高橋 史朗

髙橋史朗 60 -「常若(とこわか)」の思想を世界へ発信する宗像国際環境会議

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授

麗澤大学大学院客員教授

 

●「海の鎮守の森プロジェクト」– 「着眼大局着手小局」 

 平成26年から毎年8月下旬の3日間、宗像国際環境会議が開催され、温暖化等の影響で藻場が減る「磯焼け」の進行、魚の減少や魚種の変化など、変わりゆく海の実態が地元漁師や海女、研究者、ジャーナリストらから報告され、実情を改善し、子々孫々まで持続できる環境を残すためにはどうしたらよいかという多角的な議論と実践活動が行われている。

 葛城奈海『戦うことは「悪」ですか』(扶桑社)によれば、宗像の象徴的な存在である宗像大社は、神話に登場する日本最古の神社の一つで、沖津宮、中津宮、辺津宮という三宮の総称である。それぞれに御祭神として、天照大神が須佐之男命の剣を嚙み砕き、息を吹きかけた時に生まれた三女神,田心姫神、湍(たぎ)津姫神、市杵島姫神が祀られている。

 本土にあるのが辺津宮で、中津宮はそこから約10㎞沖合の大島に、沖津宮は大島からさらに約50㎞沖の玄界灘に浮かぶ沖ノ島に所在している。沖ノ島には、掟によって、今なお古代の祭祀跡が手付かずのまま残されており、神職以外が渡ることは許されていない。

 日本書紀には、天照大神から宗像三女神への「歴代天皇を助けなさい。そうすれば、歴代天皇があなたたちを祭るでしょう」という神勅が残されている。この神勅に基づき、歴代天皇の命で大和朝廷から最高の品々が宗像の神々に捧げられたことが、沖ノ島から出土した約8万点の国法によっても裏付けられている。

 本会議の最大の特徴は、”Think globally,Act locally”(地球規模で考え、足元から行動する)を理念に、中日に竹漁礁づくりや漂着ゴミ清掃といったフィールドワークが行われることである。「海の鎮守の森プロジェクト」に取り組む福岡県立水産高校の生徒の指導による竹漁礁づくりでは、増えすぎて森や里でやっかいものになっている竹を伐採して漁礁をつくり、磯焼けで海藻がなくなった海に沈め、イカや魚を呼び戻す。陸と海の課題を同時に解決する一石二鳥の画期的な取り組みである。

 ちなみに、私は松下幸之助氏が亡くなった後、松下政経塾の入塾審査員を日本ユネスコ協会連盟事務局長と毎日新聞編集委員とともに依頼されたが、「塾生募集」の新聞広告には、「志のみ持参のこと」と大書されていた。この「志審査」の基準は審査員に一任されたため、私は前述した「地球規模で考え、足元から行動する」からヒントを得て、「着眼大局着手小局」にすることにした。240万頁の在米占領文書を3年かかって研究した地道な努力なしに「歴史を根本的に見直す」という大願は成就しないことを痛感していたからである。実際、「地球環境を守りたい」という志を熱く語る者が多かったが、「その志を実現するために、日々の生き方をどのように変えますか?」と尋ねると、ほとんど即答できなかった。

 

●「鎮守の森」の伝統的価値観からSDGsを捉え直す

 特に注目されるのは、2015年の国連総会で示されたSDGs(Sustainable Development Goals「持続可能な開発目標」)を、「常若(とこわか)」という伊勢神宮の式年遷宮に象徴されるような常に若々しい持続可能な日本古来の価値観、自然観で捉え直して世界に発信していることである。P,ドラッカーは、「20世紀は、経済が社会をリードしてきたが,21世紀は日本文化が世界をリードする」と指摘したが、「もったいない」「おかげさま」「おたがいさま」「とこわか」のような日本の文化的価値・道徳的価値からSDGsの17目標を捉え直し、わが国の古来培ってきた「鎮守の森」の知恵に内在する哲学を注入する必要がある。同会議は令和3年10月8日には次のような「常若宣言」を発出している。 

 「古代より人々は、自然を畏れ敬い、自然に感謝し、自然の恵みによって循環を繰り返してきました。しかし、今日では利便性を追求する中で、地球環境問題を抱えるに至りました。私たちは、かつて先人たちが自然と共に生きてきた謙虚な姿勢に学びつつ、この地球環境問題の解決の一助となるよう、多種多様な生命(いのち)の循環、常若社会の実現に向けて、それぞれの立場で実践していくことをここに誓います」

 また、2日後には次のような「宗像宣言」が出されています。

 「(前略)自然の一部としての営みを忘れ、自然を消費する社会、人間本位の利便性の追求によって破壊した自然の再生を、今こそ本気で取り組むことが求められています。森里川海、さらには大気も含め循環する自然の中で、私たち人間もその一部として生かされています。美しい自然の原風景、神々しい海を取り戻す自然再生事業に取り組み、次の世代により良い自然を残すため、それぞれの立場で身近な自然を再生させましょう。思いやりの連鎖が、常若な時代を築いていきます。物質文明から生命文明への転換、自然の再生と循環型社会への実現に向けて、これからも行動し続けることをここに宣言します」

 

 

●「宗像国際育成プログラム」と「常若産業宣言」

 令和元年から令和2年にかけても以下のような注目すべき共同声明、「常若産業宣言」などが出されている。また、平成26年から宗像市・宗像国際環境会議実行委員会主催の「宗像国際育成プログラム」(塾長は国連科学諮問委員の黒田玲子東大名誉教授)が、世界の第一線で活躍する様々な分野の専門家の講義と、塾生が主体的に取り組む課題などを中心に宿泊研修を含めて「海の道むなかた館」などを活用しながら、多面的でグローバルな視点で物事を判断できるような人材育成を目指して行われている点も注目される。

 

海の神殿「宗像・沖ノ島」山の神殿「富士山」共同声明

令和2年10月25日――世界遺産の連携による自然環境問題への取組み――

「(前略)日本神話には「海幸山幸」のことが描かれており、古代より海と山の密接な関係性を読み取ることができる、(中略)この度の新型コロナウイルスに伴う社会経済活動への影響によって、皮肉にも、インドではヒマラヤが目視できたり、ベニスの水の透明度が増すなど、自然環境の改善が見られ、今日の大量生産大量消費に実態を改めて認識することともなった。一方、かつての江戸は、既に循環型社会が形成されていたという。それは自然への畏怖、畏敬の念が根底にあり、海や山への信仰心があったからとされている。このような自然観は、今や国際社会においてもアニミズム文化として見直されており、これは、喫緊の課題となっているSDGs(Sustainable Development Goals・持続可能な開発目標)の考え方にも繋がるものである。私たちは、このSDGsの達成及び新型コロナウイルスによりダメージを受けた社会経済の復興に向けて、宗像国際環境会議に掲げられている「常若(とこわか)という日本の伝統的な持続可能な考え方の上に立ち取り組んでいく。この際、その一環として、国際社会から文化的な価値を認められた世界文化遺産、海の神殿「宗像・沖ノ島」と山の神「富士山」を有する両県が互いに連携し、それぞれの地域の人々の交流を拡大するとともに、双方の世界文化遺産が体現してきた持続文化を再評価し、新しい生活様式の取組みについて議論し、それらを国際社会に積極的に発信していきたい」(静岡県知事・福岡県知事) 

 

<第7回宗像国際環境会議 常若産業宣言

令和2年12月20日

日本のものづくりの心と技は、常若から始まっている。宮大工の原点はいい刃物を持つこと。いい刃物と向き合い刃物の心を体得すれば刃物がいい仕事をする。身体感覚を磨き上げることが技をなす。木と向き合い木の本質を掴み取ることが寸法も設計図もない中で寸分違わぬ五重の塔を建てる土台となる。機械化と自動化はものづくりの効率を高めるかもしれないが、担い手が物心一如の言葉を胸に刻み、三千年先の地球に思いをいたせば、より良いものづくり、大地と海原と空、そして森里川海に暮らす生きとし生けるものと共にするものづくりに至る」 

 

<第6回宗像国際環境100人会議 宗像宣言>

テーマ「常若」令和元年8月25日

『常若』とは、常に若々しいとされているが、自然界では物質は絶えず循環し、生まれ変わり続けることで維持されていることから、循環する時間の象徴でもある。…これからの社会は、『循環』と『共生』という自然の摂理に学び、社会経済の仕組みを大きく変えていくことが求められている。そして、その礎は日本で脈々と受け継がれてきた森里川海への感謝と祈り、自然に対する謙虚さにある。…『常若』とは、「Sustainable」(持続可能)の言いかえではなく、持続可能な定義に精神性、地球と人類のあるべき姿の可能性を含んでいる。今後は…『常若』の国際的な発信を行っていきたい。私たちは、ここ宗像の地と海で、『常若』な地域社会の実現に向けて、国際的なつながりを深め、行動することを宣言する」

(令和4年3月8日)

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