髙橋史朗64 – 同性パートナーシップ制・埼玉県条例案の問題点
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授
4月6日付読売新聞(埼玉版)によれば、埼玉県議会自民党は、性の多様性への理解を広め、性的少数者を支援する条例案を定例会に提出し、来年4月1日までの施行を目指すという。性的少数者の当事者や支援者でつくる「レインボーさいたまの会」によると、同性カップルなどのパートナーシップ制度は、県内63市町村の半数を超える35市町村で導入済みである。大野元裕知事も性的少数者への支援を加速し、積極的に施策を推進する考えを表明した。
「埼玉県性の多様性に係る理解増進に関する条例(仮称)骨子案」の第1条(目的)には、「この条例は、性のあり方が男女という二つの枠組みではなく連続的かつ多様であり、その理解増進の緊要性に鑑み、性的指向及び性自認の多様性に係る理解増進に関する取組を推進し、……」と書かれている。
また、第4条(差別的取扱い等の禁止)には、「何人も、性的指向又は性自認を理由とする不当な差別的取扱いをしてはならない」と明記され、第10条(啓発等)には、「学校は、児童及び生徒に対し、性の多様性に関する理解増進のための教育又は啓発に努めなければならない」と書かれている。
さらに、第11条(人材の育成)には、「県は、性の多様性に係る理解増進のため、相談、助言等の支援を担う人材を育成するための研修の実施その他の必要な施策を講ずるものとする」と定めている。
同性パートナーシップ制度を導入した約150の自治体のうち、50の自治体は申請者が0か1組であるという。同性パートナーシップ制度には、条例と同性カップルの関係を男女の婚姻に相当する関係として扱う宣誓制度での設置型の2種類あるが、港区のアンケート調査によれば、「パートナーシップ宣誓制度があれば宣誓したいと「思う」は29%、「思わない」は71%に及んでいる。
「思わない」理由は、「そっとしておいてほしい(注目されたくない)ため」27.4%、「宣誓しても特段メリットはないと思うため」23.2%、「宣誓して認めてもらうような事柄ではないと考えるため」22.1%、「宣誓することでかえって偏見・差別にさらされることが心配なため」17.9%である。
●ホワイトヘッド『私の遺伝子が私にそれをさせた一同性愛と科学的根拠』
八木秀次氏が月刊誌『正論』6月号で取り上げる予定のニール・ホワイトヘッド・ブライヤー・ホワイトヘッド著『私の遺伝子が私にそれをさせた――同性愛と科学的証拠』(2020)には、次のように書かれているという。
「同性愛についての科学的事実、特に同性愛の指向は先天的で固定されたものではなく、性的指向は自然に大きな変化を遂げることができるという情報を公の場に出す試みである」
「西側社会は過去2、30年間、その公的機関――立法機関、司法機関から教会、メンタルヘルスの専門職まで――において広く、同性愛の指向は先天的で――生物学的に植え付けられたという意味――、変えられないと信じるような誤った情報や噓の情報を広めてきた」
「性的指向は固定的でなく流動的である。人は同性愛と異性愛の連続体において両方向に移動する可能性があるが、異性愛者が同性愛者になるよりもはるかに多い割合で同性愛者が異性愛者になる。要するに、異性愛者はより固定的な状態にある」
「同性愛者が異性愛者に向かっているという文献は豊富にあり、多くの場合、治療支援によって達成されるが、ほとんどの場合は、治療の支援によらないでも変化は起きる。(中略)様々な種類の治療を含め、適切なサポートによって様々な程度の変化が起こる可能性が高い」
「排他的な異性愛に移行した人の数は、現在の両性愛と排他的な同性愛の人の数を合わせた数よりも多い。言い換えれば、『ゲイは実際のゲイよりも多い』ということだ」
●自民党特命委員会における当事者ヒアリング
4月4日に開催された自民党「性的マイノリティに関する特命員会」の当事者ヒアリングによれば、「性別不合当事者の会」のメンバーから次のような意見が述べられた。
- 「性自認」という概念が社会制度に導入され、性別を自己決定できるという考えが伸張していくことは、女性の権利法益を奪うもの。
- 「性自認」という主観的な基準で戸籍上の性別を変えられるとする考えは、私たちの希望するところとは全く異なり、性自認を様々な制度に反映させれば済むという考えは正しくない。
- 私は、これまでトランス女性からセクハラも性暴力も受けてきた。トランス女性を認めることは、「性自称」を認めることによる男権拡大であり、自由平等社会を破壊するもの
- 安易に「性自称」を容認してはならない。一定の基準を設けるべき。「性自認」が法律で認められることによって、権利の衝突が発生することを認識してほしい。
- 主観的な「性自認」ではなく、身体違和感と診断を確実にした明確な定義を定め、女性の権利法益を守りつつ、私たち性別不合の当事者が不利益を解消されるようにしてほしい。
- 自称トランスレズビアン(性的指向が女性)からのセクハラや性暴力などを問題提起すると、「差別主義者」「ヘイト」とレッテルを貼られる。
また、昨年9月に2000人が賛同して設立された「女性スペースを守る会」のメンバーから以下のような意見が陳述された。
- 衆院選で全候補者アンケートを実施したところ、各政党で、女性スペースの安全について全く議論されていないことがわかった。「性自認」を認めると、女性の権利が害される。多くの女性はこのアンケートをもとに投票している。野党の推進派の多くが落選したのは、われわれの活動によりサイレントマジョリティのまともな人たちが気がついて、彼らの反発の影響もあったのではと思う。
- 私たちは強姦されれば、身体と心の深い傷がずっと残る。性自認を主張する人の自己実現をかなえるために、6000万人の女性の生存権を脅かしたり、侵害することがあってはならない。深刻な人権と人権の衝突。
- 自認で性別を決められれば、受験や就学などにも影響する。
- 自己の確立不完全な子供たちが、大人からの性自認の押しつけによって、乳房を摘出したりしてあとあと後悔している事例もたくさんある。
- 子供に安易に手術を奨める左派活動家も多い。「性自認」というあいまいで主観的なものを認めると、警察にも通報できない。
- 不安を訴える私たちは今、当事者でもなんでもない過激な活動家から脅迫を受けている。ハリーポッター著者のJ.K.ローリングも脅迫されている。[※あえて女性という言葉を使わずに「月経のある人」という用語を使ったWeb記事に対して、ローリング氏(女性)が「わざわざ『月経がある人』と表現するのはおかしい。『女性』という直截的な用語を使うべきでは」という趣旨のコメントをした。それに対して、「すべての女性に月経があるわけではない(トランス女性には月経がなく、トランスジェンダー男性なら月経がある人もいる)。にもかかわらず、『月経がある人=女性』というように決めつけるローリング氏は多様性を認めない性別主義者である」という批判が殺到した事件]
●櫻井よしこ「『家族』壊す保守政治家」の危機的状況
以上、4月21日に参議院議員会館で開催された全国地方議員研修会(テーマ「”家族の絆”を守るためにLGBT・夫婦の氏・子供政策の課題とどう向き合うか」)で私とともに講演した八木秀次氏の発表資料を参照しつつ、同性パートナーシップ制・埼玉県性の多様性に係る理解増進に関する条例案が抱える問題について述べてきたが、大村敦志『家族法』(有斐閣)は次のように指摘している。
「民法は生物学的な婚姻障害をいくつか設けている。そこには前提として、婚姻は『子供を産み、育てる』ためのものだという観念があると思われる」「(同性婚の可否について)決め手は婚姻の目的をどう考えるかという点にあると思われる」「二人の人間が子供を産み育てることを含意して共同生活を送るという点に婚姻の特殊性を求めるならば、同性のカップルには婚姻と同様の法的保護までは認められないことになる」
同条例案は性の多様性に関する「理解増進」と言いながら、「差別的取扱い等の禁止」規定があり、事実上の「差別禁止」条例であり、国法上の根拠はない。「啓発」や「人材の育成」にLGBT活動家らが入り込み、「研修」の名の下に、特定の考え方や偏った認識が植えつけられることが懸念される。
自民党の「LGBT理解増進法」案に「差別は許されない」という野党案が追加されたために、了承見送りになった経緯を踏まえれば、自民党が同条例を推進しているのは不見識と言わざるを得ない。選択的夫婦別姓制度の導入決議を埼玉県・東京都などの自民党会派が中心的に推進した状況と酷似しており、櫻井よしこさんが産経新聞1面の連載コラム「『家族』壊す保守政治家」で警告された危機的状況が地方に広がっている点に留意する必要がある。
(令和4年4月25日)
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