高橋 史朗

髙橋史朗80 – 「日本らしさ」とは何かを問い直し、自らの言葉で発信しよう

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団 道徳科学研究所教授

麗澤大学 客員教授

 

 

●安倍元首相「美しい国、日本」の姿

 安倍元首相は第一次政権発足直後の平成18年9月29日の第165回国会所信表明演説において、「美しい国、日本」の姿について、以下のように述べている。

 

 私が目指すこの国のかたちは、活力とチャンスと優しさに満ち溢れ、自律の精神を大事にする、世界に開かれた「美しい国、日本」であります。この「美しい国」の姿を、私は次のように考えます。
⑴ 文化、伝統、自然、歴史を大切にする国
⑵ 自由な社会を基本とし、規律を知る、凛とした国
⑶ 未来へ向かって成長するエネルギーを持ち続ける国
⑷ 世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国(中略)
「美しい国、日本」の魅力を世界にアピールすることも重要です。……故盛田昭夫氏は、日本製品の質の高さを米国で臆せず主張し、高品質のブランドとして世界に認知させました。未来に向けた新しい日本の「カントリー・アイデンティティ」、すなわち、我が国の理念、目指すべき方向、日本らしさを世界に発信していくことが、これからの日本にとって極めて重要なことであります。国家としての対外広報を、我が国の叡智を集めて、戦略的に実施します。……私たちの国、日本は、世界に誇りうる美しい自然に恵まれた長い歴史、文化、伝統を持つ国です。その静かな誇りを胸に、今、新たな国創りに向けて、歩み出す時がやってきました。
 かつて、アインシュタインは、訪日した際、「日本人が本来持っていた、個人に必要な謙虚さと質素さ、日本人の純粋で静かな心、それらのすべてを純粋に保って、忘れずにいてほしい」と述べています。21世紀の日本を、アインシュタインが称賛した日本人の美徳を保ちながら、魅力あふれる、活力に満ちた国にすることは十分に可能である、日本人には、その力がある、私はそう信じています。……
 日本を、世界の人々があこがれと尊敬を抱き、子供たちの世代が自信と誇りを持てる「美しい国、日本」とするため、私は先頭に立って、全身全霊を傾けて挑戦していく覚悟であります。

 

 

 

●安倍政権の「持続可能な社会の『日本モデル』」

 この「美しい国、日本」の魅力を再認識・再評価し、世界に発信する「国家としての対外広報」をいかに展開してきたか、を振り返ってみよう。まず第一次安倍政権の「持続可能な社会の『日本モデル』」として、「21世紀環境立国戦略」(平成19年)を打ち出し、報告書に次のように明記した。

 

 古来より私たち日本人は、生きとし生けるものが一体となった自然観を有しており、自然を尊重し、共生することを常としてきた。我が国には、例えば里地里山に代表されるように、自然を単に利用するだけではなく、協働して守り育てていく智慧と伝統がある。

 同年に安倍元首相は「日本文化の対外発信」を目的とした「日本文化産業戦略:文化産業を育む感性豊かな土壌の充実と戦略的な発信」(アジア・ゲートウェイ戦略会議)をまとめ、「政策の基本的方向」として、⑴「日本の魅力」の再認識・再評価・発信、⑵「日本の魅力」の世界への発信、⑶「文化産業」を支える基盤の強化、を打ち出し、具体的な政策課題として、次のように例示した。

〇「日本の魅力」の海外への発信による市場の拡大
〇「感性」をビジネスに活かす仕組みの構築
〇「感性価値創造」活動の支援及び国民運動化の推進
〇 国際的に通用する専門人材の育成
〇 世界を魅了する「文化力」向上のため、地域の活力と「美しい国、日本」の基盤の拡充

 そして平成27年に安倍元首相が主催する「『日本の美』総合プロジェクト懇談会」(津川雅彦座長)が発足し、「我が国の文化芸術の振興及び次世代への保存継承を図るとともに、文化芸術と日本人の美意識・価値観を国内外にアピールし、その発展及び国際親善と世界の平和に寄与するための施策の検討に資する」こととし、小林忠座長(美術史学者)・千玄室・林真理子ら6人のメンバーが選任された。

 令和2年には「日本博」が開催され、「日本人と自然」が総合テーマとなり、「基本コンセプト」として次のように明記された。

 

「日本の美」は、縄文時代から現代まで1万年以上もの間、大自然の多様性を尊重し、生きとし生けるもの全てに命が宿ると考え、それらを畏敬する「心」を表現してきた。日本は、景観や風土を大切にし、……人間が自然に対して共鳴、共感する「心」を具現化し、その「美意識」を大切にしている。「日本博」では、……縄文時代から現代まで続く「日本の美」を国内外へ発信し、次世代に伝えることで更なる未来を創成する。この文化芸術の祭典が、人々の交流を促して感動を呼び起こし、世界の多様性の尊重、普遍性の共有、平和への祈りとつながることを希求する。

 

 

 

●平成前後の日本人の感性の変化

 国土交通省が発表した『令和元年版 国土交通白書』によれば、万葉の時代から長い年月をかけて、「自然」「歴史・文化」「和」等を大切にする「日本人の感性(美意識)」が培われてきたが、最近の意識調査によれば、この「日本人の感性(美意識)」が見直されつつあるという。

 同白書第1章第3節「日本人の感性の変化」では、平成以前の日本人の感性と平成の日本人を比較し、次のように指摘している。

 日本人にとって、美しい・すばらしいと感じる価値や行動(「感性(美意識)」)はそれぞれの時代の社会的な背景により、変化してきている。国土交通省が実施した日本人の感性に関する「国民意識調査」においても、高度経済成長期より前の日本人の感性の特徴なものとして、「義理がたさ(他者への思いやり、新渡戸稲造は「武士道」として、「義(正しさ)」「仁(情け)」「礼(敬意)」「誠(誠実さ)」などの徳を挙げている)、「伝統・文化」(伝統的な文化や風習など)、「和」(調和と協調を重視し、「17条憲法」「五箇条の御誓文」を例示)、「自然」(自然を愛でることなど)が上位を占めている。

 同白書が注目しているのは、「豊かさ」に関する意識の変化である。内閣府の「国民生活に関する世論調査」よれば、高度経済成長期において「物質的な豊かさ」が重視されるようになったが、1970年代後半に「物の豊かさ」と「心の豊かさ」の重視傾向が均衡し、平成以後は一貫して「心の豊かさ」を重視する生き方を望む人が多くなった。

 内閣府の「社会意識に関する世論調査」でも、「日本の国や国民について、誇りに思うことはどんなことか」を尋ねたところ、「義理がたさ」「伝統・文化」「自然」に関係する項目は上昇傾向にあるが明らかになった。

 さらに、統計数理研究所の「日本人の国民性調査」においても、「他人の役に立とうとしている」は24%(1983年)から45%(2013年)に増えており、一方、「自分の事だけに気を配っている」は62%(1983年)から42%(2013年)に減少しており、他人とのかかわり方が変化していることが判明している。

 前述した国土交通省の国民意識調査では、今後の社会の在り方において、日本人が昔から持つ日本人の感性を重視すべきという回答が約8割を占めており、現代の日本人が古来からの日本人の感性価値を評価していることが明らかになっている。

 

 

●日本人の道徳観の根底に流れる「和」の精神と「常若」思想

 ところで、平成23年3月11日の東日本大震災の際に、世界の人々を感動させたのは、混乱する状況の中でも互いに助け合いながら避難生活をする日本人の姿勢、心の在り方のすばらしさであった。日本人は他に寄り添う心、自分ではなく他に心を預ける感覚を培ってきた。日本人にとって他者を助けることは自分を助けることに等しいのだ。こうした一種の共同体感覚と、調和・協調の和の精神は、世界に尊敬され信頼される、日本人ならではの感性といえる。

 平成19年に日本の伝統と先端技術を融合させた「新しい日本らしさ」を持つ日本の様式を「新日本様式」として100選定してから10年が経過したことを踏まえ、経済産業省は改めて海外に打ち出すべき日本の価値観を捉え直す「「世界が驚く日本」研究会を平成30年に発足させた。

「世界が驚く日本」とは一体何か。「日本人独特の自然観」がその中核といえる。自然を外部環境として捉え、克服すべき対象とする西洋の近代合理主義的自然観とは異なり、自然を畏怖しつつ、その中に自らを溶け込ませ柔軟に共生していく価値観が芽生えた。それだけではなく、豊かな自然との共生の中で、日本人は自らの感性と自然とを融合させ、「内なる自然」を見出す感性が育まれた。西洋の一神教とは異なり、日本人はあらゆる自然との接点において自らの内面に生じた崇敬の気持ちを神としてあがめた。

 こうした自然への同化感覚は、日本人の道徳観の根底に流れる、感謝、謙虚な姿勢を形づくるとともに、四季の豊かな自然の色を繊細に取り入れた独自の色彩感覚や、あらゆる自然の恵みに感謝し、素材を活かす姿勢へとつながった。また、無限の自然を表現しようとする感性から日本的な形容詞が生まれ、豊かな言語表現・文学へとつながり、「常若」思想の土台となった。

 これは、「いき(粋)」、「余白」、「不足の美」など、日本人の伝統的な美意識にも深く影響するとともに、日本人のものづくりの根本を形成する「手の平文化」や「縮み志向」といった、モノ・コトにおける独特な嗜好にもつながっていった。

 では、自然と共生し、同化感覚を磨いた日本人は、その行き着く先に何を目指してきたのか? 西洋人の近代合理主義にとって、自然とは外敵であると同時に、様々な文明を生み出すための材料であり資源であった。すなわち自然とは、人間の生活を発展させるための「手段」であったといえる。

 ちなみに聖徳太子が「和を以て貴しとなす」と説いた17条憲法の第1条は、「上和らぎ、下睦びて事をあげつらふにかなひぬときは、即ち事理自ら通ふ。何事か成らざらむ」という言葉で結ばれており、「和」を目指すことが全ての物事の真理・理法に通じるという意味が込められている。

 

 

●世界が驚く日本の部活動と「学校清掃」

 大谷翔平・イチローらの日本人メジャーリーガーの活躍に世界が注目し、毎年甲子園球場に米国人スカウトが集まるようになった。彼らが最も驚くのは、小学校時代から「将来の夢・志・目標」を明確に掲げ、監督・コーチの指導の下、懸命に練習に打ち込み、全力疾走を心がけ、単なるスポーツとしての訓練を越えた礼儀正しい「道」の精神が日本の部活動を貫いており、「学校清掃」という世界に例のない学校教育が行われていることである。

 米大学院の授業で日本の「学校清掃」のビデオを見せたことがあるが、「学校清掃」は学校外の業者の仕事というのが「世界の常識」であり、「外なる自然」を掃除することによって、「内なる自然」である自分の心が磨かれるという発想がないことに気づかされた。

 日本の学校教育では、スキルや知識だけでなく、「躾の3原則」(挨拶・返事・整理整頓)など、礼儀や心構え、態度といった「道」に通じる精神が重視される。「道」の思想は日本人の教育観に通じ、家庭でのしつけ教育や学校教育、社員教育などによって「道」は日本社会の隅々まで浸透してきたのである。

「道」には。基本の「型」を自分のものとし、駆使することで独自の手法へと磨き上げる「技」(型を守り、型を破り、型から離れる「守破離」)の過程があり、この過程そのものが「道」にほかならない。「技」を体系立てたものが「道」であり、日本人の「道」には終わりがない。それ故にこそ、いつまでも謙虚に自らを磨き、世代を超えて伝承され、進化し続けていくのである。

 だからこそ手織物、塗り物、刃物など、日本の道具は西洋から見ると、合理性からは程遠い、恐ろしいほどの手間と時間をかけて作られる。日本人にとって道具とは「道を具える」ものであり、使う人の感性を磨くためにあるものである。

 こうした日本のものづくりのコンセプトは、本連載69で詳述したように、「突きつめる」「学びとる」「合わせる」「源を活かす」「思いをよせる」の5つのキーワードに集約できる。

 以上述べてきたような、日本人の感性・価値観は、日本独特の自然環境や時代背景を経て、長い歴史の中で培われてきたものであるが、現代の日本人が見失いつつあるものでもある。

 改めて私たち一人ひとりが、それを失えば日本人が日本人でなくなる「日本らしさ」とは何かを根本的に問い直し、日常生活の中で「美しい国、日本」の姿を取り戻し、「持続可能な社会の『日本モデル』を、自らの言葉で世界に発信していくことが求められている。

 

(令和4年8月16日)

 

※髙橋史朗教授の書籍
WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と「歴史戦」
日本文化と感性教育――歴史教科書問題の本質
家庭で教えること 学校で学ぶこと
親学のすすめ――胎児・乳幼児期の心の教育
続・親学のすすめ――児童・思春期の心の教育
絶賛発売中!

 

 

※道徳サロンでは、ご投稿を募集中! 

道徳サロンへのご投稿フォーム

Related Article

Category

  • 言論人コーナー
  • 西岡 力
  • 髙橋 史朗
  • 西 鋭夫
  • 八木 秀次
  • 山岡 鉄秀
  • 菅野 倖信
  • 水野 次郎
  • 新田 均
  • 川上 和久
  • 生き方・人間関係
  • 職場・仕事
  • 学校・学習
  • 家庭・家族
  • 自然・環境
  • エッセイ
  • 社会貢献

ページトップへ