水野 次郎

水野次郎 – コロナ問題に伴う特別カリキュラム ~ 道徳的キャリア教育の実践

道徳的・探究的キャリア教育を考える⑮

水野次郎

『こどもちゃれんじ』初代編集長

キャリアコンサルタント

モラロジー研究所特任教授

 

●ある私立中学校との取り組み

 夏を迎えても収まりを見せないコロナ問題は、教育現場にも大きな影を落とし、学校では引き続き不規則な対応に追われています。これまで私も、教育委員会の方や先生方から、さまざまなご苦労談をお聞きしてきました。学校が再開した当初は、マスクに加えて透明シールドの装着まで義務づけられていた学校もありましたが、気温の上昇とともに併用は無理であることが判明。熱中症の危険が懸念されたのは、言うまでもありません。そのほか三密を避けた椅子の配置や、学年集会などをオンラインに切り替えるのは、ごく自然な対応。その一方で、グループワークは通常通り活発に行い、休み時間には児童・生徒は知らず知らずのうちに折り重なったり、至近で談笑に耽ったりと……。最近では、学校でクラスターが発生したという報道も伝わってきます。生徒たちの日常の姿を前に、先生方の気持ちも安らぐことはなく、複雑な思いが行き来していることでしょう。

 そうした中、私は最近、関連法人の麗澤中学校と、キャリア教育の共同企画に着手し始めました。というのも、この学校では例に漏れず校外学習や修学旅行など、秋以降の特別行事がほとんどすべて縮小や中止を強いられています。生徒の心情を思いやると切ないばかり。何とか生徒たちに意義のある活動に取り組ませられないかと、若き学年主任の先生が心を砕き、オンライン文化祭とともに浮上したのがキャリア教育でした。学年主任の思いを受け、当方より提案を示したところ「時宜を得た企画」として賛同を得ることに。学校側の置かれている状況と、生徒の関心事などを勘案しながら意見交換をし、学校に合ったプログラムを作っていきました。学年主任の本活動にかける熱意は、次の協力依頼文書に表れています。

「企業を経営される皆様におかれましては、コロナ禍のため、さまざまな課題に立ち向かわれていらっしゃることと存じます。本校でも、生徒たちが楽しみにしておりました文化祭や関西研修旅行などが縮小、中止を余儀なくされ、現状を理解しつつも元気をなくしているというのが実情です。また、行事中止に伴い、研修旅行の事前学習など、総合学習にも空白の時間ができました。この時間をチャンスと捉え、どんな困難にあっても自分を見つめ、磨く機会として考えてほしいと、生きる力を養う『キャリア教育』を実施できればと考えております」

 今回、協力を依頼したのは、私どもモラロジー研究所と縁が深い企業3社の経営者と、研究所が運営する高齢者向け住宅施設を運営する代表責任者の方々。2学期の数回にわたり、各企業・団体の仕事を理解し、社員として商品・サービス創造の疑似体験をするという活動内容です。衣・食・住など生活に深いかかわりのある事業分野を選んだので、生徒たちも身近に感じて取り組むことでしょう。

 

 

●「危機の時こそ、希望の灯を!」という学年主任の願い

「道徳的キャリア教育」の言葉は印象が固いので、「未来を拓くキャリア・スタディ」(仮称)として、生徒には提示いたします。企業・団体からの事業説明と私ども研究所からの講義、そして生徒たちのワークと最後のプレゼンテーションまで、3か月間で全12コマほどのプログラム。今どき、どこの中学や高校でも企業人の話は実施していますが、当企画には2つの独自性を持たせました。

 一つは、コロナ禍の中で企業がどのような損害を受けたのか。それを乗り越えるために、どのような施策を立てているのか、という時事性を織り込んだことです。現在進行形の事業活動を肌身で感じ、もし自分たちが社員や関係者だったら、どのような商品づくりやサービス活動を行うのか。そのアイデアを、生徒たちが話し合って生み出すところまでを、今回の達成目標に設定しています。

 さらにもう一つの特徴としては、参加する企業・団体がモラロジーの「道経一体思想:企業、社員、社会すべてが幸せにならなければ、企業の永続的な発展はない」を経営理念に据え、社内に浸透させているということです。そこから導き出された「三方よし:自分よし、相手よし、第三者よし」の考え方は、つとめて道徳的であり、中学生にも理解をしやすい考え方でしょう。講義をされる人には、この点について必ず言及していただくようにお願いしています。

 経済的な打撃を受けた家庭が少なからずあることも想像され、生徒たちに勇気を授けたいという学年主任の気持ちを反映させ、計画は上記2つの特徴を擁しました。彼がまとめた企画の趣旨には、次のような言葉が記されています。

①今の社会の状況を肌で感じ、自分ごととして考える。
②これからを生きる、働くとはどういうことかを考える。
③知恵を絞り、物事・アイデアを生み出すことを経験する。(つくる力)
④クラスメイトや社会と繋がり、チームの相乗効果を学ぶ。(つながる力)
⑤どんな課題にも諦めず、打開策を模索する態度を学ぶ。(もちこたえる力)

ちなみに、ここに記されている「つくる力」「つながる力」「もちこたえる力」も「道経一体思想」の中で大切にされている概念であり、子どもに身につけてほしい力を示す、モラロジーの教育観でもあります。

 

 

●危機を乗り越えるための間接体験に期待

 すでに下打ち合わせの段階で、企業・団体の方々からは、コロナ禍で強いられた特別な対応についての苦労談が伝えられました。生徒自身も、さまざまな不自由を経験してきていますので、現実感を持てることは想像に難くありません。局地的な災害とは違い、老若男女の誰でもが被っている禍ですから、今の段階で社会生産活動の疑似体験を踏むのはとても意義があるでしょう。

 企画当初は、企業訪問なども考えていましたが、やはりそこはまだ時期尚早。逆に、関西や西日本地方の会社にも依頼しましたので、高齢者住宅の方以外は校内での講義、もしくはオンライン講義になることが予想されます。皆さま、いろいろと工夫をしてお話をしてくださるでしょうから、生徒の心に深く刻まれるに違いないということ。併せて、危機を乗り越えるために仲間と意見を交わす体験が、今後の貴重な糧になるに違いありません。取り組みの成果については、改めてご紹介できればと思います。

 

(令和2年8月18日)

 

 

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