西岡 力

西岡 力 – 道徳と研究25 韓国与党大統領候補李在明氏の危険な反日反韓史観

西岡力

モラロジー道徳教育財団教授

麗澤大学客員教授

 

 韓国では3月9日の大統領選挙投票日を前にして熾烈な選挙戦が展開されている。1月下旬の段階で、与党「共に民主党」の李在明候補と第1野党「国民の力」の尹錫悦候補が各種世論調査で支持率30%内外を得て1位と2位を争う中、中道野党「国民の党」の安哲秀候補が15%程度まで浮上して、情勢は混沌としている。

 ここでは与党の李在明候補の危険な歴史観を取り上げ、今後の日韓関係、韓国情勢を見ていく一つのガイドラインを示したい。

 

 

●反日政策が強化される

 拙著『わが体験的コリア論』の第6章で私は次のように論じた。

 

 韓国の反日も、北朝鮮の反日民族主義の強い影響下にある。北朝鮮は冷戦時代、共産主義が資本主義に比べて優れているとする主張を政治工作の軸にしていた。しかし、朴正熙政権が高度経済成長を実現させると、昭和50年代には南北の経済は逆転し、次第にその格差は大きくなっていった。経済開発で韓国に負けたことが明白になったのだ。そこで北朝鮮は昭和の終盤、対南工作の軸を共産主義の優位から反日民族主義に移した。
 すなわち、「韓国は親日派を処断せず、親日派だった朴正熙が権力を握り、過去の清算をうやむやにしたまま日本と国交を結んだが、北朝鮮は抗日運動の英雄・金日成が建国し、親日派を処断し、反日民族主義を貫いたから、民族としての正統性は北にある」という「反日反韓史観」を韓国に拡散させたのだ。

 文在寅大統領はまさに「反日反韓史観」に立っていた。2017年5月9日、大統領選の開票で当選確実と報道されると、党関係者が開票を見守る部屋に来て、マイクを握って「自信感を持って第3期民主政府を力一杯、押し進めていく」とあいさつした。文大統領は現行憲法下で誕生した7人目の大統領であるが、自分は3番目だと言ったのだ。その言葉を生放送で聞きながら私は、新大統領は金大中、盧武鉉だけが民主政府で、韓国の主流勢力を代表する盧泰愚、金泳三、李明博、朴槿恵は違う、あるいは盧泰愚、金泳三、李明博、朴槿恵勢力はすべて清算されるべき積弊勢力だと言いたかったのだ。

 文在寅政権発足後、朴槿恵前大統領、李明博元大統領、そして前大法院長(最高裁長官)をはじめとする多数の裁判官、3人の元国家情報院長(旧KCIA部長)などを清算されるべき「積弊」だとして次々逮捕されていった。常識的考えを持つ裁判官たちが逮捕され、親北朝鮮左派の裁判官がその後釜についた裁判所は逮捕された保守政権時代の高官に実刑判決を出しつづけていった。昨年末に4年8か月ぶりに朴槿恵前大統領が特赦で刑務所から出たが、李明博元大統領や3人の元国家情報院長らはいまだに極寒の中刑務所に収監されている。

 与党の大統領候補の李在明氏はこの危険な「反日反韓史観」を文在寅大統領と同じように信奉している。李在明史はテレビ討論などで「自分が当選して第4期民主政府を作る」と話している。従って、李在明氏が大統領になれば、韓国の良識的保守派は文在寅政権以上のひどい粛清の嵐にあうだろうし、反日政策はより強化されるはずだ。

 

 

●韓国の歴史の否定

 李在明氏の危険な歴史観を示す著書を入手したので、以下その内容を紹介する。私が入手したのは『李在明、大韓民国革命せよ』(メディチメディア刊)という過激な題名の本だ。2017年1月、李在明氏が前回の大統領選挙への出馬を準備していた時期に出された本で、自分が政権を取ったら何をしたいかを体系的に書いた選挙公約本だ。なお、今回の大統領選挙に向けて新たな公約本を出していないから、彼の考えはこの本の時点を大きく変わっていないはずだ。

 この本は4部に分かれている。すなわち、「第1部 李在明の政治革命」「第2部 李在明の経済革命」「第3部 李在明の福祉革命」「第4部 李在明の平和革命」だ。特記すべきは第1部の冒頭に「1章 歴史清算」が置かれていることだ。李在明の公約の最初の項目が「歴史清算を通じた革命」なのだ。

 歴史清算を重視する姿勢は第1部の前に置かれた「プロローグ 恐れと立ち向かって建国革命を成し遂げよう」の内容からもよくわかる。そもそも1948年に自由民主主義市場経済国家として建国された韓国で、なぜ、21世紀になって「建国革命」が必要なのか。この問題意識自体が、韓国の建国以来の歴史を否定する「反日反韓史観」の表れだ。

 まず、プロローグの一部を紹介する。

 

 私たちの現代史は光と闇でつづり合あわされている。3・1独立万歳革命と4・19革命、80年5月光州民主化運動と87年6月抗争のように花火のごとく燃え上がった闘争の日々があったし、分断と韓国戦争、5・16軍事クーデターと光州虐殺の痛みにつづいて底なしに墜落していった9年間の李明博・朴槿恵政権もあった。
 歴史を振り返ってみると百姓たちを収奪し暴政をほしいままにした権力者が自ら退いたことはない。韓国現代史もそうだ。国を売り分断を招いた者たちが既得権を占めた。戦車を操って民主主義を破壊した者たちが国民の数百名の胸板に銃弾と銃剣を突き刺し、鉄の芯が入ったこん棒を人々の頭にたたき下ろした。そのような者たちが処罰も問責も受けず今まで良いものを食べ良い暮らしをしている。既得権者になった彼らは国民が血を流して成し遂げた闘争の成果を決定的瞬間に奪うことを反復した。しかしそれでも国民の闘争と抵抗が継続されたのでここまでくることができた。(同書8~9ページ)

 ここで後半の段落に注目しよう。「国を売り分断を招いた者たちが既得権を占めた」とは、わかりやすく書くと「日本に国を売り渡した親日派が、日本の敗退後に南北分断を招いた李承晩政権の幹部になり、韓国現代史の既得権者になった」という意味だ。次の「戦車を操って民主主義を破壊した者たちが国民の数百名の胸板に銃弾と銃剣を突き刺し、鉄の芯が入ったこん棒を人々の頭にたたき下ろした」は前半の「戦車を操って民主主義を破壊した者たち」が「軍事クーデターで権力を握った朴正煕政権と全斗煥政権」を指し、後半の「国民の数百名の胸板に銃弾と銃剣を突き刺し、鉄の芯が入ったこん棒を人々の頭にたたき下ろした」は、「光州事件で全斗煥将軍らが民主化を求めてデモをした数百人の市民を銃でうち、剣で刺し、こん棒でなぐって殺した」という意味だ。

 つまり、建国以来の韓国の主流勢力は、日本統治に協力した親日派が清算されず親米分断勢力になって軍事クーデターを繰り返して民主化を求める国民を虐殺しながら権力を握り続けた、といっているのだ。先述した「反日反韓史観」そのものだ。

 

 

●自由民主主義秩序の危機

 同書第1部第1章の「歴史清算、新しい出発ラインに立とう」はより具体的に李在明の歴史観を表している。少し長くなるが李在明を理解するためにはその歴史観を正確に見る必要があるので、主要部分を訳出する。

 

 力とお金を持つ少数の既得権勢力は法と秩序に違反して利益を得た。法と道徳に違反すればするほどより大きく保護を受けた。
 自由で平等であり正義が貫かれなければならない大韓民国がなぜ、このようにまでなってしまったのか。いろいろな理由があるが、何よりも清算すべき旧悪たちを処理できなかったためだ。今でも解放70年間、重なってきた積弊をただすべきだ。大韓民国政府樹立段階から[李在明は1948年の大韓民国建国を認めない立場に立つので政府樹立という用語を使う・西岡補]最初のボタンの掛け違いがあった。米軍政の支援を受けた李承晩政権は親日売国行為者を処罰しなかった。むしろ日帝にへつらい奉仕し、百姓たちを収奪した親日売国勢力を軍、警察、官僚の要職に重用した。(略)
 独裁と不正腐敗で延命していた李承晩政権は結局、国民の闘争で崩壊した。(略)しかし、革命は完遂しなかった。血を流して戦いとった民主主義だったが、朴正煕が戦車を先頭に立てて軍事クーデターを起こし強奪してしまったからだ。日本の王[天皇のこと]に犬と馬のように忠誠を捧げるという血書を書いて日本軍将校として出世し独立軍を捕まえようと活動した朴正煕は親日売国勢力を清算するどころか、その変種を育てていった。
 不均衡発展、財閥体制形成など腐敗既得権勢力を拡大し、強化しつつスパイ事件でっち上げと緊急措置[朴正煕政権が70年代に制定した維新憲法に規定された大統領の非常権限]を利用して鉄拳統治を続けていった。その後、朴正煕軍事政権は金載圭[中央情報部長]の銃弾で倒れたが、そのときも歴史は清算されなかった。すでに強力な資本を所有し政治、軍事、行政、社会、文化の各分野で確固たる地位をつかんでいた親日・独裁・腐敗勢力は新しい時代に合った新しい方式で力を蓄え結託して勢力を固めた。
 朴正煕体制が突然、崩壊したとき、国民は新しい政治秩序を夢見て民主的未来に対する期待に浮かれていた。しかし、その年の12月12日当時保安司令官だった全斗煥と新軍部は再び軍事クーデターを起こした。そして1980年5月、新軍部は光州で国民が与えた銃剣とこん棒で無辜の国民数百人を虐殺して支配者として堂々と帰還した。1987年6月には、再び軍事独裁に対する抗争が強まった。6月全国の街々で催涙弾と暴力団に対抗して数多くの人々が犠牲となり、全国民が闘争した代価により新しい時代が開けるかと思った。しかし、また欺瞞的な6・29宣言[全斗煥大統領が行った民主化宣言、大統領直接選挙制の受け入れ、野党政治家の政治活動完全自由化、言論の自由を保証した]によって未完の革命に終わってしまった。
 親日・独裁・腐敗勢力は依然としてわが社会のすべての領域で大韓民国を支配している。(同書23〜26ページ)

 同書のタイトルは先に見たように「李在明、大韓民国革命せよ」だが、李在明は「親日・独裁・腐敗勢力は依然としてわが社会のすべての領域で大韓民国を支配している」という反日反韓史観に立って、「親日・独裁・腐敗勢力」を暴力によって処断することが革命の最初の1歩だと叫んでいるのだ。危険な政治家といわざるを得ない。

 李在明は2月初め現在、与党大統領候補として、第1や党候補の尹錫悦と激しい選挙戦を展開している。様々な世論調査を総合すると少なくとも3割から4割の韓国国民が李在明を支持している。文在寅政権につづいて「反日反韓史観」に立つ李在明政権が生まれたら韓国の自由民主主義秩序は大きく崩れ、親中国従北朝鮮、反日離米路線がより固定化し、日韓関係だけでなく米韓同盟が崩壊する恐れが出てくる。歴史観がおかしくなると国が滅びる。それがいま韓国で起きている事態の本質だ。

(令和4年1月31日)

 

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