高橋 史朗

髙橋史朗69 – 世界が驚く日本の感性価値の創造的再発見・再構築

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団 道徳科学研究所教授

麗澤大学 客員教授

 

 

●伝統と先端技術を融合した「新日本様式」

 平成5年に通産省生活産業局が編集した「感性社会における企業、産業に関する研究会」報告書は、21世紀の社会は個人や企業が「感性」を重要な座標軸とする「感性社会」が展望されるとして、日本の伝統文化である茶道、華道の精神や、漆、刀鍛冶等の伝統技術の「伝統的価値の再発見」が必要であると強調している(拙著『感性教育』至文堂、平成9年、190-196頁、参照)。

 これを受け継いだ経済産業省では、日本的価値を基盤とした日本のものづくりの再評価により、日本ブランドを構築するため、「日本らしさ」、「日本の根源」について検討し、提言を重ねてきた。

 平成17年7月の「新日本様式」では、「日本らしさ」の多様性の中核は「日本人の自然観」であることを示し、「伝統」と「先端技術」を融合させた日本らしさを示すコンセプトのキーワードである⑴「たくみのこころ」、⑵「ふるまいのこころ」、⑶「もてなしのこころ」を発信した。

 ⑴は素材の良さを活かしつつ、新しい技術や文化を創り出すこころ、⑵は様々な考えや新しいもの(多様性)を尊重し、さらに自己を確立し、両者を調和させるこころ、⑶は責任意識を持ちながら、個性を磨き、気品と気概を重んじるこころである。

 平成19年には「感性価値創造イニシアティブ」、平成23年に「新しい日本の創造」などの提言を行い、平成27年には、地域にプロデューサーを派遣するなどしてまだ広く知られていない日本の製品500を発掘する「The Wonder 500」と名付けたプロジェクトを実施し、産品を生み出したストーリーとともに世界に発信するなど日本の「感性」を活かしたブランドの構築・発信を行ってきた。

 

 

●「我が国感性価値の再構築調査」

 平成28年に公表された「クールジャパン商材を活用した我が国感性価値の再構築調査」によれば、外国人に日本の魅力を分かりやすく伝えるためにも、新しい日本らしさを再定義して、国際発信していくことが求められている。

 さらに、ものづくりの現場においても顧客側の潜在的なニーズを探り当て、顧客の価値観に合わせた「ことづくり」にシフトしている。ものの背景にあるストーリーに共感して、消費行動が生まれるという感性価値が重要視される時代が到来している。

 そのため、従来よりも一層海外ユーザーの視点が重要性を増しており、海外からも共感できる新しい日本らしさを再検討し、創造的に再発見する必要がある。こうした問題意識に基づき、日本のものづくりやサービスを支える日本人固有の伝統的価値観に裏打ちされ「The Wonder 500」認定商材を題材として、これらから導かれる地域の伝統や生活文化に根差したストーリーをコンセプトブックとして編纂し、「世界が驚く日本」研究会が発足した。

 同研究会と並行して、海外でのアンケート調査や外国人留学生を対象としたワークショップの実施を通じて、海外の視点からのストーリーの追加と深化を行い、海外の方が共感できるコンセプトの再構築を目指している。

 

 

●日本人固有の感性価値は何か

 次に、日本人固有の感性価値について列挙しよう。まず第一の価値観は「多彩な色彩感覚」で、春夏秋冬、四季折々の花鳥風月に彩られる日本の自然の表情は、人々の繊細な感性を育み多彩な色が生まれる原風景であった。そのような情緒豊かでみずみずしい感性はものづくりの世界にも表れ、日本文化の礎となっている。

 第二の価値観は「繊細で豊富な味覚」で、全国各地で海や山の幸、野菜など多種多様な食材が手に入る。そうした地理的風土の中で日本人は豊かで繊細な味覚を身に着け、多くの洗練された食が生まれた。

 第三の価値観は「地域に根差した多様性」であり、第四の価値観は「外来のものを日本流に再編集(アレンジ)する力」で、外国の文化を受容するだけでなく、新たな視点で再編集を加え、絶えず創意工夫を重ねることによって、唯一無二の「日本流」を誕生させ、世界へ向けた発信力へと転換させてきた。

 第五の価値観は「無駄をそぎ落とす美意識」で、簡素とか清楚、端麗なものに対して純粋な本質や真理を見出す美意識で豪華絢爛とは逆である。西洋の庭園のような人工的な造形美を味わうのではなく、自然の似姿を味わう日本庭園に代表される。生水を重視し旬のものを使う日本の懐石料理や山家料理、日本独特の刺身や流しそうめんなども、簡素の美と味を本領とする「淡」の文化の象徴といえる(拙著『日本文化と感性教育』モラロジー研究所、平成13年、参照)。

 第六の価値観は、師に学びその教えを知恵や技として型・道の衣鉢を受け継ぐ「継承」という考え方である。書道では型を学ぶことを「節臨」といい、心を学ぶことを「意臨」という。

 第七の価値観は「守破離」の考え方である。千利休は「規矩作法 守り尽して破るとも 離るるとても 基(本)を忘るな」と詠んだが、中央教育審議会は平成12年12月の「審議まとめ要旨」に次のように明記した。

「我が国の伝統文化の世界では、独創性を発揮するためには、‟型”と呼ばれる基礎的・基本的な事柄を完全に身につけた上で、それを超えることが必要とされており、こうした考え方は大きな示唆を与えてくれる」

 第八の価値観は「おもてなしの姿勢」であり、第九の価値観は「素材を活かす姿勢」である。前述した調査には、それぞれの具体的事例が詳細に紹介されていて大変興味深い。

 

 

●「間」を見出し、「和」を成し、「道」を求める「世界が驚く日本精神」

 東日本大震災の三日後の現地を取材した米ABCテレビは「日本人の精神の根底には『一体(come together as one body)』という価値観がある」と報じたように、日本人には弱さに寄り添うケアの心があり、自他一体の共同体感覚と、調和・協調の精神が世界から尊敬される、日本人の国民性といえる。

 世界が驚く“Spirit of Japan”とは一体何か。かつてウォーギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)を陣頭指揮したブラッドフォード・スミスは、神道・皇道・武士道を三本柱とする「日本精神」の解体を目指したが、今日では「世界が驚く日本精神」に注目が集まっている。

 日本人独特の自然観は、神道的なアニミズムや無常観を生み、禅の思想にも繋がっている。対立する概念や矛盾を受け入れながら、みずからを中立的な位置に置き、あるがままの状態の中に美しさや意味を見出そうとする「『間』の感覚」や、人と人、人と自然の間を重視する「『間』の文化」を生み出した。

 日本人にとっての自然とは、「最も理に適った、調和のとれた状態」で、目指すべき調和のとれた状態を日本人は「和」と呼んだ。聖徳太子が「和を以て貴しとなす」と説いた17条憲法の第1条には「和」を目指すことが全ての物事の真理・理法に通じるという意味が込められている。

 自然から「間」を見出した日本人は、「和」を成すことを求めて、心(内なる自然)と体、そして体と環境(外なる自然)を一つにしようと努め、精神を磨き、身体感覚を整え、礼儀作法を生み出し、こうした「和」を目指す日本人の生活観の中から「道」を求める思想が生まれた。二律背反する欲求の間のニュートラルな状態にみずからを置く感性が「間」であり、「道」とは、対立する感性を繋ぎとめ、心と体を整える価値観の体系といえる。

「道」とは、もともと道教、儒教などの中国思想に基づく言葉であるが、日本人は、心と体を整え、調和された状態へと導くための価値観や行動様式を「道」として体系化してきた。大谷翔平選手が世界の注目を集めている教育的背景には、挨拶・返事・整理整頓という「躾の三原則」や型を守り、型を破って、独自の手法へと磨き上げる「守破離」の伝統精神がある。「型」が磨かれると「技」となり、「技」を体系化したものが「道」となり、心と体を調和した状態(「和」)へと整えるための価値観の体系が「道」であり、日本人に最も特有の感性こそが「道」である。

 

 

●世界が驚く日本人の感性のキーワードと「感知融合の道徳教育」の視点

 日本人にとっての「道具」とは決して単なる「Tool」ではない。そこには、同化感覚を磨いてきた日本人独特の「迎え入れ」の感性が潜んでいる。例えば、日本人は涼をとる際に風鈴を鳴らし、暖をとる際には火鉢にじっと手を当てる。部屋の空気を冷やしたり暖めたりする前に、日本人はみずからの「内なる感性」を研ぎ澄ませ、変えようとする。

 日本人にとって「道具」とは「道を具えるもの」すなわち、モノを使う人の感性を磨くためにあるものである。洋楽は楽器自体を絶え間なく進化させていくが、和楽は琴も琵琶も太鼓も楽器を演奏する人の感性を深化させ、終わりのない「道」の探求に通じている。

 こうして道具には「道」の精神が宿り、研ぎ(極め)の文化、経年変化を愛でる習慣、作り手八部、使い手二部といった伝統的なものづくり文化・職人文化に至っているのである。

 このようにして、日本人独特の自然観、同化感覚を磨き、調和を目指す感性が「間・道・和」という独特の価値観を生み出し、日本人のライフスタイル、それを支えるものづくり文化へとつながっている。これらは現代にも継承され、以下のキーワードに代表される日本のものづくりのコンセプトに現れている。

⑴ 突きつめる(極める、そぎ落とす、細部へのこだわり、職人芸、身体感覚の重視、手の平文化、洗練・優美、用の美、振る舞い・行為の美意識、鋭敏な感性など)
⑵ 学びとる(受け入れる姿勢、変化への柔軟性、日本古来の伝統と外来のものの融合、不易流行、技術の伝承、守破離、型と型破りなど)
⑶ 合わせる(アレンジ・再編集する、見立て、新しいものと古いものの融合、都市と自然の共存など)
⑷ 源をいかす(素材を活かす、循環型志向、縮み志向、繊細な味覚、独特の色彩感覚など)
⑸ 思いをよせる(おもてなし、感謝の気持ち、以心伝心、快適さと利便性を両立した商品、謙虚さなど)

 この5つのキ―コンセプト・キーワードと私が提唱する「感知融合の道徳教育」の以下の6つの視点とを関連付けた理論と実践の往還を重ねた試論を日本道徳教育学会の共同研究発表並びに「ラウンドテーブル」で問題提起していきたい。その研究成果は「令和専攻塾」「令和家庭・倫理塾」(東京都いたばし倫理法人会共催)や髙橋史朗塾でも公表予定である。

⑴「主体的な学び」の視点一「感じる」「気づく」「見つめる」
⑵「対話的な学び」の視点一「深める」「対話する」
⑶「深い学び」の視点一「協働し働きかける」

 詳しくは、拙稿「感知融合の道徳教育についての一考察」(『道徳教育学研究』創刊記念論文、麗澤道徳教育学会、令和2年)、同「『道徳性の芽生え』を育む道徳教育の今日的課題一『臨床の知』と『科学の知』の融合一」『モラロジー研究』87号、令和3年)を参照してほしい。

 

(令和4年5月23日)

 

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