家庭で活かす21のスキル

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所 教授

麗澤大学 特別教授

 

●読経中の脳波の変化――トポグラフィーによる解析

 私の母は浄土真宗の大きなお寺で生まれ、私は少年時代、夏休みはそのお寺で過ごすのが楽しみであった。母は11人姉妹で弟が1人の大家族であったが、祖母が12人の子育てで苦労している顔を見たことはなく、僧侶である祖父はいつも笑顔で冗談を連発する実に愉快な人であった。少子化の中で児童虐待が深刻化している今日、大家族の子育てを楽しんでいた祖母の世代と比べて、私たちは一体何を失ってしまったのか。

 私は祖父の読経が大好きで、人生の意味を探し求めた中高生時代に仏教哲学の本を読み漁り、お寺の後継ぎがいなかったため、私を仏教大学に進学させて跡継ぎにさせようという働きかけもあったが、最終的に私は別の道に進んだ。

 今も仏教に対する関心は深く、長年日本仏教教育学会の常任理事を務め、学会で論文発表も行ってきた。名古屋大学とハワイ大学で仏教哲学を教えてきた伯父の存在も大きかった。愛読書は道元の『正法眼蔵しょうぼうげんぞう』、鈴木大拙の『日本的霊性』と卒業論文の指導を受けた仁戸田にえだ六三郎早大教授の著作(『仁戸田六三郎宗教哲学論集』に収録)であった。

 最近関心を持っているのは、お坊さんと仏教と脳科学の関係について長年共同研究を積み重ね、読経中の脳波を研究した東邦大学名誉教授の有田秀穂氏の研究である。有田氏は『セロトニン欠乏脳』(NHK出版)、『禅と脳』(大和書房)などを出版し、脳神経の基礎研究の専門家である。

 平成17年11月に開催した「感性・脳科学教育研究会」第2回公開セミナーで「セロトニン欠乏脳――キレる脳を鍛え直す」をテーマに講演していただいたが、本年開催予定の「科学的知見に基づく家庭・道徳教育研究会」第5回の講師も承諾していただいている。

 有田氏によれば、読経をすると,脳の中のセロトニン神経が活性化され、速いアルファ波が出てきて、すっきり爽快で非常に意欲的な意識状態になることが、血液ないしは尿の中のセロトニンを測定することによって立証されているという。

 一心に信念をこらし、行儀音調を調えて「南無妙法蓮華経」と念仏を唱える「唱題」、さらには、5文字の韻を踏んで非常にリズミカルであるが、内容は読んでもまったくわからない「偈文けつぶん」を読むとアルファ波が増え、散文を読むと、脳波に変化が生じアルファ波が減少(図参照)するという。

 曹洞宗の板橋興宗こうしゅう館長によれば、偈文は内容がない方がいいという。有田氏も内容がないのがポイントだと指摘する。芥川賞を受賞した玄侑宗久げんゆうそうきゅうさんも中身がわからずに暗誦していることが大事なのだという。

 意味が分からずに暗誦した繰り返しがセロトニン神経を活性化するのである。論語の素読もまったく同じであり、集中してリズム運動を繰り返すこと大切である。

 座禅では、身体を調える「調身」、呼吸を調える「調息」、心を調える「調心」というが、この3つを調えないと、セロトニン神経は活性化しない。

 

 

●セロトニン神経を活性化するリズム運動

「感性・脳科学教育研究会」第4回公開セミナーで講演していただいた埼玉県飯能市にある白鳥幼稚園の石間戸いしまど宗明としあき園長は、文科省の研究指定を受けて、有田先生のご指導の下に、幼児のリズム運動によって尿に含まれるセロトニン量を測定し、和太鼓や腹式呼吸による発声練習や合唱、合奏、声のキャッチボールであるフラッシュカード、百玉そろばん、日課活動としての全力疾走、跳び箱、逆上がり、のぼり棒などを16ビートの音楽が流れる中で30分間繰り返す「体育ローテーション」などのリズム運動によってセロトニンが増えることを実証した。

 大阪府貝塚市にある木島幼稚園でも同様の「体育ローテーション」や論語の素読、百人一首、リトミックなどのリズム運動によって、発達障害の症状が大きく改善する成果を上げており、埼玉県福祉部の幹部が同幼稚園を視察し、同幼稚園の成果を踏まえて、「埼玉県発達障害支援プロジェクト」を平成23年に立ち上げた。

 従来の縦割り行政を排して、福祉部、保健医療部、総務部、病院局、教育局の幹部を知事公館に集めて3か月間、保育、教育、医療、福祉の専門家からヒアリングを行い、市町村職員を対象とした「発達支援マネージャー」育成と、保育士・幼稚園教諭を対象とした「発達障害の早期発見、早期支援」を担う「発達支援サポーター」育成に力を入れた。

 その結果、発達障害を早期発見できる園は、27.4%から82.3%に急増し、79.6%の園が園全体で取り組むようになり、発達障害の特性に合わせた声掛けや気になる行動の記録を取るようになり、時計やボードを使って時間の目安を伝え、個別に対応できるようになった。

 また、発達障害児の行動に変化があった園は67.9%で、具体的には、発達障害の特性に合わせた声掛けによって言葉が出るようになった、スケジュールを理解してみんなと行動できるようになった、乱暴な行動が収まり、クラス全体が落ち着いた、などである。

 さらに、84.7%の保護者に変化が見られ、具体的には、感謝の言葉や笑顔が出るようになった、子供の状態を受け入れ、専門機関に通うようになった、保健センターと連絡を取り合うようになった、などである。

 

 

●「発達障害」ではなく「発達凸凹」と捉える

 最大の成果は保護者の「主体変容」すなわち、「心のコップ」が上に向いたことである。「障害」ではなく「発達凸凹」と受け止め、発達の個人差は誰でもあるから良い点に目を向けて伸ばしていこう、と呼びかけ、1歳半検診時に「子供のほめ方」に関するペアレント・トレーニングの冊子を配布した。

 5年間で「発達支援マネージャー」の資格を取得した市町村職員は717人、「発達支援サポーター」の資格を取得した保育士・幼稚園教諭は5481人に及んだ。同プロジェクトは3年目から小学校教員向けの研修にも取り組み、まず、管理職、特別支援教育コーディネーター、1~3年学級担任から始め、3年間で4302人が受講した。

 発達障害の早期発見・早期支援をリードする人材育成が最も重要であると考え、県予算も1年目は2億円であったが、2年目はその倍、3年目はその倍へと倍増されていった。私が上田知事に提言し、福祉部の幹部に木島幼稚園を視察してもらい、「目からうろこの取り組み」と高く評価されたことから始まった「埼玉県発達障害支援プロジェクト」の画期的成果は平成27年12月の自民党障害児者問題調査会でヒアリングが行われ、保護者対応として、「ペアレント・プログラム」の事業化マニュアルを作成し、全国へ普及されるに至った。

 

 

●親学に対する誤解を完全に払拭

 保護者対応の研修については、保育士、幼稚園、小学校の管理職と教員向けに一貫して私が担当させていただいた。発達障害の早期発見・早期支援については特に保護者対応が重要であることを、米留学中に学ばせていただいた。アメリカでは、まず発達障害児の親に対するプログラムを義務付けていたからである。

 医学的な意味での①「発達障害(先天的器質的な脳機能不全)」と後天的な②「精神発達不全(表面的な特徴は似ているが、本質的に異なり、環境因、非常に不適切な養育や養育環境などにより、精神発達に取り戻せないほどのゆがみや遅れが生じる)」とを明確に区別した研修によって、親学に対する誤解は解消した。

 発達障害が予防できるのは、②についてであり、「言葉の発達のつまずき」に限定されることを明確にしたことによって、発達障害児の親の会の方たちから、「親学に抗議するために来ましたが、先生は私たちの味方であることがよく分かりました。親学について偏見を持っていましたが、私たち親を支援するための親学だったのですね」と何人も握手を求めてこられた。

 大阪では誤解を受けたが、埼玉県で8年間積み重ねてきた発達障害支援プロジェクトの保護者対応の研修で不当な誤解や批判を完全に払拭できたことは嬉しかった。

 

 

●セロトニン神経のチェックリスト

 話を本題に戻そう、釈尊が呼吸法について弟子たちに説いた「雑阿含経ぞうあごんきょう」には、次のように書かれている。

「弟子たちよ、入息出息を念ずることを実習するがよい。かくするならば、身体は疲れず、目も患まず、観へるままに楽しみて住み、あだなる楽しみに染まらぬことを覚えるであろう。かように入息出息法を修めるならば、大いなる果と、大いなる福利を得るであろう。かくて深く禅定に進みて、慈悲の心を得、迷いを絶ち、悟りに入るであろう」

 有田氏はセロトニン神経のチェックリストとして、以下の18項目を挙げている。

⑴ 朝の寝起きが悪く、なかなか頭がすっきりと目覚めない
⑵ 背中が丸まって姿勢が悪く、体の芯に力がない
⑶ 起立姿勢が保てず、すぐにしゃがみこんでしまう
⑷ 顔つきがとろんとしていて、生気がない
⑸ 噛む力が弱い
⑹ 朝に不定愁訴(腹痛、頭痛、下痢など自律神経失調の症状)を訴える
⑺ ちょっとした痛みに大げさに騒ぎ立てる
⑻ 些細なことが気にかかって、なかなか受け流せない
⑼ 舞い上がると、すぐには平静に戻れない
⑽ ゲーム漬けの生活をしている
⑾ 際限なく食べてしまう
⑿ 薬やアルコールなどに依存症的な傾向がある
⒀ ちょっとしたストレスでキレてしまう
⒁ 動物を虐待してしまう
⒂ 突然、窒息感に襲われる
⒃ 閉じこもって生活している
⒄ 眠りが浅く、夜中に頻繁に目が覚める
⒅ いびきをかき、時々呼吸が止まる

 

 

●脳科学を学校・家庭で応用できる21のスキル

 感性・脳科学教育研究会第5回公開セミナーで、「脳科学を活かしたADHD・ASに有効な21のスキル」について講演していただいた倉敷市立短大の平山諭教授は、TBSの「イブニングファイブ」とう番組で紹介された「環境対話キャンプ」や「子ども会議」で、サイコモーターという音楽療法系のプログラムや、見つめ合い微笑み合って、子供同士、親子2人でペアになって踊ったりして、ドーパミン・セロトニン神経を活性化する実践を行っている。

 ASとは「アスペルガー症候群」、ADHDは「注意欠陥・多動性障害」の略語であるが、学校の授業や家庭教育で応用できる21のスキルは次の通りである。

   ・見つめる
   ・ほほ笑む
   ・話しかける
   ・触る
   ・ほめる
   ・リズム
   ・テンポ
   ・快感
   ・緊張
   ・希望
   ・見通し
   ・変化
   ・刺激減少
   ・作業
   ・工夫
   ・抑制
   ・イメージ化
   ・視覚化
   ・評価
   ・確認
   ・机間巡視

 

 

●脳神経科学の視点から見た「志道和幸」教育

 詳しくは、平山諭著『ADHD・ASのための環境対話キャンプ――脳科学を活用した21のスキル』(麗澤大学出版会)、『親と教師のためのADHD・ASを変える環境対話法』(同)を参照されたい。

 本連載76で詳述した樺沢紫苑『最新脳科学から最高に人生を作る方法一精神科医が見つけた3つの幸福』(飛鳥新社)によれば、「幸せを実感」している時には、「セロトニン」「ドーパミン」「オキシトシン」という3つの脳内物質が分泌されているという。

「オキシトシン的幸福」は、自分一人で幸せを実感する「セロトニン的幸福」とは異なり、夫婦、家族、恋愛関係など、相手との安定した人間関係の繋がり(絆)によって生まれる幸福感である。

「ドーパミン的幸福感」は、動機ややる気の源泉となる「願力」によって「志・夢・目標」を「達成する」喜びを実感する高揚感である。脳神経科学の視点から見れば、私が提唱する「志道和幸」教育は、「志を立て、道を求め、和を成して、幸せを実感」する「セロトニン」「ドーパミン」「オキシトシン」的幸福の理論と実践として位置付けることもできる。

常若・志道和幸」教育を「高齢者のスピリチュアル・ウェルビーイング」の視点も加味 した「祖父母学講座」も含めて、4回のオンライン連続講座で行う準備をしている。

 

 

●「高齢者のスピリチュアル・ウェルビーイング」の視点

 65歳以上のナーシングホーム入居者24名に対し、インタビュー調査を行って分析したマッキンリー・Eは、高齢者のスピリチュアルなテーマとして、宗教的な信念を含む⑴「人生の究極的な意味」と⑵「人生の意味への応答」を中心に据え、それらに関連する4つのテーマ、すなわち⑶「自己充足感/脆弱さ」、⑷「最終的な意味に向けた賢明さ/暫定なるもの」,⑸「関係/孤独」、⑹「希望/恐れ」に応じた以下の課題を提示した。

⑴ 究極的な意味をもたらせるものと一体感を持つ
⑵ 応答するのに適した方法を見出すこと
⑶ 障害、喪失を越えていくこと
⑷ 最終的な意味を探求すること
⑸ 神や他者との親密さを見出すこと
⑹ 希望を見つけること

 WHOはスピリチュアリティに含まれる4領域を⑴「個人的な関係」、⑵「生きていく上での関係」、⑶「超越性」、⑷「宗教に対する信仰」に分け、⑴については、①親切、利己的でないこと、②周囲の人を受容すること、③許すこと、⑵については、①生きていく上での規範、②信念や儀礼を行う自由、③信仰、⑶については、以下の11領域を挙げているが,紙幅が尽きたので、詳しくは稿を改めたい。

⑴ 希望、楽観主義
⑵ 畏敬の念
⑶ 内的な強さ
⑷ 人生をコントロールできること
⑸ 心の平静、安寧、調和
⑹ 人生の意味
⑺ 絶対的存在との連帯感
⑻ 統合性、一体感
⑼ 諦念、愛着
⑽ 死と死にゆくこと
⑾ 無償の愛

 

(令和4年10月4日)

 

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