言論人コーナー

多田舜保 – 偉人・ライナス・ポーリング博士の道徳性

多田舜保

麗澤大学名誉教授

 

1989年までノーベル平和賞の授与式が行われていたオスロ大学

 

1.はじめに

 ライナス・ポーリング博士(1901~1994、Linus Pauling、アメリカ、以下ポーリングと略記)はノーベル賞を単独で2度(化学賞、平和賞)受賞した唯一の学者です。2度受賞者には他に3名(キューリー夫人、バーディーン博士、サンガー博士)がおられますが、共同研究者との共同受賞を含んでいます。

 ポーリング博士についての概略は、ウィキペディアや世界人名事典等でも容易に知ることができます。筆者はモラロジー、麗澤との60余年間のご縁のお陰でポーリング博士と数回面談させていただくことができ、ポーリングの伝記をわが国で初めて翻訳出版することができました。ポーリングの人柄、業績、思想等について調査、研究した内容は今までに十数回、「麗澤大学紀要」や日本科学史学会等で報告してきました。この度、モラロジー研究所の名称が「モラロジー道徳教育財団」と変わることとなり、道徳教育がより重要視されることから、偉人・ポーリングの道徳性の一端について紹介させていただき、今後の道徳教育、社会教育の一助になればと思います。

 本稿ではポーリングの膨大な業績については触れていませんので、先ほどあげました事典や他の資料をご覧になってください。

 

 

2.ポーリングとの出会いのきっかけ

 このような偉人に私のような私立大の一教職員がお会いできたことは、たいへん有難いことで、嬉しく感謝しています。そのきっかけは、次のようなことでした。

 私の学生時代、当時の化学を学ぶ学生の多くが現代化学の父とも言われていたポーリング著『一般化学』(訳本:岩波書店)を教科書もしくは参考書として使用していました。私もこの本を読んでいますと、まえがきに「世界の人々が幸せになるためには科学技術の進歩と“道徳科学”の進歩が重要である」ということが書かれていました。化学の教科書、参考書で道徳科学の重要性をこのように強調している著者は、どのような人物だろうかと関心を持ちました。道徳の重要性については、幼少の頃からモラロジー、道徳の大切さを父からよく聞かされており、当時、麗澤高校を卒業したばかりの私は全く同感でした。更にポーリングについて図書館や学会誌等で調べてみますと、凄い人であると分かり感銘を受けました。

 1963年(1962年度分)、ノーベル平和賞の受賞講演の演題は「科学と平和」、それらの内容をもとに書かれた図書の表題は「ニューモラルと国際法」でした(ちなみに、化学賞の受賞講演の演題は「現代構造化学」でした)。ポーリングは親日家で、何度も講演等のために来日され、その際、私はいつも最前列で拝聴していました。ある時、研究仲間の知人を通じ、初めてご挨拶する機会ができ感激致しました。その後、1983年8月にアメリカのサンフランシスコ近くのパロアルト市にあるポーリング科学医学研究所を訪問する機会に恵まれました。通訳は、当時カリフォルニア在住の堀内一史先生(現・麗澤大学副学長)にお願いして、ポーリングとゆっくり面談することができました。先ずポーリングより同研究所の内容について説明を受けました。当方からは持参した麗澤各校、モラロジーについてパンフレット(英文を含む)を、お渡ししながら説明させていただきました。次に私からポーリングに質問し化学の本に何故、道徳科学の重要性を書かれたのかを尋ねました。すると彼は「私は若い頃から、モラリティ(道徳性、倫理観)の重要性を常に考え心がけ行動してまいりました」とのことでした。その後、最近アメリカの女性作家フローレンス・メイマン・ホワイト女史によって、少年少女向けに書かれたご自身の伝記をくださいました。本人が生存中の伝記で真実ばかりであると考え、即座にぜひ日本語に翻訳出版したいと思い、お願いしましたら、「著者の了解が得られればどうぞ」と快諾してくださいました。

 

 私は帰国してすぐ、翻訳の作業を始めました。それと共に著者のホワイト女史に翻訳権をもらうための交渉を、当時、著者と同じニューヨークに在住されていた生田かおる先生(元・麗澤大学学生相談室カウンセラー。現・横浜国立大学等カウンセラー、講師)にお願いし、交渉はスムーズに進み、契約することができました。翻訳作業がほぼ終わり、原稿は妻が全部を清書してくれました。次に出版ですが、当時、麗澤大学では出版支援システムが無く、一般の伝記等をよく出している出版社数社にお願いに行ったのですが、日本での当時のポーリングの知名度と販売見込数等との関係から、採算が難しいとのことでなかなか引き受けてもらえませんでした。そこで親族の協力、支援を得て自費出版(2000冊)を印刷することに決めました。

 伝記は昭和61(1986)年8月初めに出来上がりました。ちょうどポーリングが広島の原爆記念日に講演のために来日され、出来上がったばかりの日本語の伝記を直接渡すことができ、たいへん喜んでいただけました。なお、この面談の際、出来たばかりのポーリング著の「No More War ! 」復刻改訂版(25周年記念、初版、1958年)を署名してくださりました。この状況を見ていた『科学新聞』の記者が取材され、記事が大きく掲載されました。その後、反響があり、いくつかの団体、著名人からも問い合わせがありました。原爆資料館の売店が伝記を一年間販売してくださいました。その後、大学の授業等でも学生に実費頒布したりして使用し、在庫がなくなりました。内容について、英語学科の田中駿平先生(現・麗澤大学名誉教授)が熟読してくださり、「偉い人の伝記で良い本だから、この次に印刷する際に参考にしてください」と、いくつか修正したほうがよい箇所を教えてくださいました。ぜひ改訂版、増刷を考えていましたが、その後、他の著者、訳者による大人向けの詳細な伝記が1996年頃から数冊が出版されそうだという情報が入りましたので、取り止めることにしました。私の書いた伝記は国立国会図書館や主な大学図書館等の蔵書となっています。

 

 

3.ポーリングと廣池千九郎博士の共通点

 伝記を翻訳していて、ポーリングと廣池千九郎博士と人間性に多くの共通点があること分かりました。詳しくは「麗澤大学紀要」(第35巻1983年7月)および伝記の付録に載っておりますが、項目だけを次に掲げさせていただきます。

「苦学」
「秀才」
「膨大な読書量」
「膨大な著作量」
「優秀な学問の師」
「親孝行」
「妻、家族を大切に」
「道徳心の豊かさ」
「研究所を設立」
「子孫繁栄」
「世界平和の希求」

 

 

4. おわりに

 1993(平成5)年5月、ポーリング科学医学研究所の創立20周年の記念式典・パーティーにご招待いただきました。その際、ポーリング博士はたいへんお元気そうで、300名ほどの参列者と楽しそうに歓談されていました。

 パーティー会場のすぐ傍に、博士を讃える展示会場も設けられ、業績が展示されていました。彼の功績が世界中の多く人々の幸せに貢献していることが一般の方にもよく分かる内容でした。私はノーベル平和賞の評価理由になる彼の行動は、まさに彼の道徳性に基づくものだと思いました。特に彼の核兵器反対運動、「一発の核爆弾で数万、数十万人を瞬時に死傷させる兵器は絶対に廃絶すべき」という信念は、人間尊重の強い現れだと思っています。

 ポーリングは、その記念式典の翌年8月に93歳で逝去されてしまいました。参列者に日本人は筆者しかおらず、最後にお目にかかれた日本人かとも思っています。ポーリングには当時、4人の子供、15人の孫、19人の曾孫がいたといわれています。豊かな道徳性をもたれたポーリングの素晴らしい人生だったと思います。

 なおライナス·ポーリング科学医学研究所は、1996年にオレゴン州立大学に移管されています。

 

 

 今後、私たちがモラロジー活動に携わる際、偉人・ポーリングが強調しているように、世界中の人々が幸せになるためには科学技術の進歩と共に“道徳科学”の進歩が重要であることを再認識し、自信と励みをもってモラロジー道徳育財団の関係者の一員として日々努力し、世界の人々の幸せ実現のために邁進していきたいものです。

 現代のコロナ禍においても、新型コロナウイルスに関する医学的研究進歩が重要であると共に世界の人々のコロナ禍におけるモラルの重要性があらためて感じられ、グローバルな科学的研究、進歩が重要であると考えられます。

 今後、私たちが住むこの地球をとりまく自然界には、人類の生存に影響するような事象が起こりうると思います。ひき続き自然科学研究による技術の進歩と共に道徳科学研究による道徳に関しての教育、普及がより一層重要になってくると思います。そして世界中の人々に道徳心が深まり、真の世界平和が実現することを願っています。

 

 小生、お陰さまで昨年、元気で傘寿を迎えさせていただきました。モラロジーとの縁は生まれる前から、麗澤とは65年間の繋がりがありました。10歳頃から毎日ずっと日記、メモを付け、それらを今も保管していて時々振り返って読んでいますと、今までにたいへん多くの素晴らしい方々と出会い、たいへんお世話になったことをあらためて強く感じます。また、一般社会のあらゆる分野の著しい数の皆様にもたいへんお世話になりました。それら多く人々のご恩に日々感謝しつつ幸せに過ごさせいただいています。

 読者の皆様もモラロジーや麗澤との繋がりにより、今後きっと多くの素晴らしいご縁が生じると思います。両法人の益々のご発展により真の世界平和が実現することを心からお祈りしています。

 

(令和3年3月24日)

 

 

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