高橋 史朗

髙橋史朗 53 – 大谷翔平を育てた教育と「包括的性教育」の違い――「包括性」の意味を問う

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授

麗澤大学大学院客員教授

 

 

●欧米の共通認識 ―「教育荒廃の原因は子供中心主義」

 12月8日に自民党本部で開催された青少年健全育成推進調査会で「青少年健全育成と家庭教育支援について―『子供の最善の利益』の視点から―」というテーマで講演した。

 このテーマで講演を依頼されたのは、「子供の最善の利益」とは何かという視点から、「こども庁」問題と絡めた今日的課題を明らかにするためである。

 こども庁論議の核心は「子供の最善の利益」とは何かを明らかにすることにあり、子供の意見に耳を傾けながら、何でも聞き入れるのではなく、目先の利益の保障ではなく、長い目で見た「子供の最善の利益」とは何かについて深く洞察する「教育的配慮」が求められる。

 教育荒廃の原因は「誤った子供中心主義」にあるというのが、欧米の共通認識である。米元大統領ブッシュは「米2000教育戦略」において、教育荒廃の原因は子供中心主義の教育理念にあると指摘し、仏元大統領のミッテランも「子供中心主義による教育が共同的記憶を喪失させ、わが国に損失をもたらす」と教育荒廃を総括した。

 また、英元首相サッチャーは「子供中心主義とマルクス主義が教育荒廃の原因だ」と明言し、教育現場を厳しくチェックする「教育水準局」を新設し、偏向教育が是正され、学力も大きく向上した。

 国会議員有志がこのサッチャー教育改革の現地視察を踏まえた共同研究を行い、その成果が中西輝政監修『サッチャー改革に学ぶ教育正常化への道一英国教育調査報告』(PHP研究所)として出版されている。

 安倍政権下の教育改革はこの英国教育調査を踏まえて行われ、教育基本法の改正、偏向歴史教科書の是正などに取り組んだが、今日の「こども庁」「こども基本法」論議は、教育基本法を空洞化しかねない危険性を孕んでいる。

 

 

●大谷翔平を育てた原田隆史 ―「主体変容」と5つの心づくり

 前述した講演会の対象者には「人間力向上教育PT(プロジェクト)」のメンバーが含まれていたので、「誤った子供中心主義」では「人間力向上」は達成できないことを大谷翔平の実例で説明した。

 大谷翔平選手が高1当時に書いた16枚のオープンウィンドウ64(通称「大谷曼荼羅」)についてスポーツ新聞が大きく取り上げために有名になったが、彼は真ん中に「ドラフト1位で8球団の指名」という目標を掲げ、そこに至るまでの行動を書き込んだ。

 その目標を実現するために何が必要か。彼が書き込んだのは、①運②人間性③メンタル④体づくり⑤コントロール⑥キレ⑦スピード160km⑧変化球、の8項目である。

 特に注目されるのは、①から③の具体的内容である。まず「運」については、①挨拶②プラス思考③ゴミ拾い④部屋掃除⑤審判さんへの態度⑥本を読む⑦応援される人間になる⑧道具を大切に使う、「人間性」については、①感性②感謝③礼儀④思いやり⑤愛される人間⑥信頼される人間⑦計画性⑧継続力、「メンタル」については、①はっきりとした目標、目的を持つ②一喜一憂しない③ピンチに強い④頭は冷静に心は熱く⑤雰囲気に流されない⑥仲間を思いやる心⑦勝利への執念⑧波を作らない、の各8項目(図参照)を列挙している点である。

 

【図1】

 松下政経塾の入塾審査で松下幸之助さんが面接の規準にしたのが「運」があるか、という点であった。「運」があるかどうかを見極めるために、「あなたは運がいいと思いますか?」と尋ね、「ハイ」と答えた者のみを入塾させた。

 松下幸之助さんの没後、私とユネスコ事務局長と毎日新聞幹部が「志審査」の審査員を依頼され、審査の規準は「志」に変わったが、これが原田隆史氏が重視した「未来の目的・目標」と一致していると推察される。目的、目標とは志に他ならない。

 原田氏は、「有形」―「無形」の縦軸と「自分」―「社会・他者」の横軸に以下の4つの観点を据えた(図2参照)。

 

【図2】

 特に注目されるのは、「無形の目的・目標」の中に、「同僚が生き生きする」「家族が安心する」「業界が元気になる」「自分の仕事に誇りを持つ、わくわくする」「達成感を得る」「自信が持てるようになる」を例示している点である。

 大谷選手も同じ高校の先輩であるマリナーズの菊池雄星選手も原田隆史氏の「教師塾」で直接指導を受けた。原田氏は私が塾長、理事長を務めて東京・埼玉・大阪・福岡で開塾し、10年以上教師の「人間力」を高めるリーダー養成に取り組んだ「師範塾」の2期生である。師範塾は吉田松陰の松下村塾をモデルにし、「師道」「師範力」「主体変容」を基本理念とした。

「変容」とは、transformationの訳語であるが、その原型である動詞「変容する(transform)」は、transformareというラテン語の「変形させる」という語源を持ち、「別の状態へ」という意味を持つ接頭語transと、「形作る」のformが合わさった語である。そこから「変容させる・変質させる」という意味を持つ。一方、同じ「変化」を意味するchangeは、ラテン語のcambire「交換する」という語源を持ち、取り換えるという意味を含んでいる(New Oxford American Dictionary, 2005)。

 この二つは同じ意味を持ってはいるが、その内容は大きく異なる。Changeには、変化のプロセスが見いだせなく、誰かによって変えられる行為が含まれる。私たちは、社会や自分自身を変えることはできるが、取り換えることはできない。今ある社会、組織、自分自身をどのように別の状態へと質を変え、形(生活や開発)を変えられるかを問い、考え、行動に移していくことが求められている。

 この道程に「持続可能な教育」の重要性を見出すことができる。他者や自然との関わりを根本的に捉え直すための既存の価値観の「組み立て直し」すなわち、価値観のパラダイム転換が必要である。それによって、新たな価値観が生まれることに気付き、多様な価値観を受け入れるとともに、「多様性に通底する価値を探る」ことが重要な課題になる。

「伝統」と「近代」、「ナショナリズム」と「グローバリズム」、「普遍性」と「特殊性」という2つのベクトルの交錯と接合を図る努力を積み重ねることによって、伝統文化を、現代のグローバルな社会の現実を踏まえて「創造的(交響的)に継承」し、その文化の最善のものと克服すべきものを見極めていく眼を持つことが大切である。「持続可能な開発のための教育」には「ホリスティック(包括的)」な視点が必要不可欠である。

「主体変容」とは、自己と他者との関わりや対話を通して「対決、挑戦」というプロセスを経て、自己も他者も内面的に「変容」することを意味する。知識や技能の一方的「伝達」と双方向の「交流」を超えた関係性が、この「主体変容」に他ならない。

 この「主体変容」の観点に立つと、「修養」の欠落が、これまでの「人間力」研修の最大の問題点と言える。「研究」はあるが「修養」が欠落していたのである。大人(親や教師)の「心のコップ」を上に向けるエンパワーメント研修こそが求められている。

 そこで、原田隆史氏は、「主体変容」させる「3分間作文」や5つの心づくり、すなわち、①心を遣う ― Plan(目標設定)、②心をきれいにする ― Check(態度教育=挨拶・返事・整理整頓)、③心を強くする ― Do(できることの継続)、④心を整理する ― See(結果の考察)、⑤心を広げる ― Share(知識の蓄積と共有)、のPCDSSのサイクルを繰り返し、習慣化を図ったのである。

 目標設定用紙に①最高の目標②中間目標③絶対できる目標を書かせ、今日頑張ったこと、親切にしてもらったこと、支えてもらったことや内容、仲間と話し合ったこと等を毎日「日誌」に書かせて、「行動」「反省・検証」「解決策」「具体的行動」を反復させた。

 こうした大谷翔平の「人間力」を育てた原田隆史メソッドはウォール・ストリート・ジャーナルの取材によって全世界の注目を集め、23か国、460社で展開されるに至っている。

 原田氏はこの「人間力」開発メソッドを保護者向けの親学研修にも応用しており、「親育ち」支援のエンパワーメント研修のモデルとして、大いに学ぶ必要があろう。

 詳しくは、『一流の達成力 ― 原田メソッド「オープンウィンドウ64」』『原田式メンタル教育』『成功の教科書』『夢を絶対に実現させる60日間ワークブック』『常勝部活動教育』『仕事の教科書』『目標達成手帳』『目標達成ノート』、漫画本として、『目標達成のルール』『勝利メンタル』を参照されたい。

 

 

●「ポリコレ」の正体一思想的淵源は「文化マルクス主義」

 ところで、12月10日に出版された福田ますみ著『ポリコレの正体 一「多様性尊重」「言葉狩り」の先にあるものは一』(方丈社)によれば、1月4日に米下院を通過した院内規則で、「ジェンダーを含む言語を次のように修正」したという。

 ・父と母➡親
 ・息子と娘➡子
 ・兄弟と姉妹➡sibling(きょうだい)
 ・叔父・伯父と叔母・伯母➡親のきょうだい
 ・甥と姪➡きょうだいの子
 ・夫と妻➡配偶者

「包括性」の観点から性的少数者に配慮して、性的属性を示す全ての言葉が今年から使用できなくなった。he, sheは両方まとめてtheyと呼び、パパ、ママ、ダディ、マミーなど両親を表す言葉は、Grown-ups‘ Folks’ Familyと言い換えられ、アメリカの教育現場が大混乱に陥っている。

 麗澤大学のジェイソン・モーガン准教授によれば、バージニア州の優秀な高校教師が元女性の生徒を「彼女」と呼んだために解雇され、ニューヨークやカリフォルニアでは、「代名詞」を誤って使ったら懲役が科せられ、大学でも同様であるという。

 同准教授によれば「現在の米国の大学は、極左に近いリベラルの教授が完全に支配」していて、「思想的多様性については、一切許されない」という。LGBTは「不可侵の聖域」となり、「ポリコレ」によって、多様性が尊重され、言論の自由が最も保障されるべき大学に「行き過ぎた言葉狩り」が蔓延してしまった。

「ポリコレ」とは、“Political Correctness”(「政治的な正しさ」「政治的妥当性」)の略であるが、その思想的淵源は「フランクフルト学派」と呼ばれる「文化マルクス主義」である。この点に関して、福田ますみ氏は次のように指摘している。

<マルクス・エンゲルス理論の根幹であった革命理論では、「最も発展した資本主義国において共産主義革命が起こる」とされていた。だが、「現実にはそうならなかった」ことを重視した彼らは、革命そのものを起こすことより、既存の資本主義社会を内部からいかに蝕み、いかに弱体化させ、革命前夜の状況を作るかを研究した。その結果、「家庭」こそが、悪しき保守主義のイデオロギーを育む元凶であるとして、家庭を解体すべく、家父長制や、一夫一婦制からの脱却、性の解放を提唱、また宗教や伝統文化、地域社会も保守主義の温床であるとして徹底的な批判を行い、その崩壊を目論んだ。文化マルクス主義と言われるゆえんである。(中略)彼らの重要な目標の一つは家庭の崩壊である。社会の最小単位である家庭は本質的に家父長主義で保守的であるから、これを揺さぶり破壊することで、共産革命により近づくというのである>

 労働者階級に代わって革命の英雄になるのは、女性、性的少数者、少数民族等であり、ジェンダー平等、すなわちLGBT等の少数者の権利をポリコレを盾にして過剰に擁護、尊重し、異論を封殺して対立をあっている。ポリコレの欺瞞性を痛烈に批判する早川俊行氏は、次のように指摘している。

<マルクス主義者は、家庭破壊に利用できるものは何でも使おうとしますが、まさに同性婚以上にうってつけのツールはないでしょう。なぜなら、同性同士の結婚では子供ができない。
 子孫ができないから家庭が途切れてしまう。これ以上効果的な運動はないからです。マルクス主義者がLGBT運動を始めたのではなく、LGBT運動における家庭破壊のパワーのすごさに目を見張ったマルクス主義者がこれを利用したということでしょう。ポリコレは結局、左翼の価値観にそぐわない意見を封じ込める思想警察であり、言葉狩りそのものです>

 

 

●教師用指導書に明記されているマルクス主義フェミニズム

 この「ポリコレ」が「性の多様性」「性的自己決定権」を振りかざして登場したのが「包括的性教育」に他ならない。「包括的性教育」の問題点については本連載で詳述してきたが、わが国で「包括的性教育」を推進する“人間と性”教育研究協議会は、コンドーム業界から寄付を得て設立されたことについて、山本直英氏は、「運営資金1千万円は、避妊用品メーカーなどを口説いて、協力を得た」と公言している(朝日新聞平成2年6月7日付「ひと」欄)。

 山本直英氏は著書において、「男と女とは、たとえ結婚に結びつかなくても、婚前でも、婚外でも、たとえ親子の不倫でも、師弟でも、まさに階級や身分や制度を超えて愛し合うことが可能なのである」と明記し、山本氏らが作った性教育副読本の教師用指導書にはエンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』の以下の記述が引用されている。

<母権制の転覆は、女性の世界史的な敗北であった。女性は品位を汚され、隷属させられて、男性の情欲の奴隷は、子どもを産むたんなる道具となった。……家族は一人の男に属する奴隷の総体……夫が妻を殺しても、それは彼が自分の権利を行使しただけである。……歴史に現れる最初の階級対立は、一夫一婦制における男女の敵対関係の発展と合致し、また最初の階級対立は、男性による女性の抑圧と合致する>

 さらに、同教師用指導書によれば、ドイツ共産党の「性対策」運動の指導者に任命された、以下のような「ライヒの生涯と思想について調べてみよう」という研究課題を生徒に与えている。

 ライヒは政治革命と性革命を表裏一体と捉え、一夫一婦制の家父長制家族は搾取と支配の体制維持を目的に生み出され、家族制度は青少年の性器性欲の一切の表現を抑圧するために存在すると主張。政治革命を目指して、抑圧的な性道徳を破壊しなければならないとして、「(子供の)自慰行為の権利」「同世代の子供たちと性的な遊びにふける権利」の擁護を主張し、「性革命は何よりもまず青年の性行為を単に容認するだけでなく、積極的に奨励するものでなければならない」と訴えた。

 同教師用指導書は「母性とフェミニズム」というテーマを取り上げ、「家族形態や家族制度の歴史」を学ばせることの重要性を強調しているが、「包括的性教育」を推進する性教育団体が目指す「性革命」思想はマルクス主義フェミニズムに立脚していることを示している。

 

 

●「包括的」の意味を問い直せ

 彼らが旗振り役を果たしている「包括的性教育」は、真に「包括的(ホリスティック)」な性教育でないことをクビー著『グローバル性革命』が詳細にわたって明示した。ホリスティック教育の原点は、「伝達(transmission)」「交流(transaction)」を超えた「変容(transformation)」にある。自らの心のコップを上に向ける「主体変容」の教育や研修こそが時代の要請であり、誤った子供中心主義や「文化マルクス主義」を思想的淵源とする「グローバル性革命」「包括的性教育」から子供たちを守り、こども庁論議を真の「子供の最善の利益」の実現に向けて領導していく必要がある。

 

(令和3年12月14日)

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