髙橋史朗44 ―― 反日左派と「性革命」思想に操られる「こども庁」構想・理論
髙橋史朗
モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授
麗澤大学大学院客員教授
子供に関する政策や予算を一元的に把握し、強力な権能を持つ行政組織「こども庁」の創設に向けて準備が進められている。参議院議員の山田太郎・自見はなこが共同事務所を設置し、有識者ヒアリングを中心とした「Children Firstの子ども行政のあり方勉強会」が19回行われ、5月31日に「こども庁」創設に向けた第二次提言を発表した。
同提言によれば、「目指すべき社会像」は「子どもの権利が保障され、子どもたちが自ら意思決定できる社会」で、「子どもの権利条約を包括的に取り扱う組織」、専任大臣の設置、強い調整機能権限、子供関連予算の一元的策定と確保などが「こども庁」創設を検討するための大前提としている。
●反日左派NGO代表を招いた「子ども基本法」研究会の危うさ
「こども庁」創設は「子ども基本法」制定とセットで準備が進められており、「子どもの権利を保障する法律(仮称:子ども基本法)及び制度に関する研究会」の第1回ゲストスピーカーの荒牧重人山梨学院大教授は「子どもの権利条約NGOレポート連絡会議」共同責任者として権利条約の実施と普及に向け、NGOの意見書作成、NGO間の連絡調整、日本政府との交渉役を務め、社会権規約NGOレポート連絡会議代表、川崎市子供の権利委員会委員長なども兼任している。
国連の子どもの権利委員会の対日勧告に決定的な影響を与えた左派NGOの中核的役割を果たしてきたのがこの「NGOレポート連絡会議」であり、その中心になってきたのが「子どもの人権連」と「反差別国際運動」(IMADR)である。
「反差別国際運動」はジュネーブに海外事務所を設立し、日本に基盤を持つ国連NGOとして先駆的な役割を果たしてきた(詳しくは拙稿「国連の『対日勧告』と反日NGOの関係についての歴史的考察」『歴史認識問題研究』第5号所収論文、参照)。
●国連勧告に基づく「こども庁」「子ども基本法」構想
国連子どもの権利委員会は一昨年、⑴子供の権利に関する包括的な法律を採択し、かつ国内法を条約の原則及び規定と完全に調和させるための立法措置をとること、⑵分野横断的に、国、地域及び地方レベルで行われている権利条約の実施に関連する全ての活動を調整するための、十分な権限を有する適切な調整機関の設置、⑶子供による苦情を子供に優しいやり方で受理し、調査しかつこれに対応することのできる、子供の権利を監視するための具体的機構を含んだ、人権を監視するための独立した機構を迅速に設置すること、を勧告したが、この国連勧告を全面的に受け入れたのが、⑴子ども基本法、⑵こども庁、⑶子どもコミッショナー構想には他ならない。
川崎市子どもの権利条例は、「ありのままの自分でいる権利」「自分で決める権利」「(意見表明などの)参加する権利」などを定めているが、こうした子供の権利を法律で定め、その実現を監視するための独立した機構を設置しようというわけである。
「子ども基本法」案第4章「附則」には、「各省庁の政策において、子どもの権利条約の条項に照らし対応が不十分な点の洗い出し、対応方針の公表を行う旨を規定」と明記しており、同条約を金科玉条視していることが最大の問題点といえる。
4月22日に与野党の国会議員が出席した院内集会でも、荒牧教授は「『こども庁』は子ども基本法に基づき、『当事者である子どもの意見を聴き、子どもにかかわる立法や政策に適切に反映される仕組みを持つ』組織であるべきだ」と提言したが、これは彼らが全国の自治体で制定運動を展開してきた「子どもの権利条例」を法律化しようという目論見に他ならない。
●権利条約の拡大歪曲解釈
西ドイツ(当時)は「子供の権利」の概念を「保護を受ける法的地位」に限定した「解釈宣言」と細かな「覚書」を付して同条約を批准し、J・ヘルムス米上院外交委員長は、「児童の権利条約は自然法上の家族の権利を侵害するものである」と反対し、アメリカは同条約を締結していない事情も十分に考慮する必要がある。
学習院大学の波多野里望教授によれば、「児童の権利条約は決して、国内法体系のバランスを崩してまで、子どもの権利を突出させることを締結国に要求するものではない」(同『逐条解説・児童の権利条約』有斐閣、同「こんなにはき違えられている児童の権利条約」『諸君!』平成11年9月号、拙稿「誰が『児童の権利』を守るのか」『文藝春秋』平成3年11月号、参照)。
また、東洋大学の森田明教授は、同条約の締結に当たって、「保護の理念、家族の理念が腐敗する危険が出てきた。権利が栄えて人間関係が衰弱するという危険がある…『法と権利は、人間関係を強制力によって破壊することはできる。しかし、法は人間関係を形成することはできない』と警告を発している(同『児童の権利条約一その内容・課題と展望』、高橋史朗『児童の権利条約』至文堂、所収論文参照)。
国連の子どもの権利委員会に1992年から傍聴を続け、同委員会に意見書を提出して積極的に働きかけてきた草分け的存在である平野裕二(荒巻教授と一緒にゲストスピーカーに招かれた)他編著『生徒人権手帳』(三一新書)には、次のように拡大歪曲解釈した子供の権利が列挙されている。
「『日の丸』『君が代』『元号』を拒否する権利」「飲酒・喫煙を理由に処分を受けない権利」「自由な恋愛を楽しむ権利」「セックスするかしないかを自分で決める権利」「学校に行かない権利」「つまらない授業を拒否する権利」「署名を集め、回答を求める権利」「職員会議を傍聴する権利」「自分の服装・髪型は自分で決める権利」など。
まさに「こども庁」「子ども基本法」「こどもコミッショナー」構想の危うさを象徴している。
●「性革命」思想に基づく過激な「包括的性教育」
前述した「Children Firstの子ども行政のあり方勉強会」の第15回で取り上げられ、自民党「こども・若者」輝く未来創造本部の「こどもまんなか」改革の実現に向けた緊急決議(6月3日)に明記された「包括的性教育」は、「グローバル性革命」を目指す「過激な性教育」に他ならない。2013年にタイのバンコクで開催された国連アジア太平洋人口会議において、「包括的性教育」という用語を盛り込んだ閣僚宣言は、ロシア、イランなどの反対意見も明記された。
また、国連人口開発委員会でも、2014年にサウジアラビア、ヴァチカンなどが反対し、翌年にはアフリカグループが国内状況(文化・宗教)を踏まえたうえで性教育を行うべきだと反対し、歴史的な決議文書非採択の引き金となった。
ガブリエル・クビ―『グローバル性革命』』によれば、「包括的性教育」は「ジェンダー主流化」すなわち、男女の性別という「ジェンダー・ヒエラルキー」を破壊し、性規範の規制撤廃によって、規範としての異性愛の消滅を目指す、マルクス主義フェミニズム等の過激なジェンダーイデオロギーに立脚している。
わが国の旗振り役は『包括的性教育』(大月書店)の著者・浅井春夫で、「政府・文科省が強引に進める道徳教育の目的と内容に真っ向から対抗するのが性教育である」「道徳教育と性教育とは相容れない目的と内容がある」と明記している。
第15回勉強会でも道徳教育否定論が展開されたが、道徳教育を全面的に否定する性教育は「包括的」の名に値しない性教育であり、かつて自民党が問題視して全国実態調査をした「過激な性教育」に他ならない。その代表者である山本直英は『性教育ノススメ』において、次のように指摘している。
<婚前でも、婚外でも、たとえ親子の不倫でも、師弟でも、まさに階級や制度を越えて愛し合うことが可能なのである(拙著『間違いだらけの急進的性教育』黎明書房、参照)>
浅井春夫は山本の後継者であり、このような過激な「性革命」思想に基づく性教育を推進するグループが国連を利用して看板を書き換えただけの巧妙なイメージ戦略に騙されてはならない。
●「権利」と「権理通義」の違い
福沢諭吉は『学問のすすめ』で“right”を「権利」と訳すと、「必ず未来に禍根を残す」と警告し、「権理通義」すなわち「権義」とした。“right”には道徳的に正しいという意味があり、「道理」に基づき、一定の行為を催促することを当然とする「求ム可キ理」、すなわち、普遍的妥当性と一般的確実性に裏付けられた「正義」=「通義」と捉えた。ちなみに「権理」と訳した著作は20余例に及んでいる。
福沢は『西洋事情』2編1巻において、「『ライト』トハ元来正直ノ義ナリ漢人ノ訳ニモ正ノ字ヲ用ヒ或ハ非ノ字ニ反シテ是非ト対用ヒシモノアリ正理ニ従テ人間ノ職分ヲ勤メ邪曲ナキノ趣意ナリ」と説いており、子供の権利について論じる際に、こうした「権理通義」という道徳教育の視点も見失ってはならない。「法の論理」と「教育の論理」を融合したバランスの取れた「こども庁」論議が求められている。
(令和3年8月31日)
※髙橋史朗教授の書籍
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