水野 次郎

水野次郎 – 道徳的キャリア教育 ~ 再び実践の場へ

道徳的・探究的キャリア教育を考える⑯

水野次郎

『こどもちゃれんじ』初代編集長

キャリアコンサルタント

モラロジー研究所特任教授

開星中学校・高等学校副校長

 

●生徒との対話で道をつけたキャリアコンサルタント

 これまで何度か、学校現場の道徳教育とキャリア教育に関わる原稿を寄せてまいりました。私自身、2009年から2018年にかけて千葉県の中学、高校で民間人校長を務めた経験があり、表題の「道徳的キャリア教育」は、当時の現場体験に基づいて設定した主題でもあります。とくに高校生は、進路選択がそのまま将来の職業に繋がる場合が少なくありません。したがって、一社会人としての道徳観や倫理観の醸成は、見過ごせない課題であると考えていました。そこで学年集会や学校全体の講話だけでなく、一人ひとりの生徒に対する個別指導の場を積極的に作り、将来展望を形成していくための対話も重ねていたのです。抽象的な観念論に留まらず、実践知としての領域にも踏み込んでいたと言えましょう。

 当然ながら哲学的な思考を伴う作業であり、互いの問題意識を交換するには時間を要します。実のある対話を重ねるためには、生徒もある程度の読書体験を積んでいなければ始まりません。しかし、そのような高校生は、今どき皆無と言ってもいいでしょう。大学生でも、過半がまともな読書をしない時代になっているというのですから。しかし生徒たちと対話を続けるうちに、それまでの読書体験の不足は、必ずしも弱みではないこともわかってきました。個々の関心のありかを探り、将来への願望に沿った分野の本を紹介し、一緒に入口に立つ。その上で、大学や専門などの上位学校に進学して向き合う学びの中身や、実際に現場で汗を流している人の多様な姿を探究していくと、生徒の漠然とした目標が具体的な形を帯びていきます。学びの過程では、私自身もその変化に驚くような事例にたくさん巡り合い、目を開かせられたものでした。

 そういえば最初の勤務校で、多くの生徒が進学していた看護専門学校の校長先生に、志願者の心構えについて話を伺った時のこと。次のような言葉が印象に残りました。
「この世界は、小さいころからナースに憧れた夢見る少女も多いです。しかし学生たちの勉強や実習に取り組む様子を見ていると、進路を決める直前になって、どんな道に進もうかとあれこれ考え、最終的に看護を選んだ。そうした子の方が、かえって腹が座っていて、努力しているケースも少なくありませんね」と。

 言うまでもなく専門学校の校長先生は、どちらが良いと言われたわけではありません。にわか勉強の志望であるにせよ、自分の将来に対して真剣に向き合う時間が貴重であることを力説されたのです。こうした逸話は、いざ進路選択を迫られて不安を持つ生徒にとって、勇気を与える材料となりました。前述の「それまでの読書体験の不足は必ずしも弱みではない」というのは、真剣に将来を考えた時こそ、自分の心に響く言葉が飛び込みやすいということ。手あかのついた言い方をすれば、乾いた布が水を吸うように、という表現ができるでしょうか。

 卒業間近の短期間で、生徒の内面が大きく成長していく姿を見て、千葉県の教員として定年退職を迎える最後の年、私はキャリアコンサルタントの国家試験に挑戦しました。若い人たちのキャリア支援を、生涯の取り組み課題として定めたのです。幸いにして、モラロジー研究所の一員となり、道徳と結びついた形でキャリア教育を考える場を得られたのは幸運でした。

 

 

●「出会い」を「希望」に変える学校の価値

 ところが、突然ながら新たな転身の機会をいただき、再び中学・高校の現場に復帰することになりました。9月1日付で島根県にある大多和学園 開星中学校・高等学校で、副校長の任に当たることになったのです。創立96周年を迎える本学園は、モラロジー研究所と深い関係を築いてきたことから、このたびの縁が生まれました。学校教育方針の表題にある「建学の精神」には、次のような育成目標が掲げられています。

◎品性の向上をはかり、社会の発展に役立つ有望な人材を育成する
1.品性の向上・・・・・道徳教育(モラロジー教育)
 ~Warm Heart (思いやりの心)の育成~
 <めざすべき人間像>
 万物に感謝し、周囲の幸せを祈れる。自分に厳しく、相手にやさしく。

 

2.未来への貢献・・・・先見教育・先行教育
 ~Cool Head (冷静な判断力)の育成~
 <めざすべき人間像>
 物事の本質、時代の流れが読める。不易(不変)と流行(可変)が区別できる。

 こうした教育目標のもと、開星中学校は世界的テニスプレーヤーの錦織圭さんを輩出し、また高校は春夏合わせて13回の甲子園出場を果たすなど、全国的にも知られてきました。私自身はこれまでの教育実践を踏まえて、本校の人材育成に努めていきたいと思います。

 ところで新型コロナウイルスの問題は、教育の現場にも大きな影を落とし、学校の新しい存在意義を問いかけました。オンライン教育はすでに「標準装備」として、生徒の学習環境に組み込まれていることが常識化されつつあります。しかし、どれほど技術が進化しても、人と人が向き合う教育の場が不要になることはありません。学校が、普遍的な価値である「真(知性)」「善(徳性)」「美(感性)」を磨く場として考えると、それぞれ生徒と教師、あるいは生徒同士の魂の交換を通して、より高みを築いていくと思うからです。とくに「品性向上」の観点から見れば、いっそう重要になることでしょう。最後に、先日「オンライン始業式」で生徒に話した挨拶の一部を、私の決意として転載させていただきます。

「あなたたち高校生に勇気を与える言葉は、先生や仲間から体温と鼓動を感じながら投げかけられる言葉ではないでしょうか。相手の気持ちを思いやって、言葉ひとつで勇気を授ける、それが言葉の可能性なのだと思います。お互いがお互いの気持ちをケアし合い、クラス全体が、学校全体が、いつも希望を語り合っている学校、それが理想の空間なのだろうと、私は思っていますし、そのような場面に何度も出会ってきました。ですから私自身は新たな一員として、この開星中学高校という場が、あなたたち生徒と先生方、そして関係者が昨日より今日、今日より明日、より大きな希望が持てる場になること。あなた方一人ひとりにとって、もちろん先生方にとっても、希望を膨らませる場であり続けるよう、私は力を尽くしていきます」

 

 相手が見えない中、マイクを通して伝えなければならない、もどかしさを覚えながらの挨拶となりました。本格的には10月からの勤務になりますが、今後は実践の場からの事例や気づきなどを報告させていただきます。

 

(令和2年8月31日)

 

 

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