高橋 史朗

髙橋史朗 48 –「子ども」表記と「児童の権利条約」について考える 

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授

麗澤大学大学院客員教授

 

 

 「こども政策の推進に係る有識者会議」は10月18日に第2回会議を開催し、こども政策の基本理念や目指すべき方向性などの基本方針を年内に取りまとめる予定である。議事録と有識者会議の構成員が発表した資料は公開されている。
そこで、同論議の土台と言える「子ども」表記と「児童の権利条約」について考えてみたい。

 

 

●公文書の「子ども」表記を「子供」に統一した文科省

 まず日教組など「子どもの権利条約」と呼ぶ人たちは、「子供」の「供」は「お供え物」「大人のお供」「家来供」などの従属的、隷属的な差別用語であるというが、平成25年に文部科学省は「子供」に否定的な意味はないとして、公用文中の「子ども」表記を「子供」に統一した。東京都と広島県の教育委員会も同様である。

 表記を「子供」に統一したのは、菅政権の木原稔首相補佐官が、「子供に対して『漢字で書きなさい』と言いながら、大人が『子ども』と混ぜ書きにしている。さらに公用文でも混ぜ書きが横行しているのには違和感を覚える」と平成25年3月の自民党の文部科学委員会で指摘した問題提起に基づくものである。

 広辞苑には「子供」と書かれているが、「子供と書くべきだ」という校閲部長のコラムを掲載している産経新聞でも「子ども」表記の記事もあり、メディアでは「子ども」表記が多いのが現状である。

 

 

●「子ども」表記の契機となった「岩波講座」・羽仁説子の指摘

 「子ども」表記を普及したのは、戦後最初の「岩波講座」である『岩波教育講座』第7巻『日本の子ども』(昭和27年)で、同年5月に設立された「日本子どもを守る会」の副会長・羽仁説子氏(翌年、2代目会長に就任)は、次のように証言している。

 <会の名前を付けるとき、私が子供の供という字はいけないと主張して「供」を「とも」にしました。人権を認める時代に「供」という字はいけない、と考えたことを思い出します。(守る会事務局の)金田さんは(家永)教科書裁判の杉本判決で「子ども」になっていたと喜んでいます>

 行政機関における漢字表記の規準は、国語審議会の答申を受けた『常用漢字表』(平成22年内閣告示第2号)に求められる。同年の内閣訓令第1号『公用文における漢字使用等について』は、「公用文における漢字使用は、『常用漢字表』の本表及び付表によるものとする」とし、同表には「子供」と明記されている。

 では、教育現場では一体どうなっているのか。学習指導要領では小学6年生からは「子供」表記になっているが、教科書には「子ども」表記も見られる。学習指導要領では小学6年生からは「子供」と「漸次書き」、中学3年生では「文や文章の中で使い慣れる」ことが求められていながら、これに従わない教育委員会や教師、教科書会社が多数存在することが問題なのである。

 

 

●「自治」と道徳的価値の獲得を保証する「人権」――「世界人権宣言」の解説

 1989年の国連総会で採択された「児童の権利条約」はユニセフが作成した日本語訳でも「児童の権利に関する条約」と呼ばれている。同条約では、”child”を「18歳未満の全ての者」と定義しており、同条約の前文に明記されているように、1948年の「世界人権宣言」などを1959年の「児童の権利に関する宣言」に盛り込み、条約化したものである。

「世界人権宣言」作成の際に、ユネスコから意見を求められたライエン・米ワシントン大学政治学部長は、「人権は人間の尊厳を支える基石」であり、「個人が最も有効にその自治(self-management)を実現せしめるに足るだけの自由をもたらす本質である」と解説した。

 また、「世界人権宣言」26条を解説した心理学者のピアジェは、「教育を受ける人権を肯定することは、子供の精神的機能の全面的発達と道徳的価値の獲得を保証してやることである」と指摘した。

 同宣言や「国際児童年」(1979年)など、国際的な場にかかわるものは、これまで一般に「児童」という言葉が用いられてきた。また、国内の法令などでも、「児童福祉法」「児童手当法」など、「児童」が多く使用されている。

 さらに、「子ども」という言葉は、「大人」の反対語であると同時に、「親」の反対語でもあり、「子ども」を使うと法令用語としては分かりにくくなる恐れがある。このような点を考慮すると、法令用語としては「児童」を用いる方が適切といえよう。

 

 

 

●「児童の権利条約」の目的・趣旨――発展途上国と先進国の差異

 そもそも同条約が制定された目的・趣旨は一体何か。同条約の前文には、「極めて困難な状況の下で生活している児童」のために、「特別の配慮が必要であることを認め」「特に発展途上国における児童の生活状況を改善するための国際協力の重要性を認めて」この条約が制定されたことが明記されている。

 このように同条約は、発展途上国の状況に主に注意を払いながら、保護や愛情を満足に受けて育つことさえ難しい環境にある児童に対して、健やかに育つ権利などの基本的権利を保障することを主な目的として制定されたものである。

 勿論、先進国においても、違法な権利侵害などにより、「極めて困難な状況の下で生活している児童」は少なからず存在しており、同条約は先進国にとっても意義深い条約であることは言うまでもない。

 しかし、発展途上国の子供にとっての主な問題が、医療や衛生などであるのに対して、先進国の子供にとっての主な問題は、虐待、麻薬、性的搾取など各国ですでに違法とされているものであるという差異はある。

 

 

●「保護を受ける権利」と「権利行使の主体」

 同条約では「保護を受ける権利」という言い方で、保護を受けることも権利の一部であるという捉え方をしており、「家族のいない児童の保護」「難民である児童の保護」「麻薬などからの保護」「性的な搾取や虐待からの保護」「経済的な搾取からの保護」など、児童の「保護」に関する規定が数多く盛り込まれている。

 また、同条約の前文には、「児童は、身体的及び精神的に未熟であるから、適当な法律上の保護を含む特別の保護及びケアが必要である」という基本的趣旨が明記されている。

 従って、児童が同条に規定されている権利の主体であることは当然であるが、同条約は、児童は十分な保護を与えるべき対象であることを前提として、権利保障しようという趣旨であり、「子どもの権利条約」推進派が主張するように、「保護の対象」と「権利行使の主体」という子供観を二者択一的に捉え、従来の子供観を前者から後者へとコペルニクス的に転換しようというものではない。

 また、同条約第29条は、教育の目的の一つとして、「児童が現在居住している国及び自己の出身国が持つ国民的な諸価値並びに自己の文明と異なる文明等に対して、尊敬心を育成すること」と規定している。

 

 

●二つの「自由」と「自由権」――特定の運動に利用する歪曲拡大解釈の誤り

 ところが、こうした児童の権利条約の本来の趣旨から逸脱した歪曲拡大解釈をする日教組などの左派団体が、自分たちの運動に都合のよいように同条約を利用する動きが全国に広がったために教育現場が混乱した。

 そこで、「美しい日本人の心を育てる」教育をメインスローガンに掲げる保守派の教員の全国組織である「日本教育文化研究所」が、権利条約に関する全国の教員アンケート調査を踏まえて、平成3年に冊子『Q&A児童の権利条約――教育現場の不安に答える』を発刊した。

 同冊子によれば、「(教育現場で)論議の対象とされているのは、この条約が本来目的とする児童を取り巻く悪環境の打破よりも、学校の管理に関することとか、(教師の)教育権に関することといったことなのです。つまり、学習指導要領の法的拘束力の排除とか国旗国歌反対といった特定の運動に利用しようという動きがある」という。

 同冊子の結論で最も注目されるのは、「自由」と「権利」の関係について次のように指摘している点である。

 <「権利」は常に「義務」を伴うものであり、民主主義社会においては、正当な理由もなく義務を果たさないものは、権利ばかりを主張する資格はないとも言えます。自由には市民的自由と道徳的・精神的自由の二つの意味があります。人間が自己の欲望を抑えることができる理性に立って行動する時のみに自由は権利として認められるというのが本来の「自由権」の考えなのです。教育の目的はこの自己の欲望を抑える理性を育てることにあります。福沢諭吉は『学問のすすめ』で「自由独立」と説いたように。自己との葛藤に打ち克つ独立心に裏付けられて、初めて真の自由を得ることができるのです>

 憲法で保障されている権利であっても、その行使は無制限なものではなく、「公共の福祉」のためにという制約を受け、教育目的を達成するのに必要な、合理的範囲内で子供の行動に一定の制約を加えて教育・指導できることは裁判の判決でも広く認められており、同条約批准後もこの点は変わらない。以上述べてきたような「児童の権利条約」の目的・趣旨を踏まえた「こども庁」論議を期待したい。

(令和3年10月8日)

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