髙橋史朗

髙橋史朗 – ジェンダー史から歴史を読み替える日本学術会議分科会の狙いは何か

髙橋史朗

モラロジー研究所教授

麗澤大学大学院特任教授

 

 

●中国「千人計画」に関与していた日本人研究者

 令和3年元旦の読売新聞一面のトップ記事によれば、海外から優秀な研究者を集める中国の人材招致プロジェクト「千人計画」に少なくとも44人の日本人研究者が含まれ、24人が関与を認めているという。千人計画に参加した理由は、「多額の研究費などが保証され、研究環境が日本より魅力的」で、「数千万円の研究費が支給され、研究室には日本語が堪能な秘書が付き、永住権の付与や、無料の人間ドックなどの特典があった」という。44人のうち、13人は日本の科研費を1億円以上獲得しており、13人が受け取った科研費の総額は約45億円に上り(個人の最高額は7億6790万円)、中国軍に近い国家国防科学技術工業局の監督下にある「国防7校」に所属していた研究者8人のうち、5人は日本学術会議関係者であった。こうした日本学術会議と中国の「千人計画」や「科研費」との関係を明らかにする必要がある。

 

 

●日本学術会議「歴史学とジェンダーに関する分科会」の歴史認識

 日本学術会議史学委員会「歴史学とジェンダーに関する分科会」は、「歴史学におけるジェンダー主流化」を目指して、「歴史認識」を変える歴史教育改革を主導してきた。平成27年8月1日に公開シンポジウム「歴史教育の明日を探る――『授業・教科書・入試』改革に向けて」が開催され、第一部「授業・教科書・入試――歴史教育改革を三位一体で考える――」では、久保亨史学委員会委員長が「高校歴史教育のあり方をめぐる議論」、三成美保幹事(ジェンダー法分科会・複合領域ジェンダー分科会・歴史学とジェンダーに関する分科会幹事を兼任)が「歴史教科書をどう書き換えるか? ――ジェンダーの視点から」と題して報告している。

 また、第二部「教材事例としての『慰安婦』問題――研究の到達点を踏まえた教育実践と市民の育成」は、「この問題を学術会議として初めて公式の場で取り上げたことには大きな意味があったことが確認できた」として、同シンポの内容は『学術の動向』(平成28年7月1日発行)に特集として掲載された。

 同分科会の審議の焦点は「高校歴史教育にジェンダー視点を有効に導入するというspecificな目的」に当てられ、平成28年6月12日に開催された分科会では、「『歴史総合(仮称)』と歴史系選択科目をめぐる議論」について協議が行われ、次の事項が確認された。

「中教審における議論の根底には、日本学術会議の提言が謳った『歴史基礎』科目の提案があり、その展開である『歴史総合』科目については、23期に提言【『歴史総合』に期待されるもの】(同年5月16日)がある」
「ジェンダーやマイノリティの視点を、『歴史総合』の大きな概念である近代化・大衆化・グローバル化を論じる中で重視し、生かすべきである」
「歴史を暗記科目から批判的な思考科目へと転換するための一つの手法である『用語の精選』は、既に現行の日本史・世界史分野で取り組みが始まっている」

 日本学術会議が提言した「歴史基礎」科目の提案が、中教審の議論に影響を与えて、新科目「歴史総合」として結実し、「批判的な思考科目へと転換するための手法」として、「用語の精選」を行うことになった点に注目する必要がある。

 同分科会の議論は「歴史的思考力を鍛えることが重要」というコンセンサスに基づいて、「知識を構造化する力、歴史を構築する作法を身に付けるのが、今後の歴史教育の課題である」として、高校の新歴史科目(『歴史総合』『日本史探究』『世界史探究』)にジェンダー史の視点を具体的、かつ実践的に導入することを目指して、「歴史的思考力を鍛えるために――新たな高校歴史科目へのジェンダー史の導入」の提言が作成された。

 

 

●歴史認識・歴史教育とジェンダーの関係――『ジェンダーから見た日本史・世界史』

 東京大学の姫岡とし子名誉教授は「歴史認識・歴史教育とジェンダー」の関係について、次のように説明している。

「女性や男性は本質的に存在するのではなく、女性/男性の差異化によって構築されるものであり、ジェンダーは、人種や民族、階級等とともに歴史の構成要素となり、社会の秩序化の基本となるのである。ジェンダー史のねらいはこの点にあり、第21期の『歴史学とジェンダーに関する分科会』は『歴史教育とジェンダー』をメインに活動し、高等学校の歴史教科書を詳細に分析した」
「従来の男性権力者中心の歴史像とは異なる歴史の読み方、捉え方が求められている」
「ジェンダー史は、従来の既成概念や『常識』を解体しながら、新たな『世界の見え方、捉え方』、そして、『世界の成り立ち』を学ぶ機会を提供するのである」

 最も注目されるのは、高校歴史教科書のサブテキストとして高校生・高校教員などを読者対象にした『歴史を読み替える ジェンダーから見た日本史』『同 世界史』(大月書店、平成26年)が、科学研究費基盤(B)「歴史教育におけるジェンダー視点の導入に関する比較研究と教材の収集及び体系化」の3年間の共同研究の成果として出版されたことであるが、その中心的役割を果たしたのが日本学術会議の「歴史学とジェンダーに関する分科会」であった。

『ジェンダーから見た世界史』の「論点①家父長制とジェンダー」によれば、ジェンダー史から歴史を読み替えるフェミニズム思想の1970~80年代半ばの中心テーマは、普遍的・非歴史的な「性支配」(「あらゆる領域で生じている、男による女の支配一般」)を表す概念として再定義された「家父長制(patriarchy)」であった。エンゲルス(ドイツの社会思想家)は『家族・私有財産・国家の起源』の中で、私有財産の成立とともに「女性の世界史的敗北」が起きたと説き、女性解放の前提条件として、①私有財産の廃止、②全ての女性の公的産業への復帰を主張した。同書を援用したファイアストーンは、家父長制は生物学的性(生殖関係)の不平等に由来すると見なし、女性が生殖コントロール権を握ることと「家族の消滅が必要」と説いた。また、「マルクス主義は、女性の抑圧構造の解明も階級支配に求め、階級支配が廃絶されれば、女性解放も自動的に達成されると考えた」と述べている。

 こうした特定のイデオロギー思想に基づき、「ジェンダー主流化」「グローバル化」「性の自由と家族の多様化」「歴史的思考力育成」等の大義名分を振りかざして、世界史と日本史を読み替え、さらに、こうした特定のイデオロギー的視点に立脚した「歴史用語の精選」(参照:道徳サロン拙稿「国語教科書・社会科教科書が危ない根因は何か」)の名の下に、教科書記述に多大な影響を与える歴史教育改革が、日本学術会議の多くの分科会が連携して多額の科研費を獲得した共同研究の成果を後ろ盾に推進されてきたのである。

 

 

●ジェンダー史から日本史・世界史を読み替える狙いは何か

 ジェンダー史から歴史を読み替える狙いについて、『ジェンダーから見た世界史』は「序論 歴史学におけるジェンダー主流化を目指して」と題して、次のように解説している。

「ジェンダー研究は、人間像を根本的に転換させた。従来の社会科学が前提としたのは、『自律的・理性的個人』であった。しかし、『自律的個人』とは、その実『異性愛者として家庭を築き、妻子を養うことができる白人中産階層の健康な性壮年期男性』にすぎない。排除されたのは、女性にとどまらない。非白人男性も労働者男性もゲイも、子どもや老人、障碍者・病人もまた『自律的個人』モデルから漏れ落ちていた。ジェンダー視点で歴史を読み替えるとは、女性や非白人、非異性愛者、老人・障害者などを歴史の主体として取り戻し、不可視化されてきた諸問題――生活・家族・性・生殖・老いなど――を問い直すことである。それは、『歴史学におけるジェンダー主流化』の試みにほかならない」

「ジェンダー主流化」とは一体何か。「ジェンダー主流化」を初めて明示したのは、第4回世界女性会議・北京宣言(1995)で、翌年、EU(欧州連合)がジェンダー主流化に関する通達を採択した。1997年、国連経済社会理事会は、ジェンダー平等達成の手段として、「ジェンダー主流化」を次のように定義した。

ジェンダー視点の主流化とは、法律、政策、事業など、あらゆる分野の全てのレベルにおける取組みが及ぼしうる女性と男性への異なる影響を精査するプロセスである。それは、政治、経済、社会の領域の全ての政策と事業の策定、実施、モニタリング、評価を含む全てのプロセスに……女性と男性が平等に恩恵を受け、不平等が永続しないようにするための戦略である。究極の目的は、ジェンダー平等の達成である」

 国連開発計画の報告書(2003)によれば、「ジェンダー主流化」戦略には、以下の4つのステップに要約される全ての政策的課題が含まれており、EUでは特に国会議員や企業管理職で一定割合を女性に割り当てるクォーター制(ポジティブ・アクション)を義務化する傾向が見られる。

①男女別のデータを用いて、男女間の格差を明らかにすること
②格差を縮める、もしくは解消するための戦略を策定すること
③戦略を実行するための資源(資金、人材、情報/知見等)を投入すること
④戦略の実施状況をモニタリング(監視)し、成果を出すことに対する責任の所在(個人・部署・組織等)を明らかにしておくこと

 

 

●ワシントンポスト紙「意見広告」批判

 平成26年6月9日の同分科会報告書によれば、「アジア史をジェンダーから見る――『慰安婦』問題の位相」として、次のように述べている。

「『慰安婦』問題にどう取り組むかは大きな課題であり、南京大虐殺の際に発生した集団レイプに代表される攻略・討伐時の強姦・輪姦や、慰安所型すなわち慰安所での逃げ出せない状態での『慰安婦』への性行為の強要の繰り返し……日本軍性暴力の調査・被害者支援を通して、日中の市民間の良い意味での相互作用が始まっている」「主体的に判断し行動できる市民を育てる」「市民グループの行動が国境を越えた共感を育てる事例を紹介」

「従軍慰安婦」をめぐるワシントンポスト紙に掲載された櫻井よしこさん等の意見広告についても、平成19年7月26日の「歴史認識・歴史教育に関する分科会」報告において、姫岡とし子幹事(前出・東大名誉教授)が、

「歴史修正主義者たちの主張には、軍が民間業者に強制連行はしないよう警告した記録の存在など、確かに事実も含まれている。……歴史修正主義者たちは、一握りの事実から全体像を構成し、性奴隷制の存在を否定するのである。元慰安婦の性奴隷化は、植民地および軍事的支配下で強化されたアジア蔑視と男性優位の構造によって可能になったものである。従軍慰安婦問題を考察するために、私たちは、こうした構造、元慰安婦の証言、記録文書、文書の存在しない要因などを総合的に検討しなければならない」

と述べており、ジェンダーの視点からの歴史認識・歴史教育の改革を目指す同分科会が慰安婦問題をいかに重視しているかが伺われる。

 

(令和3年1月7日)

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