川上 和久

川上和久 – 新渡戸稲造③ 『武士道』が変えた海外の日本人観

川上和久

麗澤大学教授

 

小泉八雲像(小泉八雲記念公園・東京都新宿区)

 

●『武士道』以前の日本の紹介とは

 1900(明治33)年1月にフィラデルフィアの出版社から初版が出版された『武士道』。5年後には、早くも増補第10版がニューヨークとロンドンで刊行され、世界的ベストセラーとなった。英語で出版されたが、後に、ドイツ語、フランス語、ロシア語、スペイン語、ボヘミア語、ポーランド語、ノルウェー語、ハンガリー語などにも翻訳され、当時の日本を知ろうとする多くの外国人に読まれることとなった。  なぜ、世界でこれほど多くの言語で『武士道』が読まれたのかについてはさまざまな要因が指摘されているが、当時の日本を論じた英語の書籍として、もっとも時宜を得た内容であったことが第一にあげられよう。

 

 ここで、「外国から見た日本」がどのようなものであったかを、外国人が紹介した日本という形で簡単に振り返ってみたい。

 伝聞によるものを除けば、日本についてその滞在経験に基づいて詳述したものとしては、1563年に宣教師として来日したルイス・フロイスが著した『日本史』をもって嚆矢とするが、その後、日本が鎖国政策をとったため、日本に滞在して日本を紹介した外国人の著作は限られることとなった。

 そんな中でも長崎のオランダ商館は日本の情報の窓口となっていた。1619年に来日したフランソワ・カロンは約20年間オランダ商館に務め、後にオランダ商館長となり、『日本大王国志』を著している。オランダ商館に関係した日本滞在者の著作としては、1790年にオランダ商館の医師として来日したエンゲルベルト・ケンペルの『日本誌』、1799年に来日し、オランダ商館長を務め、20年近く滞日して蘭和辞典『ドゥーフ・ハルマ』を編んだヘンドリック・ドゥーフの『日本回想録』などがある。

 19世紀に入り、幕末に我が国が開国すると、外交官による日本を紹介する著作が出るようになる。初代駐日米国領事で1856年に来日したタウンゼント・ハリスは『日本滞在記』を著し、同年来日して通訳を務めたヘンリー・ヒュースケンは、薩摩藩士に殺されたが、『ヒュースケン日本日記』を残している。1859年に来日した初代駐日イギリス総領事ラザフォード・オールコックも回想録『大君の都』を、1860年にプロイセン王国のフリードリヒ・アルブレヒト・ツー・オイレンブルクは『オイレンブルク 日本遠征記』を著している。

 それらの中で、日本を知る貴重な著作となったのが1862年に来日したイギリス外交官のアーネスト・サトウの『日本旅行日記』や1890年にアメリカの出版社の通信員として来日し、英語教師をしながら『知られざる日本の面影』『稲むらの火』『怪談』などで日本の昔話や風俗・文化を紹介したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)であった。

 

右から二人目がセオドア・ルーズベルト(ラシュモア山国立記念公園)

 

●日本人自らが日本人の心性について解説した『武士道』

 これらは外国人が日本を知るための格好の手がかりとはなったが、外国人の目から見た日本ということであって、日本人が自らの心性を日本人の立場で披瀝したものではなかった。

 わずかに、1894年に内村鑑三が英語で著した『日本及び日本人(代表的日本人)』の中で西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人の5人の人となりの紹介を通じて、日本人の心性を伝えるにとどまっていた。

 その意味では、『武士道』を手がかりに、日本人自らが日本人の心性について解説を試みた新渡戸の著作は、日本人の倫理や道徳性を『代表的日本人』をさらに深堀りする形で解説し、日本人の倫理観が、武士の子として育てられてきた環境の中で身に着いてきたもの、それが「武士道」であって、「日本人の思考や行動のもととなる規範」であるとして紹介された。

 海外では、日清戦争に勝利を収めた日本に関心が集まっており、日本人の精神性を示したものとして広く読まれることになったのだ。

 同時に、欧米の立場から「劣等国日本」をいわば蔑むような視点で書かれた本でも無論なく、東西の文明比較の中で、西洋文明との共通点についても深い洞察がなされていた。

 この時期に『武士道』が出たことは、その4年後に我が国が大国ロシアに挑んだ日露戦争において、奇跡を生み出すこととなった。

 日露戦争開戦にともない、米国で親日的世論・講和工作を伊藤博文から依頼された金子堅太郎は、ハーバード大学の同窓であった当時のセオドア・ルーズベルト大統領からホワイトハウスの昼食会に招かれ、『武士道』のことが話題にのぼるや、高平小五郎駐米公使を通じて大統領に贈呈。その内容に感銘したルーズベルト大統領は、何十冊も買い求めて子供たちや知り合いにこの本を読むことを勧めたという。日露戦争で米国は中立を保ったが、ルーズベルト大統領が日露の講和に労をいとわなかったのも、『武士道』により形成された日本への共鳴が大きく影響したのだ。

 当時の米国大統領も感銘を受けたこの『武士道』が、具体的にどのような日本人の倫理と道徳を解説していたのか、次回からはその内容に入っていくことにしよう。

〔つづく〕

 

(参考文献)

 本文中で紹介した文献については、以下を参照いただきたい。

ルイス・フロイス著、松田毅一・川崎桃太郎訳『日本史』中央公論新社

エンゲルベルト・ケンペル著、今井正編訳『日本誌』霞ケ関出版

フランソア・カロン著、幸田成友訳『日本大王国志』平凡社東洋文庫

ヘンドリック・ドゥーフ著、永積洋子訳『ドゥーフ日本回想録』雄松堂出版

タウンゼント・ハリス著、坂田精一訳『日本滞在記』岩波文庫

緒方修著『青い眼が見た幕末・明治』芙蓉書房出版

(ハリス、ヒュースケン、サトウ、オールコックらの日本観を紹介)

フリードリヒ・アルブレヒト・ツー・オイレンブルク著、中井晶夫訳『オイレンブルク 日本遠征記』新異国叢書

アーネスト・サトウ著、庄田元男訳『日本旅行日記』平凡社東洋文庫

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)著、平川祐弘訳『怪談・奇談』講談社学術文庫

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)著、池田雅之訳『新編日本の面影』角川ソフィア文庫

内村鑑三著、鈴木範久訳『代表的日本人』岩波文庫

新渡戸稲造著、矢内原忠雄訳『武士道』岩波文庫

草原克豪著『新渡戸稲造はなぜ「武士道」を書いたのか』PHP新書

 

(令和2年12月10日)

 

 

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