中山 理 8 – 令和4年をグローバルな視点に立った歴史理解の元年に ③
中山 理
モラロジー道徳教育財団特任教授
麗澤大学・前学長
麗澤大学大学院特任教授
●健全な国家共同体意識の育成を
前回提示した「歴史総合」の目標3に「日本国民としての自覚、我が国の歴史に対する愛情」を涵養することが掲げられていましたが、だからといって偏狭な自国愛だけを高揚することにならないよう注意が必要でしょう。
英語には「愛国心」を意味する表現としてつぎの2種類があります。すなわち「ナショナリズム」(nationalism)と「パトリアティズム」(patriotism)です。前者の「ナショナリズム」は、「国家主義」とか「国粋主義」とか訳されることもあるように、他国を押しのけてでも自国の国益だけは追求するという利⼰的な態度を意味する傾向にあります。このナショナリズムが最悪の形で噴出したのが、現在、中国などの一部の国を除き、世界中から非難を浴びているロシアのウクライナ侵略でしょう。
それに対し後者の「パトリアティズム」は同じ愛国心でも、祖先から継承した日本の歴史、伝統、文化、自然などに対して日本人として誇りを持ちながら、同時にそれらを愛する態度です。それは家族共同体への愛、地域社会共同体への愛の延長にある国家共同体への愛でもあります。いうまでもなく「歴史総合」で涵養していただきたいのは、後者の愛国心です。
●どの「歴史総合」の教科書を選ぶのか
今年度より日本の高校生全員が「世界の中の日本」の歴史を学ぶことになったのは実に喜ばしいかぎりですが、その際にすこぶる重要なことが2つあります。一つは「歴史総合」の目標を達成できるように教師自身が力量を備えておくことと、もう一つはその目標達成をより実質化するために適切な教科書を選ぶことでしょう。前者の問題は別の機会に譲るとして、ここでは後者の教科書の選定を取り上げたいと思います。というのも教科書は、生徒が自らテーマを設定し、資料を収拾・整理し、それらをまとめてプレゼンテーションをする前段階において、叩き台として重要な先導役を務めるからです。
ところが、どの教科書も文科省の検定を通っているにもかかわらず、実際に教科書を開いてみると、その歴史記述にはかなりの違いが見られるようです。学習指導要領の目標を十分に咀嚼していない教科書を意に反して選んでしまうと、ボタンをかけ違えた状態のまま授業をスタートさせることになり、望ましい教育成果は期待できないでしょう。
では、どのような教科書を選べばよいのでしょうか。このテーマについて考える視点を提供してくれる参考書は他にも出版されているかもしれませんが、ここでは最新刊の一冊、伊勢雅臣著『判定!高校「歴史総合」教科書』をご紹介したいと思います。この本のアピールポイントは、文科省の検定を通った同じ教科書でも「これほど歴史記述が違うものなのか」と思わせる教科書の歴史記述を取り上げ、具体的な実例をあげながら、それらの問題点を読者に分かりやすく解説していることです。同書によりますと、教科書によっては、「対話的な深い学びを妨げるような検定方針違反の記述」や「イメージ刷り込み型の歴史記述」もあるようです。

この本が評価の対象にしているのは、検定を通過した7社(東京書籍、実教出版、清水書院、帝国書院、山川出版社、第一出版社、第一学習社、明成社)の教科書です。各社の歴史記述の違いを浮き彫りにするために、攘夷、日清戦争、台湾統治、日露戦争、朝鮮統治、満州事変、日華事変、大東亜戦争の8つの史実に照らし、それぞれの歴史記述を比較検討して著者独自の評価を下しています。
その評価の視点は、①「この時代はこうだった、という結論を下すためには、その論拠となる史実を提示して、その結論がただしいかどうか、ご自身で考えられるようにする」、②「現在から見た過去の断罪ではなく、当時の先人たちが、どういう問題に直面し、それをどう受け止めて、どのような行動をとったのか、を辿る」です(伊勢 2022 27頁)。この視点から下した7つのテーマごとの評価は、章末に星印(1~5で多いほど良い)で一覧表にされています。
特に興味深いのは、7社の教科書の歴史記述をつぎの3つのタイプに分類していることです。①問答無用な押し付け記述を特徴する「思想誘導型」、②社会科学的アプローチで客観的に史実を記述した「社会科学」型、③先人の声に耳を傾け、史実に基づいたノン・フィクションを記述する「歴史物語」型です。その上で本書の総括として最後に5点満点で総合判定を下していますが、上位3位の出版社を順にご紹介すると、最初のエッセイでご紹介した明成社(4.4)がトップ、つぎに山川出版社(3.0)、そして帝国書院(2.8)がランクされています(258頁)。
もちろん、この評価は個人的な意見であり、他にもいろいろなご意見があるでしょう。それも踏まえた上で最後に筆者個人の意見を申し上げれば、特定のイデオロギーによる思想誘導型の教科書よりも、社会科学的アプローチによる客観的な史実記述を特徴とし、かつ生徒が日本という国とその歴史を好きになるような教科書を選んでもらいたいということです。もちろん、その上で教える側も、歴史感覚が欠如した歴史教育に陥らないよう常に気をつけたいものです。望ましい歴史感覚を持つとは「その時代に即して『もの』を考える、歴史を史実のままに、私心なくながめる」ことではないでしょうか(谷沢 2009 201頁)。
【引用文献】
伊勢雅臣 (2022)『判定!高校「歴史総合」教科書』グッドブックス
伊藤 隆、渡辺 利夫、小堀 桂一郎、田中 英道 (2022) 『世界の中の日本が見える 私たちの歴史総合』明成社
小堀桂一郎(1955)『東京裁判 日本の弁明』講談社学術文庫
谷沢永一(2009)『歴史通』WAC BUNKO
Helmut Wautischer, Alan M. Olson, Gregory J. Walters. (2014). Philosophical Faith and the Future of Humanity. Springer.
(令和4年3月7日)
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