西岡 力

西岡 力 – 道徳と研究23 拉致問題最新情勢、ブルーリボン運動強化

西岡力

モラロジー道徳教育財団教授

麗澤大学客員教授

 

●岸田政権に望むこと

 拉致問題の現状を報告しよう。11月13日、一年ぶりに大きな集会を開くことができた。都内で「全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会」を岸田文雄総理大臣、各党代表などをまねいて開催したのだ。そこで私が司会をした。冒頭私はこう語った。

〈 1年1か月ぶりになります。去年ここで横田滋さんの「お別れ会」をさせていただきました。その時安倍晋三総理がお辞めになり、新しい総理大臣として菅義偉総理にここに来ていただいたのですが、1年経って新しい総理をお迎えすることになりました。

 しかし、新総理がまた日程を取ってくださって、官房長官と一緒に来て下さっています。誰が総理になろうと、「この問題は日本国の最優先課題だ。全拉致被害者の即時一括帰国なしには日本は国家ではない」と、そういう覚悟で、また誰がやるかではなく国民全部で一緒に声を挙げたいと思います。怒りの声を挙げてください。平壌に届くように。

 特にこの1年間、被害者に申し訳ないという気持ちでいっぱいです。今北朝鮮経済は苦しいです。90年代後半に大変苦しい時がありましたが、帰国した被害者に、「その時どういう状況でしたか」と聞きました。そうしたら、「食料の配給はちゃんとあった。肉も食べていた。しかし、停電で暖房が切れて、ものすごく寒かった。石油でオンドルを使っていましたが、オンドルは暖房が切れるとすごく冷えるのです。それで家中の布団と服を全部かぶってがたがたと震えていた」ということでした。

 今北朝鮮の被害者の皆さんがどういう状況なのか。そして私たちの力不足のために、救出が1年延びてしまったと思うと、本当にやり切れない気持ちです。

 しかし、何もしなければ絶対に解決しないのです。そして何かをしていけば絶対に突破口が開ける。思いを一つにして穴を開けようではありませんか。そんな気持ちで今日の集会を進めさせていただきたいと思います〉

 岸田文雄総理大臣はこう語った。

〈 拉致問題は、岸田内閣の最重要課題です。先日、総理官邸で拉致被害者ご家族の皆様とお会いし、「なんとしても結果を出してほしい」という切実な思いを改めて心に刻ませていただきました。拉致被害者のご家族もご高齢となる中、拉致問題の解決には一刻の猶予もありません。私の手で必ず拉致問題を解決しなければと強く考えているところです。

 拉致問題の解決のためには、国際社会の理解と協力を得ることも不可欠です。

 私は総理就任以来、各国首脳との会談において、拉致問題の解決の重要性を必ず訴え、理解を得ています。

 総理就任の翌日には、米国バイデン大統領との電話会談を行い、拉致問題の即時解決に向けて米国側の理解と協力を求め、バイデン大統領の支持を得ました。今後、米国を訪問する際には、諸懸案の中でも特に一刻の猶予もない拉致問題の解決の重要性について、改めて首脳間で理解を深めたいと思っています。

 同時に、わが国自体が主体的に動き、トップ同士の関係を構築していくことが極めて重要でもあります。このため、私は、条件を付けずに金正恩委員長と直接向き合う決意です。日朝平壌宣言に基づき、拉致問題の諸懸案をしっかりと解決し、その上で、不幸な過去を清算して、北朝鮮との国交正常化を目指していく、こうした方向性をしっかりと念頭に置きながら、あらゆるチャンスを逃すことなく、全力で行動してまいります。

 私自身、全ての拉致被害者の一日も早い帰国実現に向けて、皆様と心を一つにしながら、総理大臣として自らが先頭に立ち、政府を挙げて、全力で取り組んでまいります〉

 新著『わが体験的コリア論』や本コラムでも書いてきたが、私は岸田政権発足時にこのように要望した。

 岸田政権に望むことは次に4つだ。

 第一に、現状の国際制裁と独自制裁による最強圧力を維持することだ。
 二番目は、日朝首脳会談で全被害者の即時一括帰国を求めるという安倍政権、菅政権の路線を維持することだ。
 三番目に、合同調査委員会や連絡事務所などに乗らないことだ。もちろん、首脳会談のための接触は必要だが、実務レベルでいくら拉致について交渉し合意しても最高首脳の決断なしには事態は進まない。そもそも拉致被害者が何人どこにいて何をさせられているのかなどの真相を知っているのは最高指導者だけだからだ。
 四番目に、菅政権が行って一定程度成功した米国バイデン政権への「日本にとって拉致が最重要だ」という働きかけを継続することだ。

 岸田総理は13日の挨拶で、2と4を実行することを明言された。また、岸田政権は1と3についても、賛成していると複数ルートから私は聞いている。だから、岸田政権が全拉致被害者の即時一括帰国という悲願を実現する可能性はある。私は来年が勝負と見ている。

 

 

●心からの訴え

  13日の集会では、横田めぐみさんの母である横田早紀江さんが、岸田総理、松野官房長官らがすぐ横で着席している中、約10分間、訴えをされた。私は事前に早紀江さんに、じっくりと家族の心情を総理と官房長官に聞いていただきたいので、お二人が退席される前に早紀江さんの訴えの時間をとったので、こころのたけをぶつけてほしいと依頼した。

 皆様、こんにちは。早くから拉致問題を解決するための活動を皆様に助けていただいてきましたが、なかなか進行しませんし、被害者の声も聞くことができません。

 子どもたちは暖かい身体で生まれてきて、そして親が一生懸命に愛して育て上げてきました。めぐみは非常に明るく元気な子どもに育ってくれまして、たくさんのお友だちと仲良く暮らしていました。しかし13年しか育てることができませんでした。

 夕方暗い時に、「今日は遅くなるとは何も言っていなかったね」と弟たちと話しながら、めぐみは一体どこで何をしているんでしょうねと家族で心配をしていましたが、その時めぐみは拉致をされていたのです。

 曲がり角から2軒目が私の家でしたが、その角の大きなお屋敷の2階に女子学生が部屋を借りて住んでいました。その方が、「助けて!」という短い一声を聞かれたのは確かです。それは後から分かってびっくりしました。子どもたちが一緒に帰りながら倒れたのかと思って、窓を開けたのですが、「誰もいないな」と思ったそうです。「何だったんだろう」といつも思っていたら、翌日から、隣の家の子どもが帰ってきていないという大騒ぎがあり、警察にもお報せしてくださいました。そういう色々のことが重なっています。

 私たちは、他国がこの国の順良な人間を、自分たちが必要な人間を黙って拉致をしていること、そして拉致した人たちを大きな船に運んで連れていくとか様々なやり方がありますが、その頃はそんなことが起きているとは信じることができませんでした。今も信じられないくらいのことを平気でしている国があったのかと、本当にしみじみと思います。

 元気だっためぐみが襲われてどこに連れていかれたのかは分かりませんが、このことをあばいてくださった安明進さん(元北朝鮮工作員)がめぐみのことを話してくださったのですが、「船の中の部屋であまりにも大きな声で泣き叫ぶので船底に閉じ込められ、長い時間泣き叫んで、見ていられないような嘔吐があり、手で壁をかきむしって爪がはがれそうになり、あちらに着いた時は指が血だらけだったということを聞いています」ということでした。

 なんと残酷なことをするのでしょう。それはめぐみのことだけではありません。たくさん連れていかれた一人ひとりの残酷な思い出が積み重なって今日まで来ています。自分のお子様が、あるいはご兄弟がそういう目にあっていたらどんな思いだろうかと、思います。

 これは日本国家の問題であり、父母のそれぞれの思いでもあります。どんな親であろうが、大事な子どもたちを連れ帰るまで誰でも頑張ると思います。

 その方たちが集まってこんなに大きな動きが出来上がり、国民の多くの方々が何年も救出活動を続けてくださっています。今も雨の日も雪の日も、「子どもたちを助けてください」と言いながら、自分のことだったらどうするだろうという思いで助けて下さっていると思っています。

 岸田総理大臣で12人目の総理大臣を迎えました。これだけの立派な総理大臣が長い間、日本の国のためなら何でもすると私たちと心を合わせて、こんなことは許せないという思いでこちらのことをしっかりと向こうに伝えてくださいましたが、どうして救出ができなかったのだろうと私はいつも話をさせていただいています。

 もう恥も外聞もありません。ただ一人の母として、何とかして、あんなに元気で生まれて、みんなと仲良くしていた子どもを助けたい。

 いじめで学校にいけなかった近くの男の子を「誘ってあげなさい」と言うと、毎日その子のビルまで走っていって男の子を学校に連れていってあげたりしていました。

 その男の子が今校長先生になっているんです。本当にかわいい男の子でした。その校長先生と話すと、「本当にめぐみさんのことを思うと涙が出るんですよ」と。それにまた周りが感動して、「先生は偉いね」と言っていた(注・新潟に引っ越す前に住んでいた広島時代の出来事。その男の子は現在、埼玉県の小学校の校長をしていて、今年、その小学校で拉致の集会を開き、早紀江さんが話をした)。

 人間のつながりというものは止めることができるものではありません。母の思いも変わるものではありません。そのことに尽きると思っています。

 今日まで助けることができなかったことは、本当に悔しいです。拉致がなかったらどんな女の子に、何になっていたんでしょうね。勉強も好きでした。本も好きでした。歌を歌っているかもしれません。色々なことを思います。

 あんなに元気で頑張てくれたお父さんがもういない。今は小さな箱の中に静かに眠っています。やはり生きている間にできる限りのことをしなければならないという思いをいつも持ちながら、お父さんの箱をなでています。「今日も行ってくるからね。総理大臣も頑張ってくださっているよ」と声をかけています。

 日本は必ず素晴らしい国に変わっていくと思います。北朝鮮が返さなければいけないと、早く気づいてくれればいいなと思いながら今年も頑張っていきますので、これからも宜しくお願いいたします。

(※ こちらから横田早紀江さんの訴えの映像をご覧いただけます)

 この訴えを聞いて会場に集まった多くの国会議員、地方議員、知事や支援者が涙を流した。岸田総理と松野官房長官もじっと耳を傾けていた。

 

 

●「全拉致被害者の即時一括帰国」を求める声を上げよう

 大集会では以下の決議を採択した。原案を私が書いて、家族会役員などと語句の調整をして作成したものだ。そこに拉致を巡る現在の情勢が簡潔に記されているので、全文を引用しておく。

「全拉致被害者の即時一括帰国を決議-国民大集会」決議文

 本日、1年ぶりに「全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会」を開いた。新型コロナウィルスの蔓延のため、昨年10月に国民大集会を開いた後、救出のための多くの活動を控えざるを得ない日々が続いた。また1年、被害者を取り戻せない月日を重ねてしまった。彼の地で助けを待っている被害者たちに申し訳なく、悲しさと怒りがわいてくる。

 しかし、被害者救出を願う国民の声はコロナ禍でもより一層強まっている。救出実現を求める署名は1500万筆を超えた。総選挙では「被害者の生存を前提に救出する」という政府方針に反する妄言を吐いた候補が国民の審判を受けて落選し、主要政党すべてが「全拉致被害者の即時一括帰国」という私たちの方針に賛意を表明した。

 岸田文雄首相は就任直後に家族会と面会し「変わりなく、拉致問題(解決)は最重要課題」「私自身先頭に立って取り組んでいかなくてはならない」と力強く語った。

 北朝鮮の経済危機は悪化し、兵士らは食料が枯渇して強盗化し、党と政府の最高幹部らへの物資供給が止まり、中央銀行は紙幣が刷れなくなりペラペラ紙の臨時紙幣を発行するも偽造が横行してその発行を止めるという体制危機が深刻化している。動揺を抑えるためミサイル発射など挑発を続けているが、国際社会は最高度の制裁を維持している。「先圧力、後交渉」にもとづき何としてもこの厳しい制裁を背景にして、日朝首脳会談で「全拉致被害者の即時一括帰国」を決断させなければならない。

 北朝鮮が日本から多額の経済支援を得るためには親の世代の拉致被害者家族が健在のうちに全被害者を一括して帰すしか道はない。親の世代が被害者と抱き合うことなしには、日本の怒りは解けず、支援はあり得ないことを、北朝鮮の最高指導者に伝えることが、今大切だ。救出のシンボルのブルーリボンをつけて日本中で「全拉致被害者の即時一括帰国」を求める声を上げようではないか。

以下決議する。

1.政府は、国民が切望する全拉致被害者の即時一括帰国を早急に実現せよ。
2.北朝鮮は、全拉致被害者の即時一括帰国をすぐに決断せよ。
3.12月の北朝鮮人権週間に、閣僚、国会議員、地方自治体首長、地方議員の全員、また多くの国民がブルーリボンをつけて救出への意思を示そう。

令和3年11月13日
「全拉致被害者の即時一括帰国を求める 国民大集会」参加者一同〉

 今回の決議では初めて第3項目「12月の北朝鮮人権週間に、閣僚、国会議員、地方自治体首長、地方議員の全員、また多くの国民がブルーリボンをつけて救出への意思を示そう」を入れた。

 

 

●日本国と国民の意思を示そう

  11月22日には、産経新聞に1面全部を使った「北朝鮮拉致被害者救出運動のシンボル ブルーリボンバッジをつけよう!」という意見広告を出した。私が書いたその呼びかけ文を再録しておく。

北朝鮮拉致被害者救出運動のシンボル ブルーリボンバッジをつけよう!

 中学一年生の横田めぐみさんが、北朝鮮工作員によって拉致されてから44年が経った。政府は17人の日本人が拉致されたと認定し、それ以外にも拉致された可能性がある被害者が多数存在しるが、取り戻せたのはたった5人だけだ。

 なぜ、こんなに長くかかるのか。救出に取り組むのがあまりに遅かったからだ。政府に担当大臣と総理大臣を本部長とする拉致問題対策本部が置かれたのは15年前だ。

 被害者家族が24年前、国民世論に直接訴えようと決断して、精力的な国民運動を始めたことが、政府を動かしたのだ。昨年亡くなった横田滋さんが平成9年、めぐみさん拉致が明らかになった直後「実名を出したら被害者に危害が加わるかもしれない」と関係者が助言する中、このままでは政府は動かないから一定のリスクはあるが世論に直接訴えるという厳しい決断をし、他の家族もその決断に同意した。このときに、拉致被害者救出の国民運動は始まった

 残念ながら、我が国の政治も官僚もマスコミも、家族の訴えに答えて国民が目覚める前は拉致問題に真剣に取り組まなかった。そして、北朝鮮はいまも日本の世論を見つめ、諦めるのを待っている。だからこそ、国民一人一人が怒りの声を上げ続けることがどうしても必要だ。

 11月13日、家族会・救う会は(国会)拉致議連、地方拉致議連、知事の会とともに「全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会」を開き、岸田文雄総理大臣、各党代表らが参加した中、次のように決議した。

「12月の北朝鮮人権週間に、閣僚、国会議員、地方自治体首長、地方議員の全員、また多くの国民がブルーリボンをつけて救出への意思を示そう」

 いまこそ、拉致被害者救出のシンボルであるブルーリボンバッチをつけて、北朝鮮に全拉致被害者の即時一括帰国を求めよう。中央・地方の行政職員、司法の関係者にも着用してほしい。来るべき北朝鮮人権週間(12月10日から16日)にはブーリボンバッジで日本国と国民の意思を示そうではないか〉

 母親から13歳の娘を奪い、44年間も返さない北朝鮮の所業は、全体に許せない「悪」だ。人は「悪」と戦うために生きている、これが新著で書いた結論だ。全拉致被害者の即時一括帰国を実現するため、研究と実践を続けていく覚悟だ。

 

(令和3年12月3日)

※西岡 力 教授の新刊書
わが体験的コリア論 ―― 覚悟と家族愛がウソを暴く

 

 

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