髙橋史朗 31 – モラロジー道徳教育財団の新たな地平を切り拓く
髙橋史朗
モラロジー研究所教授
麗澤大学大学院特任教授
●「不滅の法燈」に「新しい油」を注ぐ
2月28日に開催されたモラロジー研究所の講師対象の研修会で、「道徳教育の今日的課題――モラロジー道徳教育財団の新たな地平を切り拓く」というテーマで講演させていただいたが、北川治男・同研究所副理事長の開会の挨拶に深い感銘を受けた。
私が感銘を受けたのは、⑴モラロジー道徳教育財団の目指すものは、「提供できる価値の深化」<深く>と「対象者・課題領域の広がり」<広く>の二方面においてイノベーションを積み重ね、「道徳で人と社会を幸せに」する価値創造、⑵教育活動の目標は、「深く」と「広く」を兼備し調和できる人材の養成であり、ケアの行き届いた人間関係を築いて「道徳で人を幸せに」するとともに、道徳的共同体づくりに貢献し、「道義国家日本」の再建を目指す、⑶教育活動の方法は「対話」と「協働」、⑷教育活動の留意点は、「独善的・排他的」になることなく、「受容的・包摂的」な対話と協働、を強調された点である。
モラロジー道徳教育財団の二大使命は「道徳科学のシンクタンク」と「道徳教育のプラットフォーム」としての役割を果たすことにあるが、この歴史的使命の核になる「道徳教育の今日的課題」について私見を述べたい。
まず「道徳科学のシンクタンク」の中核的役割を担う同財団の「道徳科学研究所」に求められるのは、学祖・廣池千九郎博士の「最高道徳」という「不滅の法燈」に脳科学等の科学的知見という「新しい油」を注ぐことである。
その科学的知見については、2月27日に開催された麗澤道徳教育学会『道徳教育学研究』創刊記念講演で提起させていただいたが、政府の教育再生会議と文科省の「子どもの徳育に関する懇談会」が重視した「発達段階に応じた、家庭・地域と連携した道徳教育」の要となっている「情動学」、人間の脳を①脳幹②大脳辺縁系③大脳新皮質の三層構造として捉え、知情意の関係を明らかにした「大脳生理学」、トロッコ問題のジレンマを判断している人の脳をfMRIで観察し「倫理メカニズム」を神経科学的に解明した「脳神経倫理学」、ミラーニューロン(感情的共感)とメンタライジング(認知的共感)という「共感脳」が道徳の基盤であることを明らかにしたクリスチャン・キーザーズ、明和政子・京都大学大学院教授、亀田達也・東京大学大学院教授らの最新の研究成果を「道徳科学」として集大成し、ホリスティック(包括的)な視点から体系化、構造化を図る必要がある。
●「道徳教育のプラットフォーム」の今日的課題
「道徳教育のプラットフォーム」づくりについては、文科省委託事業「子どもみんなプロジェクト」に学ぶ必要がある。同プロジェクトは文科省「情動の科学的解明と教育等への応用に関する調査研究協力者会議」の次の「審議のまとめ」に基づいている。
<子供の認知力・適応力・学習力の基礎は「情動」であり、いじめ等の問題行動も「情動」のひずみが重要因子……従来の生徒指導の枠組みでは指導が困難になっていることから、科学的な根拠による対応の重要性>
これを踏まえて、10大学16教育委員会(千葉大・千葉県・千葉市・柏市を含む)が連携して科学的根拠に基づく「子育て支援学」「メンタルヘルス学」、生徒指導の「予防」的支援の構築に取り組み、情動研究を学校教育に活用する教師向けプログラム・研修として具体化した。この「道徳教育・家庭教育版」を作るための「道徳教育プラットフォーム」づくりが時代の要請といえる。
全国の9県6市で制定されている「家庭教育推進条例」には、共通して「親としての学び」「親になるための学び」が条文化されている。同条例によって画期的成果が出ている県市から「道徳教育のプラットフォーム」のモデルづくりに取り組み、「道徳性の芽生え」を育む家庭・地域と連携した道徳教育のモデル実践を具体化し、全国に広げてはどうか。
そのためには、北川副理事長が強調された「ケアの行き届いた人間関係」を地域社会で築くことが土台となる。また、道徳教育に関する独善的・排他的な価値観を押し付けるのではなく、多様な考え方や生き方を受容し、互敬の精神で共に育ち合う「対話」、多様性に「通底する価値」を探る「対話」と「協働(コラボレーション)」を通して、社会に開かれた新たな「道徳的共同体」づくりを目指す必要がある。
●多様性に「通底する価値」を探る「対話」とは何か
では、多様性に「通底する価値」を探る「対話」とは一体何か。ユネスコ創立記念国際シンポジウム「文化の多様性と通底の価値」の最終公式声明によれば、「通底」とは「響き合い」であり、「異なったものが異なったままにお互いに独自性を尊重しながら、根底で響き合うものを読み取ろうとする方向へ向かう」ことである。
「一つのところに向かっていく」universalと違って、仏教用語で「通底する」と訳すtransversalという概念は、「一即多、多即一」の「即」に通じる相互律(Aは非Aによって存在する。わかりやすくたとえれば、一番相性の合わない人(非A)が一番大切で必要な人である)によって「共に育ちあう」ことができることを示唆している。「即」で結ばれる大乗仏教を理解するには、「間」という第三の通底の論理が必要になる。
服部英二によれば、普遍(universal)の原理は「同じて和せず」であるのに対して、通底の原理は『論語』の「和して同ぜず」という「生命の実相の生成の原理」である。
多様性を認める「寛容さ」にとどまらず、「通底する価値」を探る広く深い「対話」によって、排他的な独善性から脱却し、共有可能な新たな価値を探求し、違いを活かし合い、補い合い、高め合うことが今後の「道徳教育プラットフォーム」づくりに求められている。
和の精神である「和して同ぜず」とは「異なるものの調和」であり、「対話とは、対決であり、試練であり、変容である。それは通底する価値に身を投じるための手段」である。多様な5色の併置によって「すべて光になる」ゴッホの絵「ひまわり」が、多様性に通底する価値の意義を象徴している。
以上の視点は、「主体的・対話的で深い学び」が求められている道徳教育のプラットフォームづくりの在り方に深い示唆を与えてくれる。道徳的価値を「自覚」へと進化させることが「深い学び」にほかならない。私が高校時代に愛読した西田幾多郎は、「自覚において、自己の根源に帰るのである。宗教の立場は自覚の立場である。それは道徳の根底となる立場である」(『哲学論文集』第6・7巻、岩波書店)と述べている。
●道徳教育の6つの視点を実践化した画期的な修士論文
道徳教育の「主体的・対話的で深い学び」とは、自己の根源を「自覚」させる「自分探し」を助ける学びであり、自己の根源の自覚へと導く、地域での「協働」体験活動や「対話」が重要といえる。
かつて新潟で子供の自然体験合宿を行った折に、夜の星空を寝転がって眺めさせていた時、東京生まれで東京育ちの小学生が「蕁麻疹みたいで気持ちが悪い」とつぶやいた。ご家族や地域の人と一緒に星空を見て感動した体験がないのであろう。
ノーベル文学賞を受賞した作家のレイチェル・カーソンは『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)の中で、幼児期に感動した体験が、もっと知りたいという知的関心につながると指摘した。これを道徳教育に当てはめると、感動し「感じる」「道徳的心情」が基盤となって知的側面、行動的側面の「道徳的判断力」「道徳的実践意欲と態度」へと発展する。
道徳性のこの3側面(①感情的②認知的③行動的)をバランスよく発達させるためには、「感じる」(①)、「気づく」「見つめる」「深める」(②)、「対話する」「協働し働きかける」(③)の6つの視点が道徳教育を実践する柱となる。この6つの視点を道徳授業で実践した画期的な修士論文「感知融合の道徳教育」が麗澤大学大学院生によってまとめられた。同じテーマで現在修論作成に取り組んでいる院生もおり、その成果について逐次紹介していきたい。
(令和3年3月3日)
※髙橋史朗教授の書籍
『日本文化と感性教育――歴史教科書問題の本質』
『家庭で教えること 学校で学ぶこと』
『親学のすすめ――胎児・乳幼児期の心の教育』
『続・親学のすすめ――児童・思春期の心の教育』
絶賛発売中!
※道徳サロンでは、ご投稿を募集中!