西岡 力 – 道徳と研究27 北朝鮮の核恫喝にどう対処するのか
西岡力
モラロジー道徳教育財団教授
麗澤大学客員教授
●北朝鮮の核恫喝
北朝鮮が核兵器による露骨な恫喝を繰り返し行っている。北朝鮮が米国本土まで届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を強行したことに対して、韓国国防相は4月1日、「ミサイル発射の兆候が明確な場合には、(韓国は)発射地点と指揮・支援施設を正確に攻撃できる能力と態勢を備えている」と発言した。すると2日、金正恩委員長の妹で実質的な権力者の金与正朝鮮労働党副部長と軍事部門トップの朴正天党政治局常務委員が、それぞれ次のような談話を出して恫喝した。
●韓国に露骨な脅し
「(韓国国防相は)核保有国を相手に『先制攻撃』をむやみにうんぬんし、自分たちにも決して有益でない軽率な空威張りをしたのである。気違いで、くずである。(略)惨事を避けようとするなら、自粛すべきである」(金)
「核保有国に対する『先制攻撃』をうんぬんするのは、気違いか、馬鹿か。(略)先制攻撃のような危険な軍事的行動を強行するなら、わが軍隊は容赦なく強い軍事力をソウルの主要標的と南朝鮮軍を壊滅させるのに全て集中するであろう」(朴)
そして、北朝鮮最高指導者の金正恩党総書記自身も、それも2回にわたって先制核使用を明言した。1回目は4月25日、軍創建記念日の軍事パレードの主席壇で行った演説で以下のように語った。
「われわれの核戦力の基本的使命は戦争を抑止することだが、この地でわれわれが決して望まない状況が醸成される場合にまで、われわれの核が戦争防止という一つの使命にだけ束縛されるわけにはいかない。いかなる勢力であれ、わが国の根本的利益を侵奪しようとするならば、われわれの核戦力は意外なその第二の使命を断固果たさざるを得ない。共和国(北朝鮮を指す=筆者注)の核戦力は、いつでもその責任ある使命と特有の抑止力を稼動できるように徹底的に準備していなければならない」
2回目は、軍事パレードを指揮した軍幹部らをねぎらう席で、「敵対勢力によって持続し、増大する核脅威を含む全ての危険な試みと威嚇的行動を、必要であれば先制的に、徹底的に制圧、粉砕する」と語った。
内部情報によると、ウクライナでのロシア軍の予想外の苦戦を目にした金総書記と北朝鮮軍幹部は、旧ソ連製兵器で武装している北朝鮮軍が米軍抜きでも先端兵器で武装した韓国軍に敗れるのではないかという恐れと動揺にとらわれている。また、経済制裁と新型コロナウイルス対策の国境封鎖により軍直営の貿易会社の活動が出来なくなり、1990年代半ばから自給自足でまかなわれていた物資補給がほとんど停止したため、軍は著しく弱体化している。
●6月にも核実験再開か
韓国の尹錫悦新政権が軍事圧力を強めると北朝鮮は瓦解しかねない。だから、核先制使用を繰り返し公言し、ミサイル実験を繰り返している。入り口付近を爆破した核実験場の復旧工事は当初の予定よりは遅れているがほぼ完成し、6月には実験が可能になるという。核恫喝以外に頼るものがない金総書記は、核実験に踏み切る可能性が高い。
金総書記の核はプーチン・ロシア大統領の核と同様、通常戦争で追い込まれたときに使う手段だ。その恫喝を跳ね返すのは核抑止力しかない。我が国の核抑止力を早急に整備しなければならないと強調する。
日本の防衛省が昨年7月に公表した令和3年版防衛白書では、「北朝鮮は、(略)核兵器の小型化・弾頭化を実現し、これを弾道ミサイルに搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有している」と書いた。ただ、白書は「長射程の弾道ミサイルの実用化のためには、弾頭部の大気圏外からの再突入の際に発生する超高温の熱などから再突入体を防護する技術についてさらなる検証が必要になると考えられる」と述べ、米本土に届くICBMはまだ大気圏再突入技術を獲得していないと見ていた。
その有力な根拠は、2017年11月に試射されたICBM「火星15」の弾頭が大気圏に再突入した際、高熱と空気抵抗により三つに割れてしまったことにあった。
だから、3月の試射で一番注目すべきことは、弾頭の大気圏再突入が成功したかどうかである。関係者によると、少なくとも再突入後に幾つかに割れることはなかった。北朝鮮が米本土核攻撃能力獲得の最後の壁と言うべき再突入技術を獲得したかどうか、当局の判断が待たれるところだ。ただ、北朝鮮の技術が刻一刻進歩していることだけは間違いない。
●検討すべき独自の核抑止力
白書は核攻撃の脅威に対して「核抑止力を中心とする米国の拡大抑止」と「わが国自身による対処のための取組」で対応するとしているが、北朝鮮が米本土核攻撃能力を持ってしまうと、米国の抑止力は弱体化する。白書も、そのことを次のように明記している。
「北朝鮮が弾道ミサイルの開発をさらに進展させ、長射程の弾道ミサイルについて再突入技術を獲得するなどした場合は、北朝鮮が米国に対する戦略的抑止力を確保したとの認識を一方的に持つに至る可能性がある。仮に、北朝鮮がそのような抑止力に対する過信・誤認をすれば、北朝鮮による地域における軍事的挑発行為の増加・重大化につながる可能性もあり、わが国としても強く懸念すべき状況となりうる」
今、北朝鮮は米本土核攻撃能力を獲得したか、その直前まで来ている。今後、北朝鮮が我が国に対しても核による恫喝をかけてくる危険は十分ある。
米国ではバイデン政権も共和党も、今年1月以降の北朝鮮による一連のミサイル発射挑発に対してほとんど関心を示していない。国連安保理はロシアと中国の反対で追加制裁はもちろん非難決議さえ出せないひどい状況だ。
●独自の核武装も選択肢
我が国が今、置かれている状況は、ソ連が米本土まで届く核ミサイルを完成したときの英仏両国の状況と同じだ。そのとき両国は、米国は米本土を危険にさらして他国を守らないかもしれないと考え、独自の核武装を決断した。
自国の安全はまず自国が努力して守るしかない。我が国が核武装をしないことを約束した核拡散防止条約には「異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認める場合には、その主権を行使してこの条約から脱退する権利を有する」という条文がある。北朝鮮の核恫喝はここでいう「異常な事態」にあたると私は考える。理不尽な核恫喝を受けないために何をすべきか、大議論をすべきだ。
(令和4年5月12日)
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