高橋 史朗

髙橋史朗 61 – 胎児人形の抱っこ体験から「いのちの重さ」を実感させる授業

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授

麗澤大学大学院客員教授

 

 

 助産師の光武智美さんは全国の150校で8500人の中学生に10体の胎児人形の抱っこ体験を通して「いのちの重さ」を伝える授業を行ってきた。小林尚美・光武智美著『いのちのおもさ』(風の音舎、平成24年)によれば、10体の胎児人形とは次のようなものである。

 

 

●胎児の成長過程

 <1か月>
 いのちのはじまりの「たまご」になれる確率は、3憶分の1.それは、鉛筆の先で点を描いたくらいの小ささ。このいのちが誕生したのは奇跡です。

<2か月(4~7週)>
「たまご」だった胎児は3cmに成長しました。少し頭が丸くなって魚のような形。重さにすると4g、10円玉と同じくらい。とても小さいけど、臓器や器官が発生し、これから形を整えていきます。心臓が今、動き始めました。

<4か月(12~15週)>
 胎児の身長は大人の手のひらくらいに伸び、体重は約5倍、100gのシーチキンの缶詰と同じくらい。胎盤もほぼ完成し、胎児との命綱であるへその緒を通して、酸素や栄養が運ばれています。

<5か月(16~19週)>
 胎児の重さは250g、毎朝使うマグカップぐらいの重さ。胎盤も安定し、胎児は安心して手足や頭を動かし、お腹を蹴ったり、叩いたりし始めます。あなたや家族が「安心して遊びなさい」と、お腹を触ることが、胎児にはとてもうれしいことなのです。

<6か月(20~23週)>
 胎児の重さは約600gで30cm。ティーポットの重さと同じです。男の子、女の子の性別もわかるようになりました。

<7か月(24~27週)>
 1kgになった胎児は髪の毛もしっかり生え、体重はお砂糖の一袋分に。片手で持てば、重たさを感じます。羊水の中で、うとうと眠ったり、起きたり、くるくる回って遊んだり…お母さんの宇宙の中で胎児はとっても心地よさそう。

<8か月(28~31週)>
 ハリーポッターの本上下巻と同じ1500g。聴こえて、見えて、匂って、味わって、触れて…胎児の五感は育ち、外の世界の出来事が伝わりやすくなっています。生まれるまでに胎児の体重は2倍にもなります。

<9か月(32~35週)>
 2kg、2ℓのペットボトルの重さです。胎児は脂肪がついてふっくらしてきました。髪の毛や爪も伸び、内臓もしっかり完成。おっぱいを飲む練習、呼吸をする準備、手足を元気に動かす力…「もう大丈夫」という自信がついたら、胎児は生まれます。

<10か月(36~39週)>
 小さな小さなたまごだった胎児は、10か月間お母さんが大切に育ててくれたおかげで、3kgの重さになりました。奇跡の産声を聞いたなら、「いのちのおもさ」をおもいっきり抱きしめてください。

 

 

●望まない妊娠、安易な性行動を防ぎ、人工妊娠中絶を減らす

 超音波検査によって胎児の心臓は2か月で動き始めることが判明している。この胎児人形の抱っこ体験を踏まえて、次の4つの質問が投げかけられる。

<問1>初めて呼吸するのはいつか?
<問2>初めて心臓が動くのはいつか?
<問3>心臓はお腹の中のどの時期から動き始めるか?
<問4>生まれる直前の胎児にできることは何か?

 問1の答えは、生まれた直後の産声、問2の答えは、生まれる前、問3の答えは2か月で、8週目に心拍が確認、問4の答えは「におう、見る、すう、聴く」である。

 さらに、授業では、両親、祖父母、兄弟姉妹、親戚、友人など、自分を「育ててくれる人の思い」への共感的理解を深め、自分が生まれるまでにどのような親切を受けたかを振り返り、感謝の思いを深め、「今を生きる大切さ」「生存の奇跡」を実感させ、家族や友人のいのちの大切さや生きていることの意味、これからの生き方について考えさせている。

 同書の「あとがき」で、光武智美さんは次のように述べている。

「平成22年度の人工妊娠中絶件数は212,694件。そのうち妊娠満11週未満の中絶件数は200,582件、妊娠満12~15週は、5,958件、妊娠満16~19週は、4,048件、妊娠満20~23週は、2,065件である。……おなかの中の赤ちゃんを感じられたら、安易な性行動や望まない妊娠、人工妊娠中絶は確実に減っていくと確信した。……望まない妊娠や、望まない妊娠による出産が無くなり、すべての子どもがいのち一番最初から望まれて生まれてきてほしい。見えない胎児のいのちを感じ、大切に思う社会になってほしいと願わずにはいられない」

 

 

●中学生の感想文――何が魂を揺り動かしたのか

 最後に、この授業を受けた中学生の感想文の一部を抜粋したい。

・「自分の命を軽く思っていた自分を反省したいと思います。…私は、時々本当に私は必要なのかなと正直思います。その時は本当につらいし死んでもだれも悲しまないだろうなと思います。でも命の授業を受けて自分の命の重さや大変な思いを10か月もして生んでくれた母に失礼だと思いました。これからはもっと考え方も変わってくると思うし、つらく死にたいと思うことが少なくなっていくと思いました。」

・「今日の『命の授業』で学んだことは、「自分の命の大切さ」と「親のありがたさ」です。…自分を産んでくれた親に感謝しなきゃいけないと思いました。今まで、親に強い口調で色々言っていた時期があったので反省したいと思いました。今の自分がいるのは親やみんなのおかげなので、家に帰ったら、お母さんに『ありがとう』という気持ちを伝えたいと思います。」

・「羊毛フェルトで胎児の大きさと重さがよく分かりました。自分が生まれてくるときに、両親がどんな気持ちでいたかということが分かりました。あの小さな白い点が私たちの命だと考えると、こんな小さな命を大事にしてくれていたんだと、『いのちのおもさ』を実感しました。」

・「心臓はとても小さい状態から動いているとわかって驚いた。お母さん、お父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、そして助産師さんの人たちが「よくがんばったね」と言って私が生まれてきたと思うと、とても嬉しかった。

・「命は大切ということは分かっていたけど、それがどう大切なのかはあまりピンとくるものがなかったので、今日のお話で、(受精卵は)3憶分の1の確率でであることやうまれてきたときに周りの人が喜んだことを聞いて、改めて自分の命の大切さを感じました。フェルトの胎児人形やエコーの胎児の写真を見たことで、最初はほんの小さな卵だった人の成長のすごさを感じ、とても感動しました。フェルトの人形の一番小さい人形を持った時、とても小さいのに重さがあって、その中に小さな心臓があると聞き、どんなに小さくても生きているんだなと思い、信じられないほどでした。」

・「産声を上げた時に呼吸が始まるのは神秘的ですごいなと思いました。」

・「自分も後何十年かしたら、この赤ちゃんの成長を真近で見守ることができると思うと、楽しみです。」

・「0.2mmから育ってきたと思うと、人間はすごいと思った。

・「3億分の1の確率で受精卵ができることにびっくりした。数cmぐらいのとても小さな頃から心臓が動いていたということにびっくりした。お腹の中にいた時のビデオを見て、あんなに小さくてもとても激しく動いていることに驚いた。」

・「命の誕生に関することは、ある程度は知っていたけれども、その時周りの人がどのように思っていたのかということなどを考えたことはなかった。命の重要性を別視点から見ることができてとてもよかった。また、他人に対する見方を変えるきっかけになった。」

・「周囲の人たちの支えもとても大きなものだと思いました。もっと自分や他人の命を大切にしていこうと思いました。」

・「今自分が生きていることがどれだけすごいことで奇跡なのかを知ることができました。」

・「たくさんの奇跡が重なってできた命なので、人の命も自分の命も大切にしていきたい。」

・「妊娠の時、進化の過程のようになる。だから、1か月は1億年なんだというのが心に残っている。私たちはたくさんの生物たちの歴史を背負って生きているんだと、心から思った。

・「僕たちの命は38億年という気が遠くなるような長い年月の積み重ねということが分かりました。」

・「自分自身が、今ここにいることがとてもすごいことで、当たり前じゃないことを、改めて感じることができました。」

・「赤ちゃんの重さを実感して、これを10か月抱えていた母への感謝ととここまで育ててくれたありがたさを感じることができた。

・「これからは、悩んで自分が嫌になった時などには、自分はこれまで大切にされてきて、今ここにいることはとても奇跡で、幸せなことだと思うようにしたい。」

・「困難に直面した時、自分は3憶分の1の中から選ばれたのだと思い出し、頑張りたい。」

 

 こうした胎児人形の抱っこ体験や「生命誌」の38億年のいのちが自分の中に宿っていることを実感させる授業を核にして、「いのちの大切さ」を学ぶ「感知融合の道徳教育」の在り方について、6月と9月に予定されている日本道徳教育学会で共同研究発表を行う準備を進めている。

(令和4年3月24日)

 

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