高橋 史朗

髙橋史朗 37 – 中高年の引きこもり「8050問題」について考える

髙橋史朗

モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授

麗澤大学大学院客員教授

 

 

●「引きこもり」の定義

 内閣府によれば、引きこもりの定義とは、以下の行動パターンが6か月以上続いている人である。

⑴ 趣味や用事の時だけ外出する
⑵ 近所コンビニなどには出かける
⑶ 自室から出るが、家からは出ない
⑷ 自室からほとんど出ない

 ただし、「その状態となったきっかけが病気、妊娠、介護・看護である人、普段から家事・育児をしている人で、最近6か月間に家族以外とも会話をしている場合」、あるいは「自宅で仕事をしている場合」を除く。

 また、筑波大学の斎藤環教授によれば、「引きこもり」とは、「20代後半までに問題化し、6か月以上自宅に引きこもって社会参加をしない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」と定義されている。厚生労働省の「ひきこもりガイドライン」では、「さまざまな要因によって社会的な参加の場面がせばまり、就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態」と位置付けている。

 

 

●引きこもりの現状と「高齢化」の原因

 内閣府の平成30年度調査によれば、40~64歳の引きこもりが全国に61万人いると推計され、前回調査の15~39歳の推計54万人を上回って、「引きこもり」が高齢化・長期化していることがわかった。このような中で、80代の親が50代の子供と同居して経済的支援する状態をなぞらえた中高年引きこもりを抱える世帯を象徴した言葉として、「8050問題」といわれるようになった。

 斎藤環著『中高年ひきこもり』(幻冬舎新書、令和2年)によれば、「この推計値はかなり控えめな見積もり」で、「自治体調査の数字と合わせて推測すると、中高年の引きこもりは少なくとも100万人、全体ではその倍の200万人と考えるのが妥当」であるという。内閣府調査によれば、中高年の引きこもりのうち、自分自身で生計を立てているのは30%弱にすぎず、34%が父親か母親、17%が配偶者、9%弱は生活保護などで生計を立てている。

 引きこもりの「高齢化」の原因の第一は、「初発年齢」の上昇であり、20年前の調査では最初に引きこもり始める平均年齢は15歳だったが、現在は21歳まで上昇し、かつての「引きこもり」のきっかけのほとんどが「不登校」であったのに対して、現在はいったん就労してから退職後に引きこもる事例が増えたためと考えられる。

 もう一つの原因は「引きこもり」の「長期化」とりわけ「超長期化」にある。ちなみに「引きこもり」の平均期間は約13年と極めて長期化している。また、40~64歳の中高年を対象とした内閣府調査によれば、57%が40歳以降に引きこもりを始めており、「70%以上が40歳以上」とする自治体の調査結果もある。

 

 

●中高年が引きこもりになったきっかけ

 内閣府調査によれば、40~64歳の中高年が引きこもり状態になったきっかけは、「退職した」が36.2%、「人間関係がうまくいかなかった」が21.3%、「病気」が21.3%、「職場になじめなかった」が19.1%、「就職活動がうまくいかなかった」が6.4%となっている。40代前半の場合、就職活動の時期に引きこもり始めた人が目立っており、その要因として考えられるのは、この世代が10代後半~20代前半の頃は就職氷河期であったという点である。この世代が40代以上の年齢になったため、中高年世代の引きこもりが増えたと言える。

「8050問題」の原因は、1980年代から1990年代にかけて顕在化した若者の「ひきこもり」を放置したことにある、と多くの専門家は指摘している。大阪府豊中市者顔福祉協議会の勝部麗子氏(「8050問題」という言葉の名づけ親)は、「高度経済成長期に働いて年金がある親を、バブル崩壊のあおりを受けた無職の子が頼って引きこもる。この30年間で生まれた、平成の時代を象徴するかのような問題だ」と指摘している(「産経新聞」令和元年5月13日付)。つまり、当時10~20代だった若者が数十年間引きこもり続け、50代を迎えてしまったというわけである。

 

 

●不登校指導の名人の実践に学ぶ

 筆者はかつて神奈川県学校不適応対策研究協議会の専門部会長として、神奈川県下の全小中学校に配布された『学校にいけない子どもたち』という冊子を責任編集し、神奈川県教育センターで不登校指導に関する教員や保護者向け研修を担当した。月刊誌『文藝春秋』に拙稿「登校拒否はこうすれば治る」を寄稿し、テレビの不登校特集番組で従来の不登校指導の問題点について解説させていただいたこともある。

 不登校児が立ち直っているフリースクールや兵庫県立生野学園など、全国の現場を行脚して、不登校児が立ち直った実践の理論化に取り組み、教育相談に関する共著を数冊出版( 参照)し、指導の名人の実践事例から多くを学ばせていただいた。詳細については、拙著『悩める子供たちをどう救うか――いじめ、登校拒否,非行から立ち直った感性教育の現場』(PHP研究所、平成3年)を参照されたい。

 

 

●「非指示的カウセリング」の限界と「行動療法的アプローチ」の有効性

 その一人は開善塾教育相談研究所の金澤純三先生で、「行動療法的アプローチ」を主として、神経症的登校拒否児童生徒への独自の援助的指導法を開発され、全国を駆け巡って見事な成果を積み重ねられている「子供との心のキャッチボールの達人」である。

 カール・ロジャースの非指示的カウンセリングが席巻する中で、「長い目で見守れ」「信じて待て」「登校刺激を与えるな」という当時の不登校指導の三大鉄則を超えた「行動療法的アプローチ」を見事に実践化されたことに深い感動を覚えた。不登校児との「心のキャッチボール」の重要性に目を開かされたことが、後に筆者が「臨床教育学」に関心を持ち、玉川大学出版部から『臨床教育学と感性教育』を刊行し、同大学院で「臨床教育学」を担当する契機となった。

 

 

●「8050問題」の今後の対応の課題

「臨床教育学」の視点から「引きこもり」問題を包括的に捉えると、引きこもっている当事者のみならず、⑴親・保護者との関係、⑵労働問題との関連、⑶精神障害や発達障害へのケア、⑷相談機関のケア態勢やスキル、などの多様な複数の要因が重なり合う背景を理解し、踏まえた上で対応する必要があると思われる。

 厚生労働省は事態がさらに深刻化する、以下のような「9060問題」が本格化することを確実視している。⑴孤立死、無理心中の全国的な発生、⑵親の死体遺棄、⑶親の年金・生活保護の不正受給、自身の生活保護費の受給の増加。「8050問題」を「9060問題」という親子共倒れの最悪の事態へ繰り越さないための国を挙げた体制整備が求められる。

 全国ひきこもり家族会連合会が各自治体の自立支援窓口を対象に行った調査によれば、「支援にあたって困難と感じられた内容」として、「本人とのコミュニケーションが困難」(44%)、「本人に精神的な問題がある」(43%)、「家族に困難な問題がある」(25%)、「家族が本人に対して拒否的」(13%)などの回答が見られた。自由記述によれば、「状態像が多様で本人の意思確認が難しい」「本人が問題を感じておらず、支援を受ける動機が乏しい」「家族が支援を受けることに消極的。家族との連携が難しい」などの回答が見られた。

 このように多様化・複合化している地域の支援ニーズに市町村がより柔軟に対応できる環境を整備するため、厚労省は横断的な「断らない相談」の新たな新制度を創設するが、当事者家族と親身になって対話ができる兄弟姉妹や親族がいるかが解決のカギを握っているのではないか。行政による公的支援と親族の協力をうまく補完しあうことが問題解決につながると思われる。

 


拙著『子どもがいきいきするホリスティックな学校教育相談』学事出版、平成18年、同『癒しの教育相談理論一ホリスティックな臨床教育学』(癒しの教育相談4巻シリーズの第1巻)明治図書、平成9年

 

(令和3年5月14日)

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