高橋 史朗

髙橋史朗43――SDGs文化推進と「ウェルビーイング」の実現

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授

麗澤大学大学院客員教授

 

 

 

●「鎮守の杜」の精神を次世代・世界へつなぐ

 8月10日に明治神宮において「日本ASEAN次世代交流フォーラム」が開催され、麗澤高校生6名を含む日本の若者とASEAN留学生の文化交流が行われた。まず「百年の杜」の映像が大画面に映され、全国より10万の献木が寄せられ、11万人の青年たちが上京して植樹などの奉仕活動に参加し、明治天皇をおまつりする「永遠の杜」づくりに励んだ思い、100年のバトンを次世代に受け継ぐことの大切さを確認した。

 同フォーラムを後援した外務省の国際文化交流審議官の来賓挨拶に続いて、「オリンピズムと武道」と題する講演、ASEAN各国紹介、学生スピーチ(日本青年会議所アジアアライアンス構築委員会学生優勝チームなど)を経て、実行委員長である私が全体の総括を行った。

 ドナルド・キーン氏の教え子で明治天皇の御製を30年以上の年月をかけて英訳されたハロルド・ライト氏から「明治天皇の温かい癒しの心を分かち合ってください」というメッセージが寄せられ、明治天皇の国際交流の思いなどが表された御製が紹介された。

●ひさかたの空はへだてもなかりけり 地(つち)なる国は境あれども
●うみこへてはるばるきつる客人(まれびと)に わが山水のけしきみせばや
●もろともにたすけかはしてむつびあふ 友ぞ世にたつ力なるべき
●おほぞらにそびえて見ゆるたかねにも 登ればのぼる道はありけり
●さまざまの虫の声にもしられけり 生きとしいけるもののおもひは
●さしのぼる朝日のごとくさはやかに もたまほしきは心なりけり

 また、国連から「SDGs文化推進委員長」就任を依頼された石清水八幡宮の田中朋清権宮司からも「日本の古来培ってきた知恵・文化・哲学を次世代へ」と題する以下のメッセージが寄せられた。

 

 

●SDGs文化推進の哲学は日本の神道――国連からの要請

 <SDGsは、ともすればうわべだけのものになりがちです。それは、本質の哲学が明示されていないからです。……グテーレス国連事務総長は私の提言を歓迎して下さり、「日本人がもっと哲学の部分を充足してほしい」と言われました。世界の平和と持続可能性を考えたとき、日本の古来培ってきた鎮守の杜の知恵に内在する伝統的価値観や哲学を、教育や文化を通じて世界中の人たちと共有することが最も平和への近道ではないかと思っています。

 例えば、日本の戦国時代においても、武士たちはお茶の席に刀を持ち込むことは決してしませんでした。日本人の心の根底には、受け継がれてきた伝統と知恵を人と人との付き合いに落とし込んでいく和の精神が流れています。農耕文化を通して、自然の恵みをいただく中で育んできた、生かされていることへの感謝やおかげ様の心は、茶道や武道、和歌などの「道の文化」を生み出し、日本人の民族性、精神性を高めてきました。

 日本をはじめ世界中で神道の精神や神々をモチーフにしたアニメである『君の名は。』やジブリなどの作品が流行しました……日本の各地には、町や村の中心に鎮守の杜があって、ご先祖様が繋いでくれた文化が、人々に仲良く幸せに生きる知恵を与え、さらに温故知新の思想を以てアップグレードしながら、過去から現在へ、そして次の世代へ繋げてきたのです。

 そうした文化の連続性の本質にあるのが親から子への「愛」です。……現代において世界中の人たちが求めている本質的な価値は日本の哲学であり、それは世界と共有が可能です。神道的な概念というのは、日本独自のものではなく世界中の人たちが共感できる信仰以前のものです。……宗教というから対立的に捉えてしまいがちですが、哲学だと考えれば、世界の国々と通じ合っていくことができます。

 日本人の心の根底には、過去・現在・未来に繋がってきた価値観――お互いの幸せを願うという心――があって、それを日本は、常に温故知新の精神で今に受け継いでいる……博覧強記の生物学者であり神社合祀令の反対活動をしていた南方熊楠は、当時から神社と共にある「鎮守の杜」の重要性を指摘していました。人と自然が共に生きてきた祖先たちの知恵を見直すことが必要です。>

 南方熊楠は昭和天皇が神島訪問時に、粘菌の御前講義を行った際に、「一枝も心して吹け沖つ風 わが天皇のめでましし森ぞ」と詠み、昭和天皇も「雨にけふる神島を見て紀伊の国の生みし南方熊楠思ふ」という御製を詠まれた。

 

 

●「鎮守の杜」の破壊が教育に与える影響

 鶴見和子『南方熊楠・萃点の思想』<新版>(藤原書店、令和3年)によれば、南方熊楠が神社合祀に反対した理由は、
①敬神の念を減殺する
②人民の融和を妨げ対立を激化させる
③地方を衰微させる
④庶民の慰安を奪い、人情を薄くし、風俗を乱す
⑤愛郷心を損ず
⑥土地の治安と利益に大害
⑦勝景史蹟と古伝の湮(いん)滅
にあるという。

 明治政府の中央集権化政策の一環として市町村合併が急速に進められ、一つの自然村に一つの産土社があったが、町村合併によって神社の統廃合を進め、数千年、数百年の間、神域の生態系を守ってきた「鎮守の杜」を破壊することに南方は警鐘を鳴らした。

神社の境内は人々の慰安の場であり、村の寄り合いの場でもあった。「鎮守の杜」の破壊がいかに教育に悪影響を与えるかについて南方熊楠は、次のように指摘している。

 <わが国特有の天然風景は、わが国の曼荼羅ならん。……凡人には景色でも眺めて……人に言い得ず、みずからも解し果たさざるあいだに、何となく至道をぼんやりと感じ得(真如)、しばらくなりとも半日一日なりとも邪念を払い得、……学校教育などの及ぶべからざる大教育ならん。……風景ほど実に人世に有用なるものは少なしと知るべし(『南方熊楠全集』第7巻、559頁 )>

 新居に引っ越し、毎朝5時半に明治神宮に参拝しているが、本殿前の境内に配置された椅子に座って風景を眺めながら、静かに瞑想している人々の多さに驚いた。まさしく「神社の境内は人々の慰安の場」となっていることを改めて痛感させられた。

 

 

●社(やしろ)の4つの意味――「根っこと翼」を与える神話の知

 平成10年に赤坂プリンスホテルで開催された全国氏子青年協議会創立35周年記念式典の記念講演において、寛仁親王殿下は産経新聞の拙稿を引用されつつ、次のように指摘された。

 <明星大学の髙橋史朗氏は、「神社の社は『いやしろ』といい、癒しの原点。神聖な場であると同時に心身ともに他と和合する場、いのちをよみがえらせる場、健やかに元気に生きる場である」と。「境内で耳を澄ますと、谷を走る水音が響き、木々を鳴らす風の音が聞こえる。『日本人の心の故郷』がそこにある」と結ばれていました。鎮守の杜の重要性を見事に言い表している文章と思いました>

 この「癒し」の伝統はわが国の伝統文化に深く根差しており、癒しの場である神社にみんなが集まって祭りをし、願いや祈りや憩いなどを通して、「癒し癒される」場が整えられ、踊りや相撲や集会,祈願などによって心が癒されてきたのである。

 癒しの意味を社(やしろ)が見事に象徴しており、
①holy(穢れを払い、本来の姿になる神聖な場)
②whole(全体、集会の場)
③heal(いのちがよみがえる癒し、踊りの場)
④health(健やかに元気に生きる競技の場)
の4つの意味を社は含んでいる。

 わが国には、古来より日常生活の罪穢れを大晦日に祓い流し,清浄な心身で新年を迎え、一年の“しあわせ”を祈願する伝統があるが、このように癒しは祈りと一体となって、「死と再生」を経験する「通過儀礼」としての機能を果たしてきた。私たちが常にこの「死と再生」のサイクルを継続的に経験しなければならないことを物語っているのが神話である。

 神話学を通して伝えられる知恵<神話の知>は、「癒しの教育」が求められる21世紀の教育の在り方に大きな示唆を与えてくれる。美智子皇后陛下(当時)が1998年にインドのニューデリーで開催された国際児童図書評議会のビデオ講演で強調された、子供たちに「悲しみに耐える『根っこ』と希望へと飛翔する『翼』を与えてくれる」教育こそが求められている。

 国連難民高等弁務官であった緒方貞子氏は、日本は「人道大国」になって、「翼と根っこを持つように」世界に発信してほしいと訴えた。この生きる力の「根っこ」と希望へと飛翔する「翼」を与えてれるものが<神話の知>であり、神道の伝統的価値観にほかならない。

 

 

●異なるものの対決によるパラダイム転換――因果律と因縁が格闘する「萃点」の思想

 鶴見和子によれば、多様性を排除しないで「異なるものの調和」を図る論理は「曼荼羅の論理」であるという。仏教学者の中村元が「南方曼荼羅」と名付けたダイナミックなモデルの核心は「萃点」にある。

 前回の拙稿で紹介した「南方曼荼羅」は因果律の交錯した図であるが、南方は西欧近代科学の論理と古代仏教の論理とを統合することによって、生きている現実を捉えるのにより適わしい方法論を創出しようという壮大な試みに挑戦した。

 大日如来を中心において、諸仏、諸神を配置した「真言曼荼羅」と、西欧の自然科学の支配的パラダイム、すなわち因果律と因縁、必然と偶然とを格闘させて作り出した「南方曼荼羅」の特徴は、矛盾対立するものも含めてあらゆる異なる要因、文化、思想、個体等々が交流し、必然と偶然が交わり合い、影響し合い、またそこから創造的に流出する場として設定し直した「萃点」にあった。

 本連載16で論じた「多様性に『通底する価値』を探る『対話』」は、萃点を移動しない「比較」的考察ではなく、視点を固定化せず、常に反対の視点から逆照射的に考察して「対決し、挑戦」することによって、自他ともに「変容」する「対話」に他ならない。

 「主体的・対話的で深い学び」「多面的多角的思考」の意味をこの視点から問い直し、「生命に対する畏敬の念」を育む道徳教育に生かす必要があろう。教師と児童生徒の主体が変容しないような道徳教育は、道徳教育の名に値しないことを肝に銘じる必要があろう。

 なお、この南方熊楠の「萃点」の思想と仏教との関係については、筆者が常任理事をしている関係で編集部から寄稿を依頼されている日本仏教教育学会の研究紀要『日本仏教教育学研究』所収論文として近くまとめる予定である。

 

 

●日本人の言霊信仰を見直す

 ところで、外山勝志元明治神宮宮司は、産経新聞の連載「宗教・心のページ」において、「日本人の言霊信仰見直す」と題して、次のように指摘されている。

<代々木の杜は夕暮れには虫の声が心地よく苑内に響きわたってきます。……永井荷風が昭和10年頃、秋の夜の浅草仲店で、あたり一面に鳴きしきるコオロギの声を聞いて「宝石を拾ったよりも嬉しく思った」(『来訪者』)と感じたような、鳥の声や虫の音、自然や人事の世界のあらゆる響きや匂い、情趣などから季節の移ろいを味わうことの幸福感。それを、たとえ都会生活においても、人生の楽しみとして追い求める慣習は、わが民族が長い歳月で培ってきた素晴らしい感性であり、文化です。

 万葉時代、柿本人麻呂が「葦原の瑞穂の国は神ながら言挙げせぬ国」「しきしまの大和の国は言霊の助くる国ぞ」と詠じたように、日本人は声や言霊に、古くから慎み深い思いと特別な信仰を抱いてきました。言葉には人を動かす不思議な霊が宿っているという、いわゆる言霊信仰は、言葉が単に伝達手段ではなく、発せられた言葉そのものに霊力があるという信仰です。祝詞(のりと)がいにしえのまま麗しい文体で神々に奏上されるのは、こうした祈りや感謝の言葉を発すること自体に威力があるということにほかなりません>

 

 

●「有難う」の感謝が幸福の源泉――東京オリンピックに学ぶ

 このような素晴らしい感性文化を見直し、季節の移ろいをしみじみ味わうことで得られる幸福感を日常生活の中で取り戻すことが私たちに求められているのではないか。日本人のGNH(国民総幸福量)は昨年、62位で先進国中最下位であった。

 また、74か国のPISA(経済開発機構生徒の学習到達度調査)高校生調査によれば、「学校をさぼっている」「人生に目的、意義がある」と答えたのは、いずれも日本が74位であった。つまり、どの国よりも一生懸命学校に通っているが、幸福度が最低であることを物語っている。

 前述した田中権宮司は、「みんなが幸せに生きていくための本質的な価値を、文化を受け継ぐ中で結晶化させる」ことの大切さを強調されているが、その幸福のための本質的価値観のキーワードが「感謝」であることを、東京オリンピックは教えてくれたのではないか。

 「難が有るから、有難い」という[ARIGATO]の精神が「悲しみに耐える『根っこ』と希望へと飛翔する『翼』」を与えてくれることを、白血病を見事に乗り越えた池江瑠花子選手を初めとする多くのオリンピック選手が再認識させてくれた。

 この「感謝」という日本の感性文化の原点に立ち返ることによって、出口が中々見えないコロナ禍や相次ぐ自然災害に対処する生き方を再発見することが私たちに求められているのではないか。

 政府の教育再生実行会議はポストコロナ期の新しい学びの在り方を示す第12次提言をまとめ、「ウェルビーイング」の理念の実現を目指すことが重要であると強調した。子供のウェルビーイングを構成する概念は、
①身体面(生活リズム、疲労感、健康状態・睡眠)
②心理面(自尊感情、幸福感、安心感)
③社会的場面(友人関係、授業・先生との関係、家庭内での安堵感)
④自分の未来を創造する力(生活の目標、将来の夢や見通し、無力感)
の4領域から成っている。

 この「ウェルビーイング」の4領域をバランスよく育成するためには、家族の絆を深め、家庭、学校、地域社会が連携する必要がある。コロナ禍と相次ぐ自然災害が私たちに問いかけている核心的課題はここにあるのではないか。

(令和3年8月18日)

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