西岡 力

西岡 力 – 道徳と研究 12 安倍政権の業績

西岡力

モラロジー研究所教授

麗澤大学客員教授

 

 安倍晋三首相が8月28日に辞意を表明した。安倍首相と私は、北朝鮮による拉致問題と本連載のテーマでもある慰安婦問題で30年近く、ともに闘ってきた。そこで、今回は急遽テーマを変更して、安倍政権の業績について書く。

 

●北朝鮮「拉致問題」への取り組み

 まず、拉致問題について簡単に触れて、本題である慰安婦問題、歴史認識問題における安倍政権の業績を論じよう。

 28日、私のところに新聞、テレビ各社から、救う会会長として安倍辞任表明をどう考えるかという取材が殺到した。大多数の社では、取材だけして記事にしないか、わずか数行の記事にしただけだったが、産経新聞は29日朝刊にまとまった記事を出した。そこに私の言いたいことが詰まっているので、再録する。

拉致問題で「ともに闘ってきた」首相の辞任「とても残念」

 たとえ健康上の理由だとしても、北朝鮮による拉致問題が解決していない段階で安倍晋三首相が辞任を表明したことはとても残念だ。

 今年2月、拉致被害者の有本恵子さん(60)=拉致当時(23)=の母、嘉代子さんが94歳で亡くなったときも、6月に横田めぐみさん(55)=拉致当時(13)=の父、滋さんが87歳で亡くなったときも、安倍首相は「ともに闘ってきた」と悔しさを口にしていた。いま、首相辞任により問題解決の闘いの場から離れることは私たちも悔しいが、本人が一番、心残りだろう。

 安倍首相は北朝鮮に対しては先に圧力をかけ、その後で交渉する「先圧力、後交渉」という戦略で拉致問題に臨んだ。

 これはかなり成功したと思う。まず経済制裁と国際包囲網で、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)政権にかなり圧力をかけた。さらに安倍首相の努力もあり、米国のトランプ大統領が金正恩朝鮮労働党委員長に拉致問題解決を直接迫るところまでこぎつけた。

 だから、安倍首相は圧力段階は完成したと考え、昨年5月、金委員長に無条件での首脳会談を提案していたところだった。

 拉致問題は単に安倍政権の最優先課題ではなく、日本の最優先課題のはずだ。後を継ぐ政権には、安倍政権が造った制裁と国際包囲網の枠組みをいかして、必ず拉致問題を解決してほしい。

 

 

●他人任せにせず、慰安婦問題を把握

 次に安倍政権が慰安婦問題においても大きな成果を上げたという点を論じたい。安倍首相は1997年、故中川昭一議員らと「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」を作った。中高の歴史教科書すべてに慰安婦強制連行という記述が入ったことに強い危機感を持ったことがその動機だった。安倍首相は同議連の実務を担当する事務局長だった。

 同議連は、慰安婦問題について、強制連行だったのか、また性奴隷だったのかを、肯定派と否定派の専門家や「河野談話」を出した河野洋平官房長官の下で実務を担当した石原信雄元官房副長官らを呼んで徹底的に議論した。ほぼ毎週、会合を開き、その内容を本にまとめるという精力的活動を行った。私も否定派の専門家の1人として呼ばれて聞き取りを受けた。

 その結果、朝鮮半島で権力による慰安婦連行は確認されていない、慰安婦は性奴隷ではなく戦地における公娼制度であり、代価を得ており前借金を返せば廃業できた、朝鮮人慰安婦20万人説はあまりにも酷い誇張であり、民族別では日本人慰安婦が一番多かったなどの事実を、安倍首相は議連の活動の中でしっかり自分で確認された。だから、安倍首相は国会答弁などで、慰安婦問題については官僚が作ったペーパーを読まず、自分の言葉でしっかり話される。内容をすべて理解しているからこそできることだ。

 

 

●朴槿恵政権との慰安婦合意

 第2次安倍政権発足後、私は慰安婦問題で安倍政権が国際誤解を糾す積極的な国際広報をすることを期待し、民間人の立場から様々な働きかけと提言を行った。すでに国際社会では、慰安婦性奴隷であり、20万人の朝鮮女性が権力によって強制連行されたという虚偽が拡散されていた。朝日新聞など国内の反日勢力と韓国の政府と挺対協など反日運動体の合作による国際広報の結果だった。

 2012年12月の第2次安倍政権発足とほぼ同時に韓国では2013年2月に朴槿恵政権が発足した。ところが、朴槿恵政権は慰安婦問題が解決しない限り日韓首脳会談に応じないという硬直した姿勢を見せ、むしろ中国に接近して歴史認識問題で中韓両国が協力して日本たたきをするという姿勢だった。

 朴槿恵大統領は国内で、左派から「親日派の娘」と非難され続け、それを過度に意識していた。彼女の父である朴正熙大統領は韓国近代化の英雄だが、左派は朴正熙こそが日本の陸士を卒業した「親日派」であり、韓国の現代史は親日派が清算されず権力を握り続けた汚れたものだという韓国版自虐史観を武器に朴槿恵政権を攻め続け、朴槿恵大統領もそれを正面から論破する勇気を持たず、日韓関係が悪化していった。

 安倍首相は2015年12月、その朴槿恵政権と慰安婦合意をまとめた。紙数の関係で詳しく論じられないが、私は国際社会への広報を行うという条件付きで合意を支持する立場だ。安倍首相も同じ考えだった。

 

 

●慰安婦問題に関する歴史的答弁

 合意直後の2016年1月18日、安倍晋三首相は参議院予算委員会で中山恭子議員の質問に答えて、慰安婦問題に関して次のような歴史的な答弁を行った。

 海外のプレスを含め、 正しくない事実による誹謗中傷があるのは事実でございます。性奴隷あるいは20万人といった事実はない。

 この批判を浴びせているのは事実でありまして、それに対しましては、政府としてはそれは事実ではないということはしっかりと示していきたいと思いますが、政府としては、これまでに政府が発見した資料の中には軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかったという立場を辻元清美議員の質問主意書に対する答弁書として、平成19年、これは安倍内閣、第一次安倍内閣のときでありましたが閣議決定をしておりまして、その立場には全く変わりがないということでございまして、改めて申し上げておきたいと思います。

 また、当時の軍の関与の下にというのは、慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたものであること、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送について旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与したこと、慰安婦の募集については軍の要請を受けた業者が主にこれに当たったことであると従来から述べてきているとおりであります。

 ここで安倍首相が「海外のプレスを含め、正しくない事実による誹謗中傷があるのは事 実でございます」と答弁したことの意味は重い。「事実に反する誹謗中傷」が海外に広がっていることを、首相が国会で公式に認めたものだからだ。もう一つ、首相は「政府としてはそれは事実ではないということはしっかりと示していきたい」と明言した。事実ではないことに対しては、政府として反論すると宣言したのだ。

 

 

●杉山外務審議官による反論

 2016年1月の前記安倍答弁を受け、ついに外務省が本格的な反論をはじめた。杉山晋輔外務審議官(その後、外務次官を経て現在駐米大使)が2016年2月16日、ジュネーブの国連女子差別撤廃条約委員会で堂々たる反論を行った。

 日本政府は、日韓間で慰安婦問題が政治・外交問題化した 1990年代初頭以降、慰安婦問題に関する本格的な事実調査を行ったが、日本政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる「強制連行」を確認できるものはなかった。

「慰安婦が強制連行された」という見方が広く流布された原因は、1983年、故人になった吉田清治氏が、「私の戦争犯罪」という本の中で、吉田清治氏自らが、「日本軍の命令で、韓国の済州島において、大勢の女性狩りをした」という虚偽の事実を捏造して発表したためである。

 この本の内容は、当時、大手の新聞社の一つである朝日新聞により、事実であるかのように大きく報道され、日本、韓国の世論のみならず、国際社会にも、大きな影響を与えた。しかし、当該書物の内容は、後に、複数の研究者により、完全に想像の産物であったことが既に証明されている。

 その証拠に、朝日新聞自身も、2014年8月5日及び6日を含め、その後、9月にも、累次にわたり記事を掲載し、事実関係の誤りを認め、正式にこの点につき読者に謝罪している。

 また、「20万人」という数字も、具体的裏付けがない数字である。朝日新聞は、2014 年8月5日付けの記事で、「『女子挺身隊』とは戦時下の日本内地や旧植民地の朝鮮・台湾で、女性を労働力として動員するために組織された『女子勤労挺身隊』を指す。(中略) 目的は労働力の利用であり、将兵の性の相手をさせられた慰安婦とは別だ」とした上で、「20万人」との数字の基になったのは、通常の戦時労働に動員された女子挺身隊と、ここでいう慰安婦を誤って混同したことにあると自ら認めている。なお、「性奴隷」といった表現は事実に反する。

 まさに先に見た安倍首相の参議院予算委員会答弁と同じ内容であり、外務省が歴史的事実に踏み込んだ反論をしたという点で画期的なものだった。

 

 

●安倍首相のリーダーシップがあればこそ

 ただし、外務省は、当初この杉山反論を国際広報の道具として活用する姿勢がなかった。実は私は杉山反論が外務省のホームページに掲載されていないと批判し、掲載された後も掲載場所があまりにもわかりにくく、5回クリックしなければたどり着けないと批判してき た。安倍首相の指示もあり、2016年8月にホームページ「歴史問題Q&A」コーナーに杉山反論のリンクが張られ、同反論を前面に出す広報が開始された。「歴史問題Q&A」に「慰安婦問題に関する日本の考え方や取組に対し、国際社会から客観的な事実関係に基づく正当な評価を得られるよう引き続き努力していきます」という表現が入り、そこからすぐ杉山反論にリンクが張られ、日本政府の基本的立場として、性奴隷、20万人は間違いであり、強制連行も証拠がないという主張が日本語と英語ですぐ見ることができるようになった。

 安倍首相のリーダーシップがなければ実現しなかった慰安婦問題に関する歴史的事実に踏み込んだ国際広報だ。

(令和2年8月31日)

 

 

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