西岡 力 – 道徳と研究19 『よくわかる慰安婦問題』韓国語版出版の持つ意味、真実の上にこそ日韓友好への道がある
西岡力
モラロジー道徳教育財団教授
麗澤大学客員教授
●『増補新版 よくわかる慰安婦問題』の韓国語翻訳書の出版
4月16日、拙著『増補新版 よくわかる慰安婦問題』(草思社文庫)の韓国語翻訳書が韓国で出版された。韓国語版のタイトルは「韓国政府と言論が語らない慰安婦問題の真実」で、「貧困のくびきの被害者か、強制連行された性奴隷か」という問題の核心を突く副題がついている。
また裏表紙には次のような本の内容を紹介する文が印刷されている。
〈あなたが知りたかった、韓国政府と言論が隠してきた慰安婦問題に対する全ての真実がこの本に詰まっている。
韓国と日本の従北反日勢力が捏造した慰安婦問題!
いまや韓日の自由民主主義勢力は慰安婦問題の嘘と正面から戦わなければならない〉
出版社は気鋭のジャーナリスト黃意元氏が代表をしている保守ネットメディアのメディア・ウォッチ、翻訳者は『反日種族主義』の著者の一人である李宇衍博士だ。
昨年12月に同じ出版社からやはり李宇衍博士の訳で拙著『でっちあげの徴用工問題』の韓国語翻訳書が出版されている。日韓が激しく対立する歴史問題で日本の保守の声を聞こうとする気運が韓国の自由右派勢力の中に生まれてきたと言える。
特に慰安婦問題は30年間、日韓両国で感情的な対立を生んできた生々しいテーマだから、慰安婦の強制連行はなかったと30年前から主張してきた私の本がまさか韓国で翻訳される日が来るとは数年前でも想像もできなかった。まさに感無量だ。
そして、同時に同書の資料集も出版された。そこには次の6編の資料が韓国語に翻訳されて収録されている。
1 朝日新聞「慰安婦報道」に対する独立検証委員会報告書
2 日本政府の河野談話検証報告書
3 日本政府の国連クマラスワミ報告書に対する反論書
4 国連クマラスワミ報告書(全文)
5 西岡力「韓国慰安婦運動の『内紛』」
6 西岡力「慰安婦問題に関するラムザイヤー教授論文撤回を求める経済学者声明の事実関係の誤りについて
『よくわかる慰安婦問題』は一般向けの啓蒙書だから、そこで論じられていることを専門的に深く知る場合に必要と思われる資料がやはり韓国語訳されているのだ。この資料集を読んだある韓国の著名な社会学者は、慰安婦問題が日本の左派によってどのように発生して韓国と国際社会に広まっていったのか、その国際詐欺劇の全貌がよく分かる、と評していた。
●著書の主要部分――著者は慰安婦問題の嘘とどう戦ったか
私は韓国語版の前書きを書き下ろした。その主要部分をここで紹介したい。
〈1992年、朝日新聞の捏造報道で慰安婦問題が突如浮上した。
そのころ、私の周囲の戦前の日本を知る年長者は、韓国は嘘つきだと怒っていた。
「韓国人はなぜこのような嘘をつくのか。軍需工場で働いた挺身隊は慰安婦とは別だ。慰安婦は日本人も多数いた。貧しい家庭の娘が親の借金を返すために慰安婦に売られて軍人の相手をしただけだ」
真相を知るためソウルに取材に行った。面会した多くの韓国人年長者が口を揃えて日本の年長者と同じことを語った。
「なにをバカなことを言っているのだ。日本軍が朝鮮人女性を慰安婦にするため強制連行したことなどなかった。当時の朝鮮は貧しかった。貧乏のため娘を女衒に売らざるを得ない親が多くいた。貧しい農村に日本人は入っていけない。朝鮮人の女衒が娘たちを親から買っていった。日本の軍隊の連行など必要なかった」
みな、日本統治時代を直接経験した世代だった。元野党国会議員、元大新聞の編集局長、大学教授らだった。
これが私にとっての慰安婦問題を考える原点だった。
だから私は一貫して、「慰安婦」は歴史上に存在したが、未だに解決しなければならない課題が残っているという意味での「慰安婦問題」は朝日新聞が捏造キャンペーンをする以前は存在しなかった、と主張してきた。最近では、「慰安婦問題」とは、韓国と国際社会に広まった事実無根の誹謗中傷をいかに解消するかという問題だ、と主張するようになった。
このような私の主張は韓国の日本統治時代を知らない世代には受け入れてもらえなかった。落ち着いて話をすることさえできなかった。
大学の講義で慰安婦問題を扱うと、韓国人留学生から激しい抗議を受けた。ある女子留学生は涙を流して「私は、先生ほど知識はないが、先生の話は韓国人として許せない」と大声を上げ続け、講義を妨害した。
数年前、20年以上、勤務していた大学の理事会構成組織のトップらから私の慰安婦研究について繰り返し嫌がらせとも思える質問や意見を受け、結局、私はその大学を辞職した。
私は、貧困のため慰安婦生活をせざるを得なかった老母らを裁判の原告に引き出した日本人弁護士は、本当の意味で彼女らの人権を考えてはいないと主張してきたが、その弁護士の1人から名誉毀損で訴えられ、最高裁まで争って勝訴した。
また、朝日新聞の捏造報道が慰安婦問題を浮上させた原因だという私の持論に対して、記事を書いた記者から名誉毀損で訴えられ、現在最高裁で争っている(3月西岡・出版サイド勝訴。前書き執筆は2月だったので最高裁の勝訴決定が出る前だった・西岡補)。
慰安婦問題を論じることには、日本でも大きなタブーがあったのだ。しかし、私は韓国を研究する学者として、また、韓国を愛する1人の日本人として、逃げることはできなかった。
この本は私が30年間、慰安婦問題の嘘とどのように戦ってきたかの記録だ。日本で発言するより数十倍困難な状況である韓国でも、ここ数年、勇気ある方々が嘘との戦いを本格化させた。このつたない私の記録が皆様の戦いに少しでも役立つならこんなにうれしいことはない。
本書は専門知識がない一般の日本国民に読んでもらうことを目標にして、話し言葉で書かれている。したがって、韓国語に翻訳する作業は通常の翻訳よりも困難だったはずだ。
「慰安婦の強制連行はなかった」と主張している、韓国マスコミの言うところの「極右学者」の本を翻訳出版することへの逆風は強いはずだ。翻訳者の李宇衍博士と出版を引き受けてくださったメディア・ウォッチの黃意元代表に心からの感謝を献げる〉
●李宇衍博士の後書き――日本の自由保守派と連帯し戦わなければならない
訳者の李宇衍博士が訳者後書きを書いてくれた。その主要部分を紹介しよう。
〈日本のいわゆる「良心勢力」は反日種族主義を韓国に植えて拡散させるのに大きな役割を果たしてきた。この本の著者(西岡)が言うとおり、韓国に先だって彼らがまず問題を提起した。慰安婦もそうであり、「徴用工」(戦時労働者)もそうだ。彼らが韓国の反日種族主義を先導してきたのだ。彼らは韓国に不必要を超えて、明確に有害である議論を生産し流布してきた。韓国の反日種族主義のリーダーらは日本の「良心勢力」の追従者、せいぜい同調者だと呼ばれても言い返す言葉があまりないはずだ。
別の一方、日本でもこれまで数十年間その「良心勢力」に対して真実を武器に戦ってきた人たちがいる。けれども韓国の反日種族主義勢力はこの人たちに「極右」という名をつけてこの人たちの主張を長い間検閲し歪曲してきた。右派にだけレッテル貼りがあるのではない。左派にもレッテル貼りがある。いまや韓国は、日本「極右」が着せられた濡れ衣を脱がして、彼らに合理的自由保守派という正当な名前をつけてやらなければならない。
日本の自由保守派と討論し連帯し共通の価値である自由民主主義と市場経済、人権、法治を守るために私たちは一緒に戦わなければならない。この本の著者は日本の自由保守派の代表的な論者であり同志の中の一人である。この翻訳書がそのような討論の出発になれればよいと望んでいる〉
●出版社による書評――「偽りの歴史の呪い」。それをどのように解けばよいのか
出版社のメディア・ウォッチはこの翻訳書の発売に際して出版社として書評を書いて関係者に配布した。少し面はゆいことが書いてあるがその主要部分を紹介する。
〈慰安婦問題が誰かの「人生」と「運命」だとすれば、そこに見事に当てはまる人物がいる。その人こそ、この本の著者である西岡力モラロジー研究所(注:発行当時。現・モラロジー道徳教育財団)及び麗澤大学客員教授である。
西岡教授は、日本の代表的な韓半島地域の専門家の一人で、1980年代から主に北朝鮮による日本人拉致問題の解決に向け尽力、この問題を取材し続けてきた。しかし彼は偶然にも1991年に慰安婦として最初の証言者である金学順氏の証言の真実性を調査しながら、金氏の証言の嘘を暴いた時から現在まで、継続的に慰安婦問題の虚偽と闘ってきた。
『韓国政府とマスコミが言わない慰安婦問題の真実』韓国語版(原題:『よくわかる慰安婦問題)』)は慰安婦問題を巡る、西岡教授の30年にわたる真実の闘争記だ。
日本には戦前から公娼制度があった。太平洋戦争当時の慰安婦も、それが戦場に移ったに過ぎなかった。公娼制度下の売春婦と同様、慰安婦も実は日本列島と朝鮮半島に散在していた、貧困のくびきの犠牲となった女性たちだったのだ。
しかし、1990年代初頭から朝日新聞を筆頭に、日本国内の一部の反日勢力が「20世紀初め太平洋戦争の時期、日本軍が国家総動員法に基づく挺身隊の名目で、奴隷狩りのように朝鮮人女性を連行して慰安婦にした」という大嘘を大々的にばらまき始めた。
朝日新聞はまず、慰安婦を奴隷狩りしたと主張した吉田清治に対する好意的な記事を掲載、彼が信頼に足る人物であるかのように保証した。次に先述した金学順氏の記事を掲載。彼女が妓生出身だったという事実を隠し、むしろ「女性挺身隊の名で」戦場に連行されたという虚偽を付け加えるという捏造を犯した。
これに加え、朝日新聞は「慰安所 軍関与示す資料」という見出しを掲げて日本軍が慰安婦連行に「関与」した史料(『陸支密大日記)』)を発見したという一面トップ記事まで掲載した。この史料の内容は、不法な慰安婦募集を警戒するものであったが、朝日新聞はこれを正確に報じなかった。
1993年8月に発表された「河野談話」は、このように朝日新聞の企画演出で「加害者」と「被害者」、そしてこれを客観的に証明(?)する「文書」まで登場した状況下で強要された、日本政府の「降伏文書」であった。
実際には、権力による組織的な慰安婦強制連行は、当時の日本政府の調査では一切確認されなかった。にもかかわらず、朝日新聞の虚偽の扇動が日韓両国民を欺いた中で河野洋平官房長官(当時)は、あたかも慰安婦募集の「強制性」を認めるような文を出してしまったのだ。
慰安婦問題の虚偽を拡散させたもう一つの決定打は1996年の国連クマラスワミ報告書であった。国連人権委員会特別報告官ラディカ・クマラスワミは、証拠調査も全くせず、朝日新聞の虚偽宣伝と河野談話の詭弁を鵜呑みにした人権報告書を作成、慰安婦問題と関連し強制連行説と性奴隷説を国際的に広めるにあたり、多大なる影響を及ぼした。
その後も慰安婦詐欺劇は、まるでポンジ・スキーム(高配当を謳い文句として金を集める詐欺の手法)の如く続いた。結局、2007年には慰安婦問題で日本の反省を促す米国議会の決議案まで出された。この決議案の根拠は国連クマラスワミ報告書であった。朝日新聞の虚偽扇動が国連を経て、最終的に米国まで席巻したのである。
著者である西岡教授は、このように捏造された慰安婦問題がどのように加速し世界に拡散されたのか、その歴史的背景を説明し、国際社会において日本がどのようにこの問題で指弾の対象とされたのかを詳細に説明する。関連する重要な問題ごとに著者本人が孤軍奮闘する様子は韓国の読者にも切々と伝わる。
では日本が罹ってしまった「偽りの歴史の呪い」を一体どのように解けばよいのだろうか。西岡教授はただ真実一つで正面突破する以外いかなる代替もないと語る。虚偽の扇動の源泉であった朝日新聞に確実に責任を問い、そのような真実を韓国と米国、国際社会に説明し、また説明することだけが日本の名誉を回復できる唯一の問題解決手段だと語る〉
ここまで正確に私の主張を韓国語でまとめて書いた文章を見たことがない。これは私が書いたのではなく、韓国のネットメディアであるメディア・ウォッチが韓国語で書いて関係者に配布した文章だ。
「ただ真実一つで正面突破する以外いかなる代替もない」という覚悟は、私だけでなく勇気を持って拙著を翻訳出版した、韓国の友人たちに共通するものだ。真実の上にこそ日韓友好への道はあると信じ、韓国の友人らとともに歩んでいきたい。
(令和3年6月16日)