髙橋史朗74 –
ウェルビーイングを日本発「志道和幸」教育として実践する試み
―「志を立て、道を求め、和を成し、幸せを実感」する教育 ―
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団 道徳科学研究所教授
麗澤大学 客員教授
子供のウェルビーイングの構成概念は、⑴身体面(生活リズム・疲労感・健康状態・睡眠)、⑵心理面(幸福感・安心感・自尊感情)、⑶社会的場面(友人関係・学校場面(授業・先生との関係)・家族内での安堵感)、⑷自分の未来を創造する力(生活の目標・将来への夢・見通し)に分類される。
⑴の中核は生活のリズムであり、リズム(律)には「旋律」などの音楽や体操や言葉のリズムという意味と、「規律」などの道徳規範の二つの意味がある点に注目する必要がある。大阪府貝塚市にある木島幼稚園のリズム運動・体験活動が発達障害の症状改善に大きな成果を上げていることが立証されているが、道徳規範の形成にもつながっている。
桜井進『雪月花の数学――日本の美と心に潜む正方形とルート2の秘密』によれば、日本人の脳の中核には数のリズムがあり、日本人の美しい心(ありのままの素直な真心など)を57577の和歌に凝縮した「敷島の道」や茶道、華道、武士道などに代表されるわが国の「道」の文化や昔話や古典の中にも日本型ウェルビーイングの原型がある。
また、⑶の対人関係の中核は「和」であり、⑵の中核は幸福感であり、⑷の中核は「志・夢・目標」である。この4つの視点を融合させ、「志を立て、道を求め、和を成し、幸せを実感」する「志道和幸」教育を、日本発のウェルビーイング教育として構想した。モラロジー教育育財団道徳科学研究所の宗中正副センター長から「和による幸福の継承発展」という視点が重要であるというアドバイスを受け、構想の中に取り入れさせていただいた。同構想には幸福感を実感させる「幸福学」とアドラー心理学も活用した。
さらに、Sustainabilityを「持続可能性」ではなく、「とこわか(常若)の世」と訳した廣池千九郎生誕150周年記念第12回地球システム・倫理学会学術大会の問題意識を継承し、日本独自の「とこわか(常若)」思想でSDGsを捉え直し、宗像国際環境会議の「常若宣言」や中村桂子氏の「生命誌」などを参考にしながら、「感知融合の道徳教育」」の「感じる」「気づく」「見つめる」「深める」「対話する」「協働し、働きかける」の6つの視点から実践化した授業事例の第一弾を6月26日の日本道徳教育学会99回大会で「感知融合の理論と実践」と題して発表した。同大会ではまず理論について私が解説した後、中村桂子氏の「生命誌絵巻」を中心とした実践発表と日本の心「道・和・幸せ」を活かした道徳授業の試みについて、以下のような実践発表が行われた。
●中村桂子「生命誌絵巻」を活用した実践
これまでの生命の尊さに関する学びは、「自分」を中心にして、死と向き合う中で尊さについて考えるものや、「自分」をスタートにして両親、祖父母、曾祖父母というように生命のつながりに気づかせるものが多かった。
そこで、世田谷区立山崎小学校の山﨑敏哉教諭は、38億年前から連綿と続く「生きもの」の壮大な進化の歴史から生命の尊さを捉え直す道徳授業を試みた。中村桂子氏は多様な生きものが長い時間の中で誕生した歴史と関係性を「生命誌絵巻」という一枚の美しい絵で表現している。
絵の扇の要の部分に描かれているのは現存生物の共通の祖先である1つの細胞で、そこから扇の天に向かって38億年間の生命の歴史が広がっていることを、中村桂子氏の絵本『いのちのひろがり』を読み聞かせながら、生と死の関係性の理(ことわり)、生命の理(ことわり)に気づかせた。
絵本の中に6500万年前に地球に隕石が衝突して恐竜が滅んだ物語があり、子供たちは驚き悲しみますが、その恐竜の死がなければ私たち人類の祖先である哺乳類の繫栄がなかったことに驚き、死ぬことと生きることのつながりのダイナミズムの理(ことわり)を深く観じさせた。
読み聞かせの途中で「細胞死」について話し、人間の手はプログラムされた「細胞死」によってできること、細胞は5本の指を作れ、ではなく、指の間に4つの谷間を作れと命令される。谷間にあたる部分にある細胞は、胚の中で自らの命を絶つことによって、指を作ってくれる。つまり新たな生命が誕生する前に死んでいく細胞があって私たちの体はできていくわけである。この話を聞いて、子供たちは生と死の関係構造の「理」(ことわり)に深く感動した。
中村桂子さんは絵本の中で、「生きものはみんなつながった仲間です。みんなわたしのお友達。だからアリにも話しかけるのです。あなたも生きものたちに話しかけたくなったら、とても嬉しいなと思います」と語って物語を締めくくっている。山﨑先生が「ダンゴムシに話しかけたよ」というエピソードを紹介したところ、「アリに話しかけてみようと思いました!」と感想を述べた子供もいた。
授業後に書いた子供の振り返りには、次のような感想が書かれていた。
・今までは「どこから自分はきたのだろう?」とか、「なんで自分は自分なんだろう?」とか、浅く考えていたけれど、自分が生まれたことは奇跡なんだなと思いました!
・生命はとてもステキだなと思った。未来の子供たちのためにも、精一杯生きようと思った。
・1日1日を大切に一生懸命に生きようと思いました。
・たった一つの細胞が生まれなかっただけで自分はいなかった。『いのちのひろがり』を読んで、今生きている自分ってとても大切なんだなと思った。
・これからは生き物を大切にしようと思った。
・今度から虫のことをあまり嫌がったりしないようにして、話しかけてみようと思った
●ウェルビーイングを日本の心「道・和・幸せ」で捉え直した道徳授業の試み
次に、ウェルビーイングを日本の心「道・和・幸せ」で捉え直した川崎市立久本小学校の早田保美教諭の道徳授業の試みについて発表した内容をプレゼン資料を引用しつつ紹介したい。
まず、今注目されている「幸福学」とは、「よい人生だから幸せ」ではなく、「幸せだからよい人生」だと捉え直して、自らの人生の幸福度を高めていく学問である。幸せは道に頂上にあると思っている人は、努力している途中で苦しいので挫折してしまう。
反対に一段昇るだけで成長した!幸せだと感じられる人は楽しいので、目標までに昇ることができる。幸せの「道」を求める時に大切なことは、今を輝かせて生きること。夢を細分化し、10分の1の「ちょい難に、ちょこっと挑戦」することである。
第一に、幸せのとなるのは、自分の本当の心「真心」である。自分の真心を掘り当てた時に、感動したりワクワクしたりする。感動やイキイキワクワクは自分を本当に知る最強のコンパスといえる(感知融合の道徳教育の「感じる」「気づく」「見つめる」の視点に立脚)。
第二の幸せの軸となるのは「和」の心である。幸せは一人で達成するより、人とつながって調和しながら達成する方が圧倒的に幸福度が高まり、持続し広がっていくと言われている。幸福学の第一人者である前野隆司氏によれば、幸せの4つの因子は「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」である。
そこで、まず「やってみよう」の心を育てる5分間ワークを6回行い、自分の「イキイキワクワク」を見つけようということで、次の質問について書きだしたものをグループ内で対話して交流を深めた(感知融合の道徳教育の「深める」「対話する」の視点に立脚)。
⑴すぐにやってみたいことは?
⑵今まで頑張ったことは?
⑶自分な好きなこと・得意なこと・強みは?
⑷こつこつ続けていることは?
⑸夢を叶える方法は?
⑹さらにパワーアップさせたい得意なことは?
これを踏まえて、光村図書の小学校5年生教材に掲載されている大谷翔平の目標達成シートを使って、大谷翔平が夢の階段を一つひとつ上がっていった足跡をイメージさせながら、大谷の気持ちについて考えた。
大谷翔平が高校1年生の時に書いた目標達成シートの内容で子供たちが最も注目したのは「ゴミ拾い」「部屋そうじ」「あいさつ」などで、このような「人のためになる行動も夢につながるのがすごいと思った」「自分も目標達成シートを書いてみたい」などの感想が寄せられた。
そこで、子供の発達段階を踏まえてそれぞれの夢や目標を4つのウィンドウに書かせて、それぞれが書いたものを「聴く・うなずく・あいづち・いいところを見つける」を4本柱とした「和」の時間として、感知融合の道徳教育の「深める」「対話する」視点に立脚して交流し、お互いの思いをペアで語り合い、次々とペアを交代させ、感想や気付きを分かち合った。
次に、「感知融合の道徳教育」の「協働し、働きかける」という視点に立脚して、自分が書いた4つの行動や気持ちの中から、これから実際に行動を起こしていくとして、一番ワクワクする、一番推しの「アクションプラン」を決めさせ、友達とフォローし合った。
そして大谷翔平の「人生が夢をつくるんじゃない。夢が人生をつくるんだ」という言葉を紹介しながら、夢をかなえていくまでの道を提示し、「幸せは道の頂上にあるのかな?」と質問すると、「一歩上がったところ」と答えた。また、努力している自分がすごい、偉い。だからもう幸せなどの意見がどんどん出るようになった。
振り返り用紙には、「夢を叶えるための努力をして、頑張ろうとすることが大事だと、改めて実感しました」と「感じ」、「目標に少しずつ近づける、そのときの気持ちが幸せなしょうこ」「わたしはしあわせだな!」と「気づき」、「書き出してみることでどんどん目が広がっていってがんばる心がつきました」と「見つめ」、「もっと深い関係を勉強できた」と「深め、対話する」感想が述べられていた。
●「幸せ」と答えた小学生が4名から28名に増えた
授業前に「あなたは幸せですか?」との問いに4名しか手を挙げなかったクラスが、授業後には28名の子供が挙手するという大きな変化を遂げたが、その背景には「幸せへの気づき」が変わり、今の自分を温かい目で見つめられるようになり、その後のクラス全体が温かい雰囲気に一変したという。
日本人が大切にしてきた「真心」「素直(ありのまま)」「感動」「一所懸命(今を生きる)」「感謝」などの「和歌を詠む心」を育むことをライフワークとして実践されてきた早田教諭の取り組みや中村桂子氏の「生命誌」を感知融合の道徳教育として実践化した山﨑教諭の取り組みは、先駆的な実践の試みとして評価できる。
SDGsを「常若(とこわか)」、ウェルビーイングを「志道和幸」教育として捉え直して、発信する試みは始まったばかりでまだ極めて未熟であるが、理論と実践の体系化を図り、「感知融合の道徳教育」の6つの視点を道徳教育の全体計画、道徳科の年間指導計画、道徳科授業1時間の学習過程に具体化した実践を地道に積み上げていきたい。11月19日の日本道徳教育学会100回大会でもラウンドテーブル企画「感知融合の道徳教育――SDGs・ウェルビーイングを『常若・志道和幸』教育として実践する試み」として共同研究発表を行う予定である。
(令和4年7月2日)
※髙橋史朗教授の書籍
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