高橋 史朗

髙橋史朗76 – 学祖の和の諸相と縦・横軸の道徳が調和する「幸福」という視点に学ぶ

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団 道徳科学研究所教授

麗澤大学 客員教授

 

 

●SDGs・ウェルビーイングを縦軸と横軸の道徳で捉え直す

 70歳を機に明治神宮近くのマンションに引越したのは、勤務先であるモラロジー道徳教育財団に地下鉄千代田線で乗り換えなしに行け、毎朝明治神宮参拝ができるからである。毎朝明治神宮を参拝後、6時25分から始まる「明治神宮お早う体操会」に参加し、代々木公園を散策後帰宅すると、ちょうど2時間である。

 熊本大学の三池輝久教授と東邦大学の有田秀穂教授から、「朝日を浴びてリズム運動」をすると「幸福感」の源である「セロトニン」という脳内神経伝達物質が分泌することを学んだが、早朝2時間の運動が私と妻の「イキイキワクワク」の原動力であることを痛感する。

 40年を超える大学教員としての研究生活を通して、占領史研究、教育哲学、感性教育、ホリスティック教育、臨床教育学、教育相談、親学、道徳教育などの研究に取り組み、現在も日本仏教教育学会の常任理事(4期8年)、日本家庭教育学会の常任理事(8期15年)、日本感性教育学会理事(7期13年)を務めている。

 多岐にわたる研究テーマを集大成すべく、髙橋史朗塾を昨年立ち上げ、「感知融合の道徳教育一SDGs・ウェルビーイングを『常若・志道和幸』教育として実践する試み一」というテーマを掲げて、日本道徳教育学会99回大会で共同研究発表を行い、日本感性教育学会並びに日本道徳教育学会100回大会「ラウンドテーブル」でも発表する予定である。

 学祖・廣池千九郎の後を継承した廣池千英は、「国家伝統と家の伝統の二つの縦の道徳」と社会道徳、国際道徳のような「横の道徳の調和、充実ということが一番重要な問題となってくる」と指摘しておられるが、縦軸の道徳がSDGsを「常若」思想で捉え直して「道を求め」、横軸の道徳が「和」を成して共生(共に違いを活かし合う「共活」、共に新しい秩序を創る「共創」)する座標軸を意味し、両軸がクロスする点がウェルビーイングの核心である「幸せの実感」として構造的に整理できるのが「常若・志道和幸」教育の試みである。

 

 

●廣池千九郎「和の諸相」「道に志す」に学ぶ一縦・横軸の調和が「幸福」

 ちなみに、井出元『祖述一廣池千英が継承した創立者の遺志』(モラロジー道徳教育財団、令和4年)によれば、「道に志す」姿が学祖の理想とする生き方であり、縦軸と横軸の思想の調和の上に「個人の幸福というものの基礎」を置き、「国民としての国家生活」と「個人としての社会生活」を充実させていくことが「道徳の基本」であるという。

 また、廣池千九郎は明治38年に『東洋法制史序論』を刊行し、「法」と「律」という漢字の語源に遡って、その基準が天道によって実現される「中正・平均」つまり、バランスの保たれている状態、すなわち「和」にあると捉え、「和」を創出する叡智と味わう感性とを祖先から継承した(井出元『廣池千九郎の思想と生涯』第1章参照)。「感知融合の道徳教育」の原点はここにある。

 廣池千九郎の生涯に学ぶ「和」の諸相は、井出の前掲書によれば、⑴神聖なものに対する「畏敬の念」や「生かされている」という実感を大切にする「人と自然との和」、⑵「三方善し」という考え方や「篤く大恩を念いて大孝を申ぶ」(『廣池千九郎日記』⑥4-5頁、昭和11年1月7日)という伝統を受け継ぎつつ発展させるという積極的な意志、すなわち「自己に反省すること」が求められる。

 さらに、⑶「内面的、精神的な和(心の内なる和)」として、感知を融合する「知徳一体情理円満」(新版『道徳科学の論文』⑨300頁)を強調しておられることは、情動学の第一人者である東大の遠藤俊彦教授の『『情の理』論』(東大出版会)に通じる視点として注目される。

 また、⑷「自ら運命の責めを負うて感謝す」(『論文』⑨286頁)という格言や、「恩寵的試練」(同⑦111頁)という言葉に集約されている、「運命や境遇との和」によって、逆境とどのように和していくか、⑸「時代の動向との和」という5つの和の諸相があることを廣池千九郎は明らかにしている。

 

 

●アドラーが説く幸福への道筋と「3つの幸福」

 ところで、世界の幸福度ランキング(2020年)によれば、世界153ヶ国中日本は62位で、主要先進国では最低である。心理学者のアドラーは幸福になるための道筋を、「自己受容」➡「他者信頼」➡「他者貢献」の円環構造で説明している。

 他者貢献によって「貢献感」(幸福感)が得られ、自分には価値があると思える。そこで「自己受容」がさらに強化され、より強い、確かな「他者信頼」ができるようになり、他者貢献がさらに進んでいく。

 このループを繰り返すことによって、「共同体感覚」が強化されて最高の幸福が得られる、というのがアドラーの示す、幸福への道筋である。

 樺沢紫苑『最新科学から最高に人生をつくる方法 精神科医が見つけた3つの幸福』(飛鳥新社、令和3年)によれば、「幸せを実感」している時には、「ドーパミン」「セロトニン」「オキシトシン」という3つの脳内物質が分泌されているという。

 著者が指摘する「3つの幸福」とは、⑴セロトニン的幸福(心と体の健康)、⑵オキシトシン的幸福(つながりによる安心感)、⑶ドーパミン的幸福(経済的成功)であるが、この3つの幸福には優先順位があり、「セロトニン的幸福」➡「オキシトシン的幸福」➡「ドーパミン的幸福」の順番であるという「幸せの三段重理論」を唱えている。

 まず「セロトニン的幸福」とは、体調がよく、「気持ちがいい」「清々しい」「さわやか」という「気分」「感情」「体感」を感じる状態で、座禅や瞑想など雑念がなく集中し、考えや感覚が研ぎ澄まされ、感情がコントロールされている状態である。

 「オキシトシン的幸福」とは、一言でいうと、他者との交流、関係によって生まれる幸福全てで、自分一人で幸せを実感する「セロトニン的幸福」とは異なり、夫婦、家族、恋愛関係など相手との安定した人間関係によって生まれる幸福感である。

 「ドーパミン的幸福」とは、経済的社会的成功を「達成する」ことによって得られる幸福感で、「やったー!」と思わず手を挙げてしまうような高揚感を伴う「成功」の「達成感」「喜び」「楽しさ」である。

 ドーパミンは「モチベーション」「やる気」の源であり、ドーパミンが分泌されるから「頑張る」「努力できる」し、結果として「自己成長」につながる。しかし、ドーパミンは「もっともっと」と際限なく求める欲求であるから、「依存症」に陥る「落とし穴」がある。

 アドラーは、上から目線ではなく、信頼関係と相互尊敬という人間関係の中で、共感力や思いやりに基づいて行われる「勇気づけ」の重要性を説いたが、「承認欲求」には「ドーパミン的承認」と「オキシトシン的承認」がある。

 「ドーパミン的承認」は、支配と依存のタテの人間関係の中で、「結果」にフォーカスした、相手をコントロールする行為である。アドラーの言う「褒める」はドーパミン的承認であり、「勇気づけ」はオキシトシン的承認といえる。

 「褒める」の副作用として、「褒められないとやらなくなる」「ご褒美がエスカレートする」などが起きるが、これはまさしく「褒め」の逓減効果といえる。

 

 

●「高校魅力化PT」と麗澤中高SDGs研究会の画期的な取り組み

 ところで、日本青少年研究所の高校生比較調査によれば、諸外国の高校生と比べて、日本の高校生は自己肯定感のみならず、「私の参加により、変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれない」という実感が低いことが明らかになっているが、広島県の大崎上島町と大崎海星高校の連携によって実践されてきた「大崎海星高校魅力化プロジェクト」は、画期的な成果を上げており極めて注目される。

 広島県は「学びの変革」の全県展開によって、「主体的な学び」により、子供たち一人ひとりが思考を深めて成長していくために、「本質的な問い」へ向かうようなプロジェクト型の学習を取り入れ、『島の図鑑』を制作する中で、島の仕事、産業、島の魅力を再認識し、大崎海星高校だからこそ学べること、この学校に通う意味と価値を新たに再発見させた。

 同プロジェクトは、人口減少の影響で統廃合の危機に立たされた公立高校を再生し、「地域に開かれた学校」「地域と共に創り上げていく学校」を目指す壮大なプロジェクトである。

 同校が編集・発刊した『島の図鑑』シリーズは、移住定住促進を目的とした小冊子で、地域で働く人達に生徒たちがインタビューを行い、彼らの目線で仕事の魅力ややりがいについて紹介していることが大きな特徴である。

 これが同校の魅力化に与えた影響は計り知れない。学校と地域が連携するきっかけを生み出し、同時に生徒のキャリア観、地元への愛着、地域住民の高校への理解・共感など、目覚ましい変容を次々と生み出した。

 2年前から活動を開始した麗澤中学・高校SDGs研究会も「SDGs探求AWARDS」全国大会で2年連続「優秀賞」「審査員特別賞」を受賞し、昨年の「高校生VOLUNTEER AWARDS」全国大会でポスター部門全国1位、「エシカル甲子園」全国大会で関東ブロック1位で「優秀賞」を受賞するなど、輝かしい実績を上げている。

 70名の部員が参加している同研究会が掲げる「EARTH」の理念は、以下の如くである

E EQUAL・・・一人も残さず明るい明日を迎えられるようにしよう
A ACTION・・・中高生だからこそ出来ることをしよう
R REITAKU・・・麗澤から世界に広めていこう
T TEAM・・・チーム一丸となって大きな力にしていこう
H HOME・・・すべてのメンバーの居場所になるような場所にしよう

 同研究会の活動のきっかけは、英語の教科書に掲載されていた、がんと闘うアメリカの子供が自宅の庭で始めたレモネードスタンドの売上げを募金し、小児がんの子供たちを支援する話を読んだ女子高生が先生に相談し、大勢の卒業生が集まる麗澤の70周年記念式典でレモネードスタンドを開いたところ、11万円の支援金が集まったという。

 ただ、レモネードの原価代を含めた全額を募金するためには、自分たちでお金を作り出す必要があるため、生徒にハンドリップでコーヒーを淹れる技術を学んでもらい、それを販売した利益をレモネードスタンドにかかる費用に充てることにし、レモネードスタンドと環境や人に優しいフェアトレードコーヒーの2つを主軸とした活動が始まった。

 7月4日に同研究会顧問の瀧村尚也先生とお会いし、これまでの活動報告と今後の活動計画について伺い深く感銘した。同研究会の活動は前回の連載で紹介した「SDGsを自分の事」として捉える先駆的取り組みであり、今後「EARTH」の理念をさらに深化し、活動の充実発展を図り、麗澤中学・高校が世界に発信する日本発のSDGs活動として、「常若産業甲子園」にもエントリーしてほしいと熱望している。

 

(令和4年7月7日)

 

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