高橋 史朗

髙橋史朗 63 – 家族の多様化、性の多様性をめぐる最新動向と論点

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授

 

 

 政府は令和2年12月、第5次男女共同参画基本計画を閣議決定し、「婚姻により改姓した人が不便さや不利益を感じることのないよう、引き続き旧姓の通称使用の拡大やその周知に取り組む」と明記した。

 昨年12月から今年の1月に実施された内閣府の「家族の法制に関する世論調査」によれば、「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した上で、旧姓の通称使用についての法制度を設けた方がよい」の回答が42%を超え、「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した方がよい」(27%)を合計すると、夫婦同姓維持賛成派は69%に達することが明らかになった。

 各省庁は既に運転免許証や住民票、マイナンバーカード、パスポート、法人登記簿などについて旧姓併記ができるように改めており、多くの企業が職場での旧姓の通称使用を認めている。しかし、旧姓の通称使用は法律に基づいていないために、民間公益団体の資格や金融機関など、旧姓の通称使用を認めていないケースがある。今回の世論調査で、「旧姓の通称使用の法制度」を求める回答が多かったのは、こうした現状を反映したものと思われる。

 

 

●選択的夫婦別姓問題の論点

 昨年の通常国会で自民党内の夫婦別姓推進派と慎重・反対派双方が相次いで議員連盟を結成し、現在もせめぎ合いが続いている。選択的夫婦別姓制度が導入されれば、別姓家族以外のすべての家庭において、ファミリーネーム(家族を表す呼称としての姓)がなくなる。

 法務省民事局の小池信行元参事官は、「現行制度の下で氏は単なる個人をあらわすものではなく、家族を表象するものである。ファミリーネームでもある。選択的夫婦別姓制を採用した場合、別氏夫婦については、氏は個人の徴表に純化します。そうなると、全家族に共通する制度としての家族氏というものは消滅するということになる」「家族の氏を持たない家族を認めることになり、結局、制度としての家族氏は廃止せざるを得ないことになる。つまり、氏というのは純然たる家人をあらわすもの、というふうに変質する」と明言している。

 平成30年の野党の夫婦別姓法案には、「この法律の施行の日から2年以内に、別に法律で定めるところにより届け出ることによって、婚姻前の氏に復することができる」「子は、父母の婚姻中に限り、父母が同項の届け出をした日から3か月以内に、婚姻前の氏に復した父又は母の氏を称することができる」という経過規定があり、既婚夫婦に姓の選び直し期間が設けられ、既婚家族が別姓になれば、子供もどちらの姓にするかを選択することになり、社会が大きく混乱することが懸念される。選択制であっても、戸籍制度に影響が生じ、ひいては家族戸籍の解体につながるおそれがある。

 

 

●最高裁大法廷判決の6つのポイント

 ちなみに、平成27年の最高裁大法廷は次のように判決しており、令和3年の同判決もこれを踏襲している。

⑴ 夫婦同氏の意義
 家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位。その呼称を一つにすることには合理性がある。
⑵ 家族の識別機能としての意義
 夫婦が同じ氏を称することは、家族という集団の一員であることを、対外的に示し、識別する機能を持つ。
⑶ 家族の一体感
 家族を構成する個人が、同一の氏を称することにより家族を構成する一員であることを実感することに意義を見いだす考えも理解できる。
⑷ 子の福祉・利益の享受
 夫婦同氏制の下では、子の立場として、いずれの親とも氏を同じにすることによる利益を享受しやすい。
⑸ 同氏でも男女平等は担保
 夫婦同氏制自体には男女間の形式的な不平等は存在しない。
⑹ 旧氏の通称使用による不利益の解消
 夫婦同氏制は、婚姻前の氏を通称として使用することを許さないというものではない。最近、婚姻前の氏の通称使用が社会的に広まっているところ、氏を改めたことに伴う不利益は、氏の通称使用が広まることで一定程度は緩和される。

 

 

●高校教科書の「家族に関する法律」に関する記述

 ところで、家族に関連する教科書記述は一体どうなっているのか。まず「選択的夫婦別姓制度」については、「法制審議会が答申した『民法改正案』の中では『選択的夫婦別姓制度』だけが、いまだ実現していない」「選択的夫婦別姓制度の導入については議論が続いている」と述べ、コラム「選択的夫婦別姓制度とは?」で、「近年、選択的夫婦別姓制度の導入を求める意見がある」、「内閣府『家族の法制に関する世論調査』の結果を見て、あなたはどのように考えるだろうか。まとめて話し合ってみよう」と記述している(実教出版高校家庭科教科書、29頁)

 また、帝国書院の高校「公共」教科書は、平成29年の内閣府の「夫婦別姓に関する意識調査」のグラフを掲載し、「近年の調査では、夫婦別姓に賛成する意見の割合が大きくなってきている」(53頁)と断定し、コラム「夫婦別姓訴訟」において、次のように述べている。

 憲法24条は、婚姻に関する法律は「個人の尊厳と両性の本質的平等」に基づき定めるとしている。これを受けて民法750条は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定めている。しかし、実際には非常に多くの夫婦が夫の姓(氏、名字)を選択している。そして、姓を変更する側は、仕事の継続に支障を来すなど、負担を伴うこともある。このような背景から、それぞれの姓を維持したまま、法律上の結婚(選択的夫婦別姓)ができないことは憲法24条などに反するとの訴えが起こされた。これに対し最高裁判所は、法律上はどちらの姓にしてもよいため、男女間の不平等はない、と合憲の判断を示しながらも、夫婦の姓に関する制度のあり方は国会で議論すべきだとも言及した(53頁)。

 さらに、「現代社会の諸課題」の筆頭に「同性婚は法的に認められるべきか?」というテーマを取り上げて詳述している。まず冒頭の導入解説において、同性婚を法的に認める国は先進国を中心に増えているが、日本では憲法や法律の解釈から認めていないとした上で、「しかし、同性婚が認められないと不利益があるとして、法的に認めるよう国に求める裁判も起こされている。多様な性に対する理解や日本国憲法なども振り返りながら、この問題について考えてみよう」と前置きして、日本国憲法第24条は、「男女間の平等と本人どうしの合意のみが重要であることを明示したにすぎず、条文にある『両性の合意』とは必ずしも同性の婚姻を禁止していないとの指摘もある」と述べている。

 そして、同性婚を認める28か国・地域を列記し、「世界には、同性婚を認める国だけでなく、婚姻は認めなくても婚姻と同様の権利を保障する国もある。日本では東京都渋谷区に同性パートナーシップ条例を制定し、家族向け区営住宅への入居や、事業者が認めれば入院時の面会や手術の同意書へのサインなども有効とした。札幌市、福岡市、大阪市、茨城県など、同様の条例を定める地方自治体もある」と述べた上で、結論として、「あなたはどう考える?」と生徒に投げかけ、次のように締めくくっている(以上、77頁)。

*同性婚は法的に認められるべきか?
 結婚すると、そのカップルは夫婦として法的な義務を負うとともに,さまざまな権利を得られる。異性どうしの結婚と同様に同性婚を認めるためには、憲法や、関連する法律を改正する必要がある。同性婚を例に、法の意義・役割や、憲法と法律の関係、ルールを変えることの意義についても考えてみよう。

 

 

●生殖医療技術と「出自を知る権利」

 全体として同性婚は法的に認めるべきだ、という方向に誘導しているように思われる。さらに、「性の多様な見方の広がりによって、家族のあり方を見直す動きも広がっている.2000年代以降、異性愛に基づく婚姻関係を前提とする社会的な承認や税制上の保護を、同性カップルにも拡大しようとする動きが見られる」として、性的少数者のパレードイベントである「東京レインボープライド」の写真を大きく掲載し、次のように述べている(15頁)。

 同性カップルも人工授精や体外受精などの生殖医療技術の進歩などにより、子どもを持つことができるようになってきている。…いま求められているのは多様な性を認める態度に加えて、初めから多様であるこの世界を多様なまま認識する態度である。

 同性カップルの人工授精や体外受精は法的権利として容認されても、子供にも自らの「出自を知る権利」があり、片方の親を生涯見ることも愛情を受けることもなく育つことで根源的な悩みを抱える問題点については全く考慮していないのは、生命倫理、道徳の観点から問題があるのではないか。同性カップルの利益、権利が優先され、子供の「最善の利益」という「子供の権利」の視点が無視されているのではないか。

 また、「多様な性を認める態度」に関連して、同頁のコラム「SOGIハラについて考える」では、次のように述べている。ちなみに、SOGIとは、性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の頭文字を取った言葉で、性的指向とは、恋愛感情や性的関心が、どの性別を対象にしているかということであり、性自認とは自分の性をどのように認識しているかという自己認識の概念である。「ハラ」は「ハラスメント」の略称である。

 私たちは多様な性のグラデーションの中を生きている。そうしたなかで、近年では、性的少数者に限らず、すべての人に関わる概念として「SOGI(ソジまたはソギ)」という言葉が登場してきている。悪気なく口にした会話や、やり取りが、性的指向や性自認に関わるハラスメント(SIGIハラ)に直結する場合もある。理解を広げていき、偏見や差別をなくしていく試みが求められている(引用者注一「性のグラデーション」については、『歴史認識問題研究』第10号の冒頭の鼎談の17頁参照)

 

 

●多様性と共通性を繋ぐいのちの価値に気づかせよ

 多様性(ダイバーシティ)を認め合い、多様な価値観を尊重することは重要であるが、子供の発達段階を十分に考慮しないで、「性の多様性尊重」の名の下に、幼児期からの「性愛化」を積極的に奨励し、不倫や性風俗、ポルノ表現の多様性などを無分別に受け入れる風潮が世界的に広がっていることが懸念される。

 こうした中で米フロリダ州では、「教育における親の権利」に追加する形で、「幼稚園から小学3年生までの間に性自認・性的指向に関する議論を禁止する法案」(通称「Don’t Say Gay Bill:ゲイと言ってはいけない法案」)が可決成立(米ウォルト・ディズニー社が同法案に反対声明を出し論議を呼んでいる)した。テキサス州、サウスダコタ州などに続く4州で制定され、10州でトランスジェンダーの選手が女子スポーツに参加することを禁止する法制化が行われた。

 カルフォルニア州サクラメント郡で出された教育局性教育調査報告書は、性をめぐる相談は親にしないで先生にするように中学校で指導した事例を取り上げ、「子供と家族との関係性を学校が危険にさらしている」とカリフォルニア州教育委員会に親が抗議し、性教育の排除を訴える激しい反対運動が繰り広げられ、性教育の授業に関して親に通知するよう義務付ける措置が広がっているという。

 同性婚が合法化されたマサチューセッツ州では、小学校で同性愛や同性婚を擁護する性教育に抗議する親が学校に居残ったため、学校側が不法侵入容疑で警察に通報し、親が連行される事態に発展した。ドイツでも国際家族教育連盟の性教育担当者が幼稚園、小学校を訪問し、子供たちにコンドームを装着させる練習をさせる取り組みが広がり物議をかもしている。

 わが国でも自民党「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」(安倍晋三座長)が中心になって文科省全国調査が実施され、保護者に説明していない小学校が45%、中学校が3割に及んでいることが判明し、「性教育」は「保護者の理解を必ず得ること」が中教審答申に明記された。

「グローバル性革命」に基づく「包括的性教育」が日本の急進的性教育推進団体を中心に産婦人科医にも浸透し、子供の性自認・性的指向などの「性的自己決定権」「女性の自己決定権」が市民権を得て、前述したような教科書に明記された「性の多様性」「家族の多様性」をめぐる論議が今後、日本の全国各地で巻き起こることは不可避な情勢である。

 欧米における学校と親との激しい対立という混乱を招来しないために、多様性に通底する価値を探り、「みんな違うけれど、基本は同じ」といういのちの原点に立ち返る必要がある。

 拘束性のない多様性はない、というのが物理学の常識であり、「多様」な生命体の構造を貫く「共通」のいのちの本質的な価値に気づかせる教育こそが求められている。詳しくは、拙稿「『こども家庭庁』『こども基本法』問題についての一考察」(『歴史認識問題研究』第10号所収論文)の「15 今後の課題」(45-48頁)を参照されたい。

(令和4年4月20日)

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