高橋 史朗

髙橋史朗 52 -「こども政策の推進に係る有識者会議」報告書の評価と課題

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授

麗澤大学大学院客員教授

 

 

 11月29日に政府の「こども政策の推進に係る有識者会議」は、「こども庁」創設に向けた基本理念をとりまとめ、報告書を公表した。こども庁の体制は「企画立案・総合調整」「成育」「支援」の3部門で構成し、「令和5年度の早い時期」の創設を目指すという。

 本連載並びに拙著『知っておきたい「こども庁」問題 Q&A』(歴史認識問題研究会発行)で紹介してきた「Children Firstの子ども行政のあり方勉強会」や「子ども基本法」研究会で積み重ねられてきた審議内容と今回公表された報告書の内容には連続的側面と非連続的側面があり、従来の審議をリードしてきた左派の推進派の狙いと、重厚な人事の構成員が英知を結集した有識者会議報告書については区別して論じる必要がある。

 最も重要な論点は「子供の最善の利益」とは何か、ということである。拙著の「はじめに」で述べたように、この視点に立脚して深刻化する子供の救済を目指す「こども庁」の創設には歴史的意義がある、という基本的立場をまず確認しておきたい。

 

 

●有識者会議報告書の評価できる点

 そのうえで、有識者会議報告書の評価できる点と懸念される点について明らかにしたい。評価できる点は、本連載49で述べたように、「ウェルビーイングの向上」「予防的な関わりの強化」を目指す「家庭教育支援」の「エビデンスに基づく政策立案」を政策理念に掲げ、「今後取り組むべき政策の柱と具体的な施策」として、「家庭教育支援」「家庭教育支援のためのデータベースの構築」「家庭の支援にかかわる人材の確保・育成」を挙げた点である。最も評価できるのは、報告書12頁に「家庭教育支援」と題し、次のように明記されたことである。

<保護者が家庭において基本的な生活習慣や自立心等を育む教育を行うためには、…時代の変化に伴い必要となる知識を保護者自身が学んでいけるような支援が求められる。また、家庭教育への支援を通じて、保護者が、子育ての意義についての理解が深められ、喜びを実感できるようになることが重要である。…
・家庭教育に関する保護者向けの学習機会や情報の提供、相談体制の整備
・家庭教育を支援する人材の確保・養成
・家庭教育支援チームの活動への支援
・家庭教育支援の重要性等に関する広報・啓発、調査研究など>

 また、報告書14頁に「就学前のこどもの成長の保障、幼児教育・保育の確保と質の向上」と題し、次のように明記された点も高く評価できる。

<乳幼児期の教育及び保育はこどもの健全な心身の発達を図りつつ生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものである。例えば、米国における研究では、良質な就学前教育への参加により将来の所得向上や生活保護受給率の低下につながったことが示されているなど、幼児教育・保育の「質」は長期にわたって影響を与えることがわかっている。
・全ての就学前のこどもに関わる施設や保護者・家庭に共通するこどもの成長・子育てに係る指針の作成・普及
・就学前教育・保育施設における教育・保育の質の向上
・小学校教育と円滑に接続するためのプログラムの導入推進
・認可外保育施設の質の確保・向上に向けた取組の支援など>

「米国における研究」というのは、ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のヘックマン教授のコホート研究(長期追跡調査研究)で、就学前教育において「非認知能力」を育てることが生涯の社会的成功につながることを検証した研究であり、この「非認知能力」の育成が「幼児教育・保育の質の向上」に深く関わるのである。

 かつて首相官邸で開催された政府の男女共同参画会議で、保育の「量的拡大」策ではなく、「質の向上」策こそが求められている、と強く主張したが、「その通りだ」と強く賛意を表明されたのが、当時の野田聖子大臣と林文子横浜市長であったが、この視点が政府の有識者会議報告書に盛りこまれたことは隔世の感がし、感慨深い。

 

 

●有識者会議報告書の懸念される点一「こども基本法」と監視機関

 次に、有識者会議報告書の懸念される点について述べたい。

 第一は、「こどもの人権・権利の保障」と題して、次のように明記している点である。

<こどもに関するあらゆる政策は、「児童の権利に関する条約」の精神に則り、…こどもに関するすべての政策の基盤となる「こども基本法(仮称)」の制定,こどもに関する政策の企画立案過程において、こどもの意見を聴取し、発達段階に応じ、反映するための仕組み、さらには、こどもの視点に立って、こどもに関する政策を監視・評価し、関係省庁に対して必要な勧告を行うことができるような機能について検討することが求められる。>

 最大の懸念は、この「こども基本法」の内容とこども政策の「監視・評価」機関がどのようなものになるか、という点である。安倍政権下で改正された教育基本法との関係を明確に確認し、改正教育基本法は「児童の最善の利益」に反するものでないことを確認する条文を設定する必要がある。そうしなければ、改正教育基本法を否定する「こども基本法」になる危険性があり、これまでの子供に関係する法令も損傷を被るおそれがある。

 前号で紹介した日弁連の「子どもの権利基本法案」の第1章(目的)には、子どもは「権利を行使する主体」と明記されており、「保護の対象」から「権利行使の主体」への子供観のコペルニクス的転換を狙っているが、「こども基本法」が「児童の権利条約」を歪曲解釈した同様の子供観に立脚するのか、厳しくチェックする必要がある。

 こども政策の監視機関については前号で論じたように、左派が委員を送り込み、「差別」を根拠にした「逆差別」によって教育現場が混乱し、日弁連弁護士の経済利権と左翼政党の政治利権が絡み、政府批判の拠点になることが懸念される。

 発達段階に応じて子供の意見を尊重しなければならないが、子供の意見や言い分を聞くだけでは長い目で見れば、子供の「最善の利益」を損ねることもあることに留意する必要がある。本連載6「地獄への道は『善意』で敷き詰められている」で詳述したように、子供が嫌がることでも子供の壁になって「他律」によって「自律」、「自律」から「自立」へと導く教育が「児童の最善の利益」につながる。

 児童の権利条約第18条は、「締約国は、児童の養育及び発達について父母が共同の責任を有するという原則についての認識を確保するために最善の努力を払う。父母又は場合により法定保護者は、児童の養育及び発達についての第一義的な責任を有する。児童の最善の利益は、これらの者の基本的な関心事項となるものとする」と親の教育権、監護権を認めている。子供には本気で「叱られる権利」があり、親にも本気で「叱る権利」(懲戒権)がある。

 保育界に混乱を招いた「自由保育」が、認可外保育の広がりとともに拡大し、自由のはき違えによる「小1ギャップ問題」に起因する「学級崩壊」、小学校の暴力事件が増加している。この問題を解決するためには、「自由と権利の関係」について見直す必要がある(『Q&A』Q12参照)。

 

 

●懸念される性教育・「ジェンダーフリー」教育と左派団体との癒着

 第二の懸念点は、安倍政権下の男女共同参画基本計画で明確に否定した「ジェンダーフリー」教育と、自民党のプロジェクトチームが全国の教育現場の実態調査を実施して問題点を明らかにした「過激な性教育」が復活する危険性があることである。

 具体的には、「自らの心身の健康等についての情報提供やこころのケアの充実」(18-19頁)において、「性やパートナーシップに関する正しい知識とそのこどもに合ったサポートが得られることが重要である」「妊娠・出産、性に関する情報提供」について述べ、「こどもの可能性を狭める固定的性別役割分担意識の解消、固定観念の打破」(19頁)において、次のように述べていることである。

<固定的性別役割分担意識や性差に関する偏見・固定観念の押し付け…
・様々な世代における固定的な性別役割分担意識の解消に資する取組に関する啓発・情報発信
・校長をはじめとする教職員や教育委員会に対する男女共同参画に関する研修の充実
・男女平等を推進する教育・学習の充実のための学校教育や社会教育で活用できる学習プログラムの活用促進など>

 これらが、本連載で詳述してきた新マルクス主義(文化マルクス主義)を思想的淵源とする「グローバル性革命」に基づく「包括的性教育」や、行き過ぎた「ジェンダーフリー」教育の悪影響を受ける危険性が大きいので、十分に注意する必要がある。アメリカの悪影響の驚くべき実態について連載した世界日報「アメリカLGBT事情」(11月22日~30日)を参照されたい。

 地球人口の減少すなわち、少子化を目的とする「グローバル性革命」に基づく「包括的性教育」の推進は、少子化対策が緊急課題であるわが国のこども政策に矛盾し逆行するものである。

 第三の懸念点は、「NPOをはじめとする民間団体等との積極的な対話・連携・協働」(30頁)と題し、「民間団体等の活動実践を通じて把握されたニーズやノウハウを踏まえ、政策立案につなげていくことが重要であり、こども政策を担う国の組織への民間人の登用や出向を積極的に行うとともに、民間団体等からの政策提案も積極的に受けていくなど国における必要な体制を確保することが必要である」と述べている点である。

 これらの民間団体の大半を占めるのは、これまで「こども庁」「子ども基本法」論議を主導してきた左派のNPO団体であり、こうした民間団体との「積極的な対話・連携・協働」の悪影響が強く懸念される。

「こども基本法」をはじめとする関連法案は来年の通常国会で審議される予定であるが、有識者会議報告書を踏まえて、自民党の正式機関である「こども・若者」輝く未来創造本部(本部長は茂木敏充幹事長)と内閣第一部会並びに、青少年健全育成推進調査会等の自民党内の論議に焦点が移り、その後、公明党と及び野党との協議・調整が行われる見通しである。

 12月8日に自民党本部で国会議員に講演するが、左派の推進派の狙いとは明確に区別して、有識者会議報告書の傾聴すべき提言については正当に評価しつつ、「児童の最善の利益」の視点から論議を尽くすべき課題は何かを明確に提示していきたい。

 

(令和3年12月2日)

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