髙橋史朗75 -「常若産業甲子園」と「21世紀型武者修行」
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団 道徳科学研究所教授
麗澤大学 客員教授
●川勝平太静岡県知事の提案によって始まった「常若」教育プログラム
「将来何をしたいか?」と聞くと、「お年寄りの世話をしたい」「困っている人のために働きたい」「福祉の仕事をしたい」と答える若者が増えている。給料よりも仕事の価値を重視し、「自分で切り開く仕事」に夢を見出している。このような時代の変化の中で、地域の大人と子供が「協働」し対話しながら、地域に開かれた新たな学びの場が全国に広がっている。
平成26年に設立された宗像国際環境会議は、玄界灘の海水温度の上昇により沿岸部に広がる磯焼け、漂着ゴミの問題を中心に「海の鎮守の森」構想を掲げ、海の再生事業に取り組みながら、近年の急激な海の変化への提言や情報を国内外に発信している。
同会議は平成26年以来、毎年3日間開催され、変わりゆく海の実態が地元漁師や海女、研究者、ジャーナリストらから報告され、実状を改善し、子々孫々まで持続できる環境を残すためにどうしたらよいかという多角的な議論と実践活動が行われてきた。
地域貢献の方法を模索していた福岡県立水産高校の生徒は、「海を元気にしたければ、まず山を元気に」と、竹の侵入によって荒れた山を再生すべく竹藪の整備を始めた。そこで伐採した竹を有効活用しようと、魚の棲み処となる竹漁礁づくりを思いついたという。
漁協で班に分かれると、まずは作戦会議。留意するように言われたのが、「魚の気持ちになって設計してください」という一言だった。ラフな設計図が描けたら、20メートル程の竹を丸ごと1本運び、手ノコで枝を落とし、適当な長さに切り、専用の器具で割く。それをアーチ状にしならせながら、土台となる鉄分の入った重石の枠に結び付けていく。
「そろそろ折れちゃうんじゃないかな」とドキドキしながら力を加えていくが、半端ではない竹のしなりっぷりに目を見張った。最後に、葉のついた枝を束ねて装着。これが魚やイカたちの隠れ家や産卵場所になる。
第3回会議から総合司会を務める葛城奈海氏は、『戦うことは「悪」ですか』(扶桑社)において、この水産高校の「海の鎮守の森プロジェクト」の感想について、次のように述べている。
一昨年開催された第7回会議は「常若 自然の摂理と生命の循環」をテーマに開催され、伊勢神宮の式年遷宮のように、古いものが新しいものに置き換わり、「常に若い」状態が保たれる「常若(とこわか)」という日本古来の持続可能な考え方、価値観、自然観に基づく「常若産業宣言」が採択された(「道徳サロン」の拙稿連載60参照)。
産業と常若の思想を掛け合わせることで持続可能な環境をつくることを目指す「常若産業宣言」は、「日本のものづくりの心と技は、常若から始まっている。…身体感覚を磨き上げることが技を成す。木と向き合い木の本質を掴み取ることが寸法も設計図もない中での寸分違わぬ五重塔を建てる土台となる」と述べている。
一昨年に静岡県の川勝平太知事と福岡県の小川洋知事が宗像国際環境会議に出席し、世界遺産の連携による自然環境問題への取り組みとして、<海の神殿「宗像・沖ノ島」山の神殿「富士山」共同声明>を発表したが、同会議で、川勝知事がこれから大事になる概念は「常若」ではないか、という提案をされたことが契機となって、それ以来毎年「常若」という理念に基づいてプログラムが組まれるようになった次第である。
●7県の小中高生が参加した「常若産業甲子園」プロジェクト
昨年開催された第8回会議で、大人と子供の絆が滞れば、環境も産業も途切れてしまうという危機感から、未来を担う子供たちと知恵や経験のある地域の大人たちを結び付けるためにスタートした「第1回常若産業甲子園」プロジェクトに以下の7県の高校の30人ほどの小中高生が企画・運営に参加している。
・岩手県立遠野高校
・奈良県立吉野高校
・愛媛県国立愛媛大学附属高校・松山東雲高校・松山市立味生小学校・(株)TECH I,S
・熊本県熊本マリスト学園高校
・長崎県奥田学園創成館高校
・福岡県立水産高校・新宮高校・香椎高校
・鹿児島県立川内商工高校
・佐賀県佐賀市立兵庫小学校
同プロジェクトによれば、「常若」には日本の古き良き文化を重んじる意味があり、また、その時々の気候や情勢など、時代に合った新しい価値観で、伝統すらも新しく変えていくことも含まれ、新しい状況に応じて柔軟に変化することも意味しているという。これは「伝統の創造的再発見」という視点にもつながる。
経済産業省中小企業政策国際調査官の岸本吉生氏によれば、同甲子園に出場する条件は、「常若産業宣言」を見て、自分はそういう産業に就きたいと思うこと、将来やりたい仕事について、自分で動画を撮影して編集できることであるという。
●坂村真民の詩「あとからくる者のために」に学ぶ
全国各地の農山漁村などで環境保護などの活動を展開している小中高生たちが、「常若産業甲子園」のコンセプトにつながる、次のような坂村真民の詩に学びながら、情報デザイン会社の協力の下にドキュメンタリー映画の制作に取り組んでいる。
あとからくる者のために
苦労をするのだ
我慢をするのだ
田を耕し
種を用意しておくのだ
あとからくる者のために
山を川を海を
きれいにしておくのだ
あとからくる者のために
みなそれぞれの力を傾けるのだ
あとからあとから続いてくる
あの可愛い者たちのために
未来を受け継ぐ者たちのために
みな夫々自分で出来る何かをしてゆくのだ
●「21世紀型武者修行」の仕組みづくり
同ドキュメンタリー映画(45分)は一般公開されているが、次のように語りかけている。
<地域の価値とは>
「地域から若者が出て行ってしまう」
「企業にも地域にも新しい価値を生み出す土壌が醸成しにくい」
「地域の埋没資産が発掘できない」
文明は全世界が共有することができるけれど、文化は集団ごとに特徴を示しています。
地域に資産とは文化に他ならず、「文化って何ですか?」という問いに対する答えは千差万別です。
だからこそ文化には価値がある。
しかし、各地で「あなたの地域の文化は何ですか?」と尋ねると、必ずと言っていいほど
お祭りや伝統工芸が引き合いに出されます。
もちろん、それらには価値があります。
しかし、無形文化財や製品そのものに価値があるというよりも、それらを育んできた過程にこそ、今を生きる私たちの役に立つ「埋没資産」が存在するのではないか。
その埋没資産を発掘するということは、モノの見方が変わるということと限りなく同義です。
農家の持つ自然に対する感覚を知る。
そういった気づきから,われわれの人生を豊かにする埋没資産を見出す。
そのようなアプローチが地域の生きる道につながるはずです。
<世代間の繋がりを取り戻す>
そのためには、まず地域の大人と子供を繋ぎ直す必要がある。
世代の繋がりが希薄であれば、文化情報(知恵)の共有がおぼつかなくなるからです。
こうした文化情報が共有されるためには、人口と集団がお互いをよく知っている関係をつくり、日本中の子供たちが全国各地で活動している「師匠」たちと出会い、学ぶことによって、地域の大人と子供の絆、結びつきを深め高める「21世紀型武者修行」の仕組みづくりが必要である。
●中教審答申をリードした、地域に開かれた「履修主義」―SDGsを自分の事として捉える
普通高校で行われている高校3年生のSDGsに関する総合的な探求の時間では、客観的、学術的に、自分の好き嫌いとか良い悪いとかを切り離して「他人事」として捉えた発表が目立つが、SDGsを「自分の事」として探求すれば、自分の将来に関わる捉え方になる。
SDGsに掲載されている17の開発目標を、「客観的、論理的、俯瞰的なことを作るSDGs」ではなく、「自分がやりたいSDGs」として捉え直せば、一人ひとりの子供が多様な課題を発見できる。
昨年の1月26日に出された文科省の中央教育審議会答申の議論をリードした若い30代の委員である岩本悠氏は、島根県の隠岐島前高校を「島留学」という新しいコンセプトで活性化し、COMPASS社ファウンダーの神野元基氏は個別最適過学習を実現し、子供たちの習得をしっかりと確認していくAI型タブレット教材のQubena(キュビナ)を開発した。
同答申は、情報社会に開かれた学びである「修得主義」と学校外の地域や社会に開かれた学びである「履修主義」のハイブリッドを真正面から考えていくべきだと提起しているが、地域の課題や社会全体の課題を解決するために、大人と連携し対話し「協働」しながら、学びを深めていく「地域に開かれた学び」といった構図で「履修主義」が議論されている。
文科省科学技術・学術政策局科学技術・学術総括官の合田哲雄氏が指摘されているように、「履修主義」と「修得主義」を二項対立的に議論するのではなく、国語の大村はま先生のように、子供たちの状況に応じて履修の中で自然と修得させていた我が国の学校における教科教育の強みを見直す必要があろう。
『高校魅力化&島の仕事図鑑―地域とつくるこれからの高校教育』(学事出版)には、瀬戸内海の離島にある広島県立大崎海星高校における郷土の社会人と触れ合った高校生の実践体験が紹介されているが、島の人はどんな仕事をしているかを作成し学ぶ作業を通じて、高校生がいかに啓発されたかが書かれている。次回の拙稿連載で詳しく紹介したい。
(令和4年7月4日)
※髙橋史朗教授の書籍
『WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と「歴史戦」』
『日本文化と感性教育――歴史教科書問題の本質』
『家庭で教えること 学校で学ぶこと』
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