髙橋史朗72 – 親子関係の構築を支援する児童福祉法の改正と「懲戒」「体罰」禁止
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団 道徳科学研究所教授
麗澤大学 客員教授
令和6年4月1日から施行される児童福祉法等の一部を改正する法律案が国会で可決成立した。同法案は児童虐待の相談対応件数の増加など、子育てに困難を抱える世帯がこれまで以上に顕在化している状況等を踏まえ、子育て世帯に対する包括的な支援のための体制強化等を行うことを目的としている。
●全市町村に「こども家庭センター」と「親子関係形成支援事業」を新設
同法案で最も注目されるのは、全国の市町村に「こども家庭センター」を設置し、親子関係の構築に向けて支援を行う「親子関係形成支援事業」を新設することである。同センターは、身近な子育て支援の場(保育所等)による相談機能の整備に努め、支援が必要な子供や妊産婦、子育て世帯等への支援計画(サポートプラン)を作成する。
「親子関係形成支援事業」は、親子間の適切な関係性の構築を目的とし、子供の発達段階、状況等に応じた支援を行い、「子供との関わり方」等を学ぶ「ペアレントトレーニング」(講義・グループワーク・ロールプレイ等の手法を活用)等を行う。
また、都道府県、政令市、児童相談所設置市では、親子の再統合(親子関係の再構築など)が必要と認められる児童とその保護者を対象として、児童虐待の防止に資する情報の提供、相談、助言等を行う「親子再統合支援事業」に取り組み、「保護者支援プログラム」などが実施される。
保護者への養育支援が特に必要、保護者による監護が不適当な児童は約23万人、出産前において出産後の養育支援が必要な特定妊婦は約8000人いるという。主に未就学の障害児の発達支援を行う児童発達支援センターが地域における障害児支援の中核的役割を担うことを明確化し、障害種別にかかわらず障害児を支援できるように児童発達支援の類型(福祉型、医療型)の一元化を行うことになった。
これによって、多様な障害のある子供や家庭環境等に困難を抱えた子供に対して、適切な発達支援の提供につなげるとともに、地域全体の障害児支援の質の底上げを図り、身近な地域で必要な発達支援を受けられるようにすることを目指している。
さらに、児童虐待を受けた児童の保護等の専門的な対応を要する事項について十分な知識・技術を有する者を新たに児童福祉司の任用要件に追加し、子ども家庭福祉の実務経験者向けの認定資格を導入し、実務者の専門性の向上を図ることになった。
●「病める母親」が子供に与える悪影響
こうした「親子関係形成支援事業」や「親子再統合支援事業」などが必要となった背景について考えてみたい。岡田尊司『病める母親とその子どもたち一シックマザーを乗り越える』(ちくま文庫、令和4年)によれば、「これまで、医学や臨床科学は、母親の病気と、子どもの心理、行動、発達の問題を、別々のものとして扱うことが普通」で、「母親の病気の影響というものは、意外なほど軽視されてきたのである」
シックマザー(病める母親)の問題が深刻化した背景には、社会や家族の崩壊や機能不全という根本問題がある。病める母親に代わって、その役目を果たす力を、家族や地域社会が果たせなくなっているのである。そのため、母親が不調に陥ると、非常に大きな影響が出てしまう。この不幸な悲劇の悪循環と連鎖をいかにして食い止めるかが、日本の将来を大きく左右する緊急課題となっているのである。
岡田尊司『母という病』(ポプラ社)によれば、「母という病」を抱えた子の特徴は、①自己肯定感が低い、②「良い子」を演じる、➂いつも完璧にこだわる、④親に逆らえない、⑤傷付きやすい、⑥自傷行為に及ぶ、⑦過度に自分を犠牲にする子であるという。
また、諸富祥彦『スマホ依存の親が子供を壊す』(宝島社)によれば、軽い虐待(無視、放置、怒鳴る)の影響は、①癇癪が止まらない、②変に落ち込む、➂よくケンカする、④物をよく壊す、⑤ものをよく盗む特徴があるという。
乳幼児子育てサポート協会が昨夏に実施したアンケート調査によれば、88%の母親が「親として失格なのではないか等の、落ち込み感を感じたことがある」と答え、「孤独感を感じたことがある」(89%)、「コントロールできないイライラ感を感じたことがある」(92%)、「誰に何を話したらよいか、相談したらよいかわからなかった」(81%)、「自分が虐待するのではないかと感じたことがある」(73%)、「子供に怒鳴ったことがある」(84%)、「子供をたたいたりつねったことがある」(56%)と高い割合を占めている。
特に注目されるのは、「怒鳴ったり叩いた後、それでよいと思った」親は3%に過ぎず、虐待につながる体罰をした後、「自分が悪い、子供に申し訳ないと感じている」親が86%の及んでいることである。
また、「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」のアンケート調査によれば、「躾のための体罰容認」が6割、「おしりをたたく」「手の甲をたたく」などの軽い体罰は7割が容認しているという。
●厚労省通知「体罰禁止」と「親権」「懲戒権」
そこで、厚生労働省は通知「体罰によらない育児の推進」を出し、「たとえしつけのためだと親が思っても、身体に何らかの苦痛又は不快感を引き起こす行為(罰)は、どんな軽いものでも体罰に該当し、法律で禁止する」と明記した。
ハーバード大学と福井大学の共同調査「体罰が脳に与える影響」によって、前頭前野の内側部が19.1%、外側部が14.5%萎縮することが判明した。福井大学の友田明美教授『虐待が脳を変える』(新曜社)、『子どもの脳を傷つける親たち』『親の脳を癒せば子どもの脳は変わる』(ともにNHK出版新書)、によれば、不適切な親の関わりの種類によって傷つく脳の部位が異なる(拙稿「道徳サロン」連載21参照)。
民法第818条には、「成年に達しない子は、父母の親権に服する」、同第820条には、「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う」、同第822条には、「親権を行う者は、第八百二十条の規定による監護および教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる」と明記されている。
この伝統的な「親権」に基づいて、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)第24条〈児童の権利〉は、「すべての児童は、……保護の措置を家庭、社会及び国から受ける権利を有する」と定め、「児童の権利に関する条約」も次のように定めているのである。
法務省法制審議会の専門部会は、親が子を戒めることを認める民法の「懲戒権」規定を削除し、「親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育をするに当たっては、子の人格を尊重するとともに、子の年齢および発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の心身に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない」と体罰禁止を明記した要綱案を2月1日に取りまとめ法務大臣に答申した。
この答申を踏まえて、今秋の臨時国会以降、政府は「懲戒権」の削除に関する民法改正案を提出する予定であるが、そもそも「懲戒」とは一体何か? 「注釈民法」によれば、懲戒とは、非行、過誤の矯正善導のために子の身体・精神に苦痛を与える制裁であり、以下のような適宜の手段を用いてもよいと記載されている。
●「懲戒」処分の空文化と「自由と規律のバランス」の回復
では、学校教育法では「懲戒」についてどのように規定しているのであろうか。同第11条(児童、生徒等の懲戒)には、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」と書かれている。
「文部科学大臣の定めるところにより」とは、省令である「学校教育法施行規則」のことであり、同26条(懲戒)は、「校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当つては、児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければならない」「懲戒のうち、退学、停学及び訓告の処分は、校長……が行う」と定めている。
しかし、同条で退学は公立の小中学校、停学は全ての小中学校でできないと定めており、退学は次のいずれかに該当する者に対して行うことができると同条で定めている。
① 性行不良で改善の見込みがないと認められる者(性行不良)
② 学力劣等で生業の見込みがないと認められる者(学力劣等)
③ 正当の理由がなくて出席常でない者(出席常でない者)
④ 学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者(学校秩序を乱す者)
近年のわが国の小学生の校内暴力の増加の背景には、昭和58年3月3日の国会参考人招致で広島大学の沖原豊教授が校内暴力の原因として指摘した「自由と規律のバランスの崩壊」という根本問題がある。
同教授は世界87か国のアンケート調査結果を踏まえて、校内暴力の背景には、「許容社会」の四つの特色、すなわち、①強制、制限しない教育、②大目に見る教育、③叱らない教育、④罰しない教育があるという。解決策は「家庭との連携」と「学校の規律の回復」にあるとして、米連邦議会から要請された米国立教育研究所の「安全な学校」報告書を提示した。
退学、停学という「レッドカード」が与えられておらず、「イエローカード」に当たる訓告(校長による説諭)や「出席停止」等の懲戒処分も空文化している中で、いかにして、いじめや校内暴力の蔓延を食い止め、「学校の規律」を回復し、「自由と規律のバランス」を取り戻すかが問われている。
連携すべき「家庭」基盤の崩壊、とりわけ「病める親」の「親育ち」を支援し、親子関係を再構築する「親子関係形成支援事業」、児童虐待の未然防止と未就学の障害児の発達支援を行う「親子再統合支援事業」と「保護者支援プログラム」は喫緊の課題である。
福岡大学の大久保正廣教授は「体罰はダメ、だから教師には『イエローカード』が必要だと指摘(月刊『文藝春秋』論点、平成26年)しているがその通りであろう。
「管理」が暴力の原因だという「管理主義」言説は、警察がいるから犯罪が起きるという倒錯した論理であり、こうした規律と管理を混同し、教育に必要不可欠な「懲戒」と子供に有害な「体罰」とを明確に区別する必要がある。
「子供の最善の利益」になるという唯一の根拠によって正当化される「パターナリズム」(父権主義)と母性的なケアリング、子供の自発的な「ボランタリズム」を繋ぐ教育こそが求められている。
(令和4年6月13日)
※髙橋史朗教授の書籍
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