髙橋史朗 25 – 日本学術会議の問題点――科研費問題と道徳教育分科会報告を中心に――
髙橋史朗
モラロジー研究所教授
麗澤大学大学院特任教授
「世界の記憶」に提出された「慰安婦」研究
日本学術会議と科学研究費問題が論議を呼んでいるが、年間約2400億円の科研費を審査する審査委員はすべて日本学術会議の推薦者であり、杉田水脈議員は、慰安婦問題や徴用工問題の研究者が、韓国側と組んで科研費を使って「反日プロパガンダ」を行っていると国会で指摘し、「歴史問題に取り組む外務省や政府の後ろから文科省が弾を撃っているようなものだ」と批判した。
実際に調べてみると、関東学院大学の林博史教授は、「対日戦争犯罪裁判の総合的研究」「日本軍『慰安婦』制度と米軍の性売買政策・性暴力の比較研究」等の研究で5千万円以上の科研費を獲得している。科研費の使途を記載した報告書には、米英等で性犯罪に関する公文書の発掘調査に取り組んだことが記されている。
しかし、林教授は発掘した公文書を慰安婦支援団体「全国行動」に提供し、同団体はその資料を基にして、日本軍の関与や強制性を裏付ける「証拠」として日本政府に資料を提出するとともに、ユネスコ「世界の記憶」登録申請資料として活用された。
また、林教授の共同研究者として科研費を獲得した中央大学の吉見義明名誉教授が科研費の使途を記載した報告書によれば、同団体共同代表の梁澄子氏と韓国の挺対協(2018年から「正義連」に改称)代表の尹美香<ユン・ミヒャン>氏(国会議員に転身し、李容洙<イ・ヨンス>元慰安婦に告発された)が同行したと記し、慰安婦問題に取り組む韓国の研究者や民間団体との会合も含まれている。
法政大学の山口二郎教授には、約6億円が交付されており、安保法制反対デモで安倍首相に対して、「お前は人間じゃねぇ。たたっ切ってやる」と暴言を吐いたと報じられている。
「虎の尾」を踏んだ杉田水脈議員
科研費という「虎の尾」を踏んだ杉田議員を告訴した同志社大学の岡野八大教授は、大阪大学の牟田和江教授と共に「ジェンダー平等社会の実現に資する研究」で約1750万円の科研費を獲得し、実績報告書には、中国における慰安婦支援運動に関する調査や台湾の「慰安婦」博物館の開会式に参加し、現地活動家との交流を図ったことや、慰安婦問題を取り上げたショートムービーを作成したこと等が記載されている。この映像には、挺対協の「水曜デモ」や、尹美香代表が「過去のアジア諸国に対する戦争犯罪を日本が認め、被害者の人権と名誉を回復するために、日本の皆さん、特に若者と一緒に声を上げることができれば素晴らしい」と訴える様子などを収録している。
杉田議員はツイッター等でこの研究を「研究ではなく反日活動」「捏造」等と批判して名誉棄損で提訴されたわけである。早稲田大学の熱田敬子講師も「日本軍事性暴力賠償請求運動の支援者を対象として実証調査」で約220万円の科研費を獲得し、中国で中国人元慰安婦の支援活動を行っている関係者のインタビューや現地調査を行い、同氏が所属する「山東省における日本軍性暴力の実態を明らかにし、大娘たちと共に歩む会」の集会が科研費を使って開催されたことを明らかにしている(白河司『日本学術会議の研究』参照)。
科研費で出版した韓国語版『朝鮮人強制連行』
また、杉田議員は昨年2月の衆院予算委員会第4分科会でも科研費について追及し、東京大学の外村大教授が獲得した科研費研究の成果として、「今日までの歴史研究は本人の意思に反し、暴力的に朝鮮人を労働者として連れてくるという行為が行われていたことを明らかにしてきた」等と書かれた『朝鮮人強制連行』(岩波新書)を出版し、科研費を使って韓国語版を出版したことを批判した。
この点について白川司氏(国際政治評論家)は、「日本政府が認めていない徴用工問題(“強制連行” “虐待”云々)を日本の国立大学である東京大学の教授が韓国側の主張に沿った本を出版し、その韓国語版が韓国で出版されたとなると政治利用されて、外交上も不利になるのは間違いない。それが科研費で行われたのなら、政治家として問題視するのは当然だろう」と述べている。
勿論、反日的研究をする自由も「学問の自由」として尊重されなければならない。しかし、中国で開催された「南京大虐殺国家追悼式典」に参加するための往復航空券代や反日集会の活動費等が科研費で支出されることは問題であり、そうした研究を科研費で支援するような審査の在り方や使途のチェックの在り方は改める必要がある。
「科学と文化の立場から見て、元号は不合理」?
菅総理が任命拒否した3名の学者は「民主主義科学者協会法律部会」の関係者であるが、「民主主義科学者協会」は昭和21年1月に結成された共産党の下部組織であり、日本学術会議の設立に「異常な関心を示した」GHQの経済科学局技術部のハリー・ケリー次長が「実質的な生みの親」で、占領初期に活躍したニューディーラー路線の一環として、軍国主義の一掃を目指す「精神的武装解除」という占領目的のために、日本学術会議の中に「民科派」を作り、共産主義者を活用した。
日本学術会議が昭和25年に提言した「元号廃止、西暦採用についての申し入れ」によれば、「科学と文化の立場から見て、元号は不合理」であり、「新憲法の下に、天皇主権から人民主権に変わり……民主国家の観念にもふさわしくない」と明記されている。国境を重視しない「人民」主権と「国民」主権とは全く異なる。
日本学術会議の最大の問題点は、中国が尖閣諸島近海の日本漁船を脅している今日においても「軍事研究反対」という「ガラパゴス的平和主義」から脱却できないことである。日本学術会議に設置された「安全保障と学術に関する検討委員会」には安全保障の専門家が全くいない。また、日本学術会議の道徳教育分科会にも、道徳教育の専門家がいない。
道徳教育分科会報告の問題点
同分科会が6月9日に公表した報告「道徳科において『考え、議論する』教育を推進するために」には、次のように書かれている。
「道徳教育は、道徳的社会への構築への参画を子供に促すようなものでなければならない」
「シティズンシップ教育とは、社会変革と創造に参画する主権者を育てる教育のことであり、……道徳教育をシティズンシップ教育へと発展的に解消すべきである」
「道徳性とは社会制度的・政治的な問題であり、個人の心の問題にすり替える操作をする『心情主義』が問題」
「『価値観の注入』ではなく、主体的対話的な『手続きの道徳性』の涵養を目的とすべきである」
「文部科学省編『私たちの道徳』の道徳観は国際人権論に反しており、自他の権利や尊厳を守ることができない人間を育てる等の危険性がある」
「『お母さんへの請求書』は母親の無償労働という伝統的役割、自己犠牲を押し付ける『古い価値観』」
「道徳の問題を心の問題にしてしまう『心理主義化』や『心情主義』が問題」『心理主義化した道徳教育には、各人の利益を対話により調整するという政治的過程が欠落している」
「重んずるべき大きな価値は多様性である。価値の多様性に鑑み、暗黙の裡に身に付けている道徳的価値を反省的に吟味することを可能にするような『考え、議論する』道徳の推進に協力する」
道徳教育の根本認識について、大いに議論する必要があると思われる。
「心情主義的道徳教育論」批判への反論
同報告の作成に関わり多大な影響を与えた松下良平著『知ることの力――心情主義の道徳教育を超えて』は、「心情主義の(道徳)教育(つきつめれば<心の教育>)の幻想に取りつかれて、文部科学省のかけ声に合わせながら皆が一斉に同じ方向につきすすみ、誰も責任を自覚しないままに、空虚で危険な試みが続けられている」と述べ、「知行不一致現象の拡大再生産」を行い、「『心』という空虚な実態――人々を魅了し肯かせるが、実際にはどこにも存在しないもの――に寄りかかりつつ繰り広げられてきた」「心情主義的道徳教育論の誤り」を強調した。
これらの「心情主義的道徳教育論」批判に対する最も鋭い反論が、ジョナサン・ハイトが『しあわせ仮説』で指摘した、直観や情動ではなく、思考に働きかけてきた「道徳教育の深刻なあやまり」という指摘である。(詳しくは、拙稿「脳科学から道徳教育を問い直す――新たな道徳教育学の樹立を目指して⑴」『モラロジー研究』84号所収論文、令和元年、同「感知融合の道徳教育についての一考察」『道徳教育学研究』創刊号記念論文、令和2年、参照)。私はこの点に焦点を当てた研究発表を2年間で4回、日本道徳教育学会で行った。
「セクシュアリティの多様性」「宗教的多様性」を尊重する視点から、同報告が「日本のマジョリティの習俗や伝統行事、例えば、『七夕』『盆踊り』や『神社の祭り』や『生命や美など、人間の力を超えたものに対する畏敬の念』が、……宗教的良心からの不服従も含め、どのようにして宗教的・文化的な少数者の価値観と権利を擁護するかを道徳教育の課題とすべきである」と結論づけている点には疑問が残る。「多様性に通底する価値」の視点が欠落しているからである。
日本学術会議の歴史教育とジェンダー分科会の提言にも道徳教育分科会報告と共通する問題点があるが、これについては続稿で明らかにしたい。
(令和2年12月23日)
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