髙橋史朗 51 -『「こども庁」問題Q&A』補説 ――「日本型包括的性教育」の構築が課題
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授
麗澤大学 特別教授
●『Q&A』への問い合わせが殺到
拙著『知っておきたい「こども庁」問題Q&A』(歴史認識問題研究会発行)への問い合わせが殺到している。安倍元総理をはじめ、自民党の幹部にコピーを手渡したところ、早速自民党の4つのプロジェクトチームの合同勉強会や内閣部会での講演依頼があった。
こども基本条例について議論している山梨県の自民党(11月27日に開催された政治大学校で「子ども基本法」の問題点等について講演し、「こども庁」担当の赤池誠章内閣府副大臣や県会議員十数名も参加)を皮切りに、地方議員も動き始めた。
子ども基本法の地方版ともいえる「東京都こども基本条例」は4月に制定されており、「こども基本条例」が全国に広がりつつあり、注意が必要である。そこで、『Q&A』執筆後明らかになったことについて補足しておきたい。
こども政策の基本理念・基本政策については「こども政策の推進に係る有識者会議」で論議を重ね、報告書(骨子案)が11月末に公表されたが、これとは別に、新たな行政組織の創設を検討するため、関係府省庁の職員からなる「こども政策の推進に係る作業部会」が設置され、内閣官房に設置された「こども政策推進体制検討チーム」とともに論議を重ね、来年の通常国会に関連法案が提出される予定である。
11月21日の読売新聞報道によれば、幼保一元化のあり方をめぐって内閣府、文科省、厚労省の意見が対立し、幼児教育は引き続き文科省が担当し、こども庁は就学前の子供と保護者への支援を行う方向で調整中であるという。
●有識者会議報告書に盛り込まれた子育て当事者・有識者の意見
有識者会議の事務局が、子供政策に関する当事者・有識者ヒアリングを実施したところ、「子育てで孤立する親を支援することが子供の幸せにつながる」「虐待してしまう親も孤立しており、親育ち支援をしないと、虐待もなくならない」「家庭への政府の投資が少なすぎる。中央省庁再編時に観念された4つの『国家の機能』に、『社会の存続支援機能』を追加し、少子化対策を含むこども政策を積極的に推進すべき」「就学前の子供の育ちの保障、幼児教育・保育の質の向上が重要」「小学校学習指導要領・幼稚園教育要領・保育所保育指針をより一層整合化・包括化し、国民・保護者への周知と理解促進が必要」「子育て当事者の声の政策立案への反映」「家庭に支援が確実に届くようSNSを活用したプッシュ型支援、オンラインでの事前予約や手続きの仕方自体を教える伴走型支援が重要」などの意見が寄せられた。
このような意見を踏まえて、本連載49の拙稿で紹介したような「家庭教育支援」「子育て当事者の視点に立った政策立案」などが、有識者会議の報告書(骨子案)に盛り込まれるに至ったのである。
●「子ども基本法」「子どもの権利基本法」案の問題点
日本財団が事務局の「子ども基本法」研究会が公表している「子ども基本法(仮称)の条項の制定イメージ(案)」によれば、第3条三「差別の禁止」、第5条(地方公共団体の責務)、第6条(市民社会との協働)、第8条(子供の権利計画の策定一閣議決定、毎年改訂)、第10条(子どもの参画制度の創設)、第15条(子どもコミッショナー(仮称)の設置)、第17条(地方公共団体の附属機関一都道府県レベルでの子どもコミッショナーの設置)などが盛り込まれている。
最も注目されるのは、同案において、第1章 総則、第2章 基本的施策、第3章 子どもコミッショナー(仮称)の三本柱の一つに位置づけられ、子供の権利を擁護する監視機関である「子どもコミッショナー」(仮称)の設置を重視していることである。
9月17日に日本弁護士連合会(略称:日弁連)が公表した「子供の権利基本法の制定を求める提言」は、国連の子どもの権利委員会の日本政府に対する勧告を根拠に同基本法の制定の必要性について述べ、同基本法の役割は以下の6つであるという。
⑴ 権利条約の効果的な国内実施を進める根拠法一「差別の禁止」など
⑵ 権利条約の理念と原則に照らして、子供の権利に関係するすべての国内法制の整備を促進する根拠法
⑶ 子供の手続的権利を保障する制度を創設する根拠法
⑷ 国及び地方公共団体において、子供の権利保障の総合的かつ効果的な施策の策定、組織の整備のための根拠法
⑸ 子供の権利救済制度の創設のための根拠法一個別的な権利救済と、立法・政策提言を含めた権限を有する権利救済機関
⑹ 国や地方公共団体と子供に関わるNGOとの連携、協働を促進する根拠法
前述した「イメージ(案)」と同様に、第13条には「地方公共団体の責務」、第14条には「基本計画の策定」、第32条には「地方公共団体の子どもの権利擁護委員会の設置」が盛り込まれており、基本理念、基本的施策、監視機関の設置など、両案には共通点が多い点が注目される。
●「日本型包括的性教育」の構築に向けた留意点
次に、「グルーバル性革命」思想に基づく「包括的性教育」についても補足しておきたい。ガブリエル・クビー著『グローバル性革命』によれば、1968年に起きた学生運動によって急進的なフェミニズムと性の解放を目指す性革命が始まった。性に対する認識を根本的に変革することを目指す世界的な戦略である「性革命」を主導するジェンダーイデオロギーの思想的淵源は家族破壊を目的とするマルクス主義にあった。
性革命論者は、性道徳を固守する人を嫌い、「差別禁止法」という欺瞞的な悪法を成立させて、その法律に反する人を「逆差別」し、弾圧することを狙っているという。彼らが性革命を実現するために取り組んでいるのが「包括的性教育」で、性に対する道徳的制限を撤廃し、ゆりかごから幼稚園・学校に至るまで、ジェンダー平等イデオロギーを子供たちに注入することを狙っている。
1991年に米国性情報・性教育評議会が『包括的性教育のためのガイドライン:幼稚園―12学年』の初版を出版し、社会の変化等に伴って、米国政府による性的行動の節制教育と避妊教育の両方を含むガイドラインが2021年に米国保健福祉省によって作成されるに至った。
1999年に「性の権利宣言」を採択した「性の健康世界学会」会長によれば、同宣言は1960年~1970年代の性革命に続く史上3番目の性革命であるが、その後「性の権利」概念をめぐる議論が紛糾し、国際家族計画連盟等が改訂作業に加わり、2014年に同宣言が改訂され「包括的な性教育への権利」が盛り込まれた。
2016年に「性の健康とウェルビーイングのためのグローバル諮問委員会」が従来のネガティブ・アプローチをポジティブに転換する「トライアングル・アプローチ」を提唱し、性の権利と性の健康と性的喜びを統合し、2019年に次のような「セクシャル・プレジャー宣言」を発表し、昨年の「世界性の健康デー」のテーマに採用された。
<人間に性的喜びをもたらす経験は多様であり、(それ故に)喜びがあらゆる人にとって肯定的な経験でありつつ、他者の人権とウェルビーイングを侵害して得られるものではない。これを保障するのが、性の権利である。>
8月に開催された第50回記念全国性教育研究大会において、特別講演を行った全国性教育研究団体連絡協議会の野津有司理事長(筑波大学名誉教授)は「日本型包括的性教育の構築に向けた実践上の留意点」として、①学習指導要領を正しく理解し、実践する拠り所を明確にして、教職員の共通理解を図って取り組む、②各教科の内容との関連性や児童生徒の実態を踏まえて教材等を工夫する、③家庭・地域との連携を推進し、保護者や地域の理解を得る、④集団指導と個別指導の連携を密にして効果的に行う、の4点を挙げ、「低年齢段階における性教育について、家庭との役割分担と連携の在り方を具体的に検討すること」などを課題とした。
「幼児期からのジェンダー平等教育の実施」を掲げる欧米の「包括的性教育」を根本的に見直し、「過激な性教育・ジェンダーフリー教育の実態調査」を踏まえた中教審答申に基づく性教育の「歯止め規定」に立脚した日本独自の「日本型包括的性教育の構築」として提唱する野津理事長の問題提起は高く評価できる。
クビー著『グローバル性革命』によれば、「包括的性教育」の基本文書「欧州の性教育標準」(WHOと独連邦健康教育センターが2010年に発刊)には、具対的な年齢別性教育の内容が次のように明記されているからである。
・0~4歳:裸の状態と身体と性同一性を探求する権利がある。
・4~6歳:自慰行為を通して自分の体に触れる楽しさの情報が与えられなければならず、同性に向かう友情と愛、秘密的な愛と初恋、権利に対する認識を学ばなければならない。
・6~9歳:様々な避妊方法、インターネットを含むメディアでのセックス、自分の体をタッチする時の楽しさと喜び(自慰行為等)、自ら自分の体を点検し、性的言語を使用し多様性を受け入れなければならない。
・9~12歳:最初の性体験、性行為の多様性、避妊薬とその使用法、快楽、自慰行為、性的権利等について学ぶ。性的な経験をするか否かの意識的な決定を下さなければならない。
・12~15歳:コンドームを使用する技術を学ぶ。ポルノを扱う方法を習得する。
・15歳以上:処女膜と処女膜再生、同性の関係での妊娠、避妊サービス、性別出産、性売買について学び、妊娠および親になることと関連した多様な「文化的・宗教的規範に対する批判的見解」を身につける。
(「包括的性教育」の基本文書「欧州の性教育標準」より)
クビーはこの「包括的性教育」は子供たちを「性的強迫の深淵の中に溺死させ」、親の子供を教育する権利と文化的宗教的規範を破壊し、若い世代に伝えなければならない性道徳の価値を全面否定している点を厳しく批判している。さらに、自慰のススメ、性行為のススメ、中絶のススメによって、「全世界の若者たちが自分のまだ生まれていない子供を殺害(中絶)できる『権利』を持つ必要はない」と批判している。
●「性主流化」と「ジョグジャカルタ原則」の危険性
クビーが特に力説しているのは、「性規範の崩壊をもたらすジェンダーイデオロギーに対する批判」である。性革命の目的は「男女両性」の概念を終わらせることにあり、性的指向、性同一性などは、私たちの社会の基盤となった価値の転覆を意図している。
「包括的性教育」を政策的に後押ししているのは「ジェンダー主流化(あらゆる事象にジェンダーの視点を取り入れる思潮)」という政治戦略であり、生物学的な男女の二分法的な構造を排除し、「性別の柔軟性」を主張し、自分で性別を選ぶ「性的自己決定権」を強調する。過去の革命は下から上に上がってきたが、この性革命は上から下に下っていく構図の「新たな全体主義」であるという。
クビーの批判は、性的指向や性自認に関する差別の撤廃を求めた「ジョグジャカルタ原則」(国際的なジェンダーイデオロギー実現のための詳細なマニュアル)に向けられ、同原則の核心的内容は、⑴非異性愛的性行為の容認、⑵男女両性の解体、⑶LGBTIの特権の擁護、⑷同性婚と養子縁組の権利の要求、にあると批判している。
同原則は、性的少数者のための特権的地位を要求し、どのような類型の性的嗜好や行為も、さらに小児性愛、近親相姦、一夫多妻、不特定多数との性的関係、獣姦までも排除しない。
クビーは憲法で保障された「親の養育権」が、この「ジャグジャカルタ原則」という全世界的な「LGBTIアジェンダ」を実行するための障害になっていると指摘し、父親が同性愛者やトランスジェンダーであると決定した後、そのパートナーになった時、直前の異性婚から生まれた子供の親権は、このような新たな性的関係が児童の福祉に有害という理由で拒絶されることができなくなる。この原則によって、恣意的な関係が「結婚」と「家族」となり、政府補助金支援の特典設けることになると批判している。
●性規範・家族の解体と人口減少が性革命の目的
これは個人の意志を公益よりも優先するものであり、公益の概念は消え、善悪を定義する客観的権威はもはや存在しなくなり、個人の意志と願望が最終的に善悪の基準となり、家庭と家族、社会は衰退し崩壊へと向かわざるを得ない。
このジェンダー主流化を基盤とする「包括的性教育」、ジョグジャカルタ原則の世界的適用化は「グローバル性革命」実現の主要な手段であり、「新たな全体主義」のアプローチに他ならない。この「新たな全体主義」は今、新たな衣を着て、ジェンダーイデオロギー的な背景をもった歪曲された自由、寛容、正義、平等、差別禁止、多様性という名の殻を被って現代社会に再登場している。これは世界的な現象であり、国際機関(国連、ユネスコなど)で行われている影響力のあるロビー活動によって主導されている。グローバル性革命の目的は性規範と家族の解体、地球人口の減少にある、とクビーは指摘している。
少子化対策が緊急課題であるわが国の「こども政策」に、少子化を目的とする「グローバル性革命」に基づく「包括的性教育」を導入する愚を犯さないように厳しくチェックする必要がある。
この「ジェンダー主流化」イデオロギーは、「男女共同参画第3次基本計画」によって、全国の大学に広がった「ジェンダー学」において、女性学者たちが導入しており、日本学術会議ジェンダー分科会提言にも盛り込まれ、国連勧告にも影響を与えた。今日の「こども庁」「子ども基本法」問題の背景には、このジェンダーイデオロギーという根本的な問題があることを見落としてはならない。このジェンダーイデオロギーに対する知的戦略の練り直しを急がねばならない。
(令和3年11月29日/令和5年5月8日加筆)
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