髙橋史朗

髙橋史朗 34 – 新高校教科書とジェンダー史の導入実践事例について考える

髙橋史朗

モラロジー研究所教授

麗澤大学大学院特任教授

 

 

●新高校教科書『歴史総合』『公共』の気になる記述

 3月31日に来年度から使用される高校教科書の内容が明らかになった。『歴史総合』や『公共』という新科目の内容を一瞥して、目についたのは、拉致問題についての記述が少ないことである。この点について教科書出版社に質した新聞記者によれば、「グローバルな世界史の中で、どう位置づけて取り上げるかが難しいから」と弁明したという。

 グローバルな視点からも「拉致問題が人権問題だ」という根本認識が欠落している。ちなみに、高校学習指導要領解説は、次のように明記しているにもかかわらず、こうした視点が踏まえられていない。

<国家主権に関連して、基本的人権の保障が国境を越えた人類共通の課題であることの理解を基に、北朝鮮による日本人拉致問題などについて、人間の尊厳と平等、個人の尊重、法の支配などの公共的な空間における基本的原理などに着目して課題を的確に捉え、わが国がその解決に向けて、国際社会の明確な理解と支持を受けて努力していることについて理解を深めることができるようにすることも必要である。」(公民編、平成30年7月、63頁)

 慰安婦記述については、「従軍慰安婦」と明記したのは、実教出版と清水書院で東京書籍は「慰安婦として従軍させられた」と記述した。このほかに数社が「慰安婦」と記述した。さらに注目されるのは、「日本政府は労働力不足を補うため、約80万人の朝鮮人を軍需工場や炭鉱などに強制的に連行して労働に従事させた」(『歴史総合』実教出版、167頁)、「中国の華北では、1940年秋ころから日本軍による『塵滅作戦』が行われ」(同166頁)「台湾征服戦争」(同104頁)などの新たな記述が見られることである。

 

 

●「ジェンダー」「多様化する家族」を強調

「ジェンダー」や「多様化する家族」を強調している点も際立っている。具体例を紹介しよう。帝国書院は「同性婚は法的に認められるべきか」というテーマに1頁を割いて詳述しており(『公共』77頁)、「ジェンダーについて考えよう」というテーマに2頁を割いて、ボーヴォワールの「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」という言葉を紹介し、「豊かな人間関係のために」という見出しで、「同性カップルも人工授精や体外受精などの生殖医療技術などにより、子どもを持つことができるようになってきている」と述べている(14-15頁)。

 また、清水書院は1頁を「多様化する家族について考えよう」というテーマに割き、「中高年の未婚の子が親と同居する世帯」や「未成年の子をもつ夫婦の離婚件数」の増加、「非嫡出子相続分差別違憲判決」について詳述している。

 ちなみに、若者の4割は「結婚や恋愛は面倒くさい」と考え、「独身にとどまっている最大の理由」は「必要性を感じない」(18~24歳の女性の45%、男性の36%)からであるという。親と同居し、家賃や食費などの基礎的生活条件を親に依存している「パラサイト・シングル(寄生している独身)」は4割を超え、少子化の原因となっている。「子どもを産まない理由」のトップは「妊娠しないから」(49%)で、「経済的負担がかかるから」(26%)の2倍近い点に注目する必要がある。生涯不妊率は30代前半は15%、30代後半は30%に倍増し、自然流産率も35歳からは20%、40歳からは40%に倍増するという科学的事実を、「親になるための学び」として、政府の「少子化対策要綱」に明記された、将来の結婚、出産、子育てに夢を持てるライフデザイン教育として、高校教科書にも明記する必要があるのではないか。

 清水書院は「多様化する家族」の代表例として、「LGBTと家族を持つ権利」というテーマを取り上げ、「性については、単純に「男性/女性」に分けるのではなく、身体の性/心の性/性的指向などさまざまな切り口から考える必要がある…同性婚の婚姻は認められていないため、LGBTが家族を持つに当たっては様々な困難を乗り越える必要がある」として、「婚姻によって認められる権利の一部を同性パートナーにも認める諸外国の制度と異なり、日本の自治体のパートナーシップ制度は、関係を証明するのみである点に問題がある」と断定している(86頁)。

 

 

●「性のあり方はグラデーション」「SOGI」とは何か?

 また、第一学習社も「婚外子法定相続分差別違憲訴訟」について詳述し、「手術しなければ性別を変更できないのか」と題するトピックで、性別変更の手続き規定について報じた新聞記事を掲載し、「世界では、同性どうしの結婚を認める同性婚や、結婚と同じ地位を認めるパートナーシップ制度が広がっている」「性的指向や性自認に関わらず、お互いを尊重しあう家族や社会のあり方を、私たち一人ひとりが考えなければならない」と強調している(『公共』71頁)。

「性的少数者の人権尊重」について1頁を割いて詳述している数研出版は、お茶の水女子大がトランスジェンダーの学生受け入れを発表したことを報じた新聞記事を大きく掲載し、冒頭に「性のあり方はグラデーション」と題する図を掲げている。「グラデーション」とは、段階的に色が変わっていく様子を表す言葉であるが、心の性(性自認)、身体の性、好きになる性(性的指向)、性表現の4つの要素の組み合わせは多様であることを図示している。

「性自認」とは、自分が感じている性、「身体の性」とは、身体付などの生物学的な性、「性的指向」とは、恋愛感情がどの性別に向いているか、「姓表現」とは、言葉遣いや服装、しぐさなど、見た目の性別のことである。この「性的指向(Sexual Orientation)」と「性自認(Gender Identity)」の頭文字をとったSOGI(ソジ)という総称が、LGBTよりも広い概念用語であり、Lはレズビアン、Gはゲイ、BはBisexual(同性も異性も好きになる人)、Tはトランスジェンダー(心と身体の性が一致していない人)であると説明している(『公共』数研出版、26頁)。

 

 

●「アクティブ・ラーニングで学ぶジェンダー」の狙い

 日本学術会議第24期「歴史学とジェンダーに関する分科会」では、「歴史総合」等の高校新科目において、「ジェンダー史の視点が不可欠であることをどのように徹底していくかが議論の中心」となり、「アクティブ・ラーニング事例集」を付録とする具体的作業に着手した。

 心理科学研究会のジェンダー分科会で一昨年、「アクティブ・ラーニングで学ぶジェンダー」というテーマで報告した青野篤子福山大学教授によれば、その狙いは「アクティブ・ラーニングという文科省ご用達の教育方法を取り入れることは、皮肉にも積極的な意義」があり、「お上の通達にうまく乗りつつ、したたかにジェンダーを学習する」ことによって、「巧みに隠されているジェンダー問題」を浮き彫りにすることにあるという。

「文科省ご用達の教育方法」を利用して、「アクティブ・ラーニング」という大義名分を振りかざしつつ、フェミニズムの本音のイデオロギーをベールに包んで、核心をずらして見えにくく実践化する戦略が巧妙に練られて体系化されており、これにどう対応するかはかなりハイレベルな知的戦略が求められる。

 青野篤子編著『アクティブ・ラーニングで学ぶジェンダー』(ミネルヴァ書房)には、それが「12の実践」として体系化されている。その中で最も注目されるのは、「物語におけるジェンダー」として『白雪姫』、「母娘関係に見るジェンダー」として『イグアナの娘』の分析を通して、親が子供に語り継ぎたい物語にはステレオタイプな性役割が含まれていること、娘を抑圧する母の心情や行動の背景にある社会・文化的要因などについて考えさせる実践である。

 また、「結婚・家族制度とジェンダー一結婚の条件をめぐって」、結婚相手に何を期待し、相手から何が期待されているかを検討する実習を通して、自分にも固定的役割分担意識があり、ジェンダーを前提とした日本の社会制度が、自らの将来設計にも影響していることに気付かせることを狙う実践も興味深い。

 結婚の条件として相手の年収にこだわらない未婚男性は6割に対して、未婚女性は2割で、約7割の女性が400万円以上を望んでいる。また、結婚した場合に、女性は相手の年収が600万円であると自分は退職を希望し、40代より30代の方が退職希望の割合が高いことが明らかになっている。こうした点を踏まえて、麗澤大学の「新たな時代の道徳の探求」という新科目で「結婚」学や「親子」学の講義を依頼されているので、これらの問題について学生たちと議論を深めたい。

 

(令和3年3月31日)

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